第50話 仲間のあり方
レムリスを出た一行は、サイザル湖を左に見ながら、イレンディア街道を進んでいく。ここから先の平原は、フーリア平原と呼ばれていて、レムリスの南側とは打って変わって広大な平原地帯だ。
森林地帯には怪物が伏せていることは良くあるが、平原には伏せる場所がない。一行は視界に確認できる怪物たちの動きを警戒しながら、街道沿いを進んでいた。
街から離れるに従って、平原を見渡せば多数の怪物を確認できる。時折、怪物同士で戦っていることもあり、負けた怪物は喰われてしまう。
「この辺りの怪物は、凄く多いね……シャルノ平原とは大違いだ」
ガンドはキョロキョロとして落ち着かない様子だ。街道の魔法があり、距離が離れているとは言え、襲ってこないと言われても信じがたいほどの数が確認できる。
「だからこそ、この道の先にはレムランド砦がある。怪物共を分断する目的でな。あそこは砦というより、要塞に近い」
バラルは北の方を指差しながら言った。
「でも、あの怪物の中を突っ切っていくのを、いつかやりたい」
「さすがアニキ! おいらもそう思っていたところ!」
「ドラゴンの件もそうだけど、二人は本当に命知らずだよねえ」
ガンドは、ジャシードとスネイルのやりとりを聞いて呆れている。
「ドラゴン!? 見たのかい?」
オーリスがドラゴンという単語に食いついてきた。彼はとても好奇心が強く、『未踏』や『未発見』のようなものに、強い興味を持つようだ。ドラゴンは伝説の存在と言われているが故に、興味も大きい。
「ああ、見た。ヴォルク火山地帯から飛び立つドラゴンをな。わしは様々な怪物を見てきたが、ドラゴンは初めてだった。少々肝が冷えたわい」
バラルは当時の気分を思い出しながら言った。
「その時のジャッシュとスネイルと来たら、怖がるどころか、格好いいとか言う始末でね」
ガンドは呆れつつ言った。
「うん……。気持ち分かるなあ、ドラゴン、見てみたいなあ」
オーリスは遠い目をしながら言った。
「何だよ、オーリスもそっちの人?」
ガンドはさらに呆れたようだ。
「殆どの人は見ることも無く死んでいくんだ。夢があって良いじゃないか」
「喰われるのが夢ならね!」
ガンドはオーリスに言い放ったが、オーリスは笑っていた。
「ジャッシュは、昔から怖いもの知らずだもん、ね」
マーシャはジャシードの顔を覗き込んだ。
「そうだっけ?」
「そうよ。いつも『強くなるよ』って言ってたし」
マーシャは、ジャシードの口調を真似した。
「まあ、いくらか怖い物知らずの方が、色々な挑戦ができていいかも知れんがな」
「バラルさんはドラゴンと戦いたいわけ?」
ガンドは素早く抗議した。
「馬鹿なことを言うでない。ドラゴンとなど、誰が戦いたいものか。だが、慎重に事を運びすぎては、できないこともある、と言っている。わしにも、挑戦したい場所は多くある。その一つ一つは恐らく危険だが、環境が整っているのに尻込みしていては、達成できる事柄の幅が大きく制限されることになる」
「言っていることは分かるけれども……」
「危なくなったら、ガンド、お前の出番だろう」
「僕ばかりに頼られてもね」
ガンドは口を尖らせた。
「そうではない。パーティと言うのは、お互いがお互いに頼って成り立っているものだ。わしは一人でも、そこいら辺の怪物には負けんが、魔法を使いすぎては立ち行かなくなる。だから、わしが魔法を程々に使い続けられるように、ジャシードやオーリス、スネイルやマーシャに頼ることになる。そして彼らやわしが傷ついたときには、当然お前に頼ることになる。お互いの持っていないものを補ってこそ、パーティーと言えるだろう」
「何を言っても言い負かされてしまうなあ、僕は」
ガンドは少しシュンとしたように見えた。
「気にするほどのことでもないだろう。誰でも最初は、何も知らないのだからな」
バラルはガンドに言った。
◆
街道は海のそばを通っていた。一行は片側に気を遣わなくても良いこの場所で、昼食を摂ることにした。
食事の用意はこれまではガンドがやってきたが、今日からはマーシャが担当になった。それはマーシャ本人が志願したからだ。
「じゃ、少々お待ちくださあい」
マーシャはローブの袖を紐で縛って、腕を動かし易くした。
荷物の中からお料理セットと書いてある袋を取り出すと、軽い木でできた折りたたみできる机を組み立てた。その上に板とナイフと鍋とお玉を置いて、素材を切り始めた。
