3.幸の傷跡

 

 殺された。

母さんも、父さんも。


 俺の誕生日プレゼントを買った帰りに、強盗に襲われ、殺されたらしい。


 まだこんなに小さいのに可愛そうだとか、悲劇の家族だとか大人達が騒いで、無理矢理ぱっとしないカウンセリングに連れていかれたけど、周りの言葉なんて、殆ど耳に入ってこなかった。


 その後僕は、人里離れた養護施設へと、引っ張られていった。


「はーいみんな~! 今日からみんなと一緒に暮らすお友達を紹介するよ~!」


若い保育士が遊んでいる子供達に呼びかけた。


「...ナイトです。 よろしくお願いします」


そこにいるのは大きい子でも10歳~12歳ぐらいの幼い子供ばかりだったが、自分は至って礼儀正しく、淡々と自己紹介をした。


「みんな仲良くしてあげてねー!」


 「じゃあナイト君先生は隣に部屋にいるから、何かあったら呼んでね!」


そう言って先生は、部屋を出ていった。

やたらテンションで押し切ろうとするあたり、新人臭が溢れ出ている。

部屋の中央には机に向かって絵を描いたり、玩具で遊んでいる子供達がいた。

自分はどちらかというと騒がしいのは苦手な方なので、子供達の間を抜けて、奥の読書スペースに向かおうとした。


...何かいる...。


積まれた本の真ん中に座って、明らかな異彩を放つ少年が、こちらを見つめている。

銀髪にオッドアイ、真紅のローブに身を包むその美少年は、まるで絵本から飛び出してきたような姿だった。

明らかにこの空間に彼の存在は異様するぎる。

それどころか、彼の周りだけ謎のオーラが漂っているようにも見える始末だ。

気にせずにいられなくなった俺は、近くにいた少年に声をかけてみた。


「ね、ねぇ君...」

「ん?俺に何か用?」

「あそこにいる子、明らかに人じゃない気がするんだけど...」


そう言って例の美少年を指さすと、声をかけた少年は、少し笑いながら言った。


「あぁ、あいつか。 最初はみんな驚いて話しかけるんだけど、話がよくわからないから、結局一人でいるんだよ」

「そ、そうなんだ。 ありがとう」


とりあえず、自分も少し話しかけてみることにした。


 「あ、あの...君って人間だよね...?」


単刀直入に聞いた。


「我はウルド・アルバトロス3世。 かつての居城では、魔族の支配下にあったが、自由を求めてこの世界に降り立ち、この城へやってきたのだ...」


彼は、とても10歳前後とは思えないような言葉遣いで話した。

気のせいか、発音が訛っているというか...慣れていないような感じだった。


「....つまり、周りが厳しいから家出してきたってこと?」

「おお!我の言葉が理解できたのは其方が初めてだ! 是非とも我を契約し、盟友に...あっ!待って!普通に喋るから!僕と友達に!」


 さすがに面倒くさいので振り返って戻ろうとすると、丁度真横に子供達のいるリビングからは見えないスペースがあり、そこには、うつろ目で本を眺める青髪の少年がいた。

後ろの厨二病は気にも留めずに、俺はその少年に向かっていった。


 「君は、皆のところに行かなくてもいいの?」


青髪の少年は、チラっとこちらを見たが、再び視線を本に戻し、言った。


「俺は、あいつらみたいにくだらないことで騒いでる奴が嫌いだ」

「そうだったんだ...。 いきなり馴れ馴れしく話しかけてごめんね」

「別にいいよ。お前新人だろ。晩飯までまだ時間あるし、少し話そうぜ」


 彼は読んでいた本を置き、俺を隣に座らせた。

よく見るとその本は、イラストや写真ばかりのもので、それはどれも、街の人々の幸せそうな暮らしを捉えたものだった。


 「俺の名前はレイグン。 よろしくな」


俺はその単語に聞き覚えがあった。


「レイグンって確か、どこかの国の言葉で、雨って意味だっけ...?」

「ああ、よく知ってるな。 自分でつけた名前なんだ。 青い俺にぴったりだろ」


そう言う彼は、髪だけじゃなく瞳も青い。


「...自分でつけた?」


俺はそのことが理解できなかった。


「俺の親はな。俺を道具みてぇにこき使って、名前で呼んでくれることもなかった。 だから俺は、捨てられてここに来た時も自分の名前がわからくて、自分でつけたんだ。 自分達で勝手に産んどいて、他の優れたものと比べたりして...。 邪魔になったら捨てる。 ここにはよ、そういう自分勝手な親のせいで来たやつも、何人かいるんだ」


