第102話 古竜の槍

 大した損害もなく、無事にクラーケン討伐を果たしたチームハナビ。

 この情報は、我に返ったギルド職員によってワラボの冒険者ギルドに伝えられ、ギルドは大騒ぎとなっていた。


 事実確認の為の手続き、と言っても戦いが行われたのはギルドのすぐ近くの釣り場である。

 ギルドの職員達が、確認の為、急いで釣り場にやって来た。


 その時、職員達が目にしたのは、店主が逃げ出した屋台の焼き網を使ってクラーケンの足を焼いているワタル達であった。


「やっぱり、美味しいわね。絶対に美味しいと思ってたのよ」


 シルコは満足そうにイカ焼き……ではなくてクラーケン焼きを頬張っている。


「醤油が無いのは寂しいけど塩とスパイスで十分美味いな」


 と、ワタルが言うと


「魔力の高い魔物は美味いのじゃ。新鮮なうちは魔力がまだ抜けておらんから格別じゃな」


 と、ヒマルも自分が魔物なのを忘れたかの様にコメントしている。


「ほら、アンタも食べなさいよ」


 ラナリアが、ついさっきまで気絶していたレムにクラーケン焼きを勧めている。

 レムは、目に涙を溜めながらクラーケン焼きに噛り付いた。


「う……美味い……俺はもう確実に死を覚悟したんだ。それが……こんなに……あの魔物はこんなに美味かったのか」


 ショックで気絶する前の記憶を辿りながら、しみじみと語るレム。


「竜人の旦那、焼くのは俺がやるから食べて下さい。命を救ってもらった上に働かせたらバチが当たっちまう」


 クラーケンを焼いていたコモドから場所を取ると、レムはせっせと焼き始めた。


 慌てて駆けつけたギルド職員達は、しばらくこの光景が理解出来ないでいたが、気を取り直してワタルに話し掛ける。


「あのう、この有様はどういう事ですか?」


 急に話し掛けられたワタルはビックリして謝る。


「あ、すいません。勝手に屋台を使いまして……店主の方が逃げてしまったものですから。後で了解を取りますから……」


「あ、いや、それはそれとして……クラーケンの討伐はどうなったのかと……」


「あ、それなら終わりましたよ。ほら、今食べてるのがクラーケンです」


「あ、そうなんですか。クラーケンをね……」


 微妙に噛み合わない会話をしながら、ギルド職員は、クラーケンが倒された事を理解したのだが、詳細の説明はワタルではなくルレインが引き継いだのだった。



「勝手に屋台を使ったから怒られるのかと思ったよ」


「ボクもちょっとドキドキしちゃいましたよ」


 ワタルとエスエスがコソコソと話している。

 ワラボの街の危機を救ったヒーローが、屋台を無断で使った位で怒られる訳が無いのだが、それを誰も突っ込まないのがこのチームである。


 ラナリアが呆れ顔でワタルとエスエスを見ているだけである。


 ルレインとギルド職員の話し合いは、滞り無く進んだ様である。

 そして、ついでにギルド職員達にもクラーケン焼きを振る舞ったりしていたのだが、職員達の感激ぶりも凄まじいものがあった。

 考えてみれば、クラーケンの肉を食べる機会などある訳が無いのである。

 魔物としての恐ろしさは伝え聞いているが、その肉の味を知っている者など皆無なのだ。


 一生に一度食べる事も叶わない筈の肉が、屋台で焼かれて平気で振舞われているのだ。


 この話は、どこから伝わったのか、瞬く間に街の住民に伝わって、多くの街の人々が河原にやって来る事になった。

 一台の屋台だけではとても足りずに、あちこちで火が焚かれ、クラーケンを焼き始めた。

 いつの間にやら酒も持ち込まれ、クラーケン討伐を祝う大宴会へと発展してしまった。


 それでも、小山ほどもあるクラーケンの身体である。

 肉が足りなくなる事は無かったのである。

 特に、今日の食べ物もおぼつかない程貧しい者が多く住むランドでは、このクラーケンの肉で、何日か命を長らえた者もいただろう。


 街の人々が、ワタル達に口々にお礼を言っている。

 あまりに早かったクラーケン討伐だったので、何の宴会なのか分からずにやって来た者も多かったのだが、大きなクラーケンの死体を見ると眼を丸くしていた。

 さすがにこの魔物に街に侵入されたら、大被害になるのは想像出来るだろう。


 そこへ、小柄な老人が顔を出した。


「クラーケンの肉を振る舞っているという豪気な冒険者はアンタたちかい?」


 銀髪か白髪なのか分からない長い髪を、無造作に後ろに撫で付けている、背の小さなエルフの様だ。

