第51話 レムランド砦の夕べ
一行は、レムランド砦に近づいていく。ここは今まで見たどの砦よりも、たくさんの衛兵に守られていた。
「ひゃあ、これは壁の向こうに街でもあるのかい?」
オーリスは、レムランド砦の大きさを見て驚いている。
「いや、ここは最低限の施設しかない。たくさんの衛兵が滞在する場所、食堂、会議室、それから広くはない宿泊施設だ。
「広くはない、かあ」
スネイルは、バラルからもたらされた絶望が、正しい情報であると確信して落胆した。
「バラルさんは、随分ここの中に詳しいわね」
マーシャは右から左へ、レムランド砦の城壁を見渡しながら言った。
「わしは何度も世話になっているからな。そこいらの守衛所や砦より、ここと、レンドール砦は守りが堅いからな。寝る側にとってはありがたい」
バラルはそう言って、砦の門へ向かって歩き始めた。衛兵たちが、バラルに気づいて挨拶をしているしているところを見ると、かなり常連のようだ。
「いよおおお、バラル!」
「おう、ダグダ」
ダグダとバラルが呼んだ、全身金属鎧で顔も見えない衛兵は、籠手をはめたままの手でバラルと握手を交わした。
「こいつはダグダ。ここの衛兵長だ」
バラルは簡単に紹介すると、ヒートヘイズと言う名と、そのメンバーを紹介した。
「うん、うううん。こいつは真新しいパーティーだ。新鮮な匂いがプンプンするぜえ! それに、なんだい、華がある、なあ!」
ダグダは、メンバーを一頻り眺めて、マーシャで目を止めて言った。
「だろう?」
バラルも短く同意した。
「で、何だってバラル、あんたはこんなに若いパーティーにいるんだい。まさかまさかあの
ダグダはバラルを冷やかして言った。
「バカを言うでない。わしがこのパーティーにいるのは、期待からだ」
「へええ、面白いこともあるもんだ。あんたが誰かに期待するなんてな! 面白いこともあるもんだ! わはは!」
ダグダは二度、同じ事を言って笑った。
「どの道、お前には関係ないことだ。部屋を貸して貰うぞ」
「おうおう。好きにしたらいい。四日くらい前に商隊が来たばかりで、シーツは割と洗い立てだ!」
ダグダが大きな声で言うと、彼の鎧の中から、『ブブビブウウッッ!』と言う派手な音が聞こえてきた。
「おならした」
スネイルが素早く指摘した。
「ぐおおっ! くさっ! うおおお! 昨日の肉か!」
ダグダは一人で苦しみ始めた。
「よし、いくぞ」
バラルは騒いでいるダグダに、ひと言も声をかけることもなく、砦の門へ進み始めた。
「よ、よし……なの?」
ガンドはそう言うと、ラマを引いてバラルについて行った。他も面々も後に続く。
「ダグダさん、兜を取ったらいいんじゃないですか?」
ジャシードがそう言うと、そうだそうだ! と声が聞こえ、その兜が取り外された。
「ぶふう、助かった。礼を言うぞ!」
兜が取り外されると、浅黒い肌と栗色でちりちりの髪、髪から繋がっているちりちりの、髭もじゃ顔が現れた。
深い茶色をした目の周辺は、数々の皺が刻み込まれている。ダグダは、荒れた唇としわしわの顔で、くしゃくしゃの笑顔を作った。
「うわ、兜を取ったらここまで臭う!」
残っていたスネイルは、鼻をつまんで門へと走っていった。ピックがアァアァと鳴き声を上げて、スネイルの後を追った。
「臭うか! いやあ確かに臭う! うわっはっは! 逃げろ逃げろ!」
ダグダは、大して気にしていないようだ。
「ちょっとスネイル! もう……すみませんダグダさん。今日はお世話になります……」
ジャシードは、失礼極まりないスネイルを追うようなふりをして、臭いから遠ざかった。確かに、凄い匂いだった。
◆
砦の中は、通路がずうっと長く伸びていて、一体どれほどの距離があるのか分からない。
通路には、所々にドアがあり、近くの壁に名前が打ち出されたプレートが掛かっている。それらは恐らく衛兵たちの個人部屋だ。
それらの部屋を抜けていくと、突然『宿泊者用』というプレートが掛かっている部屋に辿り着いた。宿泊者用の部屋は十部屋あり、それぞれ二人用の部屋のようだ。
部屋割りは、スネイルとオーリス、バラルとガンド、ジャシードとマーシャだ。