憎しみのこもった彼の言葉を聞いて、自分がいかに幸せな家庭で暮らしていたのかを知った。

優しかった両親とはもう会えないと聞いた時、自分がいかに不運で、なんて不幸なんだと嘆いていたことが恥ずかしくなった。


「ナイト、お前は何故ここにきたんだ? 異国語でつけた俺の名前がわかるぐらい頭が良いってのに...」


 父が教師の仕事をしていて、よく物事を教えてくれたこと。

そして、両親が殺されて、ここに来たということも話した。


 「俺には、お前の家庭がすごく羨ましく思えるけど、どっちにせよ俺達、もう両親に会えないのは、同じなんだな...」


俺は、両親のことを一通り話すと、また悲しみがこみあげてきて、その場で黙り込んでしまった。

すると彼は、暗い雰囲気を直すために、明るく振る舞った。


「とりあえず、俺の名前、呼びにくかったらレイって呼んでくれ」

「よろくな、レイ。」

「早速か....。」


 こうして俺達は、すぐに打ち解け、仲良くなっていった。


 夜、消灯時間を過ぎた頃、俺達は眠りにつこうとしていた。


「なあ、ナイト」

「何?こんな夜中に...」

「俺達、ここを抜け出さないか?」

「え!? いきなりどうしたの?」


俺は驚いたが、彼は至って真剣なトーンで続けた。


「俺は、こんなつまらない場所にあと何年も閉じ込められてるのは嫌なんだ。 外に出て、自分のやりたいことを探したい。 お前はどうする?」


彼の思いに応えるように、俺は言った。


「僕は、ここで気が合うのはレイしかいないし、もう帰る場所もない。 邪魔にならないなら、ついていくよ」


「よし、決まりだ。 じゃあ、次に雨の降った晩に、出発だ」


まるで映画のワンシーンのような約束を交わした俺達は、その決意を胸に、眠りについた。


 数日後の夜、ついに雨が降った。

他の子供達がすっかり眠りについたのを確認し、俺達は行動に移った。


「ナイト! 施設を抜けるなら今だ! 行くぞ!」


寝ている子供達の間を抜け、ついに俺達は、大雨の中施設を脱出することに成功した。


 レイがわざわざ雨の日の夜を選んだのは、雨の音と暗さで大人に気づかれにくくするためだ。

また、例え気づかれたとしても、この視界の悪い中小さな脱走者二人を追うのは至難の技である。

しかし、視界が悪いのは子供にとっても同じことで、俺達はお互いを見失わないよう声をかけ合って走った。 周りに村っぽい建物は一切見えない。 静かな平原を走り、壊れかけの橋を飛び越えて、施設からかなり離れた場所で足を止めた。


「ここまで来れば大丈夫だろ...」


レイが息を切らしながら言う。


「じゃあ、朝になるまでそこの小屋で休もう」


俺は、丁度近くにボロい小屋を見つけ、そこへ向かった。


 次の瞬間、俺の足は地面についていなかった。

視界の悪さから、小屋の前に渓谷があったことに気づけず、足を滑らせて落下してのだ。

雨の雫と共に、暗い地の裂け目へ、落ちていった。

上から慌てるレイの呼ぶ声が聞こえたが、俺の意識は、遠のいていった。



 茸や薬草を入れた袋を背負い、渓谷を歩く老人がいた。


「ふぅ...今日の収穫はこれぐらいでいいじゃろう...。 全く、吸血鬼使いの荒い婆じゃ...」


そんな独り言を漏らして歩いていると、老人は渓谷で倒れている少年を見つけた。


「お、おい! 大丈夫か坊や!」


少年は頭を強い打ったようで、声をかけても当然返事はない。

それが重症だということは、老人でもわかった。

ただでさえ視界の悪い状況で、渓谷なんかに倒れていたら、少年を助けに来る者はほぼいないだろう。

少年が人間の子だということは分かっていたが、未来ある子供を見殺しにするわけにもいかない。

吸血鬼の老人は、やむを得ず、重症の少年を自分の村へと運んだ。


 これがナイトの一生を作用する、運命の日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る