第96話 新王の誕生
突然に執務室に乱入され、護衛の兵士を斬り倒され、イベ宰相は怒鳴り声を上げたものの内心ではかなり焦っていた。
ドアの外にいた騎士達も、今、ルレインに倒された兵士達も、かなりの手練れだったからだ。
これらの者達を事もなげに斬り伏せられれば、自身の安全に不安を感じるのは当然である。
しかし、今、イベ宰相達を守る為に前に出ている騎士達は、王城にいる騎士の中で最も腕の立つ者達である。
一騎当千という言葉が相応しい者達だとイベ宰相は思っている。
であれば、街にアルビノガルーダが出現したのだから、真っ先に駆けつけなくてはいけない立場の騎士の筈だ。
それが2人も宰相の護衛に付いているのは不自然である。
護衛に残るとしてもギャザレム王の護衛をするべきであろう。
この事は、イベ宰相の臆病な性格と、彼が国民の命よりも自分の身の安全を優先する人物である事を表している。
そして、国王よりも宰相が大事にされる程、イベ宰相が実権を握っている証拠でもある。
「ほう、其処にいらっしゃるのはカサナム様ではないですか?罪人となった貴方が自由に出歩いているのはどういう事ですかね。これは、国家に対する反逆という事で宜しいですか?」
「カサナム殿下は罪人では無い!全て貴様の謀略だろうが!」
イベの言葉に思わずグルトが声を上げる。
飛び出して行って噛み付きそうな勢いだ。
イベは不愉快そうに眉をひそめる。
「下賤な獣人風情が何を吠えているのだ。これだから獣人など城に入れるべきでは無いと言っているのだ。国家の重鎮たる私にその様な振る舞いは許されない。お前達、早急にこの者達を排除しなさい」
宰相の命令で、彼の前にいる2人の騎士達が武器を構え直す。
不用意に突っ込んで行かないのは、彼らの能力が高いからである。
相手の力量が分かっているのだ。
まともに戦っても勝てる可能性は低いと……
すると、部屋の側面のドアが勢い良く開いて、十数人の兵士達が部屋にドカドカと入って来る。
皆、かなりの手練れである。
街が大変な時に、まだこれ程の人数を傍に置いているのか、とグルトは呆れ顔である。
戦闘体勢に入っていた騎士達は、少し安堵した様子を見せ少し後ろに下がる。
まともに戦うのを避けて、兵士達が戦っている隙を突いて攻撃を加える作戦に出る様だ。
この兵士達には、ラナリアがまとめて魔法をお見舞いした。
室内なので火魔法を避けて氷魔法を選択したラナリアは、兵士の足元を床から50センチ程の高さまでまとめて凍結させてしまった。
無詠唱で放たれた氷魔法は、殆ど全ての兵士の足の自由を突然奪う事になった。
折り重なる様に倒れる兵士が多数いる上に、倒れないまでもバランスを取る為に攻撃に対する集中力が途切れてしまう。
この隙に、ルレインとシルコの斬撃が縦横無尽に走り回り、全ての兵士が倒される。
千人力のはずの騎士も、1人が倒され、もう1人は何とか足の氷を砕いてシルコと斬り結んでいる。
この騎士の力量は、相当に高かった様だ。
一騎当千は大袈裟だとしても、この状況で慌てず氷を処理してシルコと戦っている。
しかし、この騎士にとって運が悪かったのは、武器が槍だった事だ。
槍の間合いは長く、剣の間合いは短い。
特にシルコの双剣の間合いは短いのだが、既にシルコは距離を詰めて、自分の間合いで戦っている。
ラナリアの魔法が無ければ、シルコは間合いを詰めるのにもっと苦労させられただろうが、騎士が足元を気にしていたおかげで難なく自分の距離を確保出来たのだった。
こうなってしまえば、いくら騎士の技量が高くても、シルコの攻撃に防戦一方である。
この時、イベ宰相は逃げる算段をしていた。
素人目に見ても、騎士が倒されるのは時間の問題だったからだ。
彼は机の下にあるレバーを操作する。
すると、机の後ろの床が人が1人通れるくらいの大きさに開く。
その穴の先は、滑り台の様な斜面になっていて、下の階の屋根の上に出られる様になっている。
その屋根は城の城壁の上に繋がっていて、その先に脱出できる様だ。
随分と凝った仕掛けを作ったものである。
「あっ!」
