第101話 クラーケン討伐

 楽しくザルザスサーペントの釣りを続けているチームハナビのメンバー達。

 釣り上げられた獲物の異様な多さに、レムを始めとするギルドの職員達も大忙しである。


 当然、餌のザルザスラビットに魔力注入をした事は秘密である。


 大量の獲物に満足して


「さあ、終わりにしましょうか」


 と、ルレインが言い出した時に、シルコが


「後、一回だけ……お願い」


「え〜、じゃあ、これが最後ね」


 こういう最後の一回の時に事件というのは起こるものである。


「よぉし、最後に超大物を釣るわよぉ。ニャーッ」


 相当に気合の入った一投である。

 その気合が通じたのか、すぐに獲物が掛かった。


「うーん、まあまあだけど、そんなに大物じゃあ無いわね」


 ロープの引きの強さで、手頃な大きさのザルザスサーペントだと判断したシルコ。


(これなら1人で引けるわね)


 と、思ったその時、グンと異様に強く引き返された。


「キャー」


 急激に川岸の方に引っ張られて行くシルコ。

 この急な展開に反応したのは、ワタル……では無くコモドである。

 素早くロープを掴み引っ張り返す。


「むっ」


 しかし、コモドの力をもってしても、簡単には引き戻せない力である。

 両手でロープを掴み、全力で引いているコモドとシルコ。

 それでも力は拮抗している。


「お嬢、身体強化を」


「う、うん」


 コモドとシルコの体が素早く魔力に包まれる。

 身体の表面だけで無く、内部にまで魔力が循環して、筋肉や内臓の働きが大幅に強化される。


「お嬢、ゆっくりと引くのだ。ロープが切れてしまう」


「分かったわ」


 強化された筋力で急に力を加えたら、ロープの強度が保たないのだ。

 微妙な力加減を要求される高等技術である。


 こんな技術を釣りの為に使うのは如何なものか、というのは言わぬが花だろう。


 2人の素晴らしいテクニックにより、ロープが少しづつ引かれて行き、とうとうザルザスサーペントの頭が水面に出現した。


「あれ?」


 心配そうに見守っていたチームハナビの面々からも、疑問の声が漏れる。

 思ったよりもずっとザルザスサーペントの頭が小さいのだ。

 引きの強さから考えても、最初の巨大ザルザスサーペントよりもずっと大きな獲物の筈なのに……


 と、その時


 ズッバァァァ


 そのザルザスサーペントの後ろから、巨大な魔物が姿を現した。

 どうやら餌に食い付いたサーペントを、更に捕食した魔物がいたらしい。


 水面から出ている部分だけでも、4階建てのビル位の高さがある。

 タコの頭にイカの頭を乗せた様な形をしている魔物である。

 少し赤味がかった白い体、少し半透明な体表はテカテカと光っている。


 そして、その周りの川面には、ウネウネと蠢く沢山の触手が見え隠れしている。

 その触手には、綺麗に縦に2列に並んだ吸盤が無数に付いている。

 完全にタコかイカの足である。


 その姿を目にしたレムがまた腰を抜かしている。


「あ、あれは……もしかしてクラーケンか」


 クラーケンと言えば、ワタルでも耳にした事がある有名な怪物である。

 深海に住み、偶に海上の大型船を襲うイカの化物として物語などにも登場する。

 その正体は大王イカではないかと、地球では言われている。


 しかし、ここランドの魔物であるクラーケンは、タコとイカの間の子みたいな巨大な怪物であった。

 地球の大王イカよりも遥かに巨大で凶悪である。

 船乗り達は、クラーケンに出くわしたら死を確信する、と言われている。

 クラーケンに襲われて無事に帰って来た者がほとんどいないので、その情報は少ないのだが、伝説級の魔物としてその姿形が伝えられているのだ。


「何でこんな河にクラーケンが……海の魔物じゃないのかよ……」


 レムがブツブツと呟いている。


「こんな奴がいたから、デカいサーペントが釣れていたのか……」


 本来は深い海にいるはずのクラーケンが、何らかの理由でザルザス河を上流に向って遡って来た為に、ザルザスサーペントなどの河に住む魔物が下流から追い立てられて、この釣り場に大物が沢山いたのかも知れない。

