第103話 ロザリィへの帰還
数日後、ワタル達チームハナビの乗る馬車は、ライハ領の街道を北上していた。
街道の右側にはザルザス河が、近づいたり遠ざかったりしながらその姿を見せている。
一行が目指しているのはライハ領とノク領の領境である。
狩りや訓練をしながら気楽に進んでいる。
クラーケン討伐後のワラボの街では、チームハナビは英雄の様に扱われていた。
高級宿屋も無料で泊まることが出来たし、食事をしてもお金を払わせては貰えなかった。
武器の手入れもタダでして貰った。
ワタル達と会った街の人々は、口々にお礼を述べていた。
未曽有の街の危機を救ったのだから、ある程度目立つのは仕方が無かったが、それを助長したのは称号であった。
ギルドマスターのリッケンは、老エルフだけあり、各所にかなり顔が効く様で、彼の一存でパーティーメンバーに【クラーケンスイーパー】の称号が与えられた。
本来ならば、船乗りに与えられる最高の称号である。
ドラゴンスレイヤーの海版、といった物だろう。
通常であれば、船に乗っている者が海上でクラーケンに遭遇してしまったら、生き残る事自体が奇跡である。
ましてやクラーケンを討伐する事など、出来る訳が無いのである。
今回は、たまたまクラーケンが陸上に上がって来たから倒せたが、海上や海中では難しいだろう。
しかし、それでもクラーケンを倒した事は事実である。
【クラーケンスイーパー】の称号を与える事に関しては、陸上で戦った事から反対の意見もあったのだが、そこをリッケンが押し切った様だ。
その称号の授与を、大々的に街中に発表したのである。
リッケンとしては、規格外の戦闘力を持つチームハナビを、少しでも目立たせておきたい、という思惑があったのだ。
ワタル達は、余り目立つ事を好まない。
自分の強さを必要以上にアピールする事の多い冒険者には珍しいタイプである。
だから、強引にでも名を上げさせて、無用のトラブルに巻き込まれないで済む様にしよう、というリッケンの計算である。
これは、ワタル達の事を心配して、と言うよりも、ワタル達による被害を少なくしよう、と言う理由の方が大きい。
ワタルの身に何かあり、従者達が怒りに任せて本気で暴れたら、国の一つ二つは滅亡しそうだからである。
また、厄介な事にワタル達は弱そうに見えるのだ。
強い従者を連れているだけの、大した事ない奴に見えてしまう。
このメンバーの本当の力を看破出来るのは、相当な腕前の者だけだろう。
リッケンから見るとワタル達は、ドラゴンがゴブリンのふりをして歩いている様に見えるのだった。
「クラーケン討伐者がCランクな訳が無いじゃろう。本当ならSランクをやりたいところじゃが仕方ない。お前さん達は、今日からBランクじゃ。ランクは一つづつしか上げられない決まりなのだから仕方ない。次に何か大きなクエストをやり遂げれば、文句無くAランクになるじゃろう」
冒険者ランクについても、なるべく高ランクにしたかった様だが、これはリッケンの思惑通りにはならなかった様である。
そして
「それから、これはお願いなのじゃが、ヒマル殿にも冒険者登録をして貰えんかの。街の出入りや、領境の関所などでは便利だと思うのじゃが……」
と、老エルフにしては低姿勢である。
リッケンがヒマルの冒険者登録を勧めるのは、危険な魔物を少しでも管理下に置きたい、と言う理由だろう。
「主人が良いのなら妾は何でも構わんが、魔物の妾に登録なぞ出来るのかえ」
魔物に対する魔力紋の登録など全く前例が無いのだ。
ヒマルの様に知性が高い魔物の存在自体が稀なのである。
「とにかく、やってみて下され」
リッケンはいそいそと魔力紋の登録機を取り出した。
「ここに手を当てて下され」
ヒマルは、ワタルが頷くのを確認すると、リッケンの指示通りに機械に手のひらを当てた。
