第95話 カサナム救出

 ワタルの従者達の強力過ぎる働きにより、王都の街中をスムーズに移動するワタル達。

 徐々に街中は、騒がしいと言うよりも大混乱の様相を呈している。

 お陰でワタル達一行の移動を妨げて来るものはいなかった。


 グルトの案内は的確で、やがて王城の目立たない場所にある出入り口に到着した。


「中には誰もいない様だね」


 ワタルが内部の様子を探っている。

 しかし、扉には鍵が掛かっている。


「ちょっと退いて」


 扉をガチャガチャやっているワタルを退かして、シルコが扉を斬りつける。

 斜めに斬られたその扉は、下半分がガタリと落ちて通れる様になった。


「さ、行きましょう」


 意気揚々とシルコが促すが、グルトは


(これからトーイ様が使う事になる城を無闇に壊さないで欲しいな)


 と、思っていたのだが口には出さなかった。

 余計な事を言わないのは、グルトが優秀な証拠である。


 場内に潜入すると、やはりそこには誰もいなかった。

 しかし、あちこちで叫び声や悲鳴が響いている。


「協力者が頼りにならなくなってしまった。計画も変更してしまったし、協力者の案内は期待出来ない。ここは、今迄得た情報を元に自力で王子を探すしか無いな」


 そう言うとグルトは


「先ずはこっちだ」


 と、城内を進み始める。

 大きな気配を進行方向の逆側に感じる。

 多分コモドが暴れているのがそこだろうと、ワタルは感じていた。

 反対側に進むのは都合が良い。


「要人を幽閉するとしたら地下牢か塔の最上階だろう。姫様なら塔の上だが、王子は地下牢じゃ無いかな」


 定番のお伽噺を思い出して、ワタルが軽口を叩いている。


「どうして知っているんだ?確かに今は地下牢に向かっているが……」


 グルトが驚いている。

 地球のお話など、グルトが知る訳は無い。


「いやぁ、勘だよ、勘」


 ワタルは頭を掻いて誤魔化している。


 地下牢に降りる階段までの通路では、不思議な事に城の兵とは全く行き合わなかった。

 コモドとヒマルの対応に、皆必死なのかも知れない。

 下働きの者などとはすれ違うが、彼らは黙って道を譲ってくれた。

 グルト達が誰だか分からなくても、余計な事に首を突っ込みたくは無いのだろう。


 ワタル達は順調に地下に降りる階段に到着する。


「ここだ」


 グルトは重そうな鉄の扉の前にいる。

 グッと押し込むと、ギギギッ、と重そうな音がするものの素直に開いた。

 鍵は掛かっていなかった様だ。


 中からは、すえた様な臭いと湿っぽい空気が上がって来る。

 人が2人で並んで通れる位の幅がある階段が見える。


 ワタルは、中から複数の気配が感じているが、それほど大きな気配は無い。


「行くぞ」


 グルトを先頭に一同は階段を降りて行く。

 明かりの設備はあるのだが、数が少なく、中は薄暗い。

 階段を降り切った所で、目の前に立ち塞がる男達がいる。


「何者だ」


 2人いる男の1人が、低い声をかけて来た。

 彼らは槍を構えているが、殺気を放ってはいない。

 2人とも犬系の半獣人の様だ。


 グルトが応える。


「獣人か。私はグルトだ。カサナム王子の元側近だ。私達は王子を救出に来た。ここを通して欲しい」


 すると2人の獣人は構えを解き、ホッとした様に力を抜いた。

 知らない仲では無さそうである。


「グルト殿、話は聞いている。しかし、情報が錯綜して混乱している。中止になったとか、既に失敗したなどという者もいたのだが、こうしてやって来たところを見ると、計画は進んでいるのだな」


