第53話 スノウブリーズ
翌日、まずは十字路を目指して歩き出した。
目の前には雄大なレンドール山を見ることができる。レンドール山には、中腹から雲がかかっており、その全体を眺めることはできない。しかしそれでも、如何にこの山が大きいかを知るのには十分だ。
「レンドール山は、本当に……本当に大きいね」
オーリスは改めて感動していた。レムリスから見えるトポール山は、山と言うより超巨大な岩に見える。
それに比べてレンドール山は、『これぞ山』と言わんばかりの雄々しい姿をしている。
「レンドール山は、カッコいい」
スネイルはオーリスに同調して言った。
「頂上、見えないかなあ」
「レンドール山の頂上は、ほぼ見えん。大概雲の中だ」
バラルはガンドに言った。
「実際、見えたとて、それが本当の頂上なのか、誰にもわからんがな」
バラルは独り言のように言った。
「ウェダール平原も広い。果てしなく見える」
「でも、オークばっかり」
スネイルは平原を見渡しているオーリスに言った。ウェダール平原には、見える範囲では、オークが多数生息しているようだ。
「ウェダール平原のオークたちは、弓も使うし、魔法を操る者もいる。更に言えば、街道まで出張ってくるやつもいる。街道だからと油断するなよ」
スネイルの発言に、小さな油断を感じ取ったバラルが警告した。
「僕たちはまだ、魔法を使う怪物との戦闘経験が少ないから、気を付けないといけないね。もう東レンドール地方だしね」
ジャシードは気を引き締めた。
◆
一行はそのまま歩き続け、昼ごろに十字路に着いた。
「南はレムリス、西はエルウィン、東に行くとメンダーグロウ、北に行くとウェルド。だって。どんなところかな」
スネイルが、十字路に掲示されている道標を読んでいる。
「ウェルドは、エルウィンの南西にある小さな街だ。レムリス程度の大きさだな。エルウィンとの距離は、直線距離で一日だ」
「おお、近い」とスネイル。
「近いが、真っ直ぐに行くことはできん。間に海があるからだ。ウェルドまでは、レンドール山の麓を、北側からぐるっと回って行くしか無い。徒歩なら八日か九日かかるな」
「メンダーグロウは?」
「ここから東に、だいたい五日か六日の距離だ。北方の砂丘にある街で、レムリスより少し大きい街だ。遙か昔に造られた、大きな神殿のような場所がある」
「へえ。どっちも行ってみたい。途中に怪物たくさんいるかな」
スネイルは、ダガーに手をやった。どうにも有り余るチカラを使いたくて仕方が無いらしい。
「ところで、エルウィンまでの間は、どこで野営するのがいいかな?」
ガンドはいつものように、地図とにらめっこしていた。街道は、西に延びてから、エレネイア山脈を避けるように蛇行している。
「エレネイア山脈が、北西に張り出している場所がある。風抜け谷と言ったか……まあそんなところだ。そこは守りやすいから、野営にはちょうどいいだろう」
バラルは記憶を頼りに言った。
「また、誰か来た」
スネイルは北の方から、十字路に近づく人々を見つけて言った。
「レンドール地方は、人がたくさん通るのね。とりあえずお昼にしましょ」
マーシャはいつものように料理を始め、男たちは皮の敷物を広げて休んでいた。
スネイルとオーリスがいれば、いちいち警戒する必要はない。彼らは付近の怪物達の気配を察知することができるからだ。
しかし、念のためジャシードは座らずに周囲の警戒……の振りをしながら、実際は接近する人物に警戒していた。相手は、もう二十メートル程度の距離まで近づいて来ていた。
相手は四人組のパーティーのようだった。
「いやあ、いい天気だねぇ。ごきげんよう、冒険者の皆さん」
リーダーらしき青年が声をかけてきた。マーシャのような、波打つ髪の毛は金髪で、白い透き通るような肌をしている。耳には四つ、木でできているようなピアスが付いている。背中に背負っている剣はかなり大きそうだ。
「こんにちは!」
ジャシードは、敢えて元気に挨拶を返した。こう言うとき、ジャシードは印象を悪くする事はない。
「ちょうどお昼の時間だねぇ。我々もここで食べても良いかな? もちろん、たかったりしないから安心してくれ」
リーダーらしき青年が言った。
「いいよ。人数は多い方が、怪物に襲われなくていいし」
ジャシードは、危険は無いと判断して受け入れた。
「ありがとう。おれたちは、スノウブリーズ。おれは、リーダーのナザクスだ。こちらはレリート、ミアニルス、シューブレンだ。よろしく」
ナザクスはさらりと自己紹介した。
