2.記憶の人狼

 

 昼間、夜と違って体が怠いのは、やっぱり俺が吸血鬼だからなのだろうか。

しかし、だからといって昼間に自室で爆睡してるのも何となく抵抗がある。

そんなことを考えているのでなかなか寝れるわけもなく、半目で天井を見つめ寝ていると、外から声が聞こえてきた。


 「ナイト!ちょっと相談があるんだけど!」


この声は...。なんとなく慌ただしい雰囲気だ。


今からあいつに付き合うのは面倒だな...。


「用なら後にしてくれないか。 今は眠い」


軽くあしらって再び目を閉じようとすると...突然扉を突き飛ばして入ってきやがった。


「今から貿易をする村に、ついてきてほしいんだけど」


そう言って強気な態度でこちらを睨むのは『イーラ』。

外に出て人間の村と貿易をし、物資や資金を持ってきてくれる魔女だ。

勿論魔女の貿易商として活動しているので、吸血鬼の村の使いだとばれることはない。

こいつはいわゆる幼馴染というやつで、カロルと同じように昔からの仲だ。

華奢で子供っぽい見た目とは裏腹に、その押しの強さで貿易商としての腕は良い。


「ついていくだけなら、カロルでもいいだろ...」


俺は怠そうに答えた。


「こっちの村の責任者を連れてこないと、信用して貿易できないって言われてんの! それに、カロルがあんたの命令しか聞かないことぐらい、知ってるでしょ!」


確かにそうだ。 あいつは本当に心を開いた人でない限り、そっけない態度で接する。

まあそれは置いといて、そろそろまともに対応してやるか。


「村までの移動はどうするつもりだ。 日中に外に出るのが辛いとはいえ、わざわざ真夜中に尋ねに行くわけにもいかないだろ」


そう、こいつは魔女だが俺は吸血鬼。

いくら普通より日光耐性があるとはいえ、日中に村まで移動なんてしたらどうなるかわかったもんじゃない。 その現実を淡々とぶつける。


「そういうことだ。 外に連れていきたいなら、俺の体質を考えた上で来い」

「....」


こいつの立ち直りが早いからといって、さすがに言い過ぎただろうか?