「裏切りがあったのだ。情報は宰相に筒抜けだろう。それでも、強力な助力を得てここまで来たのだ」


 ワタル達を視線で指し示しながらグルトが説明している。


「話は後だ。王子は奥か?トーイ様も同行している。案内を頼む」


「おお……トーイ様……よくぞご無事で」


 トーイを見た獣人達は跪いてしまった。

 感激している様子である。

 イベ宰相の人族純血主義で地下牢の番人にされているが、この半獣人たちも以前はそれなりの立場だった事が伺える立ち振る舞いである。


「苦労をかけるが、助力を頼むぞ」


 トーイの言葉に震える獣人達。


「勿体無きお言葉。お父上はこちらです」


 牢屋の番の獣人達は奥に進んで行く。

 薄暗い中に鉄格子が並んでいる。

 地下牢に捕らえられているのは、殆どが獣人ばかりである。


「これらの者は無実なのだ。宰相の方針に異を唱えただけの者もいる。出来ることなら解放して貰えないだろうか。この者達はいつ見せしめに処刑されてもおかしく無いのだ」


 牢屋の番人の言うには、宰相に逆らっただけの者達が捕らえられているらしい。

 それが分かっていて番人をしなければならなかったこの獣人達は忸怩たる思いだったのだろう。


 それを聞いたグルトが応える。


「今ここで解放しよう。今、城内は混乱の中にある。逃げるのならチャンスでもある。好きにすると良いだろう」


「本当か?感謝する。よし、牢を開けろ」


 番人の1人が次々に牢を開けていく。

 先に進むワタル達の後ろでは、喜ぶ声や泣き声が聞こえる。


 そして、一番奥の牢屋の中にカサナム王子がいた。

 王子は、牢の中の椅子に静かに座ってこちらを見ていた。

 顔色は悪く、金髪も伸び放題で髭もボウボウに生えている。

 憔悴仕切った顔付きに見えるが、瞳の輝きが失われていないのが救いである。


「カサナム王子!」


 グルトが牢屋の鉄格子にすがり付く。


「おお、グルトか……遅かったな」


 カサナム王子はそう言うと、少しだけ口角を上げて見せた。

 グルトは慌てて跪き


「はっ、申し訳ございません。叱責は如何様にもお受け致します」


 と、頭を下げた。


「ふふ、冗談だ。簡単な事では無いのは分かっている。苦労をかけたな……ん、そこにいるのはトーイか?」


「父さん!」


 トーイが鉄格子に駆け寄る。

 牢屋番が鉄格子の鍵を開けている最中だが、とても待ち切れないのだ。


 牢屋番は鉄格子の中に入り、カサナム王子の鉄製の手枷足枷を外している。

 外に出て来るカサナム王子。


 その胸にトーイが飛び込んだ。

 カサナムは少しよろけるものの、トーイをしっかりと抱き止める。


「大きくなったな、トーイ。こんなに背が伸びているとは驚きだ」


「父さんは痩せたね。あんなに大きくて強かった父さんが……」


 カサナムの頬を涙が伝う。

 トーイは父親の胸でグチャグチャに泣いている。


「この者達が良くしてくれたのだ。上からの支給が乏しい中で、私の世話をしっかりとしてくれた」


 カサナムの視線を向けられた牢の番人達は、跪き首を垂れる。


「勿体無きお言葉。私どもの力が足りないばかりに、殿下には御不自由をおかけしておりました」


 番人達も泣いている。


「ん、そう言えばトーイの獣人化の呪いは解けたのだな。トルキンザ随一の呪術師の呪いには難儀しただろう」


 トーイの顔を包み込む様に掴み、その顔をしげしげと眺めながらカサナムが言った。


「そこにいるワタル達が呪いを外してくれたんだ。その後も協力してくれていて……僕の恩人だよ」


 トーイの答えにカサナムはワタル達に向き直り、スッと頭を下げる。


「助力を感謝する……いや、ありがとう。トーイを助けてくれて」


「いやぁ」


 頭を掻いているワタルの視線を受けて、ルレインが前に出る。


「勿体無いお言葉です。私達は粗野な冒険者ですので礼節をわきまえておらず申し訳ありません。この度は、殿下の為、トーイ様の為、出来得る限りの力添えをしたいと思っております。どうか、心置き無く使って下さいませ」


 頭を下げるルレイン。

 合わせてハナビのメンバーもぎこちなく頭を下げる。


 それを見たカサナムは、にこやかに笑う。


「ははは、恩人の方々に堅苦しい礼節は求めません。どうかよろしくお願いします」


 一国の王子にしては随分とフランクな人物の様だ。

 そして、えも言われぬ魅力とカリスマ性が有る。

 トーイは、父親の血を色濃く受け継いでいるのかも知れない。


「カサナム王子、先を急ぎましょう。イベ宰相の始末を付け、王子に王位に就いて頂きたいと思います」


 と、グルトが話に割って入る。


「うむ、やはりそうなるか。現王は物事の判断が出来ない状態だという事だからな……私としては残念だが止むを得まい」


「では、参りましょう」


 カサナム王子と牢屋番の男達を加えた一行は、地下牢から出て宰相の執務室を目指す。


 すると、先程解放した牢屋に入れられていた者達が、土下座をして待ち構えていた。

 誰も逃げ出さなかったらしい。


「王子!何とぞ我々を末席に加えて下さいませ。何としてもお役に立ちたいのです」


 この者達にしてみれば、ギリギリで命を救われたとは言え、ただ逃げ出したのでは未来に希望が見えないのだろう。

 何としてもクーデターを成功させて、自分達の居場所を確保しなければならないのだ。


 土下座組の1人が顔を上げる。

 人族の男の様に見える。


「私は少し前までイベ宰相の傍に仕えておりました。しかし、獣人の血と宰相への苦言を理由に牢に入れられておりました。宰相の動きは把握しております。どうか私に案内をさせて下さい。矢よけ代わりにして下さって構いません」


