第6話 奈帆、登場。
「いま説明書読んでたんですよね。そこに、箱から出したら動くって書いてありますよね」
「いや、あるけども」
俺の背後に立つアンドロイドさんは、開口一番、俺をバカにしてきた。
「だって、充電とかあんじゃないの?」
「いやいや、コンビニとかで充電器とか電池買うときって買ったそのまま使えるやつの方が多いですよね。私もそんなもんで、すでに充電が完了した状態で送られるんですよ」
やけにすらすら答えるなあ……
「てか、なんで俺の名前知ってんの?」
一番始めに「杉内さん」って言われたからね。個人情報どこ行った。
まっすぐ腰までのびた栗色の髪の毛にすーっと指を通しながら 、アンドロイドはなんでもないように答える。
「そりゃだって、さっき会員コード通しましたよね?」
「……あそっか」
「そうです。あの作業をすると、私の方に情報が来て、『あっ、今杉内さんのところにいるんだ』っていうのがわかります」
「なるほどね」
なんとも単純な話だった。そうだよね。配送確認だけだったら宅配業者がやってくれるでしょ。わざわざ俺がやる理由もなかったわけだ。
「さて、事務的な連絡はこの辺にして」
アンドロイドさんはチュートリアルを済ませると、機械のはずのその顔を人間のように緩ませて、
「で? 『重い』って何回言いました?」
その顔は人間だった。
例えば、不倫が発覚した夫に対して、ただただ質問攻めを浴びせる妻のように。
その顔は、人間のように、内に秘めた黒いなにかを表していた。
「えっと……どうしたの……?」
「五十キロ」
「……え?」
すーっ、という呼吸音が聞こえる。アンドロイドって呼吸するんだ。初めて知った。
「さっきから重い重いって言ってますけど、五十キロですから! せいぜい、たかが!」
「そ、そうなんだ…………あはは…………ごめんね。五十キロ、五十キロ…………」
「まあ、五十は少し盛りましたけど」
盛ったのかよ。
「少なくとも、あなた方が思う『重い』とかそういう重さじゃないですから。これが標準ですから!」
「わ、わかったわかった、わかったって」
なおもぷんすか浮かない顔をしているアンドロイドさんを置いておき、箱の片付けを始める。くっそ、どこでこんなでかい箱作ったんだよ。邪魔になるだけだな……
「……さて、杉内さん」
「ん?」
165センチはあるだろうその体が収まっていた箱だ。もう大きくて邪魔なこときわまりない。それでもどこに置こうか一応は考えていた俺の後ろから声をかけてくるアンドロイドさん。
「私の説明をしますね」
その声は冷静だった。しかし人間味を帯びた、機械とはほど遠いリアルなもので。あのうさんくさい会社、こんなものまで作れるのか。どう儲けてるんだが知らないが、ただこの技術力、この会社に持たせては豚に真珠だ。あるべきところに返してやらんと。
「契約したときに聞いている話もあると思いますが、我慢して聞いてくださいね」
てへっ、と若干だが照れた表情を見せたアンドロイドは、しかしまた表情を真面目なものに戻して息を吸い込む。
「私は、運株式会社というところで作られた、アンドロイドN―0号機です。0というのは、まだ試作段階であるからで、ここから先、私の妹たちができた暁には、あとの番号がつくのかもしれませんね。1とか2とか」
そういうのは妹っていうのね。
「で、N―0のNが何を表すのかは私もわかりませんが、たぶんAとかBとかもあって、そのなかで私がNって機械的に名付けられたんだと思うんですね。私もわかりませんが。生まれたときにはお前は今日から『N―0』だ、みたいな感じで頭に埋め込まれてますからね」
アンドロイドは更に続ける。
「N―0という名前ですが、まあ言いづらいことこの上ないので、便宜上『奈帆』って名前がついています。あだ名というか俗称というか、そんな感じです。ちなみにどっちが言いやすいですか? N―0と奈帆。呼びやすい方でいいですから」
「そりゃ奈帆だろ」
「でしたら、そう呼んでください」
にこっ。この娘は何て表情が豊かなんだろうか。ほんとにアンドロイド? 実は生身の人間なんじゃないの?