イベが脱出口を開けた事にトーイが気付いて声を上げた。
「むっ……」
カサナムも気が付いた様だ。
しかし、エスエスも矢を射かけないし、ルレインも追いかけようとはしなかった。
イベは、急いで床の穴に入ろうとするが、その目論見が成功する事は無かった。
バリバリバリ……
「あばばばば……」
ステルス発動中のワタルの雷魔法【スタンガン】を首筋に浴びて、イベは意識を失う事になった。
この部屋に入ってすぐにワタルの気配が消失した事で、チームハナビのメンバーはワタルがステルスを発動した事に気が付いていた。
イベ宰相を逃さない為だ、という事も……
阿吽の呼吸である。
だから、エスエスは弓矢を使わなかったし、ルレインも熱戦ビームは放たなかった。
ラナリアも殺傷力の高い火魔法を止めて、不意を突くだけの氷魔法にしたのだ。
これなら、仮にワタルの足の周りまで凍ってしまったとしても、ステルスのまま砕けば良いだけである。
特殊な能力であるステルスとスムーズに連携が取れるのは、このパーティーならではであろう。
シルコと騎士の戦いも決着が着いた様である。
騎士の手にしていた槍が、シルコの斬撃に耐えられずに真っ二つに切られてしまい、更に守るべき宰相を確保されて戦意を失っていた。
「私は騎士として、その時の主の命に従うのが職務です。私自身の理念を主張する事は出来ませんでした。首を刎ねて下され」
騎士は、床に胡座をかいて項垂れている。
そこへカサナムが歩み寄って、騎士の肩に手を置いた。
「お前の事は、幼少の頃から見知っている。お前の力、今度は私の為に使ってくれないか」
「殿下っ!1度は刃を向けた我らを使って下さるのかっ」
「是非も無い。皆等しく我が臣下である。私はこれから王の所へ行き、王位を貰い受ける。宰相が倒れた今となっては、もう城内で争いたくは無い」
「殿下っ……」
騎士は跪いて泣いている。
意識のある他の兵も、カサナムに跪いている。
純血の人族であっても、全ての者がイベ宰相の政策を支持していた訳では無いのだろう。
個人的には反対意見を持っていても、職務上表に出せない者も多くいたのだ。
イベ宰相が排斥され、政務能力の無くなったギャザレム王からカサナム王子に王位が移る事を歓迎する人族も少なからず存在している、という事である。
「よし、父の所へ向かうぞ。イベは地下牢に入れておけ」
「はっ」
カサナムの命令で、牢屋番達がイベ元宰相を地下牢に連れて行く。
「心配だから私が付いて行くわ」
シルコも同行する。
途中でイベ派の者に身柄を奪われても面倒な事になる。
さて、王子一行はギャザレム王の所へ向かう。
ワタル達は護衛をしながら付いて行くが、特に襲われる事も無かった。
殆どの全ての騎士、兵士達は、ヒマルとコモドの方へ出払っているらしい。
王の謁見の間に着いた一行だが、そこはガランとしていてギャザレム王の姿は無かった。
それどころか、人の気配すら無かった。
この緊急事態に全く姿を現さない程に、王の具合が悪いのかも知れない。
一行はギャザレムのプライベートの寝室に向かう。
普段なら、王族とその使用人以外は足を踏み入れる事の無い場所である。
屈強な兵士が守っているはずの場所なのだが、その姿も無い。
難なく王の寝室の前に辿り着いてしまった。
部屋の中には複数の人の気配がする。
「父上、失礼します」
カサナムはドアを開ける。
ギャザレム王のプライベートな寝室なので、息子であるカサナム王子が1人で入室する。
中の気配が、こちらに敵意を向けていない事は、ワタルの索敵で確認済みである。
ワタル達は廊下で待機する事にした。
部屋の中には大きな天蓋付きのベッドがあり、痩せ衰えた老人が、大きな枕を背にして半身を起こしていた。
周りには幾人ものメイド達が王の世話を焼いている。
王妃は随分前に病気で他界している。
「カサナム王子……」
メイド達は王子の登場に驚き、どうするか僅かの間逡巡したものの、跪いて王子を迎え入れた。
イベ宰相の手前、表には出せないが、カサナムが無実である事はメイド達の間では暗黙の了解となっているのだ。
