第10話 涼羽、登場。
今日は五月二十日……やっぱりここでは五月二十日だった。確かに俺は死んでは生き返り――いや、ループし、を繰り返している。三度目の五月二十日。俺は帰路についた。
長々と寄り道をしたことになっているから、学生の帰宅ラッシュの時間からは外れる。やっぱりほとんど人のいない道を歩く。今何時なんだろう。時間感覚狂ってくるだろ。
カラスが啼く。一羽、また一羽。建設中のこども園の横、俺は不意に気配に気づき、立ち止まる。
「久しぶりだね、じんくん」
歩を止めた俺の後ろから、声が追いかけてくる。
「こんな近い学校だったなんて知ってたらもっと早く会いに行ってたのに」
なんか知らないけど、妙に聞き覚えのある声だった。
「……気づいてない?」
その声は、風のように通り抜けて、俺という存在を揺らす。
「こっち向いて」
軽トラが前から走ってきて、横を通り抜ける。そのタイミングで、今度こそ振り向く。
見たことのない美少女がそこにいた。
「…………誰?」
「やっぱそうなっちゃうか……」
女の子はどうしたものかうつむき加減で一人呟くと、
「じゃあ、私の名前は
「『じゃあ』ってどういうことだし」
今永涼羽と名乗ったその少女は、俺をきっぱり見据える。
肩から鎖骨あたりまで伸びるセミロングの茶髪。まっすぐ、きれいなストレートのそれは、夕明かりの下で風に揺れる。
十メートルはあるだろう距離を挟んで、俺とその子は向き合う。
「深山高校だね、その制服」
「……え、あ、うん」
「最近共学になったんでしょ? 嬉しかった?」
「何年前の話だよ。俺が入学する前だぞ」
「そっかー」
なぜか、ため口で会話してても違和感がない。声だけは親近感があるものの、しかし顔は全く知らない。
「……そっちは法女か」
「よく知ってんね」
「隣の高校だし」
「それもそうか」
五月の夕方、涼やかな風が通り抜ける。
「……そのリストバンド、どうしたの?」
通り抜ける風のごとく涼しい表情が、鋭く指摘した。悪寒。気温のせいか。
「これは、その…………」
「運ポイントってやつでしょ?」
「えっ?」
顔色一つ変えずに、そう言い放った。
「私ね、見てたんだよ。じんくんがあそこから出てくるの」
「お、おう……」
「私もね、あそこの会員なんだよ。ほらほら、これでしょ?」
……情報が多すぎるな。整理しよう。
「あのさ、俺の名前知ってる?」
「もうやだなー、じんくん。杉内仁くんでしょ? 仁だからよくじんくんっていじられてたでしょ?」
詳しいなお前。確かに俺は「ひとし」という名前なのに某ドラマの影響で「じん」と呼ばれていた時期があり、さほど嫌でもなかったのでそのまま「じんくん」で定着した過去がある。そのことは今の中高の同級生らは知らないし、知っているとすれば小学生時代のやつなんだけど……
だめだ、見当がつかない。
「えっと……今永さんも運ポイント使ってるの?」
「あっ、やっぱ今永なんだ……」
「ごめん聞こえない」
「なんでもないっ」
ボソボソ喋ってるのは特に大事なことではないということなんだろう。先に進もう。
「私はね、月百ポイント契約」
「重課金勢じゃねえか!」
あんな怪しい会社に月五万もマジで払ってるやついるなんて思わなかった。いるとしたらどうしようもないアホなんだろうなとは思ってはいたけど、実際に目の前にするとは思わなかった。アホって外見からじゃ分からないんだな。
「どうしても、運がないと処理できない案件があってね、無課金ではやっていけないの。むしろ追加料金払ってチャージするレベル」
それは現金を出せば解決するのではないだろうか。俺の場合奈帆は給料を運ポイントからしか貰えないというから運ポイントをあんだけ早く使い果たしたわけで、現金で解決できるなら普通にそうしてた。まあ夕飯一食いくらとか出てくると生々しくて嫌だけど、それでも運を消費したくない。
まあ、今永さんが強運を欲してるなら話は別なんだけど。
「じゃあね。今日は遅くなっちゃうからこれで」
「あ、おう」
意外にも、話を切ったのは今永さんが先だった。
どちらともなくそれぞれの方向に歩を進める。俺は電車通学だから駅に向かうが、彼女はこちらとは真逆の方向に歩き出す。
やっぱり、会ったことない人だ。
明るく映える茶髪が目の裏に残っている。見慣れないその姿は、ビルの横から差し込む夕日に掻き消されて、見えなくなった。
五月二十三日、日曜日。俺が一度轢き殺され、一度大荷物が届いた日。三回目の今日は
また昼前に起きたところから始まり、つまるところやはり音ゲーはやりに行けないのだった。俺もう音ゲーに嫌われたんじゃないだろうか。
仕方ないので、重たい体を起こしそうとしたところで、インターホンが鳴り響く。うるっせえな誰だよ。って、知ってるけどね。
「宅急便でーす」
「はーい」
この前の日曜――奈帆が来たときの日曜――とは決定的に違うのは空腹であるというだけ。十二時前後に宅急便が届くということ自体は変わっていない。
「はい、じゃあこちらにはんこをお願いします」
指示された箇所にはんこを押す。やはり別に詐欺師的な何かでは無さそうだし、荷物を受けとる。
「重かったですよねー」
「そうですね、大分……」
「ご苦労様です」
ひとしきり汗を垂らした宅配便の兄ちゃんは、しかし爽やかスマイルで次の家に向かう。凄いなその根性。俺にはできない。
「よっと……」
直方体の箱をやっとこさ部屋に入れると、すぐさま慣れた手つきで開封。やはり全裸体が顔を出した。
