第93話 裏切りとヒマルの実力

 マザの村で一日ゆっくりと休んだ王都潜入部隊は、辺りが暗くなると作戦を開始した。


 王都に潜入するのは、チームハナビとグルト率いるトーイ軍精鋭メンバーである。


 チームハナビのメンバーとしては、ヒマルの気配が大き過ぎる事が心配されたが


「何だ、そんな事か。簡単な事じゃ」


 と、事も無げに気配を小さくして見せた。

 彼女にしてみれば簡単な事だったらしい。


 ルレインもギャル化する事無く、人並みの大きさに気配を抑えている。

 何度も気配で失敗している彼女は、陰で努力していたに違いない。


 そして、グルトのチームにはトーイ本人が参加している。

 これには賛否両論あったのだが、本人の強い希望で参加が決まった。

 カサナム王子を救出して、間髪入れずにトーイの説得によりカサナムを即位させてしまおう、という計画の為だ。


 時間をかけると、どんな妨害が入るか分からない。

 ギャザレム王を退位させ、イベ宰相を駆逐する際にも、カサナムとトーイという王位継承者が揃っていた方が手続きがスムーズに行くだろう。

 最悪、カサナム王子が殺されていた場合、直接トーイを王位に付ける可能性も十分ある。


 イベ宰相は反目するだろうから、即位は彼の殺害と同時に行う必要がある。

 王位交代を迅速に行わないと、反逆者として追われる事になるからだ。

 王位交代に反対する者は、殺害してでも強引にやらなくてはならない。

 カサナムかトーイが王位に付いてしまいさえすれば、後は如何とでもなるのだ。


 従って、潜入部隊にはトーイが参加している。

 彼を守る為に戦力が割かれるが仕方ないだろう。

 ワタルはトーイに結界をかけようと考えている。


 結局、グルトのチームは、グルト、トーイ、アレクの他に3人の腕利きの獣人が同行している。



 さて、現在潜入部隊は王都を囲う壁の扉の前にいる。

 王都内部の協力者により、この扉から王都に入れる筈である。


 グルトは扉に近づくと、コンコン、と鉄の扉を剣の柄でノックした。

 すると、ギギギ、と音を立てて扉が開く。


 素早く中に入るメンバー達。


 だが、扉の内側では、驚くべき光景が広がっていた。


 血だらけの兵士が10人以上転がっていたのだ。

 人族もいれば半獣人もいる。

 殆どは死体となっているが、僅かにうごめいている者もいる。

 だが、とても助かりそうも無い深手を負っている事が一目で分かる。

 敵味方入り乱れての戦闘があった様である。


 扉を開けた兵士も、腹からドクドクと血を流している。

 ラナリアが急いで回復魔法をかけるが、恐らく命は助からないだろう。

 何かハプニングがあったのは確実である。


 回復魔法が効いてくると、その兵士は何とか話し始める。


「……裏切りだ……こちらの動きは……知られている……あのクソ貴族め……セーフハウスは……使え……ない……ぞ……」


 何とか言葉を紡ぎ出すと男は気を失ってしまった。

 その気絶した兵士を見て、ラナリアが首を振っている。

 助かるかどうかは本人の体力と運次第だろう。


 男の命懸けの情報により、グルトは状況を即座に理解した。

 王城の近くで、潜入部隊に屋敷を貸してくれる筈だった貴族が裏切ったのだ。

 裏切りの理由は分からないが、ノコノコとその屋敷に行けば、敵の兵士が待ち構えているのだろう。


 素早く冷静に頭を働かせるグルトだが、普通に考えれば作戦失敗だろう。

 潜伏出来る場所が無ければ、王城の戦力を引き付ける役回りの味方とタイミングを合わせられない。


 しかし、今回のチャンスを逃せば、もう計画は立てられない可能性が高い。

 カサナム王子は殺されてしまうだろう。

 今回のクーデターが、カサナム王子を処刑する口実になってしまう。


 しばし悩むグルトにアレクが声をかける。


「このまま押し切ろう。どうせ俺たちには後が無いんだ。チャンスは今しか無い」


 アレクの言う通りなのだが、作戦は崩れてしまった。

 思わずグルトは、ワタルの方を見る。

 グルトと目が合ったワタルは、おもむろに口を開いた。

 何となくグルトに頼られている感じがしたのだ。


「やっぱりそうなるよなぁ。出たとこ勝負で勝てるかな」


 これに反応したのはシルコだ。


「戦力的には大丈夫よ。トカちゃんとヒマルもいるしね。陽動を2人にやって貰えば、中は私達だけでいけるでしょ」


「そうね。何とかなるわね」


 ルレインも賛成している。


「と、言うことだ。このまま攻め込もう」


 ワタルがグルトに告げる。

 ワタル達の規格外の力を知っているグルトは、素直に頭を下げる。


「済まない。恩に着る。事が済んだら如何様にでも礼をする」


「乗り掛かった船だからな。沈没させるのも嫌だからね」


 軽く返事をするワタル。


「じゃあ、ヒマルは街の正門の方に回って暴れてくれる?ガルーダの姿で派手に頼むよ」


「おっ、初めての命令じゃな。心が踊るわ。じゃがなぁ、妾は鳥目で夜は良く見えんのじゃ。あまり細かい事は出来んぞ」


 思