 などと推理している間にもクラーケンは上陸する様子を見せている様だ。


 徐々に蠢く足を露わにしながら、岸に近付いている。


 クラーケンは水棲の魔物なので、それ程長い間陸上で活動するとは思えないが、直ぐ近くの街であるワラボには大きな被害が出るかも知れない。

 ワラボの街の自慢の城壁も、クラーケンの巨体だと簡単に乗り越えてしまいそうだ。


 その場にいた冒険者ギルドの職員が、慌てて街の方に報告に引き返している。

 ワラボの冒険者ギルドの総力を挙げて、クラーケン討伐に動き出すだろう。


 しかし、この場には規格外パーティーのチームハナビがいる。

 ワラボの街にとってこの事実は、何より幸運な事だったろう。


「当然、この魔物の討伐にはギルドの依頼が出るわよね」


 ルレインが、近くにいた役職の高そうなギルド職員に話し掛ける。


「ああ、クラーケン討伐はS級のクエストになる。緊急討伐依頼が出されるはずだ。さあ、君らも今のうちに避難をした方が良い」


 その職員は親切に避難を勧めてくれたが、ルレインは全く意に介していない。


「じゃあ、そのクエストは私達チームハナビが受けるわ。ギルドに連絡しておいて頂戴。緊急性が高いので直ぐに戦闘に入るわよ」


「え?ちょっと待つんだ。いくら何でも無茶だろう。高ランクのパーティーが多数で当たる案件だぞ。死にたいのか!?」


「大丈夫よ。ワタル、良いわよね」


 必死で止めるギルド職員を無視して、ワタルに確認を取るルレイン。


「まあ、そうなるよね。御希望通りに腕試しが出来るね」


 ワタルとしてもオッケーの様である。


「クラーケンとは中々の獲物じゃの。妾も参加して良いのかの?」


「う〜ん、人型限定、変身禁止という事で……」


「分かったのじゃ。人型のまま戦うのもまた一興じゃな」


 ヒマルも少女の姿のまま戦闘に参加する事になった。


「じゃあ、行くわよ。クラーケンが河原にいる間に殲滅するわよ」


「おー!」


 ルレインの号令でチームハナビが動き出した。

 先程ルレインと話をした職員は、唖然として下がった位置で眺めている。

 それでも、他の職員を連絡に向かわせたのは流石である。


 先ずは、ヒマルを先頭にワタルとラナリアが空中に飛び立った。

 三角形の編隊飛行の様に、クラーケンの上空10メートル位の所へ飛んで行く。

 ワタルもラナリアも競って練習していただけあって、飛行魔法が大分スムーズになっている。


「さすが主人達じゃな。鳥族でも無いのに大したものじゃ」


「いや、でも飛びながらだと複雑な事は出来ないぞ」


「アタシも簡単な攻撃魔法が精々だわ」


「それなら、飛ばない方が良かったのではないのかえ」


「……」「……」


 全く緊張感の無い3人が空を飛んでいる。

 ギルド職員はその姿を見て、口を開けたまま固まってしまった。

 ベテランの冒険者ギルド職員でも飛行魔法は見た事が無いのだろう。


 一方、他のメンバーは、岸から上がって来たクラーケンの足と戦っていた。

 伸縮自在で弾力性があり、しかも分厚い粘液に包まれているクラーケンの体は、殆ど全ての斬撃が通らない。

 魔法の耐性も非常に高いので、通常の討伐では最も厄介な魔物なのである。


 しかし、現在のチームハナビの攻撃は、コモドの影響で普通では無い。

 武器に魔力をまとわせた斬撃なので、クラーケンの身体にも斬撃が通るのだ。


 ルレインの【炎の魔剣】の攻撃が飛んで行く。

 思い切り振られた魔剣から発する熱戦ビームが、前の方に出ていたクラーケンの足の何本かの一部を斬り飛ばした。

 元々、炎の魔剣の斬撃は魔力を伴っている上に、コモドとの訓練でルレイン自身の魔力も上乗せされている。

 通常の斬撃なら無効化するクラーケンの皮膚であっても、簡単に切り裂いて見せた。


 その切り口は炎によって焼かれていて、本来なら直ぐに再生するクラーケンの足も、簡単には再生出来ない様だ。


 周囲にイカ焼きの匂いが漂っている。


 さすがに、美味しそう、と口にする者はいなかったが、シルコが鼻をピクピクさせている。


 そのシルコは、彼女に向かって来る2本の足と格闘中である。

 クラーケンは、足に無数に付いている吸盤でシルコを吸付けて、その足を巻き付けて絞め殺そうと狙っている。

 一度巻き付かれたら、自力で抜け出す事は出来ないだろう。


 シルコはアクロバットの様な動きで、器用にクラーケンの足を避けながら、魔力をまとわせた双剣でその足に斬りつけている。

 身体能力も魔力で底上げしているので、そのスピードはこれまでよりも格段に速い。

 見る見るうちに、クラーケンの足のブツ切りが出来上がっている。

 後で焼いて食べるつもりなのは間違い無い。


 エスエスは、先ほどの様に弓で斬りかかる事はせずに、得意の弓矢で遠距離攻撃をしている。

 狙いは沢山の足の付け根にあるクラーケンの目である。

