第66話 戦えぬ戦士

 ヴァーランでの目的を達成した一行だったが、ガンドの努力も空しく、オーリスの腕を完全に治療する事ができなかった。


 外に出た後に、ガンドは再度治療を試みてみたところ、ようやく動くようにはなった。

 とは言え、まだ武器を振るえる程ではない。そこで、残りの治療はメンダーグロウに帰ってから、と言うことになった。


「せめて、鉱石の入った袋は僕に持たせてよ」

「まだ無理しない方が良いよ」

「いいから、持たせてよ」

 オーリスは、皆に気を使わせているのが忍びなくなっていた。ジャシードは無理するなと言ったが、無理をしてでもオーリスは何かを手伝いたかった。パーティーのお荷物でありたくなかった。


「じゃあ、二人で分けよう」

 ジャシードは、予備に一枚だけ持ってきた袋に、三分の一くらいの量を入れて、半分だと言ってオーリスに渡した。

 オーリスも、それが半分ではないと気づいていた。ジャシードがそういう優しい人間だと知っているオーリスは、気づいていたが指摘はしなかった。


 日も暮れ、星が輝きだしていたが、ヒートヘイズの一行はメンダーグロウを目指した。

 ヴァール森林地帯で森トロールと戦い、穴の開いた橋を突破し、深夜になる頃にメンダーグロウに到着した。


 オーリスはそのまま、メンダーグロウの治療院へと駆け込むことになった。

 治療院では更なる治療が為されたが、そもそも生きているだけでも幸運と捉えるべき傷であったと評価された。

 ここまでの治療をするために必要な生命力も多かっただろうと、担当した治療術士が言っていた。


「ガンドが懸命に治療してくれたから、僕は生き存えることができた。本当にありがとう」

 オーリスは、腕に治癒魔法を受けながらガンドに礼を言った。


「僕は当たり前のことをしただけだよ。仲間なんだから、気にしないで」

「ありがとう、ガンド」

 オーリスは繰り返した。今になってようやく、生きている実感が湧いてきていた。


 その日は、念願であるはずだった輝き亭に再度宿泊した。深夜の訪問にもかかわらず、輝き亭の主人は快く迎えてくれた。

 部屋は相変わらず空いていたが、全ての部屋で、最初に宿泊したときと同様の満足度を提供してくれた。


「オーリスの腕、元に戻るかなあ……」

 マーシャは心配していた。もちろんジャシードもマーシャと同じく、いやそれ以上の心配をしていたが、言葉にできなかった。


「きっと、元に戻る……戻るよ」

 ジャシードはそれ以上の言葉を出せなかった。切断されたのではなく、引きちぎられたと言うのが気になっていた。

 セグムが刺されたときもそうであったが、現在の魔法技術では、切断面や骨折などは比較的綺麗に治るらしい。しかし、そうでない怪我を綺麗に直すのは難しいらしい。


 治癒魔法の仕組みは、自然治癒力を魔法で強制的に引き上げる事によって、切断面などを再生するものだ。

 そのため転んで深く擦り剥くような怪我には、治癒魔法は効くには効くが、完全に綺麗に治すのは難しい。

 オーリスの腕に、まさにそう言うことが起きていると思われた。だからジャシードは、オーリスの腕はきっと治る、と強く言えなかった。



 一方オーリスは、バラルと同じ部屋になっていた。二人はテーブルを挟んで椅子に座っていた。


「重ね重ねになるが、すまなかった。わしがしっかり警告していれば……注意していれば、魔法で止めていれば……こんな事にはならずに済んでいたのに」

 バラルは、オーリスに何回目か分からない謝罪をした。


「バラルさん、結果は結果として受け入れることも大切です。起きてしまったことはどうしようも無いし、僕もグランナイトの事を、もっと知ろうとすれば良かった。そう言う結果が今ある……ただそれだけなんです。だから、自分だけを責めるのはやめてください」