もはやこう言う場合は、ジャシードとマーシャが組み合わされるのが当たり前だ。
彼ら二人も、小さな頃から同じ部屋のため、いつものごとき感覚で部屋に収まる。
「わしも
バラルは荷物を置きながら言った。
「バラルさん、今のヒートヘイズにそれを言うのはちょっと無理があるよ。だって今はマーシャしかいないし」
ガンドは呆れつつ言った。ガンドはバラルが女好きなのはドゴール時代から知っているのだが、最近は随分と、あからさまになった印象がある。ジャシードが羨ましくて仕方が無いのだ。
「増やす必要があるな、
バラルは断固として言った。
「そんな事だから、誰もお前に来ないのだろう」
部屋の片隅から、女の声がした。
「うわっ! いつの間に!?」
ガンドは突然、意識の外から現れた女性に驚いて尻餅をついた。
「私の部屋に入ってきたのはそちらだ」
深紅の髪をしたスラッとしたエルフの女性は、尻餅をついたガンドを引っ張り起こした。
「あ、ありがとう……」
「礼には及ばぬ」
深い緑色をした目が印象的な女性は、表情を崩さない。
「誰かと思えば、ファイナか。久し振りだな」
「相も変わらずのようだな。バラル」
ファイナは平坦な声で言った。
「お前もな。して、お前の方が先か。ならば移動しよう」
「良い。私が移動する」
ファイナは荷物と弓矢を手にとると、深紅の髪をなびかせながら出ていった。
「お知り合い?」
「ああ。セグムの元仲間だ。わしはオンテミオン経由で知り合った。なかなか古いつきあいだ」
「その割にはあっさりしてたけど……」
「ファイナは、人付き合いが上手くない」
バラルはそれ以上無いとまでに言った。
「まあしかし、弓の名手だ。ファイナより上手い奴は滅多におらん。弓の射程ギリギリからでも、目玉を射抜く程の精度がある」
バラルは目に指を向けながら言った。
「凄いなあ。女性だし、ヒートヘイズに入れて貰ったら……?」
「わしは
「え、あ、そうなんだね」
「ファイナはああ見えて、四百歳は越えていたはずだ」
「え……ああ、エルフだもんね……。若々しいのにね」
「それより四百年生きてきて、人付き合いが何も改善されていない方が凄いと思わんか」
「ま、まあ確かに……」
部屋にはほんの少し、ファイナの残り香が残っていた。
◆
「スネイルは、ジャッシュをアニキと呼んでいるけど、君たちは兄弟では無いよね。何故なんだい?」
今日のルームメイトであるスネイルに、オーリスは質問した。
「それは、色々あったんだけど――」
スネイルは、今まであった色々をオーリスに聞かせてやった。
「なるほど、そう言う事か……とてもジャッシュらしいね。彼は誰かを嫌いになることもあるんだろうか……。衛兵見習いだったときは、フマトやガダレクに冷やかされていたけど、少しも気にしていない様子だったな」
オーリスは、五年前の出来事を思い出していた。
「アニキは自信があるから、何を言われても平気なんだと思う」
「それはあるよね……自信に裏打ちされた余裕か……。僕も手に入れたい気分だよ。僕は家で散々、冒険者になるのをけなされてね。あまり良い出発じゃなかった。冒険者として上手くやれるのか、今でも自信がないんだ」
「アニキを見てると、元気出る」
「ああ……本当にそうだ。僕はジャッシュがパーティーに誘ってくれたとき、本当に嬉しかった。正直、僕とパーティーになってくれる人は、誰もいない気がしていたんだ」
オーリスは、当時の様々な感情を思い出していた。
「オーリスは強いって、アニキが言ってた」
「ジャッシュに比べたら……多分まだまだだよ。まだ再会してから戦闘になっていないけど……。何しろ、彼は十歳の頃から、僕より強かったんだ」
オーリスは、言葉にこそしなかったが、最近伸び悩んでいた。ジャシードはオンテミオンに弟子入りして、きっと強くなった事だろう。しかし自分は、大して進歩していない気がしていた。
「なりたいものには、なろうとしなきゃなれない」
スネイルは、ジャシードがいつも言っていることを、そのままオーリスに言った。
「……違いない。僕は、冒険者になろうとしていなかったのかも知れない。ただ単に、レイフォン家を出ることを考えてた。それじゃあ、強くなるわけがないね。……今からでも、遅くないかな」
