第97話 自由なワタル達

 カサナム王子は無事王位を継承し、トルキンザの王となった。

 これに伴い、トーイは正統な王位継承者の王子となる。


 カサナムの行動は早かった。

 すぐさまイベ宰相を解任、人族純血主義の大臣をことごとく任から外し人事を一新した。


 王国を立て直すのに必要な処置を、次々に関係各所に命令し、一刻も早い混乱の収拾を図ったのだ。

 王位に付いてから、ほんの5、6分の間にテキパキと職務をこなすその手腕は眼を見張るものがあり、トーイが憧れの視線を父親に向けている。



(ヒマル、もういいぞ)


(やっと済んだか。もう妾は飽きていたのじゃ。今度は手加減無しで戦う方が良いのう)


 ワタルの命令で、王都を騒がせていた怪鳥は姿を消した。

 突然現れ、そして去って行った脅威に、必死で王都を守っていた人々は何の事かも分からずに呆然と立ち尽くしていた。

 その後、しばらくは警戒していた王都の兵達であったが、いよいよアルビノガルーダがいなくなったと確信すると、それなりに壊れてしまった街の片付けに取り掛かって行った。


 あれだけの魔物が街に現れた割には、あまりにも少ない被害状況に疑問を持つ者もいたが、その意見が大きく取り上げられる事は無かった。

 アルビノガルーダの脅威が過ぎ去った事に対する安心感が大き過ぎて、深く考える余裕が無かったのである。


 そして、不思議な程、ガルーダが暴れたのがカサナムの仕業だと考える者はいなかった。

 これだけの魔物を使役出来る者が存在する筈がない、というのがランドに住む者の常識だったからである。

 ワタル達の様な規格外のパーティーの存在を、王都の人々はまだ知らないのである。



 数日後、まだ一連の騒動の片付けは済んでいない中で、王城では正式にカサナム王の御披露目の式典が行われた。

 この席でカサナム王は、獣人族の差別撤廃を宣言。

 人族も亜人族も皆、公平な立場であると明言し、半獣人である息子のトーイを正式な王位継承者として発表した。


 これでトルキンザ王国は大きく変わるだろう。

 将来、獣人族が王位に就くと分かっている国で、獣人差別など出来る訳がないのである。

 まだ、いろいろな火種は燻っているだろうが、国の方針が変換された事は確実である。


 これまで強引に獣人族を排斥していた為に、随分と効率の悪い国家運営になってしまっていた。

 これからは、獣人の力も十分に発揮される様になれば国力も上がるだろう。



 さて、ワタル達はしばらくは王城に滞在していた。

 イベ派だった者達に睨みを効かせる働きもしていたが、何よりも今回の改革の立役者である。

 下にも置かないおもてなしを受けていた。


 王城は復興の途中で慌ただしい中で、ワタル達にはなるべく不便の無い様に気を使われていて、良く教育された専用のメイドが身の回りの世話までしてくれていた。

 あまりに快適で、ワタルは、普段から王族や貴族はこんな生活をしていたのか、と庶民の生活とのギャップに呆れてしまっていた。


 唯一面倒なのは、カサナム王に挨拶に来た各地の貴族達がワタル達の活躍を聞き付け、自分の配下にしようと勧誘して来る事だ。

 端から断っているのだが、素直に引き下がる者は少なく、結構強引な者の方が多いのだ。

 貴族の誘いを断る平民がいる事が信じられないのだろう。

 中には逆上する者もいるのである。


 そういうときは、コモドが随分と役に立った。


「我が主が何者かに仕える事などある訳が無かろう。貴殿は神にでもなったつもりか」


 伝説とまで言われているドラゴノイドが仕えているのだ。

 自分の器量でこの規格外パーティーを家臣に出来るのかどうか、コモドを実際に目にしてようやく理解して諦める者もいる。


 しかし、この世界の貴族には、自分の器量とは全く関係無く、貴族であるという事そのものが何にも増して価値があると信じている者も多いのだ。

 こういう家の権威が誰にでも通用すると思っている貴族には、もっと大きな権威をぶつけるのが効果的である。

 ワタル達は、王子となったトーイに頼んで、権威主義の貴族を追っ払って貰った。

 どんなに位の高い貴族でも、直系の王族には敵わない。

 王族に逆らってまで我を通す貴族は存在しないのである。


 そのトーイ王子は、ワタル達にトルキンザ王国に残って欲しい様だった。

 これは、カサナム王も同様に考えていた。

 これだけの戦力をむざむざと手放すのは、余りにも惜しいと思うのは当然であった。


 ある時、グルトがワタル達の部屋にやって来て、必死の形相で語り出した。


「ワタル達は、このままカサナム様に仕える気は無いのか?冒険者をしているよりも遥かに良い暮らしが出来るぞ」


「うぅん、そんな気は無いなぁ。みんなはどうだ?」


 ワタルはメンバーに尋ねる。


「アタシは大魔法使いになるのよ。誰かの家来になるなんて有り得ないわよ」


 と、ラナリアが言えば


「私も無いかな。トーイ君は可愛いけど……」


 と、シルコもやる気は無く


「ボクは森の無い所に定住は出来ません」


 と、エスエスも断っている。


 ルレインは


「冒険者をやっているのは自由があるからよ。今更宮仕えをするのならギルド職員に戻るわよ」


 という意見だ。


「我は答えるまでも無い」


「……」


 コモドとヒマルは答える気も無い様だ。


「悪いけど、そういう訳で無理だねぇ」


「そうか……」


 コモドも断られる事を予測していたのだろう。

 しつこく食い下がる事はしなかった。



 そして、数週間が経過して、トルキンザの王都が大分落ち着きを取り戻した頃、ワタル達は王城を後にする事にした。

