第67話 スィシスシャス
バラルは杖の先に炎を作り出し、杖を大きく上に振った。杖から離れていった炎は、空高く舞い上がり、幾つもの炎に分裂した。
「リザードマンは、炎に弱い」
バラルはそんな事をいいながら、振り上げた杖を振り下ろす。空中に散らばっていた炎は、狙っているリザードマンたちへと降り注ぐ。
リザードマンたちは、炎を受けて燃え上がった。バラルの放った小さな炎は、引火延焼させる能力を持っていた。
地面を転がり苦しむリザードマンたちだったが、その炎は転がっても消えなかった。自慢の鱗が熱ではがれ落ちていく。
マーシャも杖をリザードマンたちに向けると、杖の先から炎の柱が出現し、ぐんぐん伸びていった。
炎の柱は二十メートルほどの距離まで伸びていき、マーシャが杖を横に振っていくと、その直線上にいて避けきれなかったリザードマンたちが次々と燃えていくのが見える。
「みんなすごいなあ」
ジャシードの傍でリザードマンが来るのを待ち構えるスネイルは、その派手さに圧倒されていた。
スネイルの特技は強力だが、地味なものばかりで、多数の怪物を一気に殲滅するようなものは無い。
「ああ言う派手な魔法は、そんなに連続して使えないから、ここからが出番だよ」
ジャシードは、スネイルの頭をポンと叩いた。
「おう! ってアニキは派手なのもあるし、ズルイ!」
スネイルは、二本のダガーを引き抜きながら言った。
「スネイルも、なんか派手な技を練習したら良いんじゃないかな」
「どんなんだろう。アニキ、エルウィンに戻ったら一緒に考えて」
「もちろん、協力しよう!」
ジャシードは、迫り来るリザードマンたちに向かって走り出し、ウォークライを放った。
バラルやマーシャに向かっていこうとしていたリザードマンたちも、方向を変えてジャシードに突撃してくる。
その数はざっと十五ほど。スネイルが羨む派手な攻撃で三分の二以上のリザードマンが死んだ。
◆◆
スィシスシャスは、苦々しい思いをしていた。五十も戦士を連れてきたにも関わらず、残ったのは戦士の中でも強い者たちだけだ。
その強い者たちも、あの人間にらやられてしまう気がしていた。このまま、また自分だけになって、敗北してしまうのか……。だが、ここには湖がない。もはや、敗走そのものが不可能だ。
スィシスシャスは鱗の一枚を強く引っ張った。リザードマンにとって、その行動は自分を現実に引き戻すための行動だ。
鱗が付いている肌に痛みが走り、スィシスシャスは我に返った。
『お前は、強い』
スィシスシャスの頭の中に、どこかから声が響いてくる。キョロキョロと左右を眺めたが、先ほどからの戦場があるのみだ。
『「目」に、全てを任せよ』
そう声は続けた。
スィシスシャスの目は、激しく脈打っていた。目の痛みが眼底へと伝わっていくのが分かる。痛みに耐えかね、目を押さえてうずくまる。
目を押さえても、視界は真っ赤に染まっていた。視界の赤が、頭に、身体に広がっていくのが分かった。
身体が支配されていく感覚……それは以前に、シーシャシャーシャと戦ったときに、初めて味わった感覚だった。
自分に勝てるものなどいない。どんな生物にでも打ち勝つチカラが湧いてくる。
スィシスシャスは、その肉体を完全に『二つの紅い目』に支配された。
◆◆
ジャシード、スネイル、ガンドの三人は、バラルやマーシャが次の魔法を練る間に、十五ほどいたリザードマンたちを次々と屠っていた。
この三人の連係攻撃は、ウーリスー半島や、レミアル半島で培われたものだ。言うなればまさに、阿吽の呼吸で繰り出される、息もつかせぬ攻撃だった。
リザードマンたちの中でも精鋭揃いの戦士たちも、この三人の攻撃と、追加で放たれるバラルとマーシャの魔法に、為す術もなく倒れていった。
そして、その間しゃがみ込んでいた、奥にいるリザードマン一体のみが残った。
「もうお前しかいない!」
スネイルは、前回の戦いで自信を得ていた。このリザードマンには勝てる、そう言った自信があった。
「おい、様子が変だぞ……」
バラルは、異様な雰囲気を感じ取り、杖を手にして身構えた。
「な、なんか怖い」
マーシャはジャシードの後ろへ、更に何歩か後ずさりした。
「スネイル、油断するとまずい」
ジャシードも、目の前にいるリザードマンが変化していくのを肌で感じていた。
「……わかった」