「おお……カサナム……か……息災で何よりじゃ」
ギャザレムは嗄れた声を出す。
「お前が此処に来るという事は、宰相と決着を付けたのじゃな」
「はい。奴は私に無実の罪を着せ、私は幽閉されておりました。しかし、息子トーイが強力な仲間を連れて救出に来てくれたのです」
「おお……トーイか。トーイがおるのか……」
ギャザレムの目に少しの光が灯る。
「トーイ、こちらへ来るんだ」
「はいっ」
カサナムに呼ばれ、トーイがギャザレムに近づいて行く。
「おお……トーイ。大きくなったのぅ。わしが至らぬ所為で苦労をかけた。許せ」
「お祖父様……」
ギャザレムは震える手で、ベッドの脇に立つトーイの頬を撫でている。
ギャザレムの皺だらけの頬を涙が伝う。
その時、急にギャザレムが咳き込んだ。
ベッドには、彼の口から出た喀血が赤い斑点となって広がった。
「失礼致します」
メイドの1人が急いで近寄り、長く丁寧な詠唱を唱えて回復魔法をかけている。
ギャザレムの咳は止まり、呼吸も落ち着いて来た。
「陛下、そろそろお休みにならないと……」
メイドの進言をギャザレムは手を出して制する。
「この通り、回復魔法無しでは生きる事も出来ない身体になってしもうた。この様な身では国は治められぬ。一刻も早くお主に王位を譲りたいのだが、儀式を行うには魔力が足りぬ。もう、わしの身体では回復魔法ではそこまで回復しないのだ」
ギャザレムは力無く溜息を吐く。
ここ、トルキンザの王位継承には魔力が必要になるらしい。
「魔法使いならおります。強力な回復魔法を操る魔法使いが……ラナリア殿、こっちに来て貰えるか」
カサナムに呼ばれてラナリアが部屋に入って来る。
ラナリアはベッドに近づくと、スカートの端を少し持ち上げて軽く膝を曲げて挨拶する。
「初めまして、トルキンザ王。魔法使いのラナリアと申します。冒険者をしております」
「冒険者などという得体の知れない者に、ギャザレム王を預ける訳には行きません!」
先程、回復魔法を使ったメイドが反対の声をあげる。
しかし、すかさずトーイがメイドを諌める。
「ラナリアさんは、僕の呪いを解いてくれた恩人だよ。変な事を言わないで」
「しかし……」
子供とはいえ王族であるトーイに対してメイドが異を唱えるなど有り得ない事である。
それだけギャザレム王の身を案じているのだろう。
「良い。わしは息子と孫を信じる。ラナリア殿、お願い致す」
王がそう言ってしまえば、誰も逆らえない。
ラナリアは頷くと、杖の先をクルッと円を描く様に動かす。
すると杖の先に光の輪が出現して、ギャザレムの頭の上に移動する。
そしてその光の輪は少しづつ光の粒子に変化して、彼の身体に降りかかりその場所に吸い込まれて行く。
「無詠唱……それにこれは大聖者様の魔法……彼女は何者なの……」
先程のメイドは、驚きの余り尻餅を付いている。
全ての光の粒子が王の身体に入り込み、その身体が僅かに発光してすぐに消える。
「おお、身体に力がみなぎる様じゃ」
ギャザレム王は張りのある声をあげる。
「これなら王位の継承の儀式が出来る。ラナリア殿、感謝するぞ。カサナム、早速、王位の継承をしてしまおう」
ギャザレム王は、カサナム王子をベッドの脇に跪かせ、その頭の上に手をかざす。
すると、ギャザレムの手が光り出し、その手のひらに光の球体が出現した。
その球体はゆっくりとカサナムの頭の中に沈んで行く。
そして、その球体が完全に頭の中に消えてから、彼は瞑っていた目をゆっくりと開けた。
「どうじゃ」
ギャザレム王、いや、元ギャザレム王……即ちギャザレム親王が尋ねる。
「何だか、頭がスッキリとして力が溢れる感じがします」
カサナムが答える。
カサナム王の誕生である。
「うむ、このトルキンザはお前に任せたぞ。良い国にしてくれよ」
ギャザレムはそう言うと、フーッと息を吐き横になった。
ギャザレムが静かに息を引き取ったのは、それから10日後の事だったという。
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