第94話 竜人無双

 協力者の筈だった貴族の裏切りで王都に潜伏出来なくなったワタル達は、今夜のうちに事態の解決を図るべく王城に急いでいる。

 急いでカサナム王子を救出して王位に就けなくてはならない。


 夜の王都を疾走するワタル達一行。

 ヒマルが暴れてくれているお陰か、夜の割に王都の中は騒がしい。

 そうでなくてもトルキンザ王国の首都だけあって、田舎の様に日の入りと共に眠ってしまう者ばかりでは無い。

 他の街に比べれば夜も賑やかな場所が多い街ではある。

 その上、アルビノガルーダが現れたのだから、街中は何時もよりも更に騒然としていた。

 そして、浮き足立っている王都内の雰囲気の為か、ワタル達に意識を向けて来る者は殆どいない。


 程なく、ワタル達が目指す王城が近づいて来た。


 その時、グワーンという大きな音と共に、王城の正面の方で何かが壊れた様に見えた。

 ヒマルの超音波攻撃で、王城の正門が吹き飛んだのである。


 地面が揺れて、ワタル達一行も思わず足を止めた。


「ヒマルの奴、派手にやってくれてるな」


 王都を侵入者から守る正門の上に、輝くアルビノガルーダの姿が見えた。

 あれだけ目立てば、誘導役としては申し分無いだろう。


 今のうちに王城に侵入しなくてはならない。

 再び急ごうとしたワタル達の前に、ワラワラと人が飛び出して来た。

 道の脇から次々と人族が出て来て、その数は30人程になっている。


 明らかに、ワタル達の進行を妨害しようとしている様だ。

 かなりの殺気を発している者もいる。


 その集団の中から、1人の身なりの良い男が前に出て来る。


 その姿を見て、先頭で道を案内していたグルトが声をあげた。


「あ、あんたは……な、何を……裏切ったのか……」


 声をあげたものの言葉になっていない。

 どうやらこの男が裏切った貴族らしい。


「貴族に対する口の利き方がなってないな。下衆な半獣人では仕方ないか……」


 この貴族の男は悪びれた様子も無い。


「お前達をここから先に行かせるつもりは無い。お前達の計画は失敗したんだよ。もう諦めろ」


「何故、何故裏切った……あんたには獣人の先祖がいた筈だ」


 グルトは恨めしげに問いただす。


「ははは、滅多な事を口にされては困るな。まあ、死にゆく者には教えてやろう。家系などと言うものは、どうとでもなるのだよ。それに、お前達を討ち取ることでイベ様に取り立てて頂くことになっているのだ。男爵家の我が家もこれで子爵家だ。領地も治めることが出来る。お前達の命の価値などと比ぶべくもない」


 この貴族は、上機嫌でペラペラと喋っている。


「お前達、この人数で勝てる訳があるまい。私は今、機嫌が良い。首謀者のトーイとグルトの首を差し出せば、他の者は見逃してやっても良いぞ」


「何を言い出すんだ、こいつは……」


 怒りに腕を振るわせているのはアレクだ。

 ここで、控えめにワタルの後ろに控えていたコモドが口を開く。


「主、こ奴らの始末を我に任せて貰えないか。此奴の言い分は聞くに堪えん。然る後に、我は城に正面から乗り込んで槍を振るって見せようぞ」


 コモドの提案を受けて、ワタルが仲間に告げる。


「聞こえたか。この程度の連中はコモド1人で十分だ。俺たちは城に入ろう」


「了解した。アレクはこの場は抑えてくれ。時間が惜しい」


 コモドの力を信用しているグルトが了承する。


「何を言っているんだ。私の兵は、ここにいる者だけでは無いぞ。まだ、屋敷からも駆け付けて来る筈だ」


 この裏切り貴族は、自分の屋敷に顔を向ける。

 確かに、多くの人影がこちらに向かって来るのが見える。


 しかし、それには構わずコモドが名乗りをあげる。


「我が名はコモド。主の命により貴様らを殲滅する。裏切りは我が身に返ると知れ」


「コモド、任せたぞ」


「委細承知」


 主に仕事を任されるのは、竜人にとっては喜びなのだろう。

 踊る様に前に出たコモドの槍が、横薙ぎに一閃する。

 その一撃だけで、道を塞いでいた兵達の半分が吹き飛ばされた。


 ワタル達は、その空いたスペースを通り抜けて城に向かう。

 ワタル達に攻撃を加えようとした兵もいたが、コモドがそうさせない。


 兵との間に立ち塞がり、その兵に槍を突き出す。

 捻りの加わったその刺突は、螺旋状に回転する衝撃波をまとっていた。

 腹部を突かれた兵の身体は、そこを中心に抉られる様に吹き飛び、残っているのは頭と膝から下だけであった。

 頭と足が後ろに飛んで行かずにその場に残っている事が、あり得ない程の刺突の鋭さと衝撃を現している。


 その刺突の衝撃波は、そのまま後ろにいた兵士を数人巻き込んで、その身体を破壊し、5メートル程後ろにいた金属製の鎧を着込んだ重戦士の分厚い盾をグシャグシャにしてやっと収まった。