「僕たちは、ヒートヘイズ。僕がリーダーのジャシード。マーシャに、スネイル、ガンドにオーリス、バラルさんだよ」
ジャシードは、お返しとばかりに同じように紹介した。
「君たちは、エルウィンに行くのかい?」
「そうだよ。レムリスから来たんだ」
「そうか。おれたちも、ちょっと前に通ったな?」
ナザクスはシューブレンと呼んでいた、一人だけ年上の男に言った。
「多分、二週間ぐらい前だろう。まあまあ良い街だな、レムリス」
シューブレンは言った。黒髪で、白い肌、彫りの深い顔に厚い唇、大きな耳たぶは印象的だ。
「あたしたちは、エルウィンにいるのも暇だから、探索してたの〜。ね〜ナザクスぅ〜?」
ミアニルスは、ナザクスに寄りかかった。
「よっかかんなよ」
ナザクスはミアニルスを押し返した。ミアニルスの栗色の三つ編みが揺れている。押し返されて、黄色っぽい目が少し怒っている様子だ。
もう一人の男レリートは、全く無言で笑いもせず、黙々と食事をしていた。細長い切れ長の目は、どこか一点をジッと見つめている。
「エルウィンに行くなら、おれたちも一緒に行っていいか?」
「いいんじゃないかな?」
ナザクスの提案に、ジャシードは仲間たちに目をやると、仲間たちは特に不満は無さそうだった。
「いいみたい」
「そうか。ありがとうな」
ナザクスはにっこり微笑んだ。
「ところで、ジャシード。君は、いや君たちは若いな。似た年齢の人もいるが」
「僕は、十五になったばかりさ」
「そうなのか、道理で」
ナザクスは合点がいったように頷いた。
「おいらは十三になった」
スネイルが主張した。
「あらぁ、かわいい〜」
ミアニルスは、スネイルの顔を両手で挟み込んだ。
「かわいいくは、にゃいよ」
スネイルは頬をむにむにされたまま、言葉を発した。上手く発音できない。
「にゃいよ、だって! かわいいいいいい! ナザクス、この子もってくぅ〜」
ミアニルスは、スネイルが気に入ったようだ。
「おいらは、持って行かれないぞ」
「ああ。スネイルは渡せないな。大切な弟だ」
ジャシードがそう言うと、スネイルは満足げに大きく頷いた。
「つれないわねぇ〜、可愛いのに〜」
ミアニルスは、スネイルのほっぺたを人差し指で突っついた。
◆
食事を終えた一行は、スノウブリーズの四人を足して十人の集団になり、一路エルウィンを目指した。
スノウブリーズの面々は、皆白い肌をしている。聞けば、メリザス地方から来たらしい。
メリザス地方は、レムリスに朝方冷たい風を運んでくる元になっている北の土地だ。気候としては、ドゴールの正反対と言ってもいいだろう。
「遠路はるばる、やってきたんだな。どこか目的地が?」
オーリスは、興味が出てきて質問した。
「いや。おれたちは護衛なんだよ。グランメリスから、商隊の護衛をやってるんだ」
ナザクスは、両手を頭の後ろに組んで歩きながら言った。背中の大剣が、徒歩の調子に合わせて揺れた。
「ああ、商隊って……そう言う事か」
ガンドは、これまで砦で聞いた『商隊』が、スノウブリーズが護衛していた商隊だと分かって言った。
「ま、生きるために、おれたちも金を稼がないと、やっていけないからな。特にメリザスでは、冒険者の稼ぐ方法は多くない」
ナザクスは不満たっぷりに言った。
「怪物を倒せば良いんじゃない?」
マーシャは、ジャシードたちがやったように稼ぐ方法を言ってみた。
「メリザスに来れば分かるけどな、怪物がとんでもなく強いんだよ。死んでしまったら意味が無い」
「そっかあ……」
マーシャは、ナザクスの言葉に、少しだけ世界の広さを感じた。
「なら、こっちに移住したら良いんじゃないかな?」
ジャシードは言ってみた。無理をして辛い場所にいる必要は無いのではないかと、彼は思う。
「そうも行かない。契約があるからな」
「契約って?」
ジャシードは、耳慣れない言葉に反応した。
「おれたちは、雇われ冒険者なんだよ。月々の金を貰う代わりに、何でもやるって事」
ナザクスはぶっきらぼうに言った。
「何でもって、なんでも、やるのか?」
バラルが言った。
「何でもだ」
ナザクスはバラルが含んだことを否定しなかった。
「生きるため〜なのだもの〜」
ミアニルスは何故か、普通に歩かずスキップしている。
「なんだか、同じ冒険者とは思えないよ」
オーリスは、含んだことが分かって、残念そうに言った。
「お前さんの見ている世界が、世界の全てじゃない。どうせみんな大したこともせずに死んでいく。お前さんもきっとそうなる」
シューブレンが言った。
