第52話 孤高の戦士

 ヒートヘイズの一行は、街道に沿って歩き出した。街道は北西の方向へ、やや蛇行しながら続いている。

 レムランド砦の衛兵が言っていたスウィグ採石場は、レムランド砦から二時間ほどの距離にある。


「スウィグ採石場は、鉱石を掘り出す場所だったが、今は怪物に占拠されている。もはや、採石場としての役割は果たしておらん。今は確か、ロックゴーレムがうろうろしているはずだ」

 バラルは、記憶を引っ張り出しながら言った。


「ゴーレムなら、気を付けなきゃいけないね」

 ガンドが言った。


「うむ。ロックゴーレムは、触れた岩の周囲にある岩を自由に操れる。こんな風に、岩に手を触れているのが見えたら、要注意だ」

 バラルは、身振り手振りを交えつつ言った。


 ジャシードはオーリスとマーシャに、ゴーレムとはどう言うものかを、サンドゴーレムとの戦闘経験を交えて説明した。


「とにかく、手を触れる、という行動が必要と言うことだね」

 オーリスはしっかり理解したようだ。


「そうだね。手を触れなければ、ゴーレムは特殊能力を使えない。ゴーレムは動きが遅いから、目を離さずに、ちゃんと見ていることが大切だね」

 ジャシードが話していると、ピックがカァカァと合いの手を入れた。


「あはは、ピックは戦わなくていいんだよ」

 ジャシードはピックの頭を撫でてやった。ピックは羽を少しばたつかせながら、ジャシードの肩で上手にバランスを取っている。


 そうこうしている間に、スウィグ採石場が近づいてきた。全員武器を手にとって、臨戦態勢で臨む。

 スウィグ採石場の周辺には、オーガが三体、まるでその入り口を守っているかのように、あちらへこちらへとうろついている。街道からほど近い場所にもいるため、戦う必要がありそうだ。


