第二章 奈帆
第5話 奈帆、届く。
家に帰ると、本当に今日は五月二十日だった。先ほどは特に確認せずに言ったけど、テレビをつけたらしっかり二十日だった。
何て言うのかな、不思議なんだよね。もう通ったはずの日を生きるってことが。斬新な感じ。多分人生に二度はないよな。あったら困る。
家に帰って、途中のコンビニで買ったチルド弁当を温めて食べる。ちゃんと箸は入っていたが、家で食べる分には割り箸を使いませんので意味ないです。
「姉さん、ただいま」
写真のなか、高校一年生の姉さんは笑顔だ。ずっと、あの日から変わらずに。
「俺、一回死んじゃったよ」
花の水を変え、お供えにいくつか食べ物を置いて、そう言う。もちろん、両親のものにも。
「でもさ、なんか知んないけど、また戻ってきたよ。すごいよな」
何を言っても、姉さんは笑顔だ。ずっと。
「……やっぱり、姉さんの分まで、生きないとね。こんなとこでやすやすと死んでられないよ」
手を合わせて、姉さんの前から離れた。
五月二十三日。俺は、日曜日を満喫していた。日曜日。なんとも言えないこの響きが大好きです。愛してるう!
ところで、今日は最新の音ゲーが稼働する日だ。俺もこの日は楽しみにしてきた。もういくつねると、ってね。正月の方が好きです。
しかし、神様は俺に微笑んでくれなかった。
「って言っても、この時間じゃもう無理か……」
俺は、この大事な日に寝坊するという大失態を犯していた。泣ける。まあ、このタイミングで電池が切れる目覚まし時計も目覚まし時計だし、携帯はサイレントマナーにしてて鳴らないっていうね。ふざけんな。
現在時刻、十一時半。元々十時の開店を目指していたので、こうなってしまうとやる気もなくなってしまう。もういいや。
たまった宿題でも消化するかー。来年には大学受験だし、数学を諦めた分イングリッシュをどうにかしないといけないとは思ってはいる。思ってはいるのだが、前に進めない。やる気スイッチを押して欲しい、誰かー。
なにもすることがない日曜日ほど暇なものはない。うちの場合ほんとに俺しかいないので、ほんとにすることがない。いや、宿題はなんつーか別腹だよ。
「いただきます」
朝ごはん――のつもり。どうせすぐ昼ご飯たべるんだが――は、六枚スライスの食パンをほぼ真っ黒に焦がしたもの一枚。付け合わせはなし。めんどいからである。あれさ、何がめんどいって換気扇の油汚れ。頑固な汚れとか言ってるけどあれは頑固じゃなくてへばりついてる。往生際が悪いんだよな。
どうしよう。やっぱだめもとでもゲーセン行くかなー。やっぱり暇すぎるな。少なくとも古本屋で三時間は潰すな。
これが意外と至福のひとときだったりする。ちょうどよく耳には雑音が入ってくるし、本はタダで大量においてあるし、不意に買いたくなっても安く買えるので学生の財布に優しい。
マーガリンを塗りたくろうと思って卓上を見渡すが見つからない。あれ、どこやったっけ。そういえば冷蔵庫から出してねえや。めんどくさいから諦めよ。
トースターで二分半焼いたパンにかぶりつく。現在十二時。もう昼飯要らないんじゃないだろうか。
半ば自棄にパンをもっしゃもっしゃと咀嚼する俺。うまい、うまい。パンだけでも行けるな。あと二口くらい。
と。
ピンポーン
いつの時代も変わらないその音が、俺の朝ごはんタイムに横槍を入れる。なんだよ、俺の一日に一回の楽しみがよ。そんなに楽しみでもないけど。
「はいはーい」
「宅急便でーす」
「はーい……はい?」
宅急便なんて頼んだっけ……最近密林は使ってないし、生協もとってない。祖母からの仕送りならあり得るな……二十三日だし、あり得るな。
「はい、じゃあこちらにはんこをお願いします」
指示された箇所にはんこを押す。別に詐欺師的な何かでは無さそうだし、荷物を受けとる――
「重っ⁉」
「あ、大丈夫ですか?」
運んできた人も実は汗だくだ。相当辛かっただろうな。ここマンションの五階だし。
「ご、ご苦労様です」
辛うじてそれだけ伝えると、その荷物を家にいれてドアを閉める。
ここでその荷物の説明をしないといけないね。
まず、大きさ。箱の高さは俺と同じか少し低いくらい。百七十センチくらい。
そしてその重量。重い。五十キロくらいあると思う。久々にこんな重いの持ったな。
ていうか、多分箱自体に重さがある気がする。木箱というよりは木箱のように木目調に塗装されたプラスチックの箱だと思われる。
誰から届いたんだこんなもの……と思ったところで、その箱の下部についた伝票が目に入る。果たして、差出人は――
――運株式会社
ネーミングセンスの欠片もない差出人だった。
「こいつらか……」
最近なかなかに俺の人生に絡んでいるこの五文字。しかし、ポイントの使用のためのリストバンドはすでにもらったし一回使ってる。すごい使い方だけど。
しっかし、一体何が入ってるっていうんだ……?