「弱き者どもよ。貴様らがいくら数を頼もうとも、この竜人の槍を止めることは出来ぬ。裏切りの代償は命で償うものと知るが良い」


 ハッ、とコモドが気合を発するだけで、貴族の兵士は動きが止まってしまう。

 蛇に睨まれたカエルである。

 気の弱い者は意識を刈られる者もいる。

 そのカエルの中にも多少は腕に覚えがある者もいるらしく、コモドに挑もうとする者もいた様だが、その剣がコモドに届く事は無かった。


 気合と共に槍の刺突が放たれる。

 咄嗟に出した先程の突きよりも数段威力の増した刺突は、思うがままに兵士達を蹂躙する。


 コモドの槍の先からはトルネード状の風の刃が巻き起こり、兵士達の間を突き抜けて行く。

 その旋風に触れた者は、防具など身に付けていなかったかの様にズタズタに引き裂かれて行く。

 モロに刺突を受けた兵士は、細かな肉片と化していて死体も残っていない。

 そのトルネードの抜けた場所は地面が深く抉られて、まるでトンネルでも通した様にも見える。

 辺りには血の臭いが立ち込め……たりはしていない。

 風と共に辺りの空気すらも持って行ってしまった為である。


 唯の槍の突きなのだが、規格外の威力である。

 まさに災害、天災である。

 人の手に負える様な物ではない。


 しかし、ここに状況を理解出来ない者もいた。


「いやぁ、見事である。竜人の力は凄まじいな」


 先程の裏切り貴族が、大きな金属の盾を構えた兵士の後ろから出て来た。


「どうだ、私の元に仕えないか?特別に取り立ててやろう」


 平気な顔でコモドに話しかけている。

 しかし、これを諌める人物が現れた。


「なりませんぞ、男爵様。この様な下賤の輩を配下に加えるなど人族の品位を疑われますぞ」


 この男爵の執事か何かだろうか、戦いとは無縁の黒いスーツの様な服を着て、白い手袋を嵌めた男が貴族に話している。


「ええぃ、煩いわ。私は懐の大きな男だ。この様な下賤の者でも召抱える器量は持っておるわ」


「いや、しかしながら……」


 と、勝手に話を進めている。


「どうだ、竜人よ。貴様の様な者が貴族に仕えられる機会など無いのだぞ。いや、何、私への感謝の気持ちは、これからの働きで返せば良い」


 半ば呆れているコモドは、何も言えずに黙っている。

 あまりの場違いな発言に、どう対処すべきか迷ってしまったのだ。


 この世界の貴族は、平民や獣人に対して、どんな時でも圧倒的に上の立場だと信じて疑わない者がいる。

 この男爵もその1人なのだろう。

 こんな状況でも、コモドが二つ返事で尻尾を振って来ると疑ってもいないのだ。


 従って、コモドがこの貴族の裏切り行為に対して憤りを持っている事も理解していない。

 この貴族にとって、獣人との約束など守ろうが破ろうが歯牙にもかけていないのだ。

 貴族の気分次第で、平民が何人死のうが生きようが気にもしないのが貴族なのである。


 黙っているコモドに腹を立てたのか、執事と思われる者がコモドに近付き声を荒げる。


「あなたは何を黙っているのですか?男爵様が声を掛けて下さったんですよ。早く跪きなさい」


 コモドは返事の代わりに槍を横薙ぎに払う。

 コモドに迫っていた執事の男は、胴体を両断され、そのまま声も無く命を落とした。

 払われた槍から放たれた衝撃波で、その先にいた兵士も数人が巻き込まれて命を散らした。


「うぬらの言う事は愚か過ぎて、相対する言葉が浮かばぬ。我にとって人族の地位や出自など何の価値も持たぬ。黙って我が槍の汚れになるが良い」


 そう言うとコモドは槍を構える。


「ま、待て、ちょっと待て。私を殺したら大変なことになるぞ。貴族を殺してタダで済むと思ったら…グアッ」


 これが、この男爵の最後の言葉になった。


「ふん、くだらぬ連中よ」


 コモドはつまらなそうに呟きながら槍を振るう。

 どうやら、コモドを熱くできる様な武人は、ここにはいなかった様だ。

 そして、男爵とその兵士が全滅するまで5分とかからなかったのであった。


 裏切り男爵の集団を全滅させたコモドは、王城の正門に向かった。

 正門と言っても、ヒマルの攻撃で門は吹き飛んでおり、大きな穴が空いている様にしか見えない。


 ヒマルの方を見ると、空中にホバリングしているヒマルには沢山の弓兵が矢を射かけている。

 無数の矢がヒマルを襲っているが、彼女は結界を張っているのか矢が彼女を傷つける事は無い。

 たまに、魔法による攻撃も行われている様だが、ヒマルの結界を揺らす事すらも無い。


「ひるむな!撃て、撃て!」


 兵士達の必死の叫び声が聞こえるが、圧倒的な力の差は埋めようが無い。

