9.友の足跡
「さて、とりあえず、お前の話どこまで本当かわからないから、最初から話してくれないか?」
机の蝋燭に明かりを灯し、椅子に腰をかけた。
「かつての居城では、魔族のs...」
「そこからじゃない! あと、標準語で話せ!」
そのまま喋られてもなんとなくわからないこともないのだが、一々解釈しながら聞くのは面倒すぎるので、彼の言葉を遮って注意した。
「...あれは、君たちが施設を抜け出した時だったかな...」
何だ、普通に喋れるじゃないか。 昔の訛りも直っている気がする。
「実はあの時、僕は起きててさ。 気になったから君たちの後を追っていったんだ」
「お前までいなくなって大丈夫だったのか?」
「僕は誰にも縛られn...」
「そういうのいいから」
「....」
「...で、でね、視界も悪かったから君たちを見失っちゃって。 仕方ないから一晩彷徨って見つけた村に住ませてもらってたんだよね」
「ほう...」
視界悪かったのに一晩で村見つけられたのかよ...。 既にツッコミたくなったが、埒が明かないのでこのまま続けてもらおう。
「あれは確か、僕が18ぐらいの時だったかな。 急に村の兵士たちが、吸血鬼から子供を取り返すとか言って森に入っていったから、こっそりついていったらこの森で君を見つけたわけだよ」
「あの事件の日か...」
まさかこんな目立つ奴が身近にいたとは...気づかなかった...。
「そこで僕も厨二として君に負けていられないと思って、魔法を学んで不老不死に近い状態になれる薬で今はこの姿のままで魔導士やってるんだよ」
「俺は厨二でもなければお前と勝負をしていた覚えもないんだが...」
「まあ、君たちの森の復旧を邪魔しちゃ悪いから、ずっと屋敷の階段下で暮らしてたんだけどね。 気が付いたら90年もたっちゃっててさー。 いやー、時の流れって早いもんだよねー」
「とりあえず、お前の人生がミラクルの連続だということはわかったよ...」
こいつ、馬鹿なのか天才なのか見分けがつかないな....。 というか、話を聞いててツッコミどころが多すぎる。 一人で施設を脱走しといて一晩で定住できる村を見つけ、そこが丁度この森を襲った兵士のいた村で、森で俺を見つけたからといって対抗して不老不死の魔導士になったような奴がずっと同じ屋敷に隠れてただと...。 全く、階段下の魔導士とかどこを目指してるんだか...。 いつは強運すぎる上に俺と腐れ縁だとでもいうのか...?
話を一通り聞いてあきれながらも、こいつの処分をどうするか考えていると、俺が喋るのを待っているのか、傍の本棚を物色していたウルドが突然思い出したように話し始めた。
「そういえば、僕が君に会ってから聞きたいことがあったんだけど、いいかな?」
「何だ?」
「あれからレイ君はどうなったの?」
その言葉を聞いて、俺の中で引っかかっていた記憶が再び呼び覚まされた。
『レイって呼んでくれ』
『ここから抜け出さないか?』
『次に雨が降った晩に、出発だ』-
全て、思い出した。
曖昧になって、薄れかけていた記憶が一気に結び付いた。
そして、知りたくなった。 あいつがどうなったのかを。 できるならば、また会いたいとも思った。
藁にも縋る思いで、椅子から立ち上がって目の前にいるウルドを問いただした。
「...そうだ! ウルド! お前しばらくは外で暮らしてたんだろ!? レイのこと何か知らないのか!?」
さすがのウルドも驚いて、一歩後退してから言った。
「えっ、ま、まあ、レイ君っぽい人は森で見かけたことがあるけど...。 最近のことだから、たぶん違うと思うよ」
彼はそう言ったが、俺は村でラスタから聞いた話があいつと関係があるのではないかと、ずっと気がかりだった。
「...お前、数年前近くの村であった殺人事件を知ってるか?」
「ああ、その事件なら知ってるよ。 犯人が人狼とか言われてるやつでしょ? ...でも、それがレイ君と何か関係あるの?」
多少冷静を取り戻した俺は、この前ラスタから預かった二人の子供が写る写真を見せた。
「この写真は、その事件の犯人。 つまり、人狼と言われてるやつが落としていった物なんだが...」
「えっ! これって、君たちが施設で撮っていた写真じゃないか! しかも、レイ君が預かるって持ってた写真...」
確かにそうだが何でそんなことまで詳しく知っているんだこいつは...。
「何で俺たちのことをそこまで知っているのか気味が悪いが...このことから考えられるのは...」
レイが持っていたはずの施設の写真を、事件の犯人である人狼が落としていった。
「人狼の正体ってまさか...」
夕暮れ時、ある人間の村に一匹の弱った狼が迷い込んできた。
「おい見ろ! 狼が村に入ってきやがったぞ!」
「何か病気を持っているかもしれん、離れたら危険だ! みんな離れろ!」
「よし、お前らは下がってろ。 こいつは俺が処分してくる」
リーダー格の比較的たくましい男が村人の中から現れ、狼を抱えて村の外へ出ていった。
村からある程度離れた川辺についた男は、狼を放り投げ、地面に叩きつけた。
狼が震える足で再び立ち上がろうとすると、男はさらに狼を痛めつけた。
狼が動かなくなると、男はそれを見下ろし、独り言を漏らした。
「全く、小汚い狼が人の村に入り込みやがって...」
一瞬冷たい風が吹き、森がざわついたと思うと、背後から声が聞こえた。
『お前今、何をした?』
男が驚いて後ろを振り向くと、そこには月下で蒼い髪とボロボロのコートをなびかせてこちらを睨む、18歳ぐらいの少年がいた。
「なっ、何だお前! びっくりさせんなよ...」
突然のことに男は震えあがったが、それでも威厳を保とうと落ち着いて言い返した。
「そいつに何をしたと聞いている...」
少年は、睨んでいた目を男の後ろに横たわる狼に向けて言った。
「何って、村に入り込んだ狼が村人に噛みついたりしたりする前に、眠ってもらっただけだ」
「誰かに噛みつく確証もないのに、お前の勝手で殺したのか?」
面倒くさそうに返す男に、少年は一層睨みを聞かせて問う。
「うるせぇな。 事が起こってからじゃ遅いんだよ。 こんな元々弱ってた狼一匹、死んでも構わねぇだろ。 わかったらガキはさっさと家に帰りやがれ!」
男が怒鳴り、少年に背を向けて村へ帰ろうとするとすれ違いざまにまた少年の声が聞こえた。
『なら俺も、穢れた人間一匹、殺しても構わないよな』
「お前いい加減に...!」
怒鳴り返して殴りかかろうと振り向いた時には、もう遅かった。
突然飛んできた鋭利な小石が足に刺さり、痛みで体勢を崩しかけると、片腕を切り落とされた。
地面に倒れこんだ男がもがきながら言葉にならない声で命乞いをすると、少年はコートの内側から自作と思われる石製のナイフを取り出し、その場でしゃがんだ。
涙目でうめき声を漏らす男の口を押え、そのまま掴みあげると、笑みを浮かべながら男に訊いた。
『弱者の痛みが、分かったか?』
その質問に答える間もなく、男は首をナイフで貫かれ、息絶えた。
「治療は終わりました。 明日には動けるようになるでしょう」
狼の耳と尾を持った小柄な少女が、ナイフの血を川で流す少年に言った。
男によって瀕死になっていた狼は少女に治療され、傷も殆ど治りかけていた。
「そうか、じゃあそろそろ帰ろう」
淡々とした会話を終えた二人は、月が照らす森の中へと消えていった。
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