「すまん……」

 バラルは顔を伏せた。テーブルクロスの美しい刺繍が目に入る。今はこの美しさが、何だか憎たらしいような気分にさえなる。


「で……バラルさん。僕は多分……もう武器を握っては戦えないと思うんです」

 オーリスは、はっきりそう言った。もはや腕に痛みはなく、傷は完全に治っていると思われるのだが、それでもレイピアを持ったときの感覚が随分違っていた。

 得意だった連続攻撃をどうやって出していたのかすら、良く分からなくなってしまっていた。


「治療がどうなるか、まだわからんではないか」

 バラルは顔を上げて言った。オーリスはバラルを真っ直ぐに見つめていた。その表情からは、本気でそう思っていると読み取れる。


「僕だって、自分の身体のことは分かります。それは、腕のことはもういいんです。そこで……バラルさんに、折り入って頼みたいことがあるんですが、聞いてくれますか?」

 オーリスは、しゃんと姿勢を正した。


「どんなことだ……?」

「僕に、オンテミオンさんを紹介してください。ひいては、僕をドゴールまで連れて行って欲しいのです」

「どちらも構わないが……オンテミオンは治療術師ではないぞ……?」


「それは百も承知の上で、お願いしています。……僕は家を捨ててレムリスを出てきました。今更どんな顔をしてレムリスに帰れましょうか。まだ、僕は終わりたくないのです」

「……わかった。この旅が終わったら、望むようにしよう」

「ありがとうございます。これで活路が開けます」

 オーリスは、バラルに笑顔を見せた。


◆◆


 翌朝、オーリスは再び治療院を訪ねたが、腕の違和感の解消には至らなかった。

 しかしそれでも、オーリスは元の快活さを取り戻していた。まだ戦えないからと、ラマを引く役目を買って出た。


 一行はメンダーグロウを後にし、エルウィンを目指して出発した。


「結局、依頼の品は、全部揃っているんだよね?」

 曇り空の下、ラマを引くオーリスが言った。


「グランナイトの骨は、これでいいのか分からないけど二本手に入った。ヴァーランで思ったよりも取れたから、マナの欠片も二十三個あるよ」

 ジャシードは荷物を確認しつつ言った。


「上出来だね。色々あったけど、アントベア商会の目的は達成できたって事か。グランナイトの骨は、ちょっと持ち帰るのが怖いけど……突然その骨がグランナイトになったりしないだろうね?」

「ジャシードがグランナイトを制御していた骨を破壊したし、我々は材料になりうる骨を他に持ち歩いていないから、恐らく問題はないだろう。だが一応見ておいた方がいいかも知れんな」

 バラルがオーリスに答えて言った。



 一行は、行きがけに野営した辺りの、見通し良い草原で一泊した。曇りがちだった空は、機嫌を戻して晴れ渡り、自慢げに星の煌めきをちらつかせている。


 ジャシードは、見張りで外に立っていた。怪物の気配は感じられず、今日も街道沿いに掛かった魔法が守ってくれている感じがする。


「ん……」

 ジャシードは、人の気配に振り返った。


「オーリス、起きていたのかい?」

「ああ。君にだけは伝えておきたくて」

 オーリスは、ジャシードの隣にある、大きめの岩に腰掛けた。


「僕は、この旅が終わったら……ヒートヘイズを抜けることにした。ガンドにも必死に治療してもらったし、治療院の方々にもそうしてもらった。ガンドは僕の命の恩人だ……本当に感謝しきれない。でも、腕が思ったように動いていないんだ。レイピアを上手く使えない」

 オーリスは、無念そうに言った。


「まだ、完全に治らないと決まったわけじゃ……」

「確かにそうかも知れないし、僕は全く諦めたわけじゃない。それでも、精鋭たちで構成されているヒートヘイズに、今の状態で残るのは、迷惑以外何物でも無いと思う。でも、僕だってヒートヘイズの役に立ち続けたい……」

 オーリスはジャシードに思いの丈をぶつけ、ジャシードも彼の状態と気持ちを汲んで、脱退を了承することにした。


「スネイルの成人祝いには、僕も参加したかったな……それは、僕の決意の外にある唯一の心残りだよ」

 オーリスは寂しそうに笑った。


「スネイルだって、分かってくれるさ」

 ジャシードも微笑で返す。


「きっとそうだね……話を聞いてくれてありがとう。全て決まって、スッキリした」

「僕はいつもオーリスを応援しているよ」

「ありがとう。じゃあおやすみ」

「おやすみ」

 オーリスはテントの中に入っていった。


「星はどこにあったとしても、夜を照らす光に変わりない……よね」

 ジャシードは、空に瞬く星を眺めて独り言ちた。


◆◆


 スィシスシャスは傷が癒えるまでの間、エレネイア湖に繋がっている地下洞窟と一つに存在する、『シャスシースシャシャース』の住居で過ごしていた。

 スィシスシャスは、右腕が無くなってしまった後、右腕が生えてくるのを待っていた。

 

