第六章 因縁の戦い

第105話 決戦準備

 ルレインは、まだ冒険者ギルドに用事があるらしく、ワタル達とは別行動になった。

 休職中の扱いになっているとはいえ、状況が状況である。

 色々とやる事があるのだろう。


 それにしても、冒険者ギルドで衝撃の事実、特にエスエスにとって、を聞いてしまったワタル達はどうにも落ち着かなくなってしまった。

 エスエスの故郷の小人族の村が襲われる。

 しかも、その侵略を行うのは、因縁のあるキャベチ公爵だというのだ。


 当然、ワタル達とすればキャベチ公爵の陰謀を阻止する為に動きたいのだが、まだ情報が足りないし、キャベチ公爵が挙兵する前に敵地に乗り込むのも拙速に過ぎる。


 要するに、まだ何も出来ないのだ。


 そこでワタル達は、出発の準備を進める事にした。


 とは言うものの、武器や防具の調整位しか出来る事は無いのだが。


 と、言う事でワタル達は魔法屋にいる。

 ワタルに【エルフの杖】を授けたマリアンの店である。


「久し振りね。あなた達の活躍の噂は聞いているわよ。私が見込んだだけの事はあるわね」


 店主のマリアンは、ワタルに流し目を送りながらそう言っている。

 どうやって外国でのワタル達の行動を知ったのかは分からないが、高名な老エルフには何らかの方法があるのだろう。


 齢数百年の老エルフといっても、マリアンは綺麗な色っぽいお姉さんにしか見えない。

 魔力が高く、長命なエルフは外見で年齢は分からない。


 ワタルの視線は、大きく開いたマリアンの胸の谷間に釘付けである。

 その視線を感じながら、マリアンは微笑みを浮かべている。


「じゃあ、杖を見せて頂戴。ラナリアもね。バージョンアップ出来るかしら……」


 そう言いながらマリアンはワタルとラナリアから杖を受け取った。

 そして、皆の見ている前で杖に自分の魔力を流して、何やら測っている様子である。


「ちょっと、何これ……凄いわね」


 先にラナリアの杖を調べていたマリアンは、思わず声をあげている。


「杖の魔力回路が信じられないくらいに広がってるわ。どうやって使ったらこうなるのかしら……うん、これは杖が成長してるって言ってもいいかもね」


「そうなの?よく分からないけど……」


 ピンと来ていない様子のラナリアにマリアンが続ける。


「この杖は、既に伝説級の魔法の杖になっているみたいよ。ただ、あなたの魔力に合わせて成長しているから、他の人が使っても力を発揮しないでしょうね。【ラナリアの杖】と言っても良いわね。大事に使ってあげてね」


「分かったわ。ありがとう」


 ラナリアは嬉しそうに【ラナリアの杖】を受け取った。


「それから、この【吸精の杖】はバージョンアップしておくわね。魔力回路も魔力貯蔵庫も広げられるわ」


 マリアンは何だか楽しそうである。


「そしてこれが問題よね。この【エルフの杖】だけど、ワタルもどういう使い方をしてるのよ。この杖は成長の限界に達していた筈なんだけど、何故か更に力が増しているのよね。全く信じられないわ」


「いや別に……変な使い方はしてないつもりなんだけどな。雷の魔法を使っているせいなのかな」


「う〜ん、そうかも知れないわね。だけど、ワタル以外に雷魔法の使い手が滅多にいないから、未知の領域なのよね。やっぱりこの杖をワタルに預けて正解だったわね。これからが楽しみだわ」


