第三章 涼羽、そして夏帆
第9話 杉内、やり直す。
「…………ま…………お客様?」
「んぁ?」
気がつくと、俺はふっかふかの椅子に座らされていた。目の前にはショートカットの若いお姉さんがいる。
「運ポイントのご契約でよろしいですか?」
「…………はい?」
お姉さんは、なんでもない表情で言った。
「運ポイントの契約でよろしいですか?」
「…………おいおい嘘だろ」
なんだ、なんなんだこの強烈な既視感は。俺これ知ってるよ。この感じ。
「えっ? 先ほどあの人に言いませんでしたか、『契約する』って」
「いや先ほどって……大分前です」
個人的には一週間くらい前。
「それは……個人の尺度ですよね」
だから知らねえよ。
「ではご契約プランを……」
「いやいや、契約してますけど」
「……何言ってるんですか? さっき入ってきたばっかですよね?」
キッと視線を尖らせるお姉さん。やっぱりこわ。
「あの、俺、多分パソコンに記録残ってるタイプの人のはずです」
「……ちょっと何言ってるかわからない」
奇遇だな、俺もだ。
「あっ、お客様、もしかして死にました?」
「死にましたね」
「そんな軽々しく言わないでくださいよ」
「だって二回目だし」
「……二回目?」
やっぱりふっかふかの椅子の反対側には、やっぱりショートカットのお姉さんがいた。そのお姉さんは俺を怪訝そうに見ていたが、やがてパソコンに向くと、
「あー、確かに使われてますね」
予想通りの一言を口にした。
「このパソコン、そのリストバンドをつけたまま死んだ人を自動的に」
「あーはいはいわかってますわかってます。そのー、それにあるんだろ俺がいつどこで死んだか」
「よくご存じですね」
それは褒めてんのか? バカにしてんのか?
「えーっと…………二回目なんですか? 一回目には…………交通事故ですか、ふぶっ」
「何回見てもあんたは性格悪いな!」
人の死に様見て笑ってんじゃねえ!
「ごめんなさいです。ちょっと、ね。ちなみに今回は普通の住宅街なんですけど、どうしたんですか? 刺突でもされました?」
「そんなに世の中物騒じゃないですね」
「そうですか? 意外とここに来る人路上で刺されたりしてますよ」
世の中物騒じゃねえか。
「はあ…………事故ですよ。工事現場の作業員が工具を取り落として、それがたまたま俺の頭にクリーンヒットした次第です」
「不幸ですね」
「ほんとですよ」
どういう確率なんだろうね。頭に物が降ってくる確率って。
「えーっと…………ん? …………あー、なるほどなるほど」
そんなことを考えている間にも、お姉さんはカタカタとパソコンをいじる。
「…………どうしました?」
「いえ、お客様、アンドロイドと生活してたんですね」
「あ、そうですね。契約条件にあったので」
「そうですね。確かに、月五十ポイント契約の方はアンドロイドと生活しますからそれはいいんですけど…………これはそうですね、すごいです」
「何がすごいんですか?」
「そうですね…………お客様、今、なぜここにいると思いますか?」
「え? そりゃあれでしょ、運ポイントで来たんじゃないんですか?」
「そうですね、運ポイントと言えば運ポイント。しかし、それは杉内さんのものではありません」
「…………は?」
人の死に様に笑いを飛ばしてしたお姉さんの顔は、しかし真面目になってこちらと向き合っている。
「お客様、運ポイントは使い果たしてますね。アンドロイドの方に、全額」
「……あっ確かに」
最後の日すんごいご飯だったからそこで使い果たしているかもしれない。いや全額使った。ゼロの文字見たし。
ん? てことは……
「あれ? なんで俺生きてんの?」
「そう、それなんです」
お姉さんは顔色を変えずに、パソコンにも顔を向けず、目を合わせて話を続ける。椅子にもう一度座り直し、ふぅっとひとつ息を吐いて、話を続ける。
「あなたがなぜ生きているか。誰が運ポイントを払ったのか。それは――」
「……それは?」
「――アンドロイドです」
「…………奈帆が?」
「はい。私もはじめてこんな事例を見ましたが、どうやらアンドロイド自身がお客様に生き返れと念じたんでしょう」
そう説明をしながらも、何やら報告書みたいなのをまとめているお姉さん。本当にレアな事例なんだろう。時折首をかしげたり文字を間違えたりしながらも、バーっと、腕の勢いに任せて書き上げている。すご。若者の人間離れ。
「アンドロイドは、お客様のポイントを使用して、お客様に奉仕することになってます。それはもちろん御存じだとは思いますが、そのポイントってどうなると思います?」
「え?」
確かに、その事は考えたことがなかったな。奈帆は「給料」って言ってたけど、その使い道はよく知らない。
「運営側に全部渡るんですか?」
「だと思いますよねー」
「違うんですか?」
「そうですね。具体的には、アンドロイドが全部使えるシステムになってます。今回の場合、アンドロイドが『杉内さんを生き返らせたい』と願ったんでしょう」
確かに、全額――八十ポイントを持った奈帆なら、俺を生き返らせることはできるんだろう。前回も確か七十五だかそのへんのポイントを使ってた気がするし、全く考えられないことではない。
「…………あれ、でも、俺がループしてきて生き返ったら、それは俺が生き返ることで可視化できるんじゃないですか?」
確か、このポイントは「不可視の出来事」に対して効力を発揮するはずだ。この場合は違うんじゃ?