「さて、次に充電です」
「あ、ほんとにアンドロイドだったのね」
充電するからにはアンドロイドなんだろう。人間でも比喩的に充電期間なんていうけど、ほんとに充電をしているならただのグロ画像だし、実際休暇中に満タンになるかと言われればそうとも限らない。
しかし、この娘――奈帆の口からそう言われてしまうと、それは本来の意味での充電を示す。
「ほんとにっていうことの意味がわからないんですが、私はアンドロイドです。なんかの研究所で生まれて、そこで知識を詰め込まれて、で、こうして話したり、社会一般の常識ぐらいは身に付けてるつもりです。まあ試したことないんで分かりませんが、一応高校生の模擬試験を受けたら偏差値が58と出ました」
「58⁉」
やだー、奈帆ちゃん俺より勉強できるんやーん。へー…………現実って怖い。
「自慢というわけではありませんが、数学が一番できました。次いで国語、社会と。理科が絶望的なのでリケジョにはなれませんが、かといって文学少女かと言われれば話は別ですね。本読んだことないんで」
自慢じゃないと言いつつ半分自慢みたいなもんだろ。
「話がそれました。充電の話でしたね」
奈帆はしゃがみこむと、自らの入っていた箱から一本のコードを取り出す。
「私の左脇腹のところに挿し込み口がありますが、この充電プラグを、なんと言いましょうか、携帯を充電する感覚で、ブスッ、と入れていただければ結構です」
「お、おう……」
なんかあれだな、生々しいな。携帯の感覚でって辺りにこの娘の機械っぽさがあるのかな。
てかあれだな、腰横にプラグを挿すのってなかなかにドキドキするやつだな。いや相手は人造人間なんだけどね。
「……どうかしました?」
とか不純なことを考えていたら、奈帆が覗きこんできた。
「あっ、ちなみに下半身に充電プラグを挿しこんでも何も起きませんよ。穴がなければ何も入りませんし、そもそも生殖とかそういう概念がありませんしね。あ、でももとにしたのが人間なので、形はありますよ。見ます? すごく精巧に出来てますよ」
「いや大丈夫!」
なにこの人の洞察力。これ接し方を間違えば社会的な地位をも失ってしまうかもしれない。それは避けたいし、逆に俺にその辺の発想が起こることがあるという知識も持っているんだろう。すごいな。至れり尽くせり。
「じゃあそれはまたの機会にしましょう。股だけに」
「お前調子乗んなよ⁉」
どういうテンションなのさ彼女は。そういうこと平気で言えるタイプの女の子なのかね。
「で、充電なんですが、夜の間に勝手に私の方でやっておくので、大丈夫です。色々期待させたみたいですが、ごめんなさいね」
「だから大丈夫だって!」
この段階からかなり変なイメージがついたみたいだ。嫌だな。これから先何年か生きていくと思うのに。
「さて、自己紹介もした、充電の話もしたので、私の口から伝えるのはこの辺までです。食事とかも普通にしますし、水も飲みます。充電のところ以外ほんとに人間なので、特別に慮って接しなくて大丈夫です。なんせ……」
特別に何か感情が動いたわけでもなかった。それは俺はもちろん、奈帆の方も。髪を指で解いたり整えたりしているのはまあ女の子として普通だとは思うし、二人とも立ったままだが大して動じることもなかった。
だから余計に、続く言葉の衝撃は大きかった。
「――私、消費期限が三日なんです」
「……消費期限?」
「いくらとかマグロとか、なまものにたいしてつけられるリミットの事を、世間では一般に消費期限と言います」
変わらぬ声色で話し続ける。それは機械が故にか。それとも、彼女の中ではマニュアルの範囲内のことなのか。
「私がなまものなのかそうでないかは判断に困りますが、上がそう決めた以上そういうものなんですね。それが試作品というものです」
時刻はすでに一時を回った。音ゲーの行列はさぞかし楽しんでいるだろう。そういえば昼御飯食べてない……いや、食べたことには食べたか。ただあれは朝ごはんにカウントするものじゃないだろうか。でも昼を食べるかと訊かれれば答えは今のところ否。