さっきまでの威勢はどこにいったのか、いじけた表情で下を見つめている。


 しばらくの沈黙が続いた後、イーラは突然何かを思いついたような表情になり、言った。


「...確か吸血鬼って、蝙蝠に変身できたよね?」

「まさか、それを俺にやれとでも言うのか?」


何を言うのかと思いきや、本当に何言ってるんだこいつは...。


「まさか...できないの?」


薄笑いを浮かべながら煽ってきたが、俺はいたって冷静に答える。


「できないこともない」

「なら、移動してる時は私の帽子の中に入っててよ。 蝙蝠のサイズになってれば、それでも大丈夫でしょ!」

「...わかったよ。 断ってもまた別の案をだすんだろ。 それに従うよ...」


やられた...。 これだから年頃の女というのは恐ろしい。

年頃といってももう100歳過ぎだけどな...。


「じゃあ! 森の入口で待ってるね!」


そう言うとイーラは、はりきって部屋を飛び出していった。

壊した扉も直さずに....。


 貿易相手と対面するということで、村長らしさをだすため、代々伝わるジェントルスーツのような正装とシルクハットに身を包み、森の入口へ向かった。

何も知らない人から見れば、昼間から頭が舞踏会の小洒落た変人に見えるかもしれない。


 森の入口に行くと、イーラがとんがり帽子に箒といった、より魔女らしい格好で待っていた。


「じゃあ、いくぞ」



薄い煙と共に、俺は身を蝙蝠に変えた。

無数の蝙蝠に分裂するといった面白い技もあるが、今までの経験上全く需要がない。

というか、この技は正直どういう原理でできているのかは自分でもよくわかっていない。


「...実際に変身するところ、初めて見た...」

「いいからいくぞ、この姿を保つのも、体力使うんだから」

「はーい」


俺が帽子の中に入ると、イーラは箒に乗り、貿易相手の村まで飛ばした。


 ふと思ったが、この状況は異常じゃないだろうか。

俺は別に構わないが、蝙蝠を頭にしがみつかせて移動するというのは、普通の女にとって拷問に近いのでは...。


「見えてきたよ」


帽子の隙間から覗いてみると、周りの地面よりかなり盛り上がった位置にある村が見えた。


「やけに高い位置にある村だな...」


さらに、村の周りは厚い石壁に覆われており、門らしき物も閉まっている。

現状、上空からしか入れないこの村はまるで要塞のようだった。


「とりあえず、そこで降りるよ」


 村の中心にある他と一回り大きな建物に入ると、村長らしき白髪混じりの中年が、机の向こうに座っていた。


「ようこそいらっしゃいましたイーラ様。 そちらにいる方が、村の責任者の方ですか?」

「はい。 私が魔導士の村の村長、ナイトと申しま。」


当然、外の人間と交流する時は、吸血鬼だということは隠す。

もしばれたとしたら、軽く戦争にならないとも限らない。

魔導士の村の村長あたりが妥当だろう。


「イーラはこう見えて、いろんな村を回ってる腕利きの貿易商です。 信用してやってください」

「これで私を信じてもらえる?」

「ふむ...」


村長は、商品を物色するように、俺の身なりを確かめている。

やはり正装できて正解だった。


「わかった。 君たちの村との貿易を認めよう」

「本当ですか! 有難うございます!」


不安そうに座っていたイーラが、晴れやかな表情で立ち上がり、村長と握手をした。


 「では、これからは取引の話になるので、ナイト様は自由にこの村を見ていってください」

「そうですか。 じゃあ、後は任せたぞ、イーラ」


やっと帰れると思って一瞬喜んだが、今はまだ昼間、来た時と同じ方法でなければ帰れないではないか。


 村長に言われた通り、軽く村を回ってみたが、あったのはバーや本屋といったあまりぱっとしないものばかりで、この時間帯にバーに入る気にもならない。

そして結局何もすることが思いつかず、イーラの用事が済むまで、マントや帽子といった暑苦しい物を横に置き、日陰で座り込んでいた。

ずっと涼しい森の中で暮らしていたせいか、春頃の気温すら真夏のように熱く感じる。



 「大丈夫ですか? 今日そんなに気温高くないのに、相当熱そうですが...」


心配しながら駆け寄ってきたのは、中性的な顔立ちをした青年だった。


「え?ああ、久しぶりに外にでたからな」


今どき他人にここまで気を使ってくる人間なんて、珍しいな...。


「久しぶりに外に出ただけで、そんなに苦しそうなんて...。 まさか...ニーt...」

「違う違う! 勘違いしないでくれ、ずっと室内にいなきゃいけない仕事ってだけだよ!」


ニートと勘違いされるのはさすがに気分が悪いので、青年の言葉を遮って主張した。


「なるほど...いきなり失礼しました。 申し遅れましたが、僕、『ラスタ』って言います」


銀よりの金髪に水色の目。 他の村人と違うところを見ると、このあたりの人間ではなさそうだ。


 「親は、もし村に災難が訪れても、最後の希望になれって意味でつけたらしいですけど...ある意味、本当に最後の星みたいなことになっちゃって...。 あっ、いや、なんでもないです...初対面なのに、ベラベラと喋りだしてすいません...。 僕はこれで...」

「待ってくれ! 丁度暇だったんだ。 その話、俺に聞かせてくれないか? 続きが気になる。」


申し訳なさそうに立ち去ろうとしたラスタを、俺は引き留めた。

イーラの用が済むまでただ座っているわけにもいかない。


 「商談はこのぐらいですかね...