ブゥゥゥ……ゥゥゥ……ゥ……プシュー
機械から白い煙が立ち昇る。
「ああぁぁ」
リッケンが情けない声を上げた。
どう見ても登録機は壊れてしまった。
「妾は知らんぞ。手を当てただけじゃからな」
「ああ、高い機械なのに……何と言う事じゃ」
魔物に固有の魔力紋が存在するのかも疑問である。
いたたまれない様子のヒマルと落ち込むリッケン。
良く分からないのに、焦ってやらせたリッケンが悪いだろう。
と、言う事で、ヒマルの冒険者登録は無理であった。
その後、ワタル達は2泊ほどワラボの街で英気を養い、盛大に見送られて街を出たのであった。
この間、領主を始めとする貴族からの接触は一切無かった。
やはり、討伐報酬を出し渋った事で、顔を出しにくかったのだろう。
下手にワタル達を召し抱えようと強引な手段に出る貴族がいたりすると、トラブルになったのは間違いないので、接触が無いのはお互いにとって、そしてワラボの街にとってもラッキーだったと言えるだろう。
さて、更に数日の旅路が続き、ワタル達は領境に来ていた。
ここまでは、のんびりとした順調な旅だった。
ザルザス河沿いの街道は、適当な湿度と天気に恵まれて過ごしやすかったし、途中の町や村でも資金に余裕があるので、良い部屋に泊まる事が出来て快適であった。
以前の様に、変な冒険者に絡まれる事も少なくなった。
相変わらずワタルは弱そうに見えるし、美女達のいるパーティーなので、絡まれる要素は満タンなのだが、やはり強面のコモドの存在が大きいのだろう。
半端な者は、声もかけて来なくなっていた。
それに、ノク領にいた時は、闇落ちした冒険者に多く遭遇して面倒事が多かったのだが、悪徳冒険者の親玉だったドルハンを倒してからは、そう言う輩とも遭遇しなくなっている。
これは偶然なのか、それともトルキンザ王国やライハ領には闇落ちする者が少ないのかは分からない。
何れにしても、ドルハンの組織が壊滅したとは言え、闇落ちの現象そのものが無くなった訳では無いので、ノク領に入ってからは特に注意が必要である。
もっともワタル達は自身は、対ドルハン戦の時よりも格段に進歩しているので、それ程の脅威とは感じていないのだが……
領境の関所には沢山の人が並んでいたが、列はドンドン進んでいる様に見える。
以前にキャベチ領とノク領の境を越えようとした時には、傍若無人な貴族が非道をしていたのだが、この関所ではそんな事も無くスムーズであった。
ルレインの語る情報によると、キャベチ領の貴族が特におかしいのだそうである。
何処の貴族もそれなりに傍若無人ではあるが、キャベチ領は、領主も含めて特に評判が悪いらしい。
ワタル達も、森の小人族であるエスエスを狙ったキャベチ領主の手から逃れる為に、ノク領に渡ったのであった。
確かにキャベチ領の貴族には良い印象は無いのだ。
「自分の国に帰って来た気がするわぁぁ」
ノク領に入ると、ルレインが背伸びをしている。
他のメンバーはそうでもないのだが、この領地で生まれ育ったルレインには地元意識があるのだろう。
嬉しそうなルレインにメンバーは少し羨ましそうな視線を送っている。
他のメンバーには、自分の出身の国、といった場所が無かったり、知らなかったり、まあ、自由な冒険者らしい、といえばらしいのだ。
ワタルにとっては日本がそれに当たるだろうが、あまり良い思い出が無い上に、簡単に帰れる場所では無いし、帰りたいとも思っていない。
ただ、エスエスだけは他のメンバーとは少し違った感情を持っていた。
森の小人族であるエスエスは、何処で何をしていても森の民なのだ。
深淵の森にある隠れ里に顔を出したい、という気持ちは常に持っているのだが、森の里とはいつも繋がっている感覚も併せ持っている。
だから、里から出ていても郷愁の念に駆られる事はあまり無いのである。