 エルフは、数百歳の高齢でも若者と変わらない容姿をしているので、このお爺さんに見えるエルフはそれ以上の高齢なのか、若しくはハーフエルフかも知れない。

 魔法の杖を文字通り杖にして歩いて来る。


「ワシにもクラーケン焼きをくれ。ワシの歳でも食ったことがないレア食材じゃからな」


「ギルドマスター、お越しになられましたか」


 近くにいたギルド職員がすかさずクラーケン焼きを差し出した。

 この老エルフはワラボの街の冒険者ギルドのギルドマスターの様である。


「ワシはこの街のギルマスのリッケンじゃ。おおお、これは美味いの。魔力が漲る様じゃ。長生きはするもんじゃな」


 それなりに歯応えのあるクラーケン焼きを、リッケンはモシャモシャと食べている。

 ギルマスとしての貫禄はあるのだが、何となくユーモラスな憎めない老人だと、ワタルは思っていた。


「クラーケンの肉など幾らの値が付くか分からんぞい。売れば当分の間、遊んで暮らせるものを、タダで振舞うなぞ正気とは思えんの」


 美味い、と喜んでおきながら何故か毒を吐くリッケン。

 ワタルは苦笑しながら


「まあ、成り行きで……」


 と、答えるしかなかった。

 するとリッケンは、ワタルの方を見て、何かに気が付いた様に目を見開く。

 シワシワの瞼が無理矢理上へ引き上げられている。


「お前さん、その杖は……【エルフの杖】か?一体何処で手に入れたんじゃ」


「ああ、ロザリィの魔法屋で貰ったんだけど……」


「ロザリィというと……マリアンか!あ奴が人族に杖を渡したとな」


「そうそう、こう胸の間からニュッと出て来たよ」


 ワタルは自分の胸を寄せる真似をしながらニヤニヤと説明する。


「何と!胸の谷間か!?おお、あ奴がそこまでするとは……お前さんは余程気に入られたのじゃな」


 アレって大事なとこだったのか……

 と、ワタルはエルフの習慣を不思議に思うのだったが


「むぅぅ、であれば、クラーケンを倒しても不思議では無いのう」


 と、リッケンは1人で納得している。


「それに……」


 コモドやヒマルの方を眺めて


「とんでもない仲間もおる様だしのう。竜人に、あの少女は魔物じゃな。それも生半可な魔力じゃないぞい。クラーケンが可愛く見える程じゃ」


 などと物騒な事を言っている。

 老エルフともなると、色々見えているらしい。


「大丈夫ですよ。2人共、俺の従者だから」


 仕方無くワタルが説明している。


「まあ、どの道あの様な者達の事など誰も管理など出来ん。マリアンが認めたお前さんに任せておくのが良いのかも知れん」


 リッケンは勝手に納得している様だ。

 彼は、宴が落ち着いたら顔を出す様に言い残すと帰って行った。

 帰り際にクラーケンの串焼きを3本も持って帰ったところを見ると、余程美味しかったのだろう。


 何となくリッケンを見送っていたワタルの袖を、チョンチョンと引っ張る者がいる。

 ヒマルである。

 少し上目使いでワタルを見上げて


「妾達の事で何か言われたのかえ?」


 と、少し心配そうに声を掛けている。

 とても強大な魔物とは思えない可愛らしい仕草である。

 人間などよりも、余程細やかな気遣いも出来る様だ。


 ワタルはニッコリと笑ってヒマルの頭を撫でる。

 気持ち良さそうに目を細めるヒマル。


「大丈夫だよ。仲良くやれってさ」


 ワタルの返事にヒマルは目を丸くする。


「言われなくても妾達は大の仲良しじゃ。のう、コモド」


「はっ、畏れ多き事なれど」


 コモドは畏まっているが、その声は嬉しそうに弾んでいる。



 さて、その後宴会は盛り上がり、暗くなるまで続きそうだったが、ワタル達は一足先に抜け出す事になった。

 いくらクラーケン焼きが美味いと言っても、それだけでは飽きるというものだ。


 次々と新たに参加して来るワラボの住民の事はギルド職員達に任せて、ワタル達は冒険者ギルドのギルマスの部屋にいる。


 大きなソファに座り、口直しにと出されたお茶やジュースを飲み、お菓子を食べている。


「まずは報酬じゃ」


 リッケンがテーブルの上に、重そうな袋をドカッと乗せる。


「金貨500枚じゃ。クラーケン討伐の報酬にしては些か少ないのじゃが、このギルドから出せる精一杯の金額じゃ。実は、この街の貴族どもが賞金を渋りおってのう。お前さん達の討伐があまりに早かったので、根回しが間に合わんかった。貴族街の屋敷の2、3軒も壊されてからなら、喜んで金を出したんじゃろうがな」


