第四章 幸、そして夏帆
第12話 そして普通の日々。
「であるからして、つまりソクラテスは――」
月曜日の授業は現社を含む。つい最近まで経済をやっていた気がするけど、時は巡って時代はソクラテス。教育によろしい中二病のこじらせかたを見せたソクラテスはこうして後世にも語り継がれる存在になったわけだが、それは幾千の中二病患者の屍の上に成り立っている。
結構中二病の塊な授業を右から左へ受け流していると、
「よーしじゃあ……」
出ました。恒例のランダム指名。これに関しては起きているとか宿題を出すとか関係なく全員に均等に被害がまわる類いのやつである。
して、俺はチートを少々。
「菅野、答えてみろ」
「え、えっと……」
なっ、あぶねえ。ケチって一ポイントしか使ってないから目の前のやつが当たっていた。
「……わかんないです」
「そうか、じゃあ後ろの杉内」
「はあ?」
「教師に向かってその態度かよ」
「いやいや、なんで後ろ当てるんですか? もっと選択肢あったでしょ」
「ああだからそのうちのひとつを使ったんだよ。残念だったな、答えろ」
ついてねー。こういうのはケチるものじゃねえな。
「すっぎうっちくん!」
「なんだお前変なもんでも食ったのか?」
「いいじゃんよたまにはこのテンションでも」
昼休み。ここ最近はお手製弁当を食べることが多くなってきた。かれこれ一週間くらいこんな感じだ。体感では。
今日のメニューは、とんかつをメインに、卵焼き、それにほうれん草とかもろもろ。独り暮らしの時は野菜が不足しがちだったけど、ここ最近はなんとか摂取できてる。
「あのさ、さっきの話なんだけど」
隣のやつがどっかへいってしまったため、その空いた椅子に西口が座って弁当を広げている。
「あの……今永さんって誰なの?」
「ああ、あれ? あれ俺の幼なじみ」
「幼なじみなんだ、へー」
卵焼きはどの家にも共通の弁当メニューなのか知らないが、彼女の弁当にも鎮座していた。西口はそれを凝視していたが、やがてその隣のミニトマトをつまんでいた。
「……卵焼き、嫌いなのか?」
「べ、別にそんな訳じゃ……」
「じゃあなんでそんなにジーっと見つめた上で回避したんだよ」
「よく見てんね」
「暇だったからな」
幼なじみなんだ、へーで流されるとは夢にも思わなかったんでな。もうちょいなにか続きがあるものだと思ってたよ。
「……はあー。まあたしかにね、ちょっと嫌いかも」
「なんだよ嫌いなんじゃねえか」
「まあねー。卵嫌いを克服できるようにってお母さんが入れてくれるんだけど、さっぱりで」
「そうなのか」
適度な嫌がらせなのかと思ったがそうではないようだ。なるほど人間って難しい。
「言うほど味しないぞ? ちょっと食ってみたら?」
「そういつも思ってるんだけどね…………い、いくよ?」
震える手で卵焼きをつかむと、そのまま口へ。僅かに口に含むと、一口の半分くらいでギブアップしてしまった。
「だめだー、先入観が勝ってしまうー」
「そりゃもうどうしようもねえな」
昔卵関連で嫌なことでもあったのかもしれない。先入観というのは誰が悪いということではなく、不可抗力だからしかたない。
ひょいぱくっ。
「卵のどこが嫌いなんだよ」
「いやちょっとそれ私の」
「なんだよ食うのかよ、そんなに文句言っといて」
「いやまあ食べはしないけど……」
「んじゃあもったいないだろうよ。どうせゴミになるんだったら俺が食った方がマシだろ」
「いやっ、でも…………いいの?」
「なにが?」
「だってそれ、私が口つけたやつじゃん……」
「高校生にもなってそんなもん気にするかよ。うま。出汁の味が出てるやつもいいけど、こういう砂糖多目の味付けも悪くないな」
「そ、そう…………」
「ん、どうした? なんか顔が赤いけど」
「べっ、別に! なんでもない! あ、暑いのかなー……!」
そう言って自身をあおぎ始める西口。別にいいんだけど、それ箸だよ? 風来てる?
「今永さんって、幼なじみなのね」
「ここで戻すのかよ」
「いいじゃんよ。元々この話題のために杉内くんのとなりに来たんだから」
「そうか。それじゃあ話は終わりだな」
「いつ頃からの知り合いなの?」
「終わりじゃないのかよ」
「だって…………ねえ?」
左横からの上目使いの視線を受けつつ、夏帆渾身の一作であるハンバーグを口に入れる。
「杉内くん、料理できたんだね」
「あっ、おう。知らなかったろ。これでも弁当は作れるんだぞ」
今日のは違うけど。と心の中だけで付け加える。めんどくさくなりそうだったので、夏帆のことは隠しておくことにする。
ひょいぱくっ。
「あっ、何すんだよ」
「ひゃー、何これおいしいー! ねえねえなんの挽き肉使ってんの?」
「おま、食うならなんか言ってから食えよー、楽しみにしてたのにー」
「先に他人のもの食べたのはそっちですからー。間接キスですねー」
「んなもん気にしないけど……」
「しろし……」
「あ? なんか言った?」
「別に? それよりどんなものが混ざればこんな美味しくなんのー? 教えて教えて」
「卵食えるようになったらな」
「えー、なにそれー!」
机の上に力なくだらけた西口。そんな姿を横目に、卵焼きを軽く口に入れる。俺の中にも卵焼きあったっていうね。
「きりーつ、れーい」
適当な号令とともに角度にして十二度くらい腰を曲げたところで、今日の授業は終わった。特に何もなかったが、それでいいのだ。
ところで、賞味期限二日のアンドロイドさんは、三日目となった今日どうなっているのだろうか。なかなか気になる。
部活には所属していない。家事をこなさなきゃなんないからね。掃除が一番きついのでお掃除ロボット導入を検討中。
学校の敷地内の下り坂を最後まで下れば、テニスコートの横に校門が出てくる。
――その横に立つ、一つの見知った影。
「今日は早く帰りたかったんだけどな……」
口から出任せの呟き。それは風に流されて消える。
「別に帰ってもいいんだよ?」
――はずだったけど、どうやら聞かれていたようだ。くたばれ地獄耳。
「で? 何の用だよ、幸。西口がいないから好き勝手しゃべれるぞ」
「別にあの人を気にしてる訳じゃないんだけどね。ただまあいないほうがいいかな」
気にしてんじゃねえか。
「…………なんで俺の出待ちなんかしてたんだよ。さほど有名人でもないし、共通点があるわけでもないし」
「そうだね。でも、共通点はある。あるっていうかあったっていうか見つけたっていうか」
「この際どれでもいいわ」
不気味な微笑み。何かを悟りきったような、すべてを見通したような、そんな笑み。木陰が邪魔をしているが、恐らくそうだろう。
「で、なんなんだよ、用件は」
「なになに、怒ってんの?」
「怒ってねえよ」
三時の日差しは、学校内の小高い山の裏に隠れて見えない。それは俺も、幸も、照らしていない。
比較的早く帰りのホームルームが終わる我がクラスだが、それにしてもここで油を売ってしまっては他と大差なくなる。現に後ろにわらわらとひとが集まり始めているのも然り。
「……場所変えよっか」
「そうだな」
彼女のあとにしたがい、数分ほど歩いた。見覚えのある角で曲がって、見覚えのある建物の前に立った。
「――ひとつ聞いてもいい?」
「いいよ」
「なんで詐欺団体みたいなところに来てるのかな?」
俺たちは、運株式会社にいた。
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