第104話 強者の手合せ
「よし、ここまではオッケーと……おう、待たせたな、ガハハハハ」
ガナイは書類の仕事が一段落すると、ワタル達が座るソファの方へやって来た。
「まあ、こっちの話は色々とあるし、お前達の報告も聞きたいんだが、その前に……何やら尋常ではない仲間が増えた様だな」
ロザリィの冒険者ギルドのギルドマスターであり、自身も凄腕の冒険者であるガナイには、まずコモドとヒマルの存在が気になった様である。
ガナイの言葉に含まれる剣呑な雰囲気を感じ取って、ルレインは震え上がる。
やはり、いくら強くなってもルレインにとってガナイは恐怖の上司なのだ。
それに引き換え他のメンバーは皆、飄々としている。
ガナイの問いにワタルが答える。
「ああ、そうだね。コモド、ヒマル、自己紹介を。こちらは、この街の冒険者ギルドのギルドマスターのガナイさんだよ。強者だしお世話になっているから怒らせない様にね」
「はっ、我は竜人のコモドと申す者。ワタル殿を生涯の主人とする者なり。主人をはじめ、このパーティーの盾となり槍となりて尽くす所存」
「妾の名はヒマルじゃ。ワタルの従魔じゃ。森では空の女王と呼ばれていたアルビノガルーダじゃが、ワタルの事が気に入ってのう。妾もコモドと同じくワタルの仲間になったのじゃ」
ワタルの従者2人の自己紹介を受けたガナイだが、ギルマスのガナイをしても少しの間固まってしまった。
それでも直ぐに正気に戻ったのは流石と言えるだろう。
「この冒険者ギルドのマスター、獅子獣人のガナイだ。それにしても、本当に竜人とアルビノ種なんだな。そうではないか、とは思ったんだが、確認するまで信じられなくてな。しかし、ワタルは普通では無いと思ってはいたが、ここまでの者達を仲間にするとはな。1人で一国を相手に出来るほどの強者だぞ」
「そなたも人の事は言えぬじゃろうが。本当に獣人かえ。力の底が見えぬのは妾の主人と同じぞ」
ガナイの言葉にヒマルが応える。
コモドは鋭い目をしてガナイを見つめている。
緊迫した雰囲気にルレインは、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
とても生きた心地がしないのだ。
それに引き換え、ワタルはニコニコしてガナイ達の会話を聞いている。
他のメンバーに至っては、楽しそうにお菓子を食べていて話を聞いているのかも分からない。
そしてガナイがとんでもない事を言い出した。
「なんならワシと手合わせでもしてみるか?良い経験になるぞ、ガハハハハ」
「真の強者との手合わせは、武人として望む所」
「獣人風情が豪気な事よのう」
コモドとヒマルもやる気の様だ。
そこへ慌てたルレインが止めに入る。
「ちょっと待って下さい!そんな事をしたらこの街ごと吹き飛んでしまいます。ギルマスも少し自重して下さい。ワタルも、もぉ、しっかりしてよ!」
「ん〜?」
必死の形相のルレインに気の無い返事を返すワタル。
「そんな顔してると美人が台無しだよ」
「今はそういうのいいから!」
本気で焦っているルレインにガナイが声をかける。
「ルレイン、手合わせと言っても戦うわけじゃ無いんだ」
「その通りじゃ。この御仁は主人の恩人なのじゃろう?殺し合ってどうするのじゃ」
「え?そうなの?」
ホッとすると共にポカンと間の抜けた表情になるルレイン。
本当に美人が台無しである。
クールビューティーを欲しいままにしていたギルド職員時代が嘘の様である。
実は、密かにコモドも落胆の様子を見せている。
彼は本当に戦うつもりだった様だ。
「主人、この部屋に結界を張って欲しいのじゃ。妾の結界では気配が漏れてしまうやもしれぬ。今から気配を隠さずに開放するからのう。気配が外に出ない様にせぬと、街中の者の具合が悪くなるのじゃ」
ガナイとヒマル、コモドは、気配をぶつけ合う事で互いの力量を推し量る様だ。
「本当の強者同士の戦いは、周りの被害が大変だから気配だけで戦う、って本で見た事があるわ」
シルコが知識を披露している。
さすがにお菓子ばかりに気を取られてはいられなくなった様である。
エスエスとラナリアも期待を込めた目でガナイを見ている。
滅多に見る事の出来ない戦いが始まろうとしているのだ。
「分かった。結界を張ってみるよ」
