7.愛された少年

 

 あの後、どれだけ眠っていたのかはわからない。

目が覚めると、いつからか降っていた大雨で、周りの火は殆ど消えていた。

 しばらく周りの状況を見て困惑していたが、俺はすぐに爺ちゃんのことを思い出し、森の外へ向けて走り出した。 何故だか、いつもよりもずっと速く走れた気がした。


 森を抜けた頃には雨はだいぶ弱まっていて、重々しく残る煙混じりの雲も消えかけていた。

衛兵のものと思われる足跡を辿ると、人がいたらしき場所を見つけた。


 しかし、近くには汚れた一本の矢が落ちているだけで、爺ちゃんはおろか、一滴の血すら落ちていない。

衛兵達に始末されたのか、それとも大量の雨水であったはずの痕跡も流れてしまったのか、爺ちゃんがどうなったのかすらわからないのがたまらなく悔しかった。


 顔を伝っていく水滴が、涙なのか、雨水なのかなんてのはどうてもいい。 雲の隙間から差し込む日の光がとても暑く、眩しく感じたのも大して気に留めず、とぼとぼと森の奥へ帰った。


 ただ、それっきり人間の兵士達が戻ってくることがなかったのも、森の被害が最小限で済んだのも、俺が吸血鬼になっていたのも、全部爺ちゃんのおかげだとわかった。


 それでもなんとなくやりきれなかった俺は、こっそり人間の村に行き、爺ちゃんが森をかばって死んだことを、兵士から聞いた。

 そのことをみんなに話すと、バラバラになっていた心もいくらか団結したようで、爺ちゃんの守ってくれたこの森を、生き残った俺達で復旧していこうと立ち上がった。


 村民や動物の治療、倒木の整理、建物の修繕、植林...。


 村と森を元の姿に戻すには数十年かかってしまったが、不老不死となった俺にとって、それはもうどうでもよいことだった。


 屋敷の前には英雄となった爺ちゃんと、今回の事件の犠牲者達の慰霊碑を建てた。

爺ちゃんの遺品は、当時の炎で殆ど燃えてしまっていたが、金庫の中に彼が大切にしていた薄い本を見つけたので、こっそり他の遺品の中に混ぜて埋めた。

これで爺ちゃんも安心して眠れるだろう。


 村の皆は、爺ちゃんの血を受け継ぎ、恩返しがしたい一心でいつの間にか復旧作業の中心となっていた俺を、3代目村長として思い出のあの部屋に住まわせてくれた。


 部屋の窓から平和な村を見下ろし、俺は安心して早朝から眠りにつく。


こうして俺は、爺ちゃんが育ててくれたこの村の、この部屋で、村長として平凡な非日常を送っている。



 これが俺の、まるで夢のようで、嵐のように過ぎ去った、90年の物語。

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