 気紛れにヒマルが翼を動かすと、その先にいる兵士達がまとめて吹っ飛んで行く。


 ヒマルは適当に兵士達をあしらいながら、王都の戦力を引き付ける、という役目をちゃんと果たしている様だ。


「さすがはヒマル殿。我も負けてはいられぬわ」


 そう呟いたコモドは王城の中に入って行く。

 王城の中は騒然としていた。

 急ぎ外に出て行く兵士や、怪我をして運び込まれている者、兵士以外の者も忙しそうに右往左往している。

 コモドに気が付く者は殆どいない。


 怪我をして通路の壁にもたれかかり座っていた兵士の1人がコモドに気が付いた。

 コモドと目が合うと、その兵士は驚いた様子だったが、意を決した様に立ち上がろうとする。

 その目には決死の覚悟があった。


 コモドはその兵士を一瞥して、手のひらをその兵士の方に向ける。


「休んでおれ。無駄に命を散らすな。我と戦いたくば怪我を治されよ」


 そう言うとコモドはその兵士を振り返る事も無く城の奥に向かって行く。

 兵士に背後を向けている姿にも一分の隙も無かった。

 その兵士は、身体が震え立ち上がる事が出来ずに再び床に座ってしまう。


「あれはドラゴノイドか……あんなのが来たんじゃこの城もおしまいだな……」


 短いやり取りだが、相手の実力の一端を感じたその兵士は呟いたのであった。


 通路を進んだコモドは、広い倉庫の様な所へ出た。

 最初からここに大き目の気配が多数ある事を感じていたのだ。


 やはりそこには、重厚な鎧に身を包んだ多くの騎士がいた。

 これから出陣するのかも知れない。

 その数十名の騎士達は戦意も高く、大声で隊列の確認などをしている。


 その騎士達を前にして、コモドはおもむろに声をあげる。


「聞かれよ。我は竜人のコモド。主の命により貴殿らの命を頂戴する。我はこの度は獣人の味方なり。今暫くすればこの国は変わる。無駄に我の槍の塵になる事は無い。覚悟のある者だけ掛かって来られよ」


「ふざけるな!誇り高き人族の名にかけて好きにはさせん」


 1人の騎士が前に出て来た。

 周りの騎士よりも一際気配が大きい。


「その意気や良し」


「貴様こそ我が剣の藻屑となれ」


 その騎士は上段に構えてコモドに斬りかかった。

 大きな片手剣をかなりのスピードで振り下ろして来る。

 並みの腕前では無さそうである。


 しかし、相手はコモドである。

 ゆったりとした構えから槍を相手に突き出す。

 一見緩慢な動作にも見える槍の突きだが、踏み込みは比類無い程に鋭い。


 攻撃の体勢に入っていた騎士だったが、コモドの踏み込みで嫌な予感が全身を巡ったのを感じ、瞬時に剣による攻撃をキャンセル、反射的に盾を構えた。

 この動きは、さすがにレベルの高い騎士である。


 だが、コモドの攻撃は更にその上を行く。

 槍が当たった騎士の盾は、その瞬間にグシャグシャに潰されて吹き飛んでしまった。


「うおぉぉ」


 盾を持っていた手を押さえて後ずさる騎士の男。


「隊長!」


 駆け寄って来る他の騎士達ごと、まとめてコモドの槍が薙ぎ払う。

 槍の柄のほうを振り回した為に、騎士達は吹っ飛ばされ大怪我を負ってはいるものの、命は失っていない様だ。

 部屋の壁に激突して意識を失っている。


「我の槍を受けて持ち堪えるとは、一角の武人であろう。後程手当をしてやるが良い」


 そう言うとコモドは騎士達を見回す。


「武器を捨てよ。この国は変わる。我が主が変える。人族である事に拘り、国力を下げるなど愚かな事よ。承服しかねる者は掛かって参れ。此処より先は手加減はせぬぞ」


 そして、コモドは槍の石突きを床にズドンと突き立てた。

 ズゴォォンと轟音が響き渡り、部屋の天井からパラパラと建物の欠片が降って来る。


 騎士達が武装解除し、床に座り込むまでにそう時間はかからなかった。


「うむ、ここに座っておれ。下手に動くと、我よりも強き者も来ておるぞ」


 そう言い残すと、コモドは次の気配を求めて立ち去って行った。


 彼が立ち去った後も、呆然とした騎士達が動き出す事は無かった。

 最初に吹っ飛ばされた騎士が、この中では誰も敵わない強者だった。

 駆け寄って薙ぎ払われた者達は、それに次ぐ強者達であった。


 圧倒的な多数の騎士の前にたった1人で乗り込んで来て、手加減をしながら倒す者など信じられない、信じたくも無い。

 しかし、紛れも無い現実である。

 座り込んでいる騎士達は、この国が正に変わろうとしている事を感じていたのだった。



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