 リザードマンは、元々尻尾や手足に再生能力を持っている。斬られようが、ちぎられようが、リザードマンは新しい四肢を作り直すことが可能だ。

 ただ、それには時間がかかる。ところがスィシスシャスは、それを僅か三日程度で完遂できる、驚異の再生能力を得ていた。

 それは、シャスシースシャシャースのリザードマンたちから、神に祝福された者として見られていた。


「よし、腕が復活した」

 スィシスシャスは、シャース語で独りごちると、立ち上がった。


 スィシスシャスは、部族の者たちに声をかけ、人間たちへ報復するための準備に取りかかった。


 シャスシースシャシャースの者たちの間には、何故急に人間をいちいち敵視しなければならないのか、を密かに話す者たちもいた。


 元々リザードマンたちは、エレネイア湖の地下洞窟、および付近にある地下の沼地を本拠としている。

 彼らの敵は周囲にいるリザードマン部族であり、縄張り争いに心血を注いでいるはずであった。

 確かにグーベル沼地へと食料調達に行った愚か者が、人間たちに殺される事はあった。しかし、そんな危険な場所へ出て行く方が悪いと見なされていた。


 しかし、スィシスシャスが『シーシャシャーシャ』に勝って戦士長となってからと言うもの、敢えて人間に戦いを挑む事が増えた。


 そして今日もスィシスシャスは、戦士を集めて迎撃に行くという。天候はしばらくは晴れないと予測され、行動するにはちょうどいいとスィシスシャスが言っていた。


「人間なんてどうでもいい。我々は他の部族との抗争もあるのだぞ! このままだと、シャスシースシャシャースの支配している沼地を失うことになる!」

 そのように言った戦士は、スィシスシャスによって速やかに首を切り取られた。


 スィシスシャスは、恐怖でリザードマンたちを支配し、今回も戦士が五十からなる攻撃部隊を編成していた。


 もはや誰も逆らえなかったし、誰もスィシスシャスに勝てなかった。シーシャシャーシャが敗れ、部族は変容してしまった。


「終わりだ。シャスシースシャシャースはもう、終わりだ」

 年老いた部族のリザードマンは、頭を抱えていた。


◆◆


 ヒートヘイズの一行は、十字路へと向かって歩き出した。夜の間に張り出した雲が、小さな雨粒を作り出した。細かい雨粒を受けながら、ウェダール平原を西へと進む。


「アニキ、何かいるぞ」

「ああ……あれは……」

「うん、リザードマンだ。あいつだ。しつこい」


「マッテイサソ……ニンケン……」

 スィシスシャスは、人間の言葉で話し始めた。


「何なんだ、お前は! 何故人間の言葉を話せる!」

 バラルは杖を前に突き出して大声を出した。


「ワレワレハ、ニンケンヲコロス。コロス。コロス。ニンケン、イナコロシ。ソレハ、スィシスシャス、スヘキコソ。ワレハ、シュクフクサレサ。オンヲ、カエス……シシシャシャ、シャシーシャ、シャシャー!」

 しつこく攻撃してくるリザードマンは、聴き取りづらい言葉を話し終えると、槍を前に掲げてリザードマンの言葉で何かを命令した。


「来るぞ!」

 バラルは声を上げた。


「僕の前に出ないで! 振り切ったら皆で各個撃破!」

 ジャシードは既に、ファングを左側で構え、その剣にチカラを注ぎ込んでいた。


 リザードマンたちが一斉に前へと進み始めた。素早い移動速度を誇るリザードマンたちは、一気にその距離を詰めてくる。

 欠けた月のように円弧状に広がり、六人を包囲しようとしているのが分かる。


「さ、せ、る、かあああ!」

 ジャシードは、紅いオーラに包まれたファングを、横凪ぎに振り切った。

 ファングを包み込んでいた紅いオーラが放たれ、轟音と共に円弧状に広がってく。


 紅いオーラに触れた、先頭を走っていたリザードマンたちは、いきなり真っ二つに切り裂かれた。リザードマンたちの数は、この一撃によって三分の二程度に削減された。


「グランナイトの時の紅いオーラと言い、このフォーススラッシュと言い、底が見えんな……」

 バラルは独りごち、魔法を練り始めた。

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