10.雨の日の夜
――昔々、とある街の町長の屋敷に、両親を失って行き場を無くし、無理矢理働かされている少年がいました。
ある日、働いている少年の元に、町長の息子が通りかかりました。
それを見た少年は、自分をここから出してくれと、町長の息子にせがみました。
すると町長の息子は、他の町人に内緒で、少年を屋敷から逃がしてあげました。
少年はとても喜び、「君のことは忘れない。 この恩はいつか必ず返すからね!」
そう言って村を去っていきました。
数年後、立派な大人に成長した少年は、たくさんのお礼の品を持って再びあの街に戻ってきました。町長の息子もまた、立派に成長し、町長になっていました。
少年は町長の息子を呼び止め、お礼の品を抱えて言いました。
「あの時はありがとう! 僕のこと覚えてる? これ、お礼にあげるよ!」
すると町長の息子は――
すると、丁度屋敷の前であの時の町長の息子に会いました。
「あっ、ごめん皆、そろそろ夜ご飯の時間だから、お姉さん準備しに行くね!」
「えー」
読み聞かせを聞いていた子供たちは残念そうに声をあげたが、次のページを見てすぐに本を閉じた保育士は、その本を抱えて部屋を出ていった。
――すると町長の息子は言いました。
「お前のことなんて知らない。 それに、そんな品は既に屋敷の中に揃っているんだ」
そう言うと町長の息子は、たくさんの友達と一緒に屋敷の中へ消えていきました。
町長の息子にとって、少年との思い出は、忘れるほどどうでもよいことだったのです――
それがあの本の最後。 この施設の本はだいたい読んだから、そのことも知っている。
そういえばあいつ、前に職員室前を通った時に、同僚と子供たちの愚痴を言っていたな...。
所詮は金目当てで何の愛もない汚い大人か...。
この時から俺は、大人という存在が大嫌いだった。
ある日、この養護施設に随分利口そうな新人がやってきた。 年は俺と同じくらいだろう。
奥にいる派手な服装のあいつに話しかけた後、部屋の角に一人でいた俺のことも見つけ、話しかけてきた。
「君は、皆の所にいかなくていいの?」
これが、後に俺の運命を変えた、『ナイト』との出会いだった。
偶然気が合ったのか、ナイトの気遣いだったのか、俺たちはすぐに打ち解け、仲良くなり、そのうち、親友と呼べる程の仲となった。
しかし、あの雨の日の夜。
ナイトは、俺の目の前で、手の届かない闇の奥底へと、消えていった。
そこからだ。 運命というものは、俺たちを残酷に引き裂いたのだった。
「すぐに助けを呼んでくるからな!」
聞こえていないだろうとはわかっていても、ナイトの落ちた渓谷の底に向かってそう叫んだ。
大人の手を借りるのは嫌だったが、親友を救うためならこれも仕方ないと思った。
でも、その判断が間違いだったんだ。
どんな手を尽くしてでもナイトを助け出すか、せめて、その場を離れるべきではなかった。
雨が森に降り注ぐ悪い視界の中、俺は一晩中森を探し回り、夜が明ける頃にやっと人がいそうな村を見つけた。 その頃になると、さすがに雨も止んでいたが、雨の中必死に森を歩き回った俺はもうボロボロだった。
俺は、見つけた村を目指して走り、早朝の村の中で人を探した。
すると、農作業をしている農夫らしき男性を見つけ、急いで駆け寄った。
「おい! そこのおっさん! 俺の友達を助けてくれ! 渓谷に落ちちまったんだ!」
すぐにでもナイトを助けてほしかった俺は、必死にそれを伝えようとしてかなり言葉足らずな感じになってしまった。
「な、どうしたんだ君? とりあえず落ち着きなさい。 その友達のことは、村の物たちの所に話に行こう」
当然農夫の驚いていたが、意外にも適切な対応をしてくれて良い人だった。
「こっちだ! あの渓谷に友達が....!」
救出の道具を持った村の男数人と一緒に、ナイトが落ちた渓谷へと向かった。