「だって、あの娘はもういないじゃないですか」
「あ、確かに、過去に戻ったのならまだ奈帆は俺に出会ってないから――」
「いやいや違いますよ」
その言葉にはまたしても微笑が混じっていた。
「彼女の消費期限は、三日でしょ?」
さも当然、とばかりに話を続けるお姉さん。
「線が一次元、面が二次元、立体が三次元、それに時間を掛け合わせた空間である現実世界が四次元。では五次元の空間には何が掛け合わされたと思います?」
「えっ……神ですか?」
「違いますよ。神て」
なんか笑っているけど先に進もう。
「それは、運です」
「……運?」
何だよ似たようなもんじゃねえか。
「n次元の存在は、n-1次元の物を見、操作できます、例えば人間は四次元の空間にいるのですが、その人間は時間軸を操作できません。その代わりに三次元、立体のものまでは操作できます。つまり――」
だんだん話に熱のこもってきたお姉さん。こういうのが好きなのかな。
「時間軸を操作できるものが、五次元の存在になるのです。それが、運だった」
室温は生暖かく調節されており、過ごしやすい。だからか、ここに来て何時間たったのかよくわかっていない。
「お客様、ついてない日には、その状態が幾日か続いたり、ここ最近ついてないなーなんてことあると思います。また、ついている時期だからこそ偶然にいい結果が生まれることもあるでしょう。宝くじとか、そういうギャンブルのようなものはそういうことに左右されることが多いです」
ふぅっ。お互いに一息つく。
「つまり、運は時間、主に未来を操作できる。たとえそれが良いものであっても、悪いものであっても」
「つまり……?」
「つまり…………」
お姉さんは努めて事務的に、事実を言った。
「運だけで生きているアンドロイドは、その運を使い果たすと、消費されたことになり、まあ早い話死にます。それは、未来のある時点で死んだとしても、その存在ごと抹消されるのです」
「…………じゃあ、今から俺がカタログを見ても、そこには奈帆はいないってことですか?」
「ええ、いませんよ。確認してみます?」
俺が頷くと、お姉さんは机の中から冊子を取り出す。それは前にもこのタイミングで見たカタログそのもので、表紙からして何一つ変わっていない。
確か、三ページ目のこの辺に…………
「…………ほんとだ、いない」
「つまり、そういうことです」
お姉さんは特別な感情を持つこともなくそう言うと、
「では、これより新しいアンドロイドをお選びください」
「…………あっさりしてますね」
「仕事なので」
淡々と作業を行うお姉さんを、俺は内にあるよくわからない気持ちを抑えながら見る。自動ドアが開いて、中の風が吹き込んでくる。ざわわー。観葉植物が揺れる。
その風で目の前に置かれたカタログのページもペラペラめくれてしまった。四ページ先くらいまで飛んだところで風が止み、目に飛び込んだこれまた親近感を覚えるアンドロイドと目があった。
「…………じゃあこのK―0ってやつで」
「はい、夏帆ですね、わかりました」
「かほっていうんですね」
「はい。夏にヨットの帆で夏帆です。ではまた何日か後にお届けできますのでお待ち下さい。では――」
すうー、ふー。深呼吸なのか、はたまた長いため息なのか。お姉さんはここで一息置くと、言葉を続ける。
まあでも、お姉さんがここで一息いれる理由もわからんでもない。なんせ――
「では、今から契約を最初からやり直します」
「ですよねー」
時は金なり。この一時間はもっと有効に使えたはずだろ。
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