 何処の街でも貴族達の素行は良くない様である。


 それにしても、金貨500枚は日本円で約5000万円の大金である。

 それでも、クラーケン討伐の報酬としては安いのだろう。


「それでな、その代わりと言っては何じゃが、特別にアイテムを授けようと思うのじゃ。これは、この街の秘伝の品でな。伝説級のアイテムじゃぞ」


 リッケンが取り出したのは、高級そうな布に包まれた長い槍であった。

 布を外すと、中から白い槍が姿を現した。


 真っ白では無く、少し灰色が入っていたり、黄色味がかっている場所もある。

 ワタルは大理石を連想していた。


「も、もしやこれは……」


 コモドの呟く声が震えている。


「竜人にはわかる様じゃな。この槍は、巨大竜の牙から削り出したと言われる一本槍じゃ。言い伝えによると、齢数千年と言われるエインシェントドラゴンの犬歯を、数十年をかけて職人が少しづつ削り出した逸品だそうじゃ」


 特別な魔力を秘めていそうな槍ではある。

 しかし、ワタルにはよく分からなかった。

 鉄の槍の方が丈夫なんじゃね、などと考えていた。


「もしや、この槍を我に……いや、しかし、主人を差し置いてその様な真似は……」


 コモドが跪いてブツブツ言っている。

 チラチラとワタルの方を見たり、俯いたり、頭を振ったりしている。

 珍しく挙動不振である。


「いやいや、お前が使えよ。【古竜の槍】なんだろ。そりゃ、コモドの為にあるようなもんだよ」


 ワタルが堪らずコモドに声をかける。


「そうだよ。トカちゃんが使いなよ。きっと槍も喜ぶよ」


 と、シルコも賛成する。


「主人……お嬢……」


 顔を上げるコモド。

 少し芝居がかって見えるのはご愛嬌である。


「うむ、竜人たるコモドが持つのが相応しいじゃろう」


 ヒマルの言葉に、他の皆も頷いている。

 コモドは皆の顔を確認すると立ち上がる。

 そして、何気なくリッケンが持っている【古竜の槍】の方へ手を伸ばすと


 ヒュン


 槍が視認出来ない位の速さで、コモドの手のひらに向かって飛んで来た。

 まるで瞬間移動である。


 コモドは少し驚いた様な、最初から分かっていた様な、不思議な感覚に包まれながら手にした槍を見つめている。

【古竜の槍】からコモドに、手のひらを通して様々な情報が魔力と共に流れ込んで来る。


 この槍の材料となった牙の持ち主の古竜の事、槍を削り出した武器職人達の想い、そして長い年月の間、持ち主に恵まれずに埃を被っていた【古竜の槍】自身の魂、その全てがコモドの心を動かし、そしてコモドの中に溶けて行った。


 コモドが【古竜の槍】を欲し、そして【古竜の槍】がコモドを主人と認めた瞬間であった。


 槍を手にしたまま立ち尽くすコモドの目から、止め処もなく涙が流れている。


「我は……我は幸せ者だ……」


 尋常では無い雰囲気に、いつもは知らん顔でジュースを啜っているエスエスでさえも貰い泣きをしている。


 このランドでは、

「ドラゴンの牙は全てを砕く」

 と伝えられている。


 これは、ドラゴンの強さを表した比喩の様に思われているのだが、それだけでは無い。

 実際に何でも噛み砕く最強の牙なのだ。


 ドラゴンの牙が何よりも硬くて丈夫だ、という訳ではない。

 ドラゴンの牙自体の強さは、普通の魔物の牙とそれほど変わらない。

 ドラゴンの種族が持っている独特の魔力をその牙に通した時に、何者をも貫く最強の物質に変化するのである。


 コモドが手にした【古竜の槍】も、ドラゴンの牙と同じ性質を持っている。

 この槍自体は、ワタルが思った通りに、それ程の強度がある訳では無い。

 力頼みの武術家が使うと、折れてしまうかも知れない。


 しかし、ドラゴンと同じ性質の魔力を持つ竜人が扱えば、最強の槍となるのだ。

 しかも、強いのは硬さだけでは無い。

 通す魔力によって、様々な使い方が出来るマジックアイテムなのである。


 この使い方のバリエーションは、この先コモドが見せてくれるだろう。

【古竜の槍】の英知は、既にコモドの中に融合している。

 この槍を手に入れた事で、コモドは正に伝説の竜人の力を手にしたのだ。


「ワシはとんでもない物を与えてしまったかも知れん……」


 リッケンの呟きは、誰にも聞かれる事なく、部屋の雰囲気に飲まれて行ったのであった。



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