昨晩は視界が悪くて無駄に森を彷徨ってしまっていたのか、晴れて視界もよくなったこの時間帯に来ると、案外村から近い場所に渓谷はあった。
渓谷のすぐ傍にたどり着くと、男たちは下を見下ろし、そのうちの一人が言った。
「友達が落ちたのはこの下だな。 すぐに降りて見てこよう」
そう言うと男たちは、慣れた動作で道具を駆使して下へ降りていった。 よほど運動神経が良かったのだろう。
しばらく待っていると、渓谷に降りていた男たちが、再び戻ってきた。
待ちながらも気が気がなかった俺は、すぐにでもナイトの安否を聞くことにした。
「あっ、ナイトは見つかったのか!?」
「いいや...探せる場所はできるだけ探したが、君の友人らしき姿はどこにも見当たらなかった」
真面目そうな男が言った。 それを聞いた俺は、一瞬どういうことなのかわからなかった。
「そ、そんなはずない! きっとどこかにいるはずだ!」
ナイトの落ちたこの渓谷は、少なくとも15m以上深い。 普通の子供が落ちて無事で済むはずがない。
俺が場を離れた後に目覚めてどこかへ移動したとも考えにくい。
「何か痕跡があったとしても、昨日の雨じゃ流されてるだろう」
困惑している俺に、真面目そうな男がさらに追い打ちをかけてくる。
「どこかで助けを待ってるかもしれないじゃないか! もっとよく探してくれ!」
「おいお前。 さっきから聞いてりゃ生意気な口ききやがって、こっちは他人のお前のためにわざわざ頼み聞いてやってんだぞ」
俺が捜索の続行を頼もうとすると、それを遮るようにして、後ろで腕を組んで怪訝そうに見ていた男が言った。 それに加勢するように、隣の男も不満を放つ。
「だいたい、そんな時間ににガキ二人で雨の中ほっつき歩いてたなんてのも、おかしな話だよな」
「探せる場所は殆ど探したんだ。 これだけ探して見つからないんだ。 その友達ってのも、架空の存在なんじゃねぇのか?」
あの夜、確かにナイトは俺の前で闇に消えていった。 ナイトは、俺に初めてできた友達で、親友だ。 一緒に辛い過去も乗り越えて、自分達で外の世界を見て、夢を探していこうとしていた。
そんな親友を、存在すら否定された。
「...! 違う! 俺はナイトと、夢を見つけるために...!」
「はいはい、それもどうせ構ってもらうための嘘なんだろ」
先ほどから悪態をついているガラの悪い男は、飽きれながらも薄ら笑いを浮かべ、俺に近づいてくる。
「嘘なんかじゃない! 俺は本当に友達を助けようと...!」
「いいかげん大人をからかうのは止めろ!」
男はしつこく言い返す俺に腹がたったのか、急に俺に怒鳴ってきた。
言い返したかった。 できることなら殴ってやりたいぐらいだった。
でも、それ以上何も言い返せなかった。 俺が勉強させてもらえなかったからだろうか。
誰が悪い。
親だ-
大人だ-
「ほらついてきなさい。 近くにある養護施設に保護してもらおう」
真面目そうな男が俺の手をつかみ、連れていこうとした。
俺は、愛も温もりもないその手を振り払い、走り出した。 あそこにはもう戻りたくない。
「あっ、こら! 待て!」
後ろから大人達の呼ぶ声が聞こえたが、後ろは振り向かず、耳を塞いでひたすら走って逃げた。
いつか聞かされた大人達の言葉が、頭の中を駆け回った。
『ガキの癖に生意気だ』 『本当使えないな』 『何でお前がうちの子なんだ』 『もうお前はいらない』
さようなら-
もう嫌だ、何も聞きたくない。 汚れたお前らの言う言葉は耳が痛くなるだけだ。
薄暗い森を走り抜ける。 俺の中で、消えていくものがあった。
ナイトからもらった、心の温かさ。
そして、嫌いな大人達に抱いていた、わずかな希望-
時の吸血鬼 夢乃藤花 @Asuka_s99
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