1.吸血鬼の森


  空を覆い隠すように光を遮る枝葉、岩壁のように立ち並ぶ木々。

根元には、薔薇に似た紅の花が咲いている。

これが俺達の村へ続く道の目印となっている。

昼夜変わらず森が薄暗いため、普通の人間にとってはあまりあてにならない目印だが。


 樹木の隙間に隠れた小さな岩のトンネルを抜けると、岩と木に囲まれた空間が広がっている。

その場所だけ木が生えていないのだが、周囲の木から伸びた枝葉のおかげで、相変わらず空は覆われている。

中央奥に見えるのが村長とその側近が暮らす屋敷であり、その前には屋敷と移住区を分断する小川が流れている。

 そこらじゅうに浮かんでいる火の玉は、『ニトロ』と呼ばれる照明代わりの魔法道具だ。

外の町のような華やかさはないが、落ち着いた雰囲気の漂うこの景色もなかなか美しいと思う。

 何百回見た景色にそんなことを考えながら歩いていると、売店の親仁に呼び止められた。


「ようナイト、さっき急いで外に走ってたみてぇだが、何かあったのか?」


この親仁とは昔からの付き合いなので、向こうも割と親しく接してくる。


「ちょっと人間を追い返してただけだよ。」

「それなら良いが、あんまり急に出て行かれると、村の皆も心配するぞ?」

「ああ、わかってるよ。」


この親仁が心配症なのはいつものことなので、そっけなく答えて先に進んだ。


 売店の先の広場に向かうと、隅の椅子に腕組みをして険悪な表情を浮かべるスーツ姿の吸血鬼が座っている。

こいつは『カロル』。 村長である俺の側近だ。

見た目からして堅苦しい感じだが、俺が村長になる前から一緒だったためか、側近の癖にチンピラよりの性格だ。

まあ、仕事は手際がいいし、有能な側近ではある。


「...ナイト、例の人間はどうだった?」


少しからかうつもりで言った。


「あと少しの所まで追い詰めたんだけど...邪魔が入ってな、逃がしちまったよ...」

「な...大丈夫なのか? もしあの人間が誰かに知らせたとしたら...」


このように、冷静なふりして動揺を隠せない。


「それなんだが、今回大丈夫そうだ。 これを見てくれ」


そう言って拾った太陽爆弾を渡した。


「これは...太陽爆弾? それにこの字はまさか、またあのおっさんの仕業か?」

「恐らくな」

「突然森に住みついて、管理人を名乗ってるような奴だぞ? あんな怪しいおっさんを、そう簡単に信用してもいいのか?」


こいつは少し人間不信な所がある。

だからこそ側近兼村長代理に向いているのだが。


「現に、あの爺さんが住みついてから、森の環境もよくなってるし、逃がした人間が仲間を連れて戻ってきたなんてことは、一度もないだろ」

「まあ...確かにそうだが...」

「例え人間だとしても、そろそろ信用ていいんじゃないか?」

「はぁ...わかりましたよ。 村長」


いつもはタメ口のカロルがこんな風に言うのは、ちょっとした皮肉を込めているからだ。


「じゃ、俺は部屋に戻るよ」


 事務的な会話を済ませた俺らは解散し、それぞれ自分の部屋に向かった。

部屋と行っても、その部屋があるのは同じ屋敷で、しかも俺の部屋の真下があいつの部屋なんだが...。


 思い出の詰まった部屋の扉を開け、ベッドに倒れこんだ。

そういえば今年でもう、丁度90年たったのか...。

 いや、まだ90年...かな...。

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