「なんだ、ゴーレムじゃないんだね。そしたら、みんなはここで待機。スネイル、頼んだよ」

 ジャシードはスネイルに目配せすると、スネイルはコクリと頷き、幾つかの小石を拾ってオーガに近寄っていった。

 アサシンの特技は、本当に不思議なものだ。スネイルはゆっくりと何気なく進んでいるように見えるが、気を付けていないと見失ってしまう。何も遮蔽物がないのに、だ。


「スネイル、どっかに行っちゃった……」

 マーシャは早速、スネイルを見失ったようだ。


「あの辺にいる……けど、気を付けていないと見失いそうだ……」

 オーリスは、目を凝らしながら、採石場付近の岩を指差した。


「見えないわ……スネイルって、凄いのね」

 マーシャは目を凝らしてみたが、もはや何も見えなかった。一旦見失ったアサシンを再度発見するのは、気配を探知できないと難しい。


 スネイルはオーガに近づくと、そのうちの二体に手持ちの石ころを投げつけた。

 石ころが当たったオーガは、スネイル目がけて走り出した。三体いたオーガは、一体と二体に分断された。


「凄い!」

 オーリスは思わず声を上げた。


「スネイルにしか、あれはできないんだ」

 ジャシードも、いつもの事ながら感心していた。今回の旅では初めてだが、戦闘訓練で行ったタンネッタ池で、ゴーレムを一体ずつ引き剥がす訓練をしたものだ。


「どうやっているの!?」

 マーシャも驚きを隠せない。


「多分、残り一体のオーガには、スネイルが見えてない」

 ジャシードは簡単に説明したが、簡単に理解しろというのは無理がある。スネイルは、誰かにだけ気づかれるように動く、と言うのができるらしいのだ。


「これも生命力の為せる技だと言うわけね……」

 マーシャは魔法の勉強をするにつけ、生命力の不思議さに多く触れてきたつもりだったが、それでもスネイルのやっていることには驚きを隠せなかった。


「マーシャとガンドとバラルさんは、ラマの辺りにいて。オーリスは僕と行こう」

 ジャシードはそう言って前に出て行った。


「えっ、私も!?」

 マーシャは前に行こうとしたが、バラルに止められた。


「どうして止めるの? 戦いなのよ!」

「まあ待て。魔法使いは、いざという時に備えてチカラを蓄えておくべきだ。これは料理ではないのだぞ。ジャシードはそれを知っている」

 バラルはラマの綱を握りながら、荷台に座った。


 マーシャも仕方なく荷台の辺りに戻ったが、自分が何もしないのは、どうも落ち着かない。


「まあ見ておれ。オーガなんぞすぐに片付く」

 バラルは、自分の袋から干し肉を取り出して食べ始めた。マーシャとは正反対の落ち着きっぷりだ。


「あ、僕も干し肉食べたい」

 ガンドが目ざとくバラルに食いついてきたので、バラルは干し肉を一切れくれてやった。


「お前も食うか?」

 バラルは干し肉を揺らしながら言った。


「い、要らないわ……。な、なんなのこれ……」

 マーシャは温度差に慣れないようだ。


 前衛の方へと視線を移せば、スネイルが走って二体のオーガを引き連れて戻ってきた。


「おでまし」

スネイルは腕を交差させ、腰にある左右のダガーを引き抜くと、戦闘態勢をとった。


「スネイル、カッコいいねえ!」

 オーリスは、スネイルの双剣スタイルを見て興奮している。


「さあ、始めるよ!」

 ジャシードは声を上げてウォークライを放つと、オーガはジャシードに向かって方向を変えた。


 ジャシードはファングを中段に構え、オーガとの距離を見つつ、その動きを注視した。片方は素手、もう片方は棍棒を持っている。


 素手のオーガは、ジャシードの前で大きく腕を振りかぶった。棍棒を持ったオーガは、棍棒を真横に振りかぶっている。


 ジャシードはスネイルに目配せをし、そしてオーリスに分かるように、棍棒を振りかぶっているオーガへ、長剣の切っ先を向けた。オーリスは軽く頷いて動き出した。

 スネイルは素早く棍棒を持ったオーガの後方へ、オーリスは右側へと回り込む。


 ジャシードへ向けた、オーガのパンチが動き出した。しかしジャシードは左へ跳んでそれを躱し、轟音を立てて迫り来るもう一体のオーガの棍棒を、姿勢を低くしてやり過ごした。

 初めに振り下ろされた拳は、目的を失い地面に炸裂して土を抉った。そしてすぐ、隣のオーガの棍棒が、そのままの勢いで素手のオーガの顔面を正面から捉えた。激しい衝突音が辺りに響き、素手のオーガの顔は、棍棒の一撃を受けて更に不細工になった。


「おおっ! バカな奴だ! わはははは!」

 バラルは手を叩いて楽しんでいる。


 ジャシードの剣は、棍棒のオーガの腕に襲いかかった。ジャシードの得意な下段からの切り上げだ。

 あまり素早く動けないオーガは、ジャシードの剣を躱すことができず、ばっさりと太い腕を叩き切られた。


「グオオオ!」

 棍棒で殴られたオーガは今、苦しみのあまり悲鳴を上げた。


「お、遅いわね……」

 マーシャは苦笑している。


「ガアアアアア!」

 腕を切断されたオーガも、痛みで悲鳴を上げた。


 オーリスは、がら空きになったオーガの右脇腹に、これでもかとレイピアの突きを喰らわせた。オーリスの剣速は非常に速く、あっという間にオーガの脇腹が穴だらけになった。

 その間スネイルは、狙い澄ました一撃を食らわせる場所を見定めていた。そして腰の辺りに狙いを定めると、ワスプダガーを真っ直ぐに刺し込んで引き抜いた。その一ヶ所の穴から、大量の体液が噴き出してくる。


 ジャシードは、もう一体の素手のオーガに肉薄し、露出している腹を真一文字に切り裂いた。更に返しの剣で斜めに、縦に……オーガの脂肪と筋肉は厚いが、それでも内臓がこぼれる。

 オーリスは、オーガの破れかぶれな一撃を躱し、レイピアの連続攻撃を叩き込んだ。オーガの腹は蜂の巣のように穴が開き、遂に前のめりに倒れた。

 ジャシードの攻撃しているオーガは、もう殆ど戦う能力が無かったが、更なるスネイルの攻撃で崩れ落ちた。


「つぎ」

 スネイルは素早く踵を返し、残りのオーガを連れてきた。一対三の戦いの結果は、敢えて記すほどのこともない。


「な、一瞬だろう。まあまあ面白かったな。最初のオーガの棍棒は最高だった」

 バラルは観戦を終えて満足げだ。


「ゴーレムはやるの?」

 スネイルがジャシードに聞いた。


「オーガは、出っ張ってたからやったけど、わざわざ採石場まで入らなくても良いと思う」

 ジャシードはそう判断した。


「そうだね、僕もやらないで良いと思う」

 ガンドは同意した。


「まあ賢明だろうな。ロックゴーレムを倒すのが目的じゃあない」

 バラルも同じく頷いた。


「ちぇっ。じゃあまた今度」

 スネイルは少し残念そうだが、ジャシードの決定に逆らうつもりはない。


 一行は街道沿いに進み始めた。スウィグ採石場の前を通るときに、採石場の方を見てみると、何体かのロックゴーレムがうろついているのが見えた。


 一行は、更に北東へと街道を進んだ。スウィグ採石場を超えると、東側は平原や林が広く続いている。


「ええと、この辺りからウェダール平原だね。西側の山々は、エレネイア山脈って言うらしい」

 ガンドは、歩きながら地図を広げて見ている。


「地図ばかり見て躓かないようにね」

 マーシャは、ガンドが危なっかしいのが気になるようだ。


「平気だよ」

 ガンドは少しだけ前を見るようになった。


「本当にガンドは、地図が好きなんだね」

 オーリスは地図を覗き込んだ。


「うん。何だろうね。冒険者になる前は、こんなに地図は見なかったんだけど……いざドゴールを出るってときに、色々知っておかないといけない気がして。この先に何があるか、とか」