「お前たちには同情するが、そんな言葉を若者に叩き付けるような大人には、なりたくないものだ」
バラルは、吐き捨てるように言った。
「現実を現実と言って何が悪い」
シューブレンはバラルに噛みついた。
「悪いとは言っておらん。が、良いとも言っておらん。若者には夢のある世を見せてこそ、世界は良くなる可能性を持つ事ができる」
「ふん、この世界のどこに、良くなる要素があると言うんだ。殆どの人間は街の中に閉じ込められ、家畜を飼う家畜のまま死んでいく」
シューブレンも、吐き捨てるように言った。
「やめないか、シュー。おれたちはおれたちの生活をどうすることもできない。ただそれだけのことだ。噛み付いたところで、状況が変わるわけではないだろ」
ナザクスは、シューブレンの肩を叩きながら言った。
「そこをどうにかしたいのならば、どうにもならないという前提を捨てんと、何もできないと言っておるのだ。頭の硬い男よ」
「お前の頭の中のように、お花畑じゃねえんだよ、ジジイが」
バラルとシューブレンは、十人の集団に良からぬ雰囲気を作り出していた。
「すまない、バラル。だがおれたちも、生きるためにやむを得ずやっている事もある。そこだけは分かってやって欲しい」
ナザクスは頭を下げた。
「わしも、お前たちが生活のためにやっている事を否定はせん。わしが言っているのは、若者の夢を摘むようなことを言うなと言うことだけだ」
バラルはそこについては、絶対に曲げなかった。オンテミオンもセグムもそうだが、彼らは未来を担う者達から、夢を奪うことをしない――仮に現実は違ったとしてもだ。
ジャシードが現状から考えると、とんでもなく非常識な夢を持つに至ったのは、それを押しつぶそうとする者が近くにいないからだ。
そのような夢は、もしかすると世の中を変える流れを作るかも知れないと、ジャシードの近くにいる大人たちも、ごく僅かな希望を持っている。
託し、託され、未来へとその思いを繋いでいく。だからこそ、夢見る未来は輝かしく、強い光の中に希望となり得るのだ。
バラルとシューブレンの言い合い以降、一行は言葉を発することもなく、ただひたすらに街道沿いに西へと進んでいった。
風抜け谷は、エレネイア山脈と、北にあるレッテ山の間にある場所だった。この日は余り風が吹いておらず、風抜け谷と言う名前に相応しい場所では無かったが、テントを張る時に風が無いのはよいことだ。
昼間の言い合いもあってか、ヒートヘイズとスノウブリーズは離れた場所にテントを設営し、別々のパーティーとして、それぞれの夜を過ごす事になった。
「どうも、スノウブリーズの人達とは相容れないな」
オーリスは食事中にポツリと言った。
「とりあえず、シューブレンって奴は好きじゃない」
ガンドも同意を示した。
「あの人を好きな人なんかいないでしょ」
マーシャも思い出して、ふくれっ面をしている。
「仕方なくって言ってたし、シューブレンさんだって、今まで色々と、夢を打ち砕かれたことがあったから今があるんだよ、きっと」
ジャシードはそれでもシューブレンを庇った。
「ジャッシュはお人好しすぎるよ……でも、僕は君のそう言うところは気に入ってる」
オーリスは言った。
「お人好しのままでいた方がいいって事だね」
ジャシードはオーリスの言いっぷりに、少し吹き出した。
「しかし、わざわざメリザスからこんなところまで、何を仕入れに来たのだろうな」
「メリザスに無いものを買いに来たんでしょう?」
ガンドはバラルに言った。
「エルウィンに着いたら、少し探りを入れた方がいいかも知れんな。何となく、きな臭い感じがする」
バラルは、離れた場所にある、スノウブリーズのテントに目をやった。
「やだなあ。みんな仲良くできないのかなあ」
ガンドは困った顔をしている。
「あの口調で来られて、仲良くしろ言うのもねぇ……難しいわよね」
マーシャも、スノウブリーズのテントに目をやりつつ言った。
「もういいじゃないか。わざわざ思い出して、嫌な気持ちを呼び起こすのはやめよう。もう少しでエルウィンだ。憧れの街の話をしようよ」
ジャシードはそう言って、スノウブリーズの話を打ち切った。
その夜は、エルウィンの街がどんなふうなのか、バラルに話させないようにして、若い五人でそれぞれの想像するエルウィンを言い合った。
そして一番想像に近い人が美味しいものを驕って貰う、と言う勝負のをすることにし、その話で盛り上がった。
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