手際よく素材が切り刻まれ、鍋の中で魔法の炎を使って炒められた。そして魔法で作り出した水が鍋に注がれ、香りのする葉っぱが何枚か鍋に投入された。
「アネキ。その水って、どこから来るの?」
スネイルは鍋を覗き込んだ。
「水に限らず、魔法全体はそうらしいんだけど、『生命力——魔法力と言ったりすることもあるけど——を物質に変えること』が魔法そのものの原理らしいわよ。私もよく分かんないわ。突き詰めていくと、じゃあ『力場』ってどこから来るの? って言うことになる。でも、そう言うのは全て生命力が関わっているらしいわ」
マーシャは鍋をかき混ぜながら言った。
「難しいなあ。でもそんなに魔法使って平気なの」
スネイルはスープの匂いをクンクンと嗅いでいる。
「こんなのは序の口だから平気よ。……さ、できたわよ。魔法は火力調整が楽でいいわ。パンを浸して食べてもいいし、別々でも。お好きなように」
マーシャはそれぞれの器にスープを注いで、テーブルにパンを取りだして置いた。パンは例によって保存が利くちょっと硬いパンだ。
「おお、やはり
バラルはご機嫌で食べ始めた。
「ごめんよ、今まで僕で!」
ガンドはふくれっ面をした。
「ガンドの食事も美味しかったよ。バラルさんも意地悪言わないの。ガンドがかわいそうでしょ」
ジャシードが抗議した。
「ん、すまん、ガンド。そう言うつもりでは無かった」
「いいよいいよ。もう」
バラルは謝罪したが、ガンドには届かなかった様子だ。
「でもマーシャの料理は美味しいね。手際もいいし、魔法を駆使してる」
ガンドは、気持ちをバラルからマーシャに切り替えたようだ。
「ソルンおばさんに色々習ったのよ。魔法を駆使するのは私の練習の成果だけど」
マーシャは胸を張って言った。
「うまい、うまい」
「うん、美味しい」
スネイルとオーリスも満足しているようだ。
「ありがとう、マーシャ。みんな美味しく食べられたよ」
「あら、ジャッシュ。これから毎日だからね」
「それもそうか。じゃあ、これからもよろしくね」
「もっちろん!」
マーシャは元気に返事をした。
「カァ!」
ピックがジャシードの耳をくちばしで引っ張った。
「ゴメンゴメン、ピック。忘れてたよ」
ジャシードはトウモロコシを荷台から取り出した。
◆
片付けを終え、一行は再び進み始めた。海が近い場所を越えると、東側にはレック湖が少しキラキラしているのが見える。
「湖の周りにいる、あれは何?」
スネイルが、レック湖の周囲にいるものを指さして言った。
「あれは、ウォータークロッドだね」
ジャシードは、八歳の時に見た怪物の姿を思い出していた。
「ウォータークロッドは、『クロッド系』と言われるグループに属している。ゴーレムというのがいるが、あれと似たようなもので、魔法的なチカラで動いている怪物だ。ゴーレムは肉弾戦で、クロッドは魔法戦が得意だ、と言う違いがある。奴らは逃げ回りながら魔法を使ったりするから、引きつける役目が必要だな」
バラルが解説した。バラルは世界を飛び回っている魔法使いだけに、怪物などにも広範な知識を有している。
「へえ。ゴーレムみたいなやつか」
スネイルは納得した様子だ。ゴーレムならスネイルの知識の中にもある。
レック湖が遠ざかっていくと、街道は岩山の近くを通り抜ける。
セグムの言によると、あの山の付近で一泊するのがいいという話だった。
確かに空を見れば、ようやく晴れてきた後に残った筋状の雲を、夕焼けが飛び飛びに橙色に染めてきている。
暗くなってきた空の部分には、二つある月のうち一つが三日月の形になっているのが見える。それは空を照らす役割を、陽光から、あるいは夕焼けに染まる雲から奪い取ろうとしていた。
「山の北西側辺りがいいだろうな」
バラルが今日の野営地についてアドバイスした。
一行は街道沿いから少し外れた山裾へやってきた。山裾には凹みがあり、そこには古い野営後が残っていた。ここを皆が野営地として選択しているのが分かる。
人数が増えたため、テントは二つになった。一つのテントには、バラル、オーリス、ガンドが。もう一つのテントには、ジャシード、マーシャ、スネイルだ。
夜の食事は火を使えないため、パンを使った簡素なものになった。それでもマーシャは調味料などで工夫を凝らして、皆が満足する食事を作っていた。
夜の見張りは、マーシャとスネイル以外の四人で回すことになった。
