6.森を守る者

  

 「はぁ...やっと腰の痛みが引いてきた...」


急に動いたせいで腰を痛めたメレクは、壁をつたいながらもやっと屋敷から出てきた。

それから、目の前に広がる村の景色に絶望を覚えたのは、言うまでもないことだった。


「な...村が...まさかあいつら...」


頬にあたる熱気が、森に住まう者の痛みを運んできたようだった。


 「兵長様、奴ら吸血鬼は害虫のように生命力が高い...。 この程度では、全滅させることはおろか、復讐される可能性もあります。 この森ごと焼き払ってしまいましょう」

「うむ。 そうするとしよう」


フードの男がそう言うと、兵長も同意し、それに続いて他の兵士達も松明を持ちながら森の入口へと歩いていった。


 「あ、あいつら...まさかこの森ごと燃やすつもりか...!? そんなことをすれば、この村だけでなく、森や森周辺の生き物達も死滅してしまう...」


普段は死を酷く嫌う人間が、平気で他の命を奪う。 そんな残酷な一面にメレクでさえ恐怖を感じた。

急いで兵士達を追いかけようとすると、火がうつっていない石製の建築物の前にうずくまっているナイトを見つけた。 それに気づいたメレクは、すぐにナイトの元に駆け寄る。


「ナイト! 大丈夫か!?」

「村が...森が...燃やされる...。 俺のせいで...」


ナイトはうずくまったまま頭を抑えて、目も合わせない。


 「この村も森も、村長であるわしが必ず、守って見せる...」


 -例え、この身を犠牲にしてでもー


メレクは自分に言い聞かせるように呟くと、あの風のような速さで、森の入口へ向けて走り出した。


 森を駆け抜ける途中で聞き慣れない不吉な音を聞き、スピードを弱めて辺りを見渡すと、背後から重い何かが倒れ掛かってきた。 メレクが聞いた音は、木が焼け落ちる音だったのだ。

倒れてくる木をまともに受けてしまったメレクは木の下敷きになり、その場で倒れた。




 その頃ナイトは、やっとのことで立ち直り、メレクの後を追って森の道を走っていた。

そして、しばらく走ったところで、木にもたれかかるメレクを見つけた。


「...爺ちゃん!? 大丈夫!? 何があったの!?」


急いで駆け寄ると、彼は主に足を怪我しているようだった。 さすが吸血鬼といったところか、打撲や擦り傷らしきものは既に治りかけている。 しかし、足の火傷の跡は痛痛しく残っているところを見ると、吸血鬼は日光や火といった、熱によるダメージを受けやすいと思われた。


 「心配するな。 焼けた木が倒れてきただけじゃよ。 こんな傷、吸血鬼のわしならすぐに治る...」


彼の言い分は、火傷の重さと比例していない。 明らかに強がっていると、ナイトでも分かった。


「俺、もう一回あいつらの所に行って、ちゃんと説明してくるよ」

「駄目だ!」


ナイトが走りだそうとした瞬間、メレクはこれまでに聞いたことのない強い口調で言い放った。


「何でだよ! こんな時ぐらい俺の言うことも聞いてくれよ!」



「...それなら、わしの願いを聞いてくれたら行かせてやろう」

「本当に!? その願いって何?」


すぐにでも兵士達を説得に行きたいナイトは、必死にメレクから許可を得ようとする。


「...わしは今まで人間の血を飲むのを拒んできた。 だが、今はそれどころではない。 お前の血を少し分けてもらえれば、すぐに傷も回復し、一緒に奴らを説得しに行けるじゃろう」

「わかった! じゃあ早く!」


冷静な判断ができなくなっているナイトがそう言ってメレクに近寄ると、意外にも首ではなく手首を捕まれた。 次の瞬間、ナイトの視界は赤く歪み、酷い眩暈に襲われながらその場に崩れた。



 あれだけ酷かった傷はすぐに塞がり、ひっくりと立ち上がる。


「すまないナイト。 だが、これ以上大切なものを傷つけたくはないんじゃ...。 これでお前の望みも、半分ぐらいは叶ったじゃろうか...」


振り返りざまに倒れたナイトを見ながら、そう呟く。

 位の高い吸血鬼は、ただ血を吸うだけでなく、自分の血を相手に分けるようなこともできる。

ナイトが倒れたのは、体内に流れ込んだ吸血鬼の血液により、急激な体質の変化が起こった反動である。


 すまないな...ナイト、わしは狡い奴だ...。 我が儘な奴だ...。

だが、わしの最後の我が儘に付き合ってくれ...。


 ーこの森を守るのは、わしの役目だー


そう決心した彼は、再び焼けた森の中を走り始めた。




 黒煙を吸い込んでいく夜空を、炎が赤く照らしていた。

焼けていく森の入口では、敵を倒した衛兵達が談笑していた。


 「兵長、これだけ燃やしてしまえば、あの村も相当な被害を受けたはずです。 弱った吸血鬼の残党は、後で我々が直接殺すとしましょう」

「うむ...しかし、凶悪な吸血鬼達がすぐに襲ってくると思ってこれだけ武装してきたのに、案外簡単に終わってしまったな...。 あの黒いフードの方が言っていたことは本当だったのだろうか...」


 そこへ、燃える木々を抜けて、黒いコートを纏った吸血鬼の村長、メレクがやってきた。


「待て! そこの人間達よ!」


威厳あるその重々しい響きを聞き、衛兵達は振り向いた。


「誰だ貴様は!」


兵長が聞き返す。


「わしは吸血鬼の森二代目村長、メレクだ! そんなにわしらが憎いのなら、わしを殺してすぐにこの場を立ち去れ! さもないと、お前達の帰る場所も、ここと同じ運命を辿ることになる!」

「何を言っている!お前一人を殺したところで、吸血鬼全員を根絶やしにしなければ、人々の不満が収まることはない!」


衛兵の中にいた兵士の一人が、メレクに口をはさんだ。 それに対して、メレクも負けずに言い返す。


「まだわからないのか! お前達はわしら吸血鬼だけでなく、森の住まう全ての生命を奪おうとしているんじゃぞ! 自分らの平穏のためなら関係ない命まで犠牲にするつもりか!」


その場にいた兵士達は皆、今は自分達のほうが悪であるということに気づいた。

それは、メレクの言い分が紛れもない正論であったからだ。


 「面白い、メレクといったか...。 自分を犠牲にしてでも仲間を守るという覚悟、敵ながら感動した!」


兵長はそう言ったが、和解してハッピーエンドで終われないのが二種族の悲しき運命。


 「貴様の勇士は、すぐに仲間の元にも届くだろう...」


兵長は、部下から受け取った弓を引きながらそう言い、メレクに向けて火矢を放った。

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