……静かにバスタオルを手にとって体にかける。やっぱりきついものがあるわ。俺もそれなりに思春期エンジョイ中。
「えーっと……この辺に……あった」
空になった箱の奥から紙切れを一枚取り出す。若者必須アイテムスマートフォンをひっつかむと、以前見たQRコードを読み込んでサイトに飛ぶ。
やはり指示された会員コードを入力して、アンドロイドの起動を待つ。といっても。
「よろしく、杉内くん」
「やっぱりね」
彼女は、説明書通りに立ち上がって、起動していた。
「『やっぱりね』って?」
「説明すんのめんどいんですが」
「あーわかった。さては君、ループしているな?」
話の早いアンドロイドだなおい。
「まあ、そうですね。車に轢かれたり落下物にピンポイントでやられたりしました」
「そうなんだー、辛かったね。ねえねえ、死ぬってどんな気持ち?」
「あんた不謹慎だな!」
今の問題発言だろどう考えても。
「まあねー、色々あると思うよ? 人生何があるかわからんし、杉内くんの場合もそうだけど、他にも天災に巻き込まれる場合だってあるわけだし」
「そうですよね……」
「……『そうですよね』って?」
そして勘のいいアンドロイドだ。
「あの…………出会ってすぐにこういうこというのもあれなんですけど、姉がですね、数年前に亡くなりまして、両親もいなくて、今は俺一人って感じなんです。食いぶちは祖父母からの仕送りで、でもこの通り生きるくらいは平気になっています……ごめんなさい、暗い話で」
「いいんだよ。ごめんね、こんな話させるつもりじゃ」
「いやいや、こちらこそ」
「いやいやいや、ごめんね」
「いやいやいやいや、大丈夫ですから」
「いやいやいやいやいや――」
「イタチごっこが!」
「先にノって来たのは杉内さんです」
それ言われちゃしょうがないんだけども。
「…………強いんだね」
「よく言われます」
「かっこいいね」
…………なんなんだこのものすごい頼れるオーラは。まるで姉みたいじゃないか。
「それほどでも」
「照れるんじゃないよー」
「てっ、照れてないです」
「ほれほれー、これ何本?」
「なめとんのか!」
ふふっ。結構な声量で半ギレのツッコミを見せてしまったのでどうかとも思ったが、そのように微笑が漏れたのでまあよしとする。どこぞの二人組漫画家は「妥協はしたくない」と言うけど、俺はむしろ人生は妥協の連続だと思っている。
「じゃあ、よろしくねっ」
「あ、はい」
なぜか丁寧語が抜けない。初めからタメ口で入った奈帆は置いといて、俺が彼女に対して引け目を感じるのは間違いない。しかしその理由が分からない。まあ、人生わかってることの方が少ないし、いっか。
目の前に銀髪ロングのアンドロイドが立つ。にこにこしているのは仕様なのだろうか。ここの会社の機械はとても精巧に作られる傾向にあるので、なんだか一概に仕様とは決めつけられないのがね。
しばらくお互いに向き合って動かない。端から見れば付き合いたてのカップルみたいになってるかもしれない。しかし個人的には一週間、実際の暦では三日の間に三人もの新しい女の子に出会って、俺はもう童貞じゃないんじゃないかとも思えてきた。
ぐー。
「……ご飯食べてないの?」
「あ、はい、そうです」
「じゃあなんか作ったる!」
なんか見たことある展開だな。
「あの…………失礼ですがどのくらいポイントを使いますかね?」
「後払いでいーよ。なんか運営側から料理に関しては契約者が味わった後に相応の支払いを求めろって詰め込まれてるんだー」
誰かがクレームをいれたんだろうな。たぶんあそこが一番詐欺ってたよな。奈帆、帰ったら通報してやる。
「じゃあ、お昼の分頼みますね」
「はいよー」
銀髪を揺らしながら回れ右で台所に向かう夏帆。
「あ、でもクオリティはそこそこでいいですよ。これから何日もお世話になるんですから、七十の運ポイントは節約で行かないと――」
「あれ、言ってなかったっけ?」
一度背を向けた夏帆が、しかしこちらに向き返る。そして、さほど重要でもないかのようにこう言い放つ。
「私、賞味期限二日だから」
「夏帆さんにもあるんですね、期限」
「私のは『賞味』期限。他の子には『消費』期限とか『耐用年数』とかあるよー」
アンドロイドって消耗品なんだ。
「賞味期限が二日ってことは、奈帆――ごめんなさい、前うちにいたアンドロイドなんですが、あいつみたいに、三日で完全に『消費』しきるみたいなことではないんですか? 二日を越えても何日かはいてくれるんですか?」
「……私もわからないんだけど、たぶんこんな感じの私がいるのが二日ってことで、その後はもしかしたらぐれるかもしれないし寡黙になるかもしれないし、選択肢はいろいろあるはずだよ。まあそれはその時だねー」
その時だねーて。
「でもまあそうね、相応の出来事は起こるんだろうね」
そう言うと、夏帆は台所に歩いていった。
――バスタオル姿で。
「ああそうだ忘れてたわ。夏帆さん夏帆さん、姉の服がありますから、それ着てください」
「うん? ああ、ありがとね」
「いえいえ……適当に用意しておきますね」
それだけ伝えて、夏帆の方へは振り返らずに、姉の部屋へ向かう。どうやらバスタオル一枚でいるという恥ずかしさは彼女にはないようで、ふんふん鼻歌まで歌っている始末である。どんな知識よりも先にここちゃんとした方がいいんじゃない?
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