第98話 魔法で飛ぶ

 何処までも続くのかと思われる様な道が、荒野の真ん中を地平線まで続いている。

 その道も舗装されている綺麗な道ではない。

 自然と踏み固められた道を広げて、少し手を入れた程度のガタガタ道である。


 それでも、ここランドに於いては立派な街道である。

 街道の脇は荒地が続いていたり、広大な草原が広がっていたり、遠くに山や森が見えたりと、街道を進めば次々と景色が変わって行くのだが、基本的には平地が続いている。


 ワタル達の馬車は、この街道を東に進んでいる。

 トルキンザ王国の王都サモンナイトを出発して3日目になる。

 平穏でのんびりした馬車の旅になった。


 馬車はガタゴトと揺れて、決して乗り心地が良い訳では無いが、誰も文句を言う者はいない。

 ワタルも初めて馬車に乗った時は、その揺れに慣れずに苦労したのだが、もうすっかり平気になってしまっていた。

 ワタルはどんどん異世界ライフに適応しているのだ。


 ヒマルは馬車の上の方をフワフワと飛んでいる。

 ガルーダの姿では無く、少女の姿のままである。

 王都を出たばかりの時は、馬車に乗るのが嬉しいのかはしゃいでいたのだが、すっかり飽きてしまった様だ。


「おっ、美味しそうな猪を発見したのじゃ。獲ってくるから食事にするのじゃ」


 そう言うとヒマルは、ピューッと草原の向こうに飛んで行く。

 そして、少しすると自分の体の大きさの十倍もあろうかという大猪を2頭、両手にぶら下げて帰って来た。


「さあ、飯にするのじゃ」


 ヒマルが胸を張って宣言している。

 人の姿のまま空を飛び、武器も持たずに大きな獲物を狩って来た。

 魔法を使っているのだろうが、全く理不尽な力である。

 そんな強大な力を持つ最上位の魔物のヒマルだが、可愛らしい少女の姿なので、何処か微笑ましく感じられる。


「分かった、分かった。じゃあ飯にしよう」


「御意」


 御者台のコモドが馬車を街道から外れた平らな場所へと移動させる。

 街道から少し離れた目立たない場所で、猪を料理する事になった。


 獲物の血抜きも魔法を使えば直ぐである。

 エスエスとシルコが手早く猪を捌いて行く。


 この生き物を捌く行為も、最初は気分が悪くなったワタルだったが、今は全く平気になってしまった。


 枯れ枝を集めて火を起こし、猪肉を焼いて行く。

 枝に肉の塊を刺して、直接火で炙った豪快な調理である。

 肉には塩と香辛料を擦り込んである。

 この香辛料は、冒険者達が愛用しているポピュラーな物で、スパイシーな香りが食欲をそそるとともに、肉の臭みを消してくれる働きがある。


 同時に鍋を火にかけて、肉鍋を作る。

 猪の内臓と骨付き肉、野菜や香草を煮込んだスープだ。


 以前に、骨を一緒に煮込んだ方が出汁が出て美味しくなる、とワタルが言い出したのだが、ランドでは骨は武器の素材にする物で出汁に使う発想が無かった様で、最初はかなり驚かれた事があった。

