5.焼き付いた景色

   

 少年が吸血鬼の森に来てから、約8年の月日が流れた。


 種族の違いから生まれる寿命の壁は厚く、時間間隔には大きな差があったが、ナイトにとっても、住民にとっても、その7年はとても貴重な時間であった。

何十年、何百年たっても殆ど変わらない景色の中でも、人間である彼だけは、大きく成長していた。



 「おお!新しい服も似合ってるじゃないか! それにしてもお前も随分大きくなったのう...」


身長174cm程、屋敷のメイドが特注で作ってくれた水色のワイシャツとスラックスを着ている。

今の彼に相応しい格好であり、人間の街へでても違和感はなさそうだった。


「年齢で言うともう18歳ぐらいか...。 でも、わしから見ればもう十分大人じゃよ」


500歳過ぎのおっさんが何を言ってるのかとナイトは思ったが、メレクは外見のことを言っているのであった。

するとメレクは、急に真剣な顔つきになり、ずっと心に留めていたことを話し始めた。


「...そこでわしから話があるんじゃが...、お前ぐらいの年の人間は、親から離れて自立し始める年らしいんじゃ...」


メレクは至って真面目に話しているつもりだったが、自立の話しを初めて持ち掛けられたナイトは、いつものように冗談を言っているのかと思った。


「それがどうかしたの?」


あまり本気にしてもらえてないのはメレクも薄々気づいていたが、そのまま続けた。


「...お前ももう一人でここを出て、何か仕事を見つけたりする時期なんじゃよ」


しばらく考え込んだ後、ナイトもまた、真剣な眼差しを向けながら言い放った。


 「嫌だ! 俺はここまで育ててくれた村のみんなに恩返しするために、ここに残りたい!」


それは、今まで利口だったナイトが初めて見せた、我が儘という子供らしい一面だった。


「やりたいことがあるとするなら、爺ちゃんの補助をしながら、この森をより良くしていくことだけだ!」


今度は若干の子供っぽさを残しながら、さっきより具体的な願いを言ってきた。

さすがのメレクも、自分の育てた子供の強い思いに心を打たれたが、そう簡単に折れたりはしない。


 森のためにそんなに考えてくれるのは嬉しいが、人間のナイトをいつまでもここに置いておくわけにもいかない...。


 自分たち森の者が変わらない姿でいる中で、ナイトだけが年をとり、自分よりもずっと老いた姿に変わっていき、こんな暗闇の中で一生を終える。

それを、育てた自分達が見届ける。 それは、本人にとっても、森の者にとってもとても残酷なことであり、何より、彼のそんな息苦しい一生は、見ていられない。


 様々な考えと感情が複雑に葛藤を繰り返していると、突然、地鳴りのような轟音が村全体に響き渡った。


 「な、なんじゃ!?」


平穏を切り裂くようなその音に驚き、部屋の窓から村を見渡す。

すると、村の入口付近に見慣れない人影が数名見えた。

身に着けている物から察するに、人間の村の衛兵団だろう。 狭いトンネルのようになっていたはずの入口は、大きく崩されている。 おそらく、先ほどの轟音は、彼らが入口を爆破した音だろう。


 しばらくの間呆気にとられていると、銀色の鎧と兜を身に着けた兵長らしき男が前にでてきた。

男は兵士達の先頭に立つと、村を見渡しながら声を荒げて抗議を始めた。

「聞け! 我々の生活を脅かす怪物共め! 貴様らが人の子をさらい、ここに監禁しているということは既に知っている! すぐに子供を引き渡せ! さもないとこの森に火を放つ!」

そう言う男の背後には、火矢の準備をして待機する兵士が見えた。 どうやら彼らは本気らしい。


 「一体あいつらは何を言っているんだ...わしらは人間をさらってなんか...。はっ! まさか、ナイトのことを言っているのか...!?」


 間違った正義感に燃える奴程面倒な奴はいない。

緊迫した状況と、戸惑うメレクを見て責任感を感じたのか、ナイトはガラス越しの衛兵を睨みながら言った。


「爺ちゃん...きっとあいつらは何か勘違いしている。 俺が行ってちゃんと説明しなきゃ...!」


そう言うとナイトは、急いで部屋を飛び出して行ってしまった。


「あっ! 待て! ナイト! はっ、腰がっ...!」


急いで後を追おうとしたが、こんなところで年寄の弊害が発生してしまった。



 村の中道を走り、武装した兵士達の前で立ち止まった。

深くかぶった兜の隙間から見える兵長の目は、疑いと怒りを浮かべながらこちらを睨んでいる。


「待ってください皆さん! 俺は確かにここで育てられましたが、この村の人達は、瀕死で帰る場所もなかった俺を助けてくれたんです! 誰かをさらったりするような悪い人達じゃありません!」


ナイトが涙目になりながら必死に訴えると、兜の奥で睨んでいた目の怒りが、少し和らいだ。

 これで納得して帰ってもらえるかと村民達も不安げにその様子を見ていると、兵長の後ろから、黒に近い禍々しい色をしたローブを羽織った男がでてきた。 フードを深くかぶっていて顔はよく見えないのだが、それが影で見えないのか、もともとそこに顔がないのか、何とも不気味な雰囲気が漂っていた。

腰に下げた錆びた黒い剣が、さらなる不気味さを醸し出している。


「可愛そうに...兵長様、あの子は怪物共に洗脳され、我々から庇うように脅迫されているのでしょう。」


まるでノイズのような、深い憎悪が籠ったような声でフードのそいつは言った。


「な...何を言って...!」


当然そんなことをされた覚えもないナイトは、困惑する。

すると、フードの虚言を吹き込まれた兵士達は、教唆されたかのように再び怒りと疑いの目付きで村を睨み始めた。

 険悪なムードが漂う中、ついに兵長が口を開き、怒りに震えた声で叫んだ。


「おのれ忌々しい怪物共め...さらっただけでなく、子供を洗脳までするとは...もう許さん! 火を放て!」


兵長の合図とともに、兵士達は即座に矢に火をつけ、周囲の木々や村の家に向かってそれを放った。


「止めろおぉっ!」



 パチパチと木材の燃える音、住民の悲嘆の声、熱さと絶望で揺らぐ視界の中、ナイトはその場で崩れた。


 

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