スネイルは、少し身を引いて身構えた。
リザードマンは、ゆらりと立ち上がり、その目を開いた。二つの紅い目が、燃えさかる炎のような輝きと揺らめきを放ちながら、ヒートヘイズたちを睨み付けた。
ジャシードは、『散らばれ』のハンドサインを出した。自分で引き受けるつもりだが、近くに仲間がいた場合、うっかり攻撃されてしまうことになりかねない。
ヒートヘイズたちは、スネイル以外はそれぞれ距離をとる。スネイルだけは、このハンドサインを無視して良いことになっていた。
スネイルは気配を殺して目立たなくなり、その存在が捉えられなくなった。
リザードマンは槍を構えると、ジャシード目掛けて超高速で迫ってきた。
「っく!」
様々な攻撃がゆっくりに見えるジャシードをして、この攻撃は速かった。すんでの所で槍を弾き、仲間から距離を置くように、オーリスから離れていくように、ウォークライを放ちつつ後方へと跳躍した。
しかしリザードマンは、殆どチカラを溜める動作をせずにジャシードに迫ってきた。
ジャシードは回避しようとしたものの、その槍はジャシードの右脚を捉え、少し深い傷を作った。ジャシードの太股の辺りが赤く染まる。
マーシャとバラルは、共に炎の魔法を放った。バラルの火球はリザードマンに到達したように見えたが、リザードマンは火傷一つ負っていなかった。
マーシャの爆裂魔法は、威力が大幅に弱体化され、リザードマンの付近でパチンと音を立てただけだった。
「な、なんで……」
マーシャはショックを隠せない様子だ。
「かなり強力な魔法防護壁が展開されているようだ。あんな技を隠しておったか……あるいは、ジャシードがそうであるように、奴も……。アレを破らん限り、わしらは見ているだけしかできんぞ」
バラルはそう言って顎に手をやった。
「どうにかならないの?」
「マーシャお前、ジャシードの力場を破れるか?」
「え……たぶん無理」
「そう言う事だ」
マーシャはようやく理解して、息をのんだ。
「だったら、せめて土の魔法で足止めだけでも……」
「魔法で動かした土なら、魔法防護壁で止まる。つまり足に届かない」
バラルに指摘されて、マーシャは苦い顔をした。
「思いついたぞ……。マーシャ、わしは準備をしてくる。すぐ戻る」
バラルはそう言って空へと舞い上がった。
ジャシードは、スピードで圧されていた。殆ど防御に徹していた。そんな中でも、ジャシードはどうするべきか考えていた。
何とかして、この速度を抑えなければならない。そうしなければ、スネイルが近寄ることもままならないし、他の四人が攻撃を受けてしまうかも知れない。
「イチかバチか! ガンド、ファングを頼む!」
ジャシードは、ファングをガンドに向かって放り投げた。
「えっ!?」
ファングが近くの地面に落ちて、ガンドはびっくりしていたが、素早くファングを拾い上げた。
ジャシードは、空いた両手に力場を展開し、リザードマンの攻撃を受けつつ、片手でリザードマンを殴り始めた。
初めてジャシードの攻撃がリザードマンに命中し、リザードマンの顔がジャシードの拳の進む方向へと流れた。同時にリザードマンの素早い動きが緩やかになった。
「待ってた!」
スネイルがワスプダガーとゲーターを、リザードマンの尻尾の付け根辺りに刺し込む。
「ッシャアアアアア!」
リザードマンが苦悶の声を上げた。
そこへジャシードが、紅い靄を纏った拳をリザードマンの鼻先に叩き込む。
右左右左……ジャシードの拳がリザードマンを捉え、スネイルのダガーが、リザードマンを背後から抉る。
スネイルの攻撃していた場所から、リザードマンの体液が噴き出てきた。スネイルは、ダガーで何度か抉った結果、肉の奥に見えた血管を切断していた。
リザードマンは、予備動作なしに槍を振り回して、スネイルの左手に深傷となる一撃を叩き込んだ。
「うぐぅ!」
スネイルは堪らず地面に転がって呻いた。スネイルは普段攻撃を受けにくいため、痛みに耐える備えが足りなかった。
リザードマンは、倒れたスネイルに尻尾を叩きつけ、スネイルは息ができなくなって気絶してしまった。
「スネイル!」
ジャシードが叫んだ一瞬の隙を突いて、リザードマンは、短く持ち直した槍で斜めに切り下ろした。
ジャシードは肩口を切られて一歩退いた。更にリザードマンは、倒れているスネイルに追撃を入れようとしていた。