「始めなきゃ、いつまでも始まらない」
「……全くその通りだ。ありがとう、スネイル。僕は、始めるよ。一人前の冒険者になれるように、気持ちだけでも、今から始めるよ」
オーリスがスッキリした顔になったのを見て、スネイルは嬉しくなった。
言葉はジャシードの借り物だが、オーリスに少し元気を与えられたような気がした。
◆
「マーシャも地図好きになったの?」
ジャシードは、ピックに餌をやりながら、地図を見てニヤニヤしているマーシャに言った。
「エルウィンに着いたら、何しようかなあと思ってたら、ワクワクが止まらなくなってきたの」
「何するかな? 買い物?」
「そんなにお金を持ってないもの。買い物はお金を稼いでからね」
マーシャは少し残念そうだ。
「そっか。エルウィンに行ったら、お金も稼がないといけないよね。宿代も必要だし」
「そうねえ。何をしたら良いのかしら」
マーシャには、何をするべきか見当もつかなかった。
「オンテミオンさんの知り合いに、マーシャルって人がいるんだって」
「私に似た名前ね」
「ホントにね。で、僕はマーシャルさんに、会いに行ってみようと思っているんだ。商人らしいから、何か仕事を紹介してくれるかも知れない」
「かもって、決まってないの?」
「うん、決まってないよ」
「ジャッシュったら、いつも通りで安心するやらハラハラするやら、よ……」
マーシャは小さく、ため息をついた。
「何とかなるって!」
「ジャッシュはいつもそうよね……それで、何とかなっちゃうの」
マーシャは苦笑を浮かべた。
「あはは。そうだね。でも、きっと大丈夫」
「だと良いんだけど……それにしてもオンテミオンさんって、知り合い多いわね」
「古いつきあいのお仲間さんがたくさん、いるみたいだね」
「私たちにも、そんな仲間ができるかしら」
マーシャは、ピックの餌やりを代わって、トウモロコシを手に取った。
「きっとできるよ。でも今は、オンテミオンさんの知り合いが僕たちのお仲間になりそうだけど」
「何の不満もないわ」
「オンテミオンさんは、そのお仲間も僕たちの財産にしてくれたみたい」
「なんていい人なの、オンテミオンさんって」
「オンテミオンさんも、何かしたいことがあるみたい。それを僕たちにも手伝って欲しいんだろうね」
ジャシードは、剣の手入れを始めた。
「オンテミオンさんがやりたいこと、かあ。なんか大きな事かも知れないわね」
「僕もそんな気がしてる。きっと凄い事さ」
「何だか、色んな事が冒険ね」
ジャシードは、マーシャの言葉に笑顔で返事をした。
◆◆
翌日――。天気は悪くないが、空には白い絵の具を撒き散らしたような模様の雲が流れている。
マーシャの手作り料理を食べ、元気いっぱいの一行は、ラマを引いてレムランド砦の北側に出た。
「ここからは、『東レンドール』だ。見ろ、あれがレンドール山だ」
バラルは、街道の方を指差した。その指の先には、雄大なレンドール山があった。
「レムランド砦があって見えなかったけど、ここからはよく見えるね。レンドール山……大きいなあ」
そう言ったジャシードだけでなく、一行はその山の姿に感動していた。
「エルウィンに行くのか?」
レムランド砦の衛兵が話しかけてきた。
「ええ、そうですが、何かあります?」
一番近くにいたオーリスが応対した。
「この先にある、スウィグ採石場の辺りは、最近怪物が多いから気を付けてくれ。稀にここまで逃げてくる者たちもいる」
衛兵はそう警告した。
「分かりました。ありがとう」
オーリスは敬礼をもって礼とした。すると衛兵も敬礼を返してきた。
「みんな聞いたかい? これは戦いになるね」
オーリスが言った。
「身体がなまる前に、少し戦ってみてもいいかもね」
ジャシードは軽く返事をした。
「どんな怪物かも分からないのに、そんなに軽くて良いの?」
マーシャは心配して言った。
「何とかなるさ。みんながいるからね」
ジャシードは、いつものように自信満々のようだ。ピックがその肩の上で、援護とばかりにカァカァと鳴いた。
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