「ぴっかりんは、心配ばかりしてるから」

「うるさいなあ、スネイル……。でも、心配だから先に知っておきたいって言うのは本当かもね」

 ガンドは、スネイルに冷やかされて自分を分析し直したようだ。


「おや、誰か来たよ」

 ジャシードはラマを引きながら、前の方から街道を進んでくる人影を見つけた。


「街道で誰かと会うの、初めてかもね」

 ガンドは地図から目を上げ、前を向いた。


 その人物は、頭以外の全身を金属の鎧で覆っていた。


「いよう、いよう。皆の衆!」

 鎧の男は、片手を上げて気さくに声をかけてきた。ヒートヘイズの面々も、それぞれに挨拶をした。

 鎧の男は、整えられていない赤毛の短髪で、深く青い目、少し焼けた肌をしていて、ハッキリとした顔立ちだ。年齢はそれほど高く無さそうな若者に見える。


「おれは、ネルニード。自称『孤高の戦士』だ」

 ネルニードは自己紹介をした。


「自称?」

 マーシャはつい、声に出した。


「そう、自称だよ、かわいいレディー。それはそうと、おれは人を探している。オン何とかと言う人を知らないか。あるいは何とかオン」


「え、っと……」

 ガンドは心当たりがあり過ぎたが、言うべきか迷った。


「どちらの条件にも該当する奴を一人知っているが、何のようで探している?」

 バラルが後を引き取って、ネルニードに言った。


「本当か! まるでその皺に、ありとあらゆる知識を織り込んでいるかのような大魔法使いどの! おれはオン何とかどのに会って、魔法の武器を拵えて貰いたいと思って旅をしている」

 ネルニードは大げさに両手を広げたり、前に出したりしながら言った。


「ほう、その情報はどこで手に入れたのかね?」

 バラルは、耳を引っ張っている。


「この情報は、エルウィンのマー何とかに教わったものだ。色々世話になって感謝している!」

「感謝しているのに、マー何とか、なのか?」

「い、いや…………そう! そうそうそう! マーシャルだ!」

 ネルニードは、おでこを指で弾きつつ、ようやく思い出した様子で言った。


「お前さんとマーシャルはどう言う関係だ?」

 バラルはまだ信用できない、と言う様子だ。


「おれとマーシャルは、まだ付き合いは浅い。が……そうだ! そうそうそう! 紹介状をもらってきた」

 ネルニードは荷物から、うっかり斜めに三つに折りたたまれた紙を取り出した。


「おお、ここに、オンテミオンと書いてある! オンテミオンだ!」

 ネルニードは、わははと大声で笑っている。


「まあ、あきれた」

 マーシャは肩をすくめた。


「全く呆れた。お前さんは何というか……」

「いやあ! すまんすまん。おれは、おっこちょちょいなもんでね」

 バラルの発言を遮って、ネルニードが言った。


「おっちょこちょい、だよ」

 スネイルが訂正した。


「それそれ! そういうわけで、オンテミオンを探している!」

 ネルニードが、ようやく正しいことを言った。


「オンテミオンなら、ドゴールにいる。ドゴールに行け」

 バラルは、もはやどうでも良さそうに言った。


「おお、ドゴールか! あい分かった! 孤高の戦士ネルニード、礼を言おう!」

「自称ね、自称」

 スネイルはまた訂正してやった。


「情報ありがとう! ではまた会おう!」

 ネルニードは別れを告げると、レムランド砦の方へ大股に進んでいった。


「な、何なの……」

「アネキ、疲れた?」

「凄く疲れたわ」

「わしも疲れた。なんだかどっと疲れた」

 バラルは荷台に乗っかり寝転んだ。

 荷台はバラルによって、男どもの衣服の袋と、食材などの袋が左右に分割され、バラルが寝転がりやすい布陣になっていた。


「なんだか、今まで見たことのない感じの、凄い人だったね!」

 ジャシードは、今まで会ったことの無い種類の人間に触れ、素直に世界には色んな人がいるのだと思った。


 気を取り直して進んだヒートヘイズの一行だったが、ウェダール平原にある十字路へ、その日のうちには辿り着けなかった。

 スウィグ採石場と十字路の中間点ほどの所で、一行は野営する事になった。


◆◆


「おい、お前……強く、なりたいか……?」

 気味の悪い笑みを浮かべた存在は、人知れず、次の目標に近づいていた。

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