「消費期限というのは、文字通り、消費する期限です。消費というからには、私の中の何かを消費するんだと思いますが、まあ何をもって消費というかはわかりませんね。私は機械ですし、体がなくなるということはゴミとかに出されない限りたぶんないんでしょうから、どういった意味での消費期限なのかはわかりません」
「……」
「ただ、三日のうちに使いきってくださいということです。以上で説明を終わりますが、質問ありますか?」
「質問しかないよね」
「どうぞ、杉内さん」
微笑を浮かべたまま、奈帆はおどけてそう言う。
「三日って……三日で奈帆はいなくなるってことなの? それともまた何か別に、奈帆が三日でバージョンアップするとか、更新とかが回ってくるの?」
「だからわからないっていってるじゃないですか」
別段怒ることもなく、奈帆は声色を変えずにそう言う。
「だから、その時まで待ってくださいよ。私もわかりません。そもそも試作段階ですから、これからもっと優れた妹たちが出てきますよ。弟かもしれませんね。でもまあ、その時が来たらその時です。気長に待ちましょう。質問が以上でしたらチュートリアルは終了ですが、いいですか?」
南東向きのマンションの一室。昼過ぎにはもう日の光は入ってこず、若干だが暗くなってくる。今日も例外ではなく、すでに部屋全体に影が差し込んでいる。
「……まあ、やってみないとわからないしな。いいよ、終わりで」
「それじゃあ、三日間、よろしくお願いしますね」
その瞳は、おおよそ機械とは思えないほど、まっすぐに、澄んだもので。
「おう、よろしくな」
俺はただそれに応じるだけ。
両の手の指先をピシッと揃えて体の左右に下ろしている奈帆は、その手をすっとお腹の辺りに置く。
「……ちょっとおなかがすいてしまいました。なんか食べるもんありませんか?」
「……あんた、どういう構造してんの?」
「いいじゃないですか。甘いもの、甘いものがいいです!」
「人んち上がり込んで早々にわがままかよ!」
「いいじゃないですかー、これでも女の子なんですー」
目前の女の子さんから目を離すと、しかたなしに冷蔵庫へ向かう。幸か不幸か賞味期限とやらのせいでお世話になるのは三日間だけらしい。そんなあるようでないものに振り回されることもないだろう。少しの間でもわがままを聞いてやるか。
「しゃーねーなー、プリンとかでいいか?」
「やったー! 知ってたんですか? 私がプリン好きなの」
「まっさか、偶然。説明書にも書いてないよ」
「そうですかー、すごいですね」
なんか勝手に偶然を感じられているがまあ置いておこう。プリンを与えれば黙るはずだ。
その前に。
「プリンはいいんだけどさ…………あんた、今バスタオル一枚だけどいいの?」
「えっ?」
あわてて顔を下に向け、自らの状況を確認する奈帆。その視線の先には、白いバスタオル一枚だけを纏った、際どい姿の自分が映っていることだろう。
アンドロイドなのに表情豊かな彼女は、このときも例外でなくその感情を露にした。
「……ちょっと、あの、着替え……ないですか? 下着だけでも」
下着だけでいいのかよ。
「姉の服があるから、それでいい?」
「あっ、はい! ありがとうございます! 下着ありますか?」
「…………たぶん、姉のほうが大分大きいから下着はちょっと」
「…………そうですか…………Cなんですけど」
「…………あっ、たぶん姉のほうがでかいかと」
「すみませんちょっと盛ったんですけどそれでも勝てないですね、おそろしや……」
盛ったのかよ。
「まあ、プリンと着替えは用意しとくから、待ってろ」
「あ、はい、ありがとうございます」
奈帆は軽く礼を言うと、胸の辺りに手を置いてなにやら一人考えに耽っている。悪いけど機械ならこれ以上の成長は見込めないと思うぞ。
そんな彼女の着替えを取りに部屋に戻る途中、視界の隅に姉の笑顔が見えた。心なしか勝ち誇っているようにも見える。子供か。
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