 普通の矢ではダメージが通らないので、矢に魔力を通して放っている。


 しかし、それはクラーケンも分かっているのだろう。

 矢が来ると足で庇っている。

 その足に矢が刺さるが、付け根に近い部分の巨大な足は、矢が刺さってもそれほどのダメージを負いはしない様だ。

 矢が刺さる事を気にしてもいない様子である。


 と、その時、クラーケンの足に刺さっているエスエスの矢が爆発した。

 連続した爆発音が響き、目を庇うために矢を受けていた巨大な足が引き千切れてしまった。


 結界魔法では無く、矢に通した魔力自体にエスエスが細工をしていたのだろう。


 意に介していなかった小さな矢に、足の一本を奪われたクラーケンは激怒した様だ。

 完全に体全体を陸上に現し、エスエスの方へ向かって行こうといている。


「若、ここは我が……」


 コモドがエスエスとクラーケンの間に割って入る。


 何かを察したシルコとルレインは、サッと脇に避ける。


「フンッ」


 コモドの突き出した槍の先から、まるでドラゴンのブレスの様なエネルギー波が放出され、真っ直ぐにクラーケンに向かう。


 ズアァァァ


 エネルギー波はクラーケンに直撃した……様に見えたのだが、クラーケンはその直前で足を縦に伸ばし、急所となる目を含む本体を上方に押し上げたのだ。

 コモドの放った攻撃は、クラーケンの本体の下をくぐり抜け、その多数の足の3分の2を消し去ったに留まったのだ。


 しかし、攻撃と移動の要である足の多くを失ったクラーケンの運命は決まった様なものだった。


「食らうのじゃぁ」


 上空からヒマルの風魔法が襲いかかる。

 数え切れないほどの風の刃がクラーケンの体を切り裂いて行く。


 ズズーン


 遂にクラーケンは、その巨体を陸上に晒したまま地面に倒れたのだった。


「やったー」「やりました」


 喜ぶシルコとエスエス。


「いや、まだだ」


 いつの間にか地上に降りていたワタルが告げる。

 その横にはラナリアもいる。


 飛んだだけで活躍出来なかった2人は、クラーケンにトドメを刺すつもりの様だ。

 事実、クラーケンはまだ蠢きながら、再生を始めている。


 2人がやろうとしているのは神龍の魔法である。

 みんなが思い切り腕試しをしているのが羨ましかったのだ。

 派手に行くつもりの様である。


「いくわよ」


「ああ」


 ラナリアの風魔法が空気を集めて、高密度の空気の龍を作って行く。

 ヒマルとの飛行訓練で、風魔法の扱いが更に巧みになっているラナリアが作り出す空気の龍は、今までよりも更に緻密で密度の高い龍になっていた。

 透明な筈の空気の塊を、肉眼でも見る事ができそうな位である。


 その龍にワタルが雷魔法で電流を流す。


 高電圧の電気の力で、龍が帯電しながら発光する。

 昼間だというのに、眩しいほどの龍が顕現した。


 ファンタジー世界で知られているドラゴンとは違う、大蛇の様に長い身体にたてがみを持つ龍神である。

 その姿は、神々しく光り輝き、空中を優雅に漂っている。

 時折、グワッと口を開けると、より一層光が増し、身体に美しい紫電が走る。


 唖然としていたギルド職員は、顎が外れた様に口を開けたまま声を出す事も出来なくなっていた。

 レムは静かだと思ったら、白目を剥いて泡を吹いている。

 それだけでは無い。

 コモドが龍神を見て涙を流している。


「この様な神の姿を見る事が出来ようとは……我は何という主人に仕えられたのだ。もうこの身が引き裂かれようとも悔いはない」


 槍を自分の前に置き、片膝をついた姿勢で畏まっている。


(唯の魔法なんだけどな。ちょっと怖いぞ)


 と、コモドの様子を見たワタルは引き気味である。


 そして、この魔法を初めて見たヒマルも驚いている。


「なんと、この様な魔法は初めて見たのじゃ。さすがは妾の主人じゃ。ラナリアの龍神の造形も見事の一言じゃ」


 相当に興奮している様だ。


 そして魔法の龍神は、空中でゆっくりと旋回し、まるでとぐろを巻く様に倒れているクラーケンに覆い被さった。

 そして、バチン、と電気がショートする様な盛大な火花を散らした。

 クラーケンの身体から煙が立ち上り、そしてピクリとも動かなくなった。

 蠢いたいた細胞の再生も停止した様だ。


 すると龍神は、ふわりと浮かび上がり天高く飛んで行く。

 真っ直ぐにドンドン上って行き、やがて見えなくなった。


 まるで、クラーケンの魂を龍神が運んで行った様である。

 しかし、この龍神の動きは完全にラナリアの演出なのだが……


 跪いているコモドは号泣している。

 ヤバい琴線に思いっ切り触れてしまった様である。


 何はともあれ、これでクラーケンの脅威は去ったのであった。




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