 上機嫌のマリアンは、嬉しそうにワタルとラナリアを見ている。

 実は、マリアンがこんなにテンションを上げるのは非常に珍しい事なのだ。

 ガナイや武器屋のナライが見たら、さぞかし驚く事であろう。


 すこぶる機嫌の良いマリアンだが、思い付いた様に眉をひそめる。

 そして、エスエスの方を向いて口を開く。


「森の小人族の村の事は聞いているわよね。私も森の一族として他人事では無いわ。貴方達は、きっと手助けに行くんでしょうけど気を付けてね」


「はい。僕だけでは何も出来なかったかも知れませんが、今は強力な仲間達がいます。絶対に彼奴らの好きにはさせません」


 エスエスの答えにマリアンは優しく微笑んだ。

 その雰囲気は慈愛に満ちていて、男女問わず呆けてしまいそうな美しい笑顔だった。

 それでも、胸の谷間から目を離さないのはワタルだけである。


「貴方の弓に魔法をエンチャントしてあげるわ。この石を弓に取り付けて貰いなさい。ナライならすぐにやってくれるわ」


 そう言ってマリアンが取り出したのは、緑色に輝くエメラルドの様な宝石であった。

 しかし、ただの宝石ではない。

 大量の魔力が中に込められているのが感じられる。


「この石の力と貴方の魔力が合わさって、色々な効果を発揮するはずよ」


 宝石を受け取ったエスエスは、思わずその宝石の美しさに見惚れてしまい、その後慌てて頭を下げる。


「貴重な物をありがとうございます。頑張ります」


「いいのよ。深淵の森を頼むわね。あの森は貴族なんかが自分の欲望の為に好きにしていい様な場所じゃ無いわ」


 マリアンの瞳の奥には、静かな怒りの火が灯っている様である。

 優しい笑顔を浮かべているのが逆に怖い。



 さて、次にワタル達は、ナライの武器屋に向かった。


「おお、お前達、元気だったか」


 店に入ると、ナライがすぐに奥から出て来て、大きな声で出迎える。


「お前達、大活躍みたいだな。今日は武器のメンテナンスか?」


「はい。それもなんですが、これを……」


 エスエスが答えて、自分の弓とマリアンの宝石をナライに差し出す。


「お?これは凄まじい石だな。物凄い魔力だ……って、これマリアンの石か!?お前、これ、マリアンが渡したのか!驚いたな……」


 ガナイはしきりに驚いている。


「ワタルの【エルフの杖】の時も驚いたが、今度はこれか……よし、この【盗賊の弓】に付ければ良いんだな。任せろ!最高の魔弓にしてやるからな」


「はいっ、ありがとうございます」


「うむ」


 満足そうに頷くナライ。

 職人としての腕がなるのだろうか、顔付きが活き活きとし始めている。


「他の奴の分はメンテナンスで良いんだな。よし、ここに置いていってくれ。急いで仕上げるから」


 ナライの言う通りに、カウンターに自分の武器を置いて行くメンバー達。

 ヒマルは武器も防具も持っていないので退屈そうである。


 そして、最後にコモドが【古竜の槍】を置いた時にナライがびっくりして後ずさった。


「あんた、ドラゴノイドか。驚いたな。俺もお目にかかるのは初めてだ。それに、これはドラゴンの牙の槍だな。また、凄まじい物を持ち込んでくれたもんだな……あ、いや、嬉しいんだ。こんな槍を扱えるなんて職人冥利に尽きるってもんだ」


 余程の事なのだろう、ナライは涙ぐんでいる。

 そして、少し困った様な顔をして話を続ける。


「俺に任せてくれ、と言いたいんだが、この槍を鍛えるには俺の店の工具だけでは不十分なんだ。それでお願いなんだが、あんたのウロコを一枚分けてくれないか?……いや、竜人に対して失礼な事は分かってるんだ。でも、そこを曲げて、何とか譲ってもらえないだろうか?」


 頭を机に擦り付けるように頭を下げるナライ。

 ワタル達はよく知らないのだが、それ程までに竜のウロコは貴重な物なのである。

 それこそ、ウロコ数枚でナライの店が買い取れる程なのだ。


「容易い事」


 コモドは短く返事をすると、へっ?、と惚けた様な顔を上げたナライの目の前で、自分の脇腹と背中の間にある大きなウロコを引き剥がした。

 ブチッという大きな音がして、10センチ程の大きなウロコが取れた。

 黒に近い深い緑色をしたウロコで、表面がツヤツヤと光っている。


「これで良いか?」


 コモドが自分のウロコを手渡すと、ナライは両手で押し頂く様に受け取った。


 ナライの脇腹からは少し血が流れている。

 この血も錬金術師や薬師が見たら、泡を吹いて倒れるくらいに貴重で高価な物なのだが、本人は全く頓着していない様だ。

 隣にいたラナリアが、回復魔法で直ぐに傷を塞いでしまった。


 武人であるコモドにとっては、これ位の傷は痛みのうちに入らないのだが


「姫、恐悦至極」


 と、ラナリアに礼を言っている。

 大きな尻尾が小刻みに震えている。

 嬉しいらしい。


 受け取ったコモドのウロコを、いじくり回して暫くの間吟味していたナライは、コモドに礼を言う。


「本当にありがとう。これで良い仕事が出来る。こんなに嬉しい事は無い。それで、ウロコの代金なんだが、申し訳ないが直ぐに全額は用意出来ないんだ。何度かに分けて必ず払うから、それで許してくれ」