伝票をよく読むと、そこには商品名が書かれていた。
――アンドロイド・天地無用
「なーるほどね」
思い出した。契約条件にあったわ。俺そこでアンドロイド選んだわ。なんか選べとか言われたからね。
しかもご丁寧に「天地無用」とまで書いてあるし。まあなかに人入ってんのにひっくり返すわけにもいかんしね。
まあいい、開けてみるか。
「こちらが上」と書かれた方の口を開ける。多分ここから出せば間違いはないだろう。
「よっ、と……重いんだよな」
細長いプラスチックの箱が中にひとつ入っており、そこに女の子が一体眠っていた。きれいに縁取られたケースに横たわり、静かにその出番を待っている。
どんな感じで入っているのか気になったので顔までしか出していないが、このまま引き出して大丈夫そうだ。
「よっ、よっ、と…………ッ!」
スッ。俺はせっかく引き出したケースをそのまま中に戻してしまった。何かに見て見ぬふりをして。何かとはなんだと聞かれれば、答えてあげるが世の情け。
――その子は、完全に全裸だった。
「ちょっ、まっ、…………えー…………?」
なんとまあ思春期童貞男子にはありがたくかつ困った案件なのだろう。箱のなかで眠る彼女は一糸まとわぬ姿であり、服はおろか下着もつけていない。未成年に送るの知ってるよなあいつら。いくら機械とはいえ辛いよ?
しかしこのまま放っておくのもなんかかわいそうだったので、風呂場からバスタオルを一枚持ってきて、色々隠しながらそーっと引き出す。ちびちびちびちび引き出していたらきりがないと思ったが、それは時間が解決した。
時計は一時若干前。
家の外の景色は淀んでいる。この地域あるあるの光化学スモッグだ。もう慣れた。
箱の奥を眺めると、そこに一枚の紙が入っていた。
「この度は弊社のアンドロイド試作機、『N―0』の試用にご協力いただきまして、誠にありがとうございます。これよりお客様と生活を共にする上での簡単なご説明をしますので、ご確認ください」
つまりは取扱説明書であろう。ずいぶんとでかい機械なのだが説明書自体はそんなに厚くない。最近の携帯とかは分厚すぎて「簡単な説明書」なるものが出てきている始末だが、これに関しては紙一枚。
それを、上から見ていく。
「本製品がお手元に届きましたら、まずスマートフォンかパソコンでこのサイトに飛んでください」
一番上にはそう書いてあった。なるほど、つまり紙の説明書を見て操作するんでなく、インターネット上でチュートリアルみたいなことをするんだろう。
記載されたQRコードをカメラで認識し、サイトに飛ぶ。一応表示されたURLを確認するが間違っていないようだ。
しかし、端から怪しい会社だ。この先どうなるかわからない。慎重に行こう。
まず要求されたのは、会員コード。これは向こう側も知っている情報なので入力。しかし、この後どんな請求が来るかわならない……と思ってはいたが、どうやら届いたかどうか、向こうが知りたかっただけのようだ。後は説明書を読めと書いてある。従う。
「箱から出たあと、すでに充電はしてあるので光を認識すると勝手に動きます。もうすでに動いてるかもしれませんね」
なんだよどっきりかよ。まだ動き出しはしないと思うので先に読み進めるとするか――
「重い重いってうるさいです」
「……誰?」
俺の知らないどこかで、誰かの声がした。
「誰って、ほかに誰がいるんですか?」
「いやだから俺以外に誰もいないって」
「杉内さん、うしろです」
「え?」
いまだに発生源がわからない声の方向を、恐る恐る振り返る。泥棒とかだったらどうしよう。俺ついてねえからなー、何があるかわかんね。
そして、視界に飛び込んできたのは――
「初めまして、杉内さん」
さっき箱から取り出した、アンドロイドだった。
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