 この男はカサナムも見知っている男だった。

 カサナムが幽閉された時に、何とかカサナムを助けようと動いていた人物だ。


「うむ、私の力になってくれ。何としても宰相の横暴を止めるぞ」


「はっ」


 すると、気合を入れて返事をする土下座男達の頭上に光の輪が浮かび上がり、その輪が少しずつ崩れて光の粒子となり、男達の頭上に降りかかる。

 光の粒子を浴びた男達は、身体の周りが少し発光し、その光はすぐに消えた。


「おぉぉ、力が湧いて来るぞ」


 ラナリアの回復魔法である。


「そんなにボロボロじゃ役に立たないでしょ。王子もよ」


 ラナリアはそう言い放ち、カサナム王子にも回復魔法をかける。

 カサナムの全身が光に包まれ、その光が消えると、見違える様な王子が現れた。


 牢屋に入っていたままの衣服は仕方がないが、顔色が良くなり、精悍な印象へと変わっている。

 王家の正当な後継者としてのオーラが、まわりの者達を魅了している。


「おぉぉ」


 グルトを始めとするトルキンザの者達は、皆感激して跪いている。

 ワタル達も、ホォと感心している。


「やっぱり王子様ね。さすがにモノが違うわね」


 胸を張って、魔法の杖を自分の首筋にトントンと当てながら、偉そうな事を言うラナリア。

 この国の住人から見たら驚くほど失礼な態度なのだが、誰も注意する者はいない。

 カサナム王子も、そんな事にこだわる人物では無い。


「この様な高位の回復魔法が使えるとは……我が国の宮廷魔術師でも及ばないか……」


 カサナムも非常に驚いている様だ。


「さあ、急ごう。早くしないと従者達が王都を滅ぼしてしまうぞ」


 ワタルが皆を急かしている。


「従者?」


 カサナムは疑問に思った様だが、一同は元宰相の側近の男の案内で城内を急ぐ。

 早足で歩きながら、グルトがカサナムに規格外従者について説明している。


「なんと、アルビノに竜人だと!ははは、本当にそんな者が存在するのか。話半分だとしてもとても信じられん事だが、本当なのだろうな」


 カサナムは、チームハナビの規格外振りが信じられない様子だが、何だか楽しそうである。

 階段を上がり、通路を幾つも通り、また階段を上がる。

 途中でカサナム王子に気付く者もいたが、驚いた顔をしただけで移動を妨げて来たりはしなかった。


「この廊下の奥です。普段使っている執務室と違って、非常時にはこちらを使っている筈です。特別な脱出用の抜け道があるんです」


 案内をして来た男が告げる。

 廊下の奥の部屋の前には、大きな気配をまとった護衛らしき騎士が2人立っている。


「俺とルレインが行こう。人族の方が警戒されないかも知れない」


 ワタルはそう言うと、ルレインと供に奥の部屋に向かって歩き出す。

 すると、すぐに護衛の騎士が声を掛けてくる。


「止まれ!何の用だ。宰相様は執務中だ。目通りは叶わんぞ」


 構わず進むワタルとルレイン。

 この護衛は、中にイベ宰相がいる、と図らずとも教えてくれた事になる。


「止まれ!止まらんと……」


 護衛達が剣の柄に手を掛けた瞬間、ルレインの【炎の魔剣】が一閃する。

 遅れてワタルの【風の剣】も振り抜かれる。

 護衛の騎士達の剣の間合いの遥か遠くから放たれた熱線ビームと風の刃が、剣を未だ抜く前の男達を両断した。

 風の刃は、護衛の後ろの木製のドアにも斬撃を与え、斬られたドアはボロボロと床に落ちて行く。


 それと同時に、シルコ、エスエス、ラナリアも奥の部屋に向かって駆け出した。


「何が警戒されないよ。これじゃ誰が行っても同じじゃないの」


 シルコが文句を言っている。

 他の者は、初めて見る遠距離の斬撃に目を奪われていたが、気を取り直して後を追っている。


 ラナリアが最初に部屋に飛び込んだ。

 そのラナリアを、3人の兵士が襲う。

 不意打ちの様にラナリアに斬撃を浴びせようとする兵士達だったが、彼女を相手にするには技量が足りていなかった。


 3人がかりの剣を躱し、弾き、受け流し、ラナリアの動きはまるで台本のある殺陣の様に見える。

 もちろん台本などは無いのだが、ラナリアの無駄の無い動きと、相手の動きが彼女の動作によってコントロールされている為にそう見えるのである。

 そして、兵士達は瞬く間に斬り伏せられてしまった。


 そうしている間に、他のメンバーも部屋に入って来た。


 部屋の奥では、大きな執務机の向こうにイベ宰相が座っている。

 その前には文官らしき者が2人、慌てて立ち上がっている。

 更にその前には、後ろの宰相達を守る様に騎士が2人、それぞれ槍と剣を構えている。


「何の用だ!ここが何処だか分かっているのか!」


 イベ宰相が怒鳴り声を上げた。


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