早めに商談が終わったため、イーラは友好関係の土台作りとして世間話に移った。


「そういえば、村へ来る時にナイトが気にしてたんだけど、この村は、何でこんなに入りにくいようになってるの?」


村長は、突然強張った表情になり、話し始めた。


「そのことですか...実は数年前、近くの村で村人の殆どが殺害されるという残酷な事件がありまして....」

「この近くで、そんなことが....」


貿易商として各地を飛び回っているイーラでも、それを聞くのは初めてだった。

「でも、いくら村を守るためとはいえ、上からしか入れないのはやりすぎじゃないの?」


当然の疑問だったが、村長は表情を変えずに言った。


「いや...今の警備でも、村を守れるかどうか...」

「どういうこと?」

「その事件の犯人なんですが...どうも、殺害方法や目撃証言からみて、人間ではないようなのです...」

「人間じゃ...ない...」

「ということですので、そちらの村もどうかお気を付けください...」


少し震えた声の村長は、本気でその犯人を恐れているようだった。


「それと、その事件の唯一の生存者である少年が、この村に住んでいるので、詳しい事は、彼に聞いてみてください。 事件が現実離れしすぎているせいか、誰にも信じてもらえず、寂しがっているようなので...」


 「...ということがあってね...。 僕がその事件の生き残りになんだよ...」

「この近くでそんなことがあったなんて...知らなかった...」


「...(随分世間に関心の無い人だなぁ...やっぱりニートなんじゃ...。)」


「その事件の犯人、話を聞く限り、人間じゃないみたいだな...」


自分も人間じゃない身として、この話には興味がある。


「はい...。 他の人達には信じてもらえませんが、当時7歳だった僕は、狭い場所から隠れて見ていたから、知っているんです...。 その人が、『人狼』だってことを...」


当時の悲惨な光景を思い出しているのか、彼の目の焦点は合っていなかった。


「人狼..。 そんなのが、本当にいたとはな...」


本で何度か見たことがあるが、ここまで身近な存在だったとは...。


 「その人が村を去る時に、隠れて見ていたのがばれてしまって...。 その時は殺されるかと思いましたが、何故か僕には、殺人鬼とは思えない程優しくしてくれて...。 僕はこう言われたんです。 『大人なんかに頼らなくても生きていける、強い人間になれ』って...」


俺はそんな言葉を、どこかで聞いたことがある気がする。


「あの言葉がなかったら僕は、今もこうして、前を向いて一人で生きていけなかったかもしれません」


確かにこいつは、7歳という若さで頼れる人を全員目の前で殺されたというのに、こんなにも健気で、しっかりしている。


それにしても...『大人なんかに頼らず』...か...。 あいつもいつかそんなことを...。


「どうかしました?」


ラスタが心配そうに顔を覗いてきた。

「いや、なんか...昔の友達も、そんなことを言っていた気がしてな...」

「あ、そうそう、その人が帰り際に落としていった写真があるんですけど...」


そう言うとラスタは、ポケットから古ぼけた写真を出して見せた。


 その写真には、無邪気に笑う青い髪、蒼い目の少年と、彼に引っ張られて複雑な笑みを浮かべる黒髪の少年が写っていた。


「左に写ってる黒髪の子、貴方に似てる気がしませんか?」

「これは...」


忘れようとしていた昔の記憶が、開かれた気がした。


「でもこの写真、警察の人に見てもらって分かったんですけど、70年近く前の写真みたいなんです。 何故人狼がそんな昔の写真を持っていたかはわかりませんが、そんな昔の写真に、貴方が写っているはずないですよねw」


彼は、軽い笑い話のつもりで、この写真を見せたのだろう。


「それじゃあ僕は家に帰ります。 またいつか会いましょう」


彼は、爽やかな笑顔でその場を去ろうとした。


「待ってくれ!その写真、しばらく貸してくれないか?」


放っておけない気がして、咄嗟に呼び止めた。


「あ、やっぱりこの黒髪の子が気になりますか?」

「いや...俺が気になったのは、黒髪の方じゃなくて、隣にいる奴の方なんだ...」


 俺も、イーラの話も、終わる頃にはもうすっかり日が暮れていた。

村に帰る途中、イーラが呟いた。


「私達、村の皆に比べたら、外に出てる方だと思ってたけど、何か重要なことを、見逃してるみたいだね...」

「そうみたいだな...」


 箒で飛びながら帰る俺達を、蒼い目のような月が、怪しく輝いていた。


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