 しかし、スープを飲んでみると、やっぱり味が良くなる事が分かり、それからはチームハナビのスープには骨付き肉を入れる事が当たり前になっていた。


 ワタルがスープの灰汁を掬っていると


「相変わらずワタルはマメよね」


 と、ルレインが話しかけて来た。

 冒険者の鍋料理では灰汁を取る習慣も無かったのだ。

 日本にいる時には、母親の料理の手伝いもしなかったワタルだが、鍋などを食べる時に灰汁を掬っていたのは覚えていた。

 当然、灰汁が無い方が味の雑味が消えて美味しくなるのだが、こちらの世界の冒険者は大雑把なので、それほど拘っていない様だ。

 だから、ワタルの灰汁取りを手伝う者は誰もいない。


 それでも


「うん、やっぱりワタルが火にかけたスープは美味しいわよね」


 と、シルコがニコニコしている。


「俺は灰汁を取ってるだけだよ」


 と、ワタルが言うのだが、次の食事もきっとワタルが1人でスープの灰汁取りをするのだろう。


 マメな性格のエスエスまで、あまり調理には拘りが無い。

 やはり、生きて行くだけで精一杯の者が多いランドの生活では、食べられるだけで十分幸せなのだ。

 調理法に拘っている余裕が無い事が、習慣として感覚に染み付いているのだろう。


 そういう意味ではワタルはまだ異世界人なのだ。

 随分ランドに慣れたとはいえ、やはり日本人としての感覚は忘れていないのだ。

 その事が仲間達に影響を及ぼしているのだが、今の所は良い方向に出ている様である。


「うむ、美味いのじゃ。やはり人の姿で人族の食べ物を食べるのは良いのう。生で肉を齧るのとは大違いじゃ」


 片手でスープの碗を持ったまま、反対の手で串焼きの枝を持ち、ヒマルが嬉しそうに肉を齧っている。


 彼女は少女の姿をしているが、本当は巨大なアルビノガルーダである。

 だから本当によく食べる。

 少女の姿の時は、普通の人の食事量でも問題無い様なのだが、その気になれば幾らでも食べてしまえるのだ。

 それこそ、猪一頭でも丸ごとイケるだろう。

 何処に入っているのか不思議になるのだが、魔物の生態は分からない事の方が多い。

 そういうものなんだ、と納得するより他はない。


 余った猪肉は、シルコとラナリアが干し肉にしている。

 ラナリアの魔法で、肉を乾燥させるのも一瞬である。


 現在チームハナビは戦力も充実していて、食料を狩るのも難しくない。

 資金にも余裕がある。

 それでも、冒険者には何があるか分からない。

 持ち運びに便利で、日持ちのする干し肉は常に携帯しておくべき必須アイテムなのだ。


 メンバーそれぞれが携帯しているバックの中には、必ず干し肉とジャクの実が入っている。

 ジャクの実は、干す事でとても甘さが増す果実で、機会がある毎にエスエスが森の中で調達している。

 特に魔法使いのラナリアにとっては、魔力切れ防止の為の必需品である。



 さて、食後の休憩の時に、お茶を飲みながらラナリアが尋ねる。


「ねぇ、ヒマル、貴女、子供の姿の時にどうやって飛んでるの?翼も無いのにおかしいじゃない」


「どうやって……って言われてものう。飛ぼうと思えば飛べたのじゃ」


 何でもない事の様に答えるヒマル。

 ヒマルにとっては当たり前の事の様だ。


 しかし、ラナリアにとってはかなり重要なのだ。

 ラナリアの憧れる大魔法使いは、空を飛び、海を割り、火山を噴火させるのだから。


「じゃあ、飛ぶ時に何を意識しているの?」


 食い下がるラナリア。


「ううむ。何も意識してないのう。妾が使う衝撃波もそうじゃが、何も考えずに出来てしまうからのう」


 本当にヒマルには説明出来ない様だ。


「そっかぁ……」


 少しガッカリするラナリア。

 その姿を見て、ヒマルの隣に座っていたワタルが口を挟む。


「ヒマルが口から出す衝撃波は多分音波だよ。それも超高周波の超音波だ。空気の振動を魔法で物凄く強くしているんだ」


 ヒマルの頭を撫でながらそう話すワタルを、ヒマルは気持ち良さそうに見上げている。


「主人の言っている意味は分からないのじゃが、妾は凄いのかえ」


「ああ、凄いよ。最新兵器並みだよ」


 言われている意味は良く分からなくても、ヒマルは褒められて嬉しそうである。

 撫でているワタルの手に自分の頭を押しつける様にして甘えている。

 しかし、何としても空を飛びたいラナリアにとっては、それで済ます訳にはいかない。


「ちょっと、ワタル!分かる様に話してよ」


「そうだなぁ……超音波は空気の振動だから、魔法で言えば風属性だよね。ヒマルはガルーダだから、元々種族としての風魔法の特性が備わっているんじゃないかな」


「ヒマルは風魔法で飛んでいるって事?」


「うん。そうじゃないと、いくら翼があるとはいえ、羽ばたきもせずにホバリング出来る訳が無いんだよね。ラナリアだって、重い荷物を風魔法で持ち上げたりしてたんだから出来るんじゃないの?」


 ワタルの指摘に、思わず唖然とするラナリア。

 何かを気が付いてしまった様子である。


 ワタルにしてみれば、魔法の存在する世界で、何で今まで気が付かなかったのか不思議に思えるのだが、魔法で空を飛ぶことが出来る魔法使いがお伽話の中にしかいないのだから、飛ぶ事は特別な事だ、という先入観にラナリアか囚われていたのも仕方が無いのかも知れない。