「我のそのウロコは店主に進呈しよう。主人達の武器を宜しく頼む」


「え、良いのか?あんたのウロコには物凄い価値があるんだぞ」


「構わぬ」


 コモドの申し出に唖然とするナライ。


「分かった。本当に夢みたいな話だ。よし、今回だけじゃ無く、俺の生きている限りあんた達の武器防具は今後一切無料だ。店にある物は何でも持って行ってくれ」


「そんなこと言って良いのか?」


 2人のやり取りを見ていたワタルが思わず尋ねるが


「それでもウロコの価値には追いつかないんだ。よし、今日は一世一代の仕事になるぞ」


 と、ナライのテンションが上がっている。


「明日まで待ってくれ。最高の仕事をしてみせる」


「わかった。宜しく頼むよ」


 こうしてワタル達は、興奮しているナライに見送られて店を出たのであった。


 後は、街で適当に買い物をして、泊まるのは「夕暮れ荘」である。

 久しぶりに戻って来たワタル達を見て、店主のオヤジが感激していたが、ワタルに抱きついたりはしなかった。

 何気ないコモドのガードが効いていたのかも知れない。


 と、ここでルレインが合流して来た。


 ギルドとの話し合いの末に、正式にワタル達のパーティーのメンバーになる事になったらしい。

 散々メンバーとして活躍していたので、今更感が無い訳ではないが、ギルドを正式に退職して来た様である。


「まあ、顧問というか相談役としての立場は押し付けられたんだけどね」


 ルレインは少し済まなそうに言うが、異論のあるメンバーはいなかった。

 冒険者は自由な立場だとは言うものの、冒険者ギルドにはこれからもお世話になるだろうし、強者であるガナイとの繋がりはあった方が良いだろう。


 どうしてもしがらみが嫌になった時は、外国にでも行ってしまえば良いだけの話である。


 何れにしても、その夜はルレイン正式加入のお祝いを兼ねた夕食会になったのであった。



 そして、それから数日後、冒険者ギルドからチームハナビに使いの者が訪ねて来た。


「皆さん、お久しぶりです」


 ロザリィの冒険者ギルド諜報部のカイである。

 闇落ちドルハンの討伐の時に、影に日向に協力をしてくれていた男である。

 ガナイの命を受けて、要注意パーティーであるチームハナビを見張っている、とも言えるだろう。


 実は、ワタルはノク領に入って暫くしてから、カイの気配が近くにあるのを気付いていた。

 規格外の索敵能力のお陰である。

 ただ、お勤めご苦労さん、と思って放置していたのであった。


 勘付かれていた事に気付いていないカイは、素知らぬ顔で挨拶をしているのだ。


「諜報部が何の用かしら。まさかただのお使いじゃ無いわよね」


 ルレインの言葉には愛想のカケラもない。


「いやぁ、参ったな。ギルドとしての正式な依頼じゃないんで俺が来たんですよ」


 カイは、苦笑いを浮かべながらそう言った。

 と、言う事はやはりアレだろう。


「キャベチが正式に兵を挙げました。現在、領境は封鎖されて通る事は出来ません。キャベチ領に向かうには深淵の森の中を突っ切るしか無いですね。ワタルさん達なら出来るんでしょうね」


「キャベチの軍が小人族の村に着くにはどれ位かかるんだ?」


 カイの情報を聞いたワタルが尋ねる。


「10日以上はかかるんじゃないですかね。ベテランの狩人や冒険者ならともかく、足の遅い歩兵達の大群ですからね」


「よし、じゃあ俺たちは森を抜けて、小人族の村に先回りしよう。エスエス、それでいいよな」


「はい!森の中は任せて下さい。それに……皆んな……宜しくお願いします。村を……森を……助けて下さい!」


 エスエスは、メンバーに深く頭を下げた。

 その目には涙が浮かんでいる。


「大丈夫よ。私達がついてるわ」


 シルコが優しくエスエスの頭を抱きしめている。


「全くふざけた人族じゃな。森を何だと思っておるのじゃ。黄泉の彼方に吹き飛ばしてくれるわ」


 ヒマルも怒っている様だ。

 まさかキャベチ公爵も、伝説の魔物の怒りを買っているとは思っていないだろう。


「じゃあ、早速出発しよう。用意は出来てるよな」


 この数日で、旅の準備は整っている。


「今回のミッションのリーダーは……エスエスだ」


「えっ!?」


 ワタルの宣言に驚くエスエス。


「え?僕が……」


 今回の戦いは深淵の森が舞台になるのだから当然の人選である。

 普段はボーッとしているエスエスだが、森に入るとシャキッとするをワタル達は分かっているのだ。


「宜しくね。リーダー」


 ルレインの言葉に頷くエスエス。

 既に、何時もよりも表情が引き締まっている。


 こうして、因縁とも言えるキャベチ公爵との戦いが始まったのであった。


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