「うおっと、まずい!」
ちょうど戻ってきたバラルは、素早くスネイルの周囲に風を起こし、上空に吹き飛ばした。自らも空へと舞い上がり、気絶しているスネイルを抱きとめた。
「ガンド、頼むぞ。わしも結構疲れると思う」
バラルはガンドにスネイルを託し、もう一度空へ舞い上がった。
リザードマンは、ジャシードに再度相対した。スネイルにやられた深傷は、急速に再生しつつあり、リザードマンはその速度を取り戻そうとしていた。
「さて、魔法使いの武術を見せてやろう!」
バラルは、周囲から切り出してきた複数の丸太の周囲に風を起こし、ぐるぐると振り回した。
リザードマンは、初めこそジャシードを追撃しようと思っていたようだが、バラルが振り回している丸太に背後を打たれた。
砂煙を上げて転がっていくリザードマンに、次々と丸太が襲いかかった。
「うわあ、ありゃ酷い」
ガンドはほんの少しだけ、リザードマンに同情した。巨大な丸太は、太鼓でも叩くようにリザードマンに襲いかかった。
「ガンド、ファングを!」
ジャシードが片手を上げているのを見たガンドは、ファングを持って走っていった。さすがに投げるのは難しい。
「マーシャ! 魔法を撃て!」
空中のバラルが叫んだ。
マーシャは、バラルの攻撃を邪魔しないように、電撃の魔法を杖に集めて放った。
杖から雷が、ジグザグを描きながら飛んでいく。そして雷は、丸太で滅多打ちになっているリザードマンに到達した。リザードマンから、雷が落ちた時と同じ衝撃音がするのが聞こえた。
マーシャは雷を連続で放ち始めた。マーシャを起点として、夥しい数の雷がリザードマンに襲いかかる。
「あれもキッツい……」
スネイルの治療をしながら、様子を見ていたガンドは、視界の中にいるジャシードが『目潰し』のハンドサインを出していることに気づいた。
かなり優勢に見えるが、ジャシードはまだ勝利を確信していないようだった。
バラルの丸太攻撃が弱まり、バラルは地上に降りてきた。
「これ以上使っては、わしがお荷物になってしまう。スネイルはどうだ?」
バラルは襲いかかる眠気、倦怠感と戦っていた。
「あとは気がつけば大丈夫。オーリスのところへ」
「ん、分かった」
バラルはスネイルのところ片腕を取って背負うと、オーリスの所へと運んでいった。
オーリスは、スネイルをラマが引いている荷台に乗せ、寝かしてやった。
「マーシャ!」
ガンドは、マーシャにハンドサインを送り、マーシャの魔法を止めさせた。ハンドサインには、もう一つ別の命令が入っていた。
凄まじい攻撃を受けたにもかかわらず、ボロボロにも関わらず、リザードマンは立ち上がった。
尻尾は半分になり、左手はちぎれそうになっているが、右手はまだ槍を強く握りしめていた。その目は燃えるように輝いていた。
「ガンド!」
「いくぞ!」
ガンドは、両手を高く掲げて光を集め、前に突き出した。ウーリスー半島では、辺り一面が強い光に満たされたが、今回は違った。
ガンドの両手から、極太の光の柱が射出され、リザードマンを捉えた。
リザードマンは眩しそうに手をかざしたが、もはや遅かった。リザードマンの視界は完全に奪われ、暗闇で満たされる。
リザードマンは、匂いでも行動できるが、全くの暗闇で如何ともし難い状態になった。
ジャシードはファングを地面に突き刺し、その刀身へとチカラを注ぎ込んでいた。ファングは紅く輝きだし、刀身から立ち上り始める……。
「これで終わらせてやる」
ジャシードは囁くように言葉を発し、ファングを左最下段に構える。そしてリザードマンに走り込み、切り上げの一閃を放ち、その後ろへと走り抜けた。
リザードマンは、避けることも叫ぶこともできないまま、真っ二つの肉の塊となって地面に転がった。
マーシャはジャシードのハンドサイン通りに、二つの肉片に業火の魔法をそれぞれ放った。肉片の下に地割れができ、眩いほどの炎が立ち上った。肉片はそれぞれ炭化し、ぶすぶすと煙を上げた。
「ふう……」
ジャシードはようやく、ひと息つくことができた。今回ばかりは、厳しい戦いだった。
「ようやく終わったか……わしは少し寝るとしよう」
バラルはラマが引く荷台の上、まだ気を失ったままのスネイルの隣で目を閉じた。
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