 早速ラナリアはやってみる事にした。


 ラナリアが杖を構えて魔法で風を操作する。

 先ずは自分の体の下に風のクッションを作って行く。

 ラナリアの体が少し浮き上がった。


「あっ、浮かんだ、浮かんだ。ラナ、凄い」


 シルコが手を叩いて喜んでいる。


 ラナリアは、更に上昇しようと風魔法に魔力を込める。

 すると2メートル位の高さまで体が浮き上がったが、周りで見ているメンバーが目を開けていられない程の強風が吹き荒れてる。

 お茶を飲んでいたコップやポットが派手に吹き飛んでしまった。

 さっきまで喜んでいたシルコが、腕で顔を抑えながら堪らず声を出した。


「ちょっと、ラナ!待って、待って!」


 慌てて風魔法を解除したラナリアが、ストンと空中から降りて来た。


「なんか違うと思う……」


 可愛らしく俯いているラナリア。

 エスエスが飛んで行った食器を、走って回収している。


「まるでヘリコプターだな」


 ワタルが呟く。


「ヒマル、もう一度飛んで見せてくれないか?」


「お安い御用じゃ」


 ワタルが頼むとヒマルの体がフワリと浮き上がる。

 風は殆ど生じていない。

 そして、ヒマルはピューッと高く飛び上がり、空中でクルクル回ったり、止まったりして自由に飛び回って見いる。

 ラナリアは、羨ましそうにヒマルを見ているが、ワタルはヒマルの姿をジーッと観察している様だ。


「どうじゃ?」


 すぐに降りて来たヒマルがワタルに尋ねる。


「うーん、ヒマルの場合は魔力で体を押し上げるんじゃなくて、流れを作ってそれに乗っている感じだね」


 そう答えたワタルの言葉に、集めて来たコップを沢山抱えているエスエスが驚いた様に尋ねる。


「ワタルは魔力が見えるんですか?」


「いや、見える訳じゃ無いけど、何となく感じるんだよね」


 魔力が当たり前に存在しているこの世界で生まれ育った者には見えないものが、異世界から来たワタルには、何らかの違和感として感じる様だ。


「ちょっと俺もやってみようかな」


 そう言うとワタルは、【エルフの杖】を構えて風魔法を発動する。


(体の周りに空気がまとわり付くイメージで、それが空気の流れに乗って移動する……空気の流れは空に向かって速く、強く……)


 ワタルの周りに風が渦巻くが、その風はその周りには漏れていない。

 そしてワタルが飛び立ちたい方向に風が流れて行く。

 その風は魔力を伴っていて、その周りの普通の空気とは性質の異なるものになっているのだが、見た目には全く分からない。


 ワタルは徐ろにジャンプしてみる。


 すると、その風の流れに乗ってワタルの体が天高く舞い上がった。


「うわぁぁぁっ」


 ワタルは体のバランスを崩して、叫び声をあげながら回転し、何十メートルも上昇して行く。

 皆が驚いて立ちすくむ中で、ヒマルがワタルを追いかけて飛び立った。

 ヒマルは空中で大鳥のガルーダの姿に変身して、空中で回転中のワタルを背中で受け止めた。


 ちょっとしたパニック状態だったワタルは、ヒマルの背中に掴まっている。


(主人殿、落ち着いたかえ)


 ヒマルがワタルにテレパシーで話しかける。


「いやぁ、ビックリしたなぁ。こんなに飛び上がるとは思わなかった。ヒマル、ありがとうな」


 ワタルは優しくヒマルの背中を撫でる。


(なんの、なんの。それにしても人族が空を飛ぶのを初めて見たのじゃ。主人の才能は計り知れないのう)


「自由に飛べる様になるにはかなり練習が必要だけどね」


 ワタルを乗せたヒマルがメンバーの所に戻って来る。


「いやぁ、参った、参った」


 地上に降りたワタルが頭を掻いている。


「なんでアンタが先にやっちゃうのよ。本当にワタルには驚かされるわ」


 ラナリアが怒っているが、半笑いである。

 ワタルの規格外ぶりには慣れているので、半分は呆れ顔である。


「分かり易く教えてよね」


「ああ、一緒に練習しよう」


 ワタルの返事に嬉しそうな笑顔を見せるラナリア。


 それに比べて、シルコが寂しそうである。


「いいなぁ。ワタルもラナも……」


 シルコは、半獣人に戻ったのに、どうも魔法の扱いが思う様に行かないのだ。

 ちょっと火を点けたり、微風を起こしたりは出来るのだが、大きな魔法は使えないのだ。

 本人は一生懸命練習をしているのだが、どうも結果は芳しく無いのだ。


「お嬢、ちょっと宜しいか?」


 そんなシルコに対して、コモドが遠慮がちに口を出す。


「我が思うに、お嬢は魔力の使い方が合っていないと感じる」



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