 元々はシルコの奴隷紋の解除に来ただけの国である。

 長居するつもりは無かったのだが、トルキンザ王国の政変に巻き込まれて大活躍をしてしまった。


 コモドやヒマルという頼もしい仲間も増えて、パーティーとしての力も随分と強くなったチームハナビである。

 そろそろドスタリア共和国に帰る頃合いだと話し合っていた。


「そうね。私としては、一度ロザリィに帰ってギルドマスターに報告をしたいわ」


 と、ルレインが希望を述べている。


「そうだね。……ところでルレインは冒険者ギルドとはどうなってるの?退職した事になってるのかな?」


「正式には無期限の休暇中よ。だから給金も出てないし、ギルド職員の身分証も持ってないのよね。だからこのまま戻らなくても構わないのだけど、けじめはちゃんと付けたいわ」


 ワタルの質問に答えるルレイン。


「じゃあ、決まりね。特に急ぎの用事も無いし、一旦ロザリィに戻りましょ」


 同意するラナリアが方針をまとめ、誰も異論も無く、目的地が決まったのだった。



 ワタル達の旅立ちの日、朝早くにもかかわらず、王都サモンナイトの街の正門には多くの見送りの人々が集まっていた。

 クーデターの時にはずっと行動を共にしていたアレクの姿もある。

 コモドと槍を交えた騎士達の姿もあった。


 流石に忙しいカサナム王は姿を見せなかったが、王子となったトーイは別れの挨拶に来ている。


 シルコに抱き付いているトーイは、まだ背が低いのでシルコのお腹に顔を埋めている。

 家臣達の前なので泣きはしなかったが、別れが相当に辛いらしく、シルコは優しく頭を撫でている。



 ワタル達がトルキンザ王国を去る、と決めた事をグルトに伝えた時に、爵位を受けないか、という内々のお誘いもあったのだ。

 これも、ワタルは即答で断っていた。


「折角だけど要らないな」


「まさか爵位を受けない者がいるとは……」


 グルトは本気で驚いていた。

 このランドにおいて貴族の地位は絶対的なものであり、平民が爵位を受けて貴族になる、など誰しもが夢見るサクセスストーリーだからだ。

 これ以上の褒美は無い、と確信して持って来た話を軽く断るワタルにグルトは呆然としてしまった。


「特に興味も無いしね。それに、貴族同士の付き合いとか面倒臭くて嫌だよ」


「面倒臭いって、お前……」


 日本から召喚されたワタルは、この地で生まれ育った者とは価値観が違うのだから仕方ない。

 ワタルにとってこの世界の貴族は、偉そうでバカみたいな印象しか無いのだ。

 そんな奴らの仲間入りをしたいとは全く思っていないのだ。

 ワタルが異世界人だと知らないグルトが唖然とするのは当然の事であった。


 断られて驚いたグルトではあったが、ドラゴノイドを従者に持ち、アルビノ種の魔物を従魔にしているワタルに常識は通用しないのだ、と納得してしまう思いもあった。


 もし、ワタルが爵位して貴族になった場合、貴族どころか王族すらも敬意の対象にしていないワタル達にトルキンザ王国を滅茶苦茶にされる恐れもある。

 それは、グルトとしても避けたい所なのだが、そんな未来を覗いてみたい気持ちもあった。


 それでも、カサナム王に伝える前にワタルに爵位を打診しておいて良かったと考えているグルトは、自嘲気味に笑いを漏らす。

 ワタルであれば、カサナム王から直接爵位を与えられても断ってしまっただろう。

 それでは王の顔を潰す事になり、体面上不味い事になるからだ。


 そんな表面的な事を気にしている時点で、自分の器の小ささに気が付いてしまったからこそのグルトの自嘲気味の笑いであった。

 それでも、人にはそれぞれの生き方があり、それぞれの居場所がある。

 グルトは気を取り直して王の間に向かって行った。



 さて、そんな事もあった上でグルトはワタル達の見送りに来ていた。

 見送りの列の中からグルトがワタル達の方へ進み出る。

 その手には、リボンの付いたメダルの様なものが下げられている。

 銀貨よりは大きな銀色のメダルだ。

 勲章の様でもあり、オリンピックの銀メダルの様にも見える。


「これは、トルキンザ王国からの友情の証だ」


 グルトが説明する。


「このメダルを発行するのは数十年ぶりだそうだ。このメダルを示せば王城をはじめとして、国の関所もフリーパスだ。このメダルを持つ者に不利益を与えた者は、トルキンザの王族に弓を引いたと同じに見なされる。最大級の国賓の証だ。ワタル達にはこの国に残って貰おうと色々と提案したのだが、全て断られてしまったからな。せめてこのメダルは感謝の気持ちとして受け取って欲しい」


「良いじゃない。貰っておきましょうよ」


 ラナリアがワタルに声をかける。


「そうだな。邪魔になるものでも無そうだしね」


「邪魔って……お前なぁ」


 ワタルの返事にグルトは呆れ顔だ。

 ワタルの声が小さかったのが、せめてもの救いである。


 この「トルキンザのメダル」は、チームハナビの人数分用意されていた。

 メンバーに一人一人手渡して行くグルト。

 見送りの人々から拍手が送られている。


「このメダル、白金じゃない。随分と大盤振る舞いね」


 メダルを手にしたラナリアが驚いている。

 売れば金貨100枚以上の価値がある代物である。


「簡単に売るなよ……」


 グルトが念を押しているが、もはやお願いに近いだろう。


 こうして、ワタル達の馬車は王都サモンナイトを旅立った。


 このまま西に向かう街道を進み、ドスタリア共和国との国境を目指す予定である。



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