ワタルは【エルフの杖】を取り出して、空中に漢字を書き出した。
【気配消失結界】
「相変わらず、凄い力を感じる文字ですね。全く読めないけど……」
エスエスがコメントしている。
ワタルは文字をテーブルの上に設置して、そこに魔力を流して行く。
すると、文字を中心に球状に結界が拡がるが、ワタルが杖を僅かに動かすと、その拡がっている結界の境界が形を変えて部屋の内側に丁度収まる形に変化した。
ワタルは、部屋の内側に沿って結界の形を合わせたのである。
ワタルの魔力操作の技術が進歩している証拠である。
空中浮揚の為に、ヒマルと魔力操作を訓練していた成果でもあった。
「まったく器用な男ね」
ラナリアが呆れた様に呟いている。
風魔法で龍神を作り出す彼女が呆れる程の器用さでは無いのだが、彼女が使えない結界魔法となると話は別なのだろう。
「よし、オッケーだぞ」
中の気配を外部に遮断する結界が、皆のいるガナイの執務室に張られた。
これで、部屋の中でどんなに大きな気配を放っても、結界に触れた途端に消えてしまう筈である。
「さすがは妾の主人じゃ。妾も見た事のない見事な結界じゃのう」
ヒマルが感心し、コモドは誇らしげに胸を張っている。
ガナイは驚いた様子だが
「ガハハハハ、本当にお前らは面白い。このワシがこんなに驚く事が続け様に起こるとはな」
と、大層機嫌が良い。
「よし、じゃあ始めるか。いくぞ」
ガナイはそう言うと、自身の気配を開放した。
やはり、普段は本当の気配を抑えて生活しているのだろう。
ガナイの体から濃密な闘気が膨れ上がる。
その双眸は爛々と輝き、立派なタテガミはユラユラと四方へ漂っている。
ガナイから放出されている気配は、燃え上がる炎の様に、周りの空気を焼き尽くしてしまいそうである。
「暑苦しいわね。イメージ通りだわ」
シルコが鬱陶しそうに感想を述べている。
まともな神経をしている者なら、その雰囲気だけで失神してしまっても不思議ではない。
平気でこんな事を言えるシルコがどうかしているのだ。
一方、ヒマルも気配を開放している。
本来の魔物の姿であるアルビノガルーダにはなっていない。
少女の姿のままである。
しかし、発せられる気配は尋常のものではなかった。
ヒマルを中心に台風の様に渦巻く気配が吹き荒れ、その体は1メートル位は浮き上がっている。
気配だけなので実際に風が吹いている訳では無いのだが、まるで暴風の中にいる様な錯覚に陥ってしまいそうだ。
そしてその渦巻く気配は、ガナイとの中間でせめぎ合い、押し合い、均衡を保っている。
「さすがはヒマルですね」
ジュースを啜りながら、そんな感想を漏らしているエスエスも普通では無いだろう。
やはり、規格外パーティーの一員だけの事はある。
そして、コモドも遠慮無く気配を開放した。
主人であるワタルが作った結界に対する絶対的な信頼感が、ヒマルの力に対する畏敬の念が、コモドに遠慮する事を許さない。
コモドの発する気配は、動く事のない固い大岩の様な気配である。
その鉄壁の気配は、何としても主人を守ると言うコモドの意思が具現化されたかの様だ。
ガナイの高温高圧の気配にも、ヒマルの竜巻の様なプレッシャーにも微動だにしない、不動の大岩がコモドの周りにそびえ立っている様に感じられる。
三者三様に一歩も引かない気配のぶつかり合いは、部屋の中を凄まじい雰囲気にしているが、実際には家具の一つも動いていないし、テーブルの上のジュースすら波立ってもいない。
しかし、普通の神経の者がこの部屋に足を踏み入れたなら、一瞬にして意識を刈り取られて2度と目を覚まさない可能性すらあるのだ。
しかし、この凄まじい気配は、部屋の外には全く漏れていない。
ワタルの張った結界が、完璧に気配を遮断している。
だから、今も冒険者ギルドの職員達は、ギルマスの部屋で行われている規格外の戦いに気が付くことも無く忙しく働いている。
こうして三竦みの鍔迫り合いがしばらくの間続いたが
「もう、あんた達いい加減にしなさいよ!鬱陶しい!」
というラナリアの大声で、この手合わせはいきなり終わりを迎えた。
示し合わせたかの様に、パッと3者の気配が消失したのだ。
「すまぬ、姫」
「妾も調子に乗り過ぎた。こんな事は久方振りなのでのう。100年程前にドラゴンと相対して以来じゃ」