これは、エルフなどもそうだが、森の民独特の感覚なのである。
だから、何処にいても彼らはマイペースでいられるのかも知れない。
目的のロザリィの街までは、まだしばらく旅が続いた。
特にわざわざ寄り道をした訳では無いのだが、それでも馬車で10日以上もかかった。
その間、メンバーは皆、訓練を続けていた。
本人達の自覚は薄いのだが、更にかなりの戦力アップが成されている。
襲って来る盗賊や魔物を蹴散らしてはいたのだが、強敵と呼べるほどの相手には出会わなかったので、自身の成長が意識出来ていないだけである。
空をフワフワと飛んでいるラナリアの姿を見るだけでも、相当な規格外のメンバーが揃っているのが窺い知れるというものである。
そして、そのラナリアは箒に跨っている。
「何でホウキに乗るのよ。別にこれが素敵だとは思わないけど……」
ラナリアの疑問はもっともである。
完全なワタルの趣味である。
しかし、それでもワタルの住んでいた日本でのスタイルだと知ると、何故か喜んで箒に乗っていた。
ラナリアは完全な魔女スタイルなので、結構ハマっている。
「これで、黒猫がいれば完璧なんだけどな……」
ワタルはかなり喜んでいる様だ。
しかし、ロザリィの街が近付き、街道に人が増えて来ると、空を飛んで必要以上に目立つことは得策ではない。
大人しく馬車に揺られていた。
ロザリィの街に入ると、御者台に座っていたルレインは知り合いと挨拶を交わしている。
街の人は、隣にいるコモドに一瞬目を奪われるものの「奇跡の戦姫」として有名なルレインが一緒にいるので、騒ぎ出す事もなく挨拶している。
さすが地元である。
さて、一行がとりあえず向かっているのは冒険者ギルドである。
ギルドマスターのガナイに報告をしておかないと、何を言われるか分からない。
最も怒らせたくない相手なのは、ルレインもワタルも意見が一致している所である。
冒険者ギルドに入ると、もう午後の遅めの時間だというのに、何となくざわついている雰囲気である。
冒険者の数が多い訳ではない。
落ち着かない様子なのは、ギルドの職員達の方である。
何かあった様子だ。
真っ直ぐに受付に向かったルレインが、近くにいた受付嬢に声をかける。
「何かあったの?ギルマスに面会をしたいんだけど……」
「ええ……あ!ルレインさん。お久しぶりです。ギルマスは今はちょっと……あ、でもルレインさんなら……ちょっとお待ち下さい」
受付嬢は、現れたのがルレインだと分かると、慌てて取り次ぎに走って行く。
その後ろ姿を見送りながらルレインが
「何があったか知らないけど、ちょっと慌て過ぎよね」
と、コメントしている。
どうしてもルレインは、受付嬢に対して辛口である。
「……お待たせしました。ギルマスが今から会うそうです。どうぞ、こちらへ」
ワタワタと戻って来た受付嬢がルレイン達を案内する様だ。
他のメンバーもゾロゾロとルレインの後ろに付いて、ギルマスの部屋に通された。
ワタル達は、何度か来たことのあるギルドマスターの部屋である。
「おお、お前ら戻ったのか。元気で何よりだ、ガハハハハ」
部屋ではギルドマスターのガナイがいつもの大声で迎えてくれた。
とは言うものの、ガナイは執務机に座ったままだ。
「ちょっとこの書類だけ片付ける。そこに腰掛けて待っててくれ」
ガナイは凄い勢いで書類と格闘している。
ルレイン達がソファに座ると、女性職員が入って来てジュースとお菓子を出してくれた。
早速ジュースを飲み、真っ先にお菓子に手を伸ばすのはエスエスである。
いつもの様に、あまり話には参加せずジュースとお菓子を楽しむ気満々である。
ところが、今回のガナイの話は、そのマイペースなエスエスを驚かせ、慌てさせるに十分な話であった。
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