マーシャは食事の世話をしてくれるし、スネイルはまだ未成年だからだ。十分な戦力になることと、未成年である事実は関係が無い。まだ未成年者には負担が大きいだろう。
◆
「星が綺麗ね」
「そうだね」
ジャシードが見張りをしているときに、マーシャはテントから出てきた。朝方は曇っていたものの、昼間進んでいる間に風が雲を運んだようで、夜は星がほぼ全天に輝く夜になった。三日月にはうっすら靄が掛かっていて、やわらかな光を平原に届けている。
「……ジャッシュは、どこまで行くんだろうね」
マーシャは空を見上げ、たくさんの星をその目に捉えながら言った。
「どこまでって?」
「なんていうのかなあ……色んなところで活躍して、有名になっちゃったり……とかね」
「有名とかには興味ないけど、色んな場所に行くだろうし、色んな人の困りごとを解決したいね。でも、マーシャも一緒だから、僕がどこに行ってもいいんじゃないの?」
「うん、そうなんだけど……ついていけるかなあって、思ってね……」
マーシャは、少し不安そうな顔をしながら、視線を空からジャシードの顔に移した。
ジャシードは真っ直ぐ前を向いて、周囲を広く視界に収めて警戒している。
「マーシャなら、平気だよ」
ジャシードは警戒区域から目を離して、マーシャの方を見て微笑んだ。彼は時折、根拠の無い自信を見せる。
しかし不思議なことに、その根拠の無さとは対照的に、結果が付いてくるのがジャシードの凄いところだ。
「ふふ……だといいな」
マーシャは再び、満天の星空に視線を戻した。
「また明日、朝ご飯からお世話になるから、早めに寝た方がいいんじゃない?」
「うん、そうする。……ちょっとジャッシュとお話ししたかったの」
「そっか。その時はいつでも相手をするよ」
「うん。ありがとう、ジャッシュ。おやすみ」
「おやすみ、マーシャ」
ジャシードは、気配でマーシャがテントに戻ったことを確認すると、再び広い範囲を視界に収めて警戒を始めた。
◆
翌日は雲一つ無く晴れていた。緩やかな風を頬に感じる、気持ちの良い朝だ。ピックも気持ちよさそうに、朝の運動とばかりに辺りを飛んでいる。
マーシャは手際よく、サンドイッチと紅茶をこしらえて皆に振る舞った。
「今日は、レムランド砦まで、だね。……手前にある橋は……」
「ウルート橋だ」
ジャシードが地図を調べようとしたのを見て、バラルが言った。
「ウルート橋には、砦とか、守衛所はないのかな?」
ガンドは地図を見ながら言った。
「無いな。たまに橋が落ちていることすらある」
バラルが不安になることを言った。
「橋が落ちていたらどうする?」
オーリスがバラルに言った。
「近距離だから、もし落ちていたら、わしが対岸まで運ぼう」
バラルは請け合った。
「よし、そしたら出発しよう!」
ジャシードは先頭を歩き始めた。
◆
ウルート橋までの間には、平原が広がっているのみで、遮蔽物の一つも存在しない。
例によって怪物たちの姿もあるが、余程距離が詰まらない限りは襲われることはない。
出発して二時間ほど過ぎた頃、ウルート橋に到達した。心配していた、橋が落ちているようなこともなく、難なくウルート橋を渡りきることができた。
ウルート橋を越えると、東側にはアグアンタ荒原と呼ばれる荒れ地がある。
街道からは、ゴーレムが動いているのが確認できたが、距離が放れているため特段問題にはならなかった。
アグアンタ荒原から距離を離した辺りで昼食をとり、また歩き出す。
街道は、やや西北西に曲がりながらも、ほぼ北を向いて続いていた。
「お、見えてきた」
オーリスが前方を指差しながら言った。指の指し示す方向へと目をやると、城壁が確認できた。城壁は、かなり長い距離に渡って続いている。
「うむ。あれがレムランド砦だ」
バラルは皆に言った。
「けしからんベッド、あるかな」
スネイルは淡い期待をしているようだ。
「そんなものは無い。ここは古くからある場所だからな。
バラルは少年の淡い期待を、軽々と打ち破った。
「残念だなあ」
「余程気に入ったんだね」
スネイルは黙って頷いていた。
ジャシードは、彼の幸せのために、たまには贅沢をさせてやっても良いかもしれないな、と思った。
時は夕刻、ヒートヘイズの一行は、レムランド砦に到達した。
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