「ガハハハハ、すまんすまん。いやぁ、楽しかったな。最近ワシの相手を出来る者がいなくてな。久し振りに良い訓練になった」
ガナイは心底嬉しそうである。
コモドやヒマルと対等に渡り合うこの男は、単なるギルマスの器ではないだろう。
「このワシの気配とこれ程に渡り合うとは、さすがは伝説になる者達だな。恐れ入ったわ。実はワラボのギルマスのリッケンの爺さんから連絡があってな。話は聞いていたんだが、実際に面と向かうと凄いものだな」
ガナイはしきりに感心している。
ギルドマスターだけあって、彼の持つ情報網で大体の事は把握しているのだろう。
「お、そう言えば、シルコは奴隷紋が外れたんだな。半獣人のいい女になったじゃないか。ワシも惚れてしまいそうだぞ、ガハハハハ」
(今、気付いたのね……奴隷反対で涙ぐんでたくせに……)
内心で毒づくシルコだったが、どっちでも良いのでスルーした。
「それで、何か私達に伝えたい事があったんじゃないのかしら」
「おお、そうだった。忘れておったわ、ガハハハ」
シルコの問い掛けに笑って答えるガナイ。
「お前達の旅の報告は後でルレインから聞くとして、ギルドが忙しそうだったのは見ただろう。ちょっと厄介な事になりそうでな。情報を集めていたのだ」
ガナイはそう言いながら、チラッとエスエスに視線を送る。
「どうやら、隣のキャベチ領の領主が兵を上げるらしいのだ。そして、その戦争の相手が深淵の森の小人族らしい」
「えぇぇっ!?」
これを聞いたエスエスが突然立ち上がった。
体が小さいので、立ち上がってもそれ程頭の高さは変わらないのだが、彼の前のジュースのコップが倒れてしまった。
いつもはボーッとしている事の多いエスエスだが、これに関しては無関心ではいられなかった。
「本当ですか?何でそんな事に」
思わず尋ねるエスエス。
動揺しているエスエスに、同情する様な目を向けるガナイ。
「残念ながら確かな情報だ。何故こんな無茶な事をしようとしているのかはワシにも分からん。だが、領主のキャベチ公爵が森の小人族に偏執的な執着をしているのは有名な話だからな。その辺りが原因かも知らんが、それだけが理由とも思えんのだ」
「確かにね。幾らあいつが変態でも、それだけで戦争は出来ないでしょ」
ラナリアもガナイに同意する。
しかし、まさかとは思うが、という疑問も捨て切れない。
エスエスに執心したキャベチ公爵から逃げるために、ラナリア達はノク領にやって来たのだ。
今の力ならば、公爵と戦う、という選択肢もあったかも知れない。
しかし、あの時はとてもそんな事は考えられなかった。
ラナリア達にとっては、キャベチ公爵のイメージは最悪であり非道な貴族そのものである。
キャベチなら、そんな偏執的な理由で戦争を起こすかも知れない、という思いもあるのだった。
「まあ、とにかく今は確かな情報を集めている。ただ、もしキャベチ公爵が挙兵したとしても、ノク領に攻めて来るならともかく、深淵の森に進軍するのを我々が直接止めに入る訳にはいかんのだ。それぞれの公爵領は独立した国の様なものだからな」
「そんな、馬鹿な事が……」
エスエスは、心ここにあらずである。
そんなエスエスに向かってガナイが話を続ける。
「まあ、ノク領の冒険者ギルドとして正式に動く訳にはいかないが、他にも色々と手段はある。お前達にも手を貸して貰うかも知れんから、覚悟はしておいてくれ」
「分かったよ」
と、ワタルが答える。
「エスエスの故郷が危ないのなら、俺達にも他人事じゃ無いからね。なぁ、エスエス」
「ワタルぅ……」
もうエスエスは泣きそうである。
「許せないわね。馬鹿キャベチは」
「変態公爵……領主の館ごと燃やしてやろうかしら」
シルコとラナリアは俄然ヤル気である。
キャベチ領の貧民街に住んでいた頃から、貴族の横暴には煮え湯を飲まされて来た、という積年の恨みもあるのだろう。
「ガハハハ、お前らならそう来ると思っていたぞ。お前達は、このギルドの最終兵器だな。いざという時には頼んだぞ」
(最終兵器はアンタだろ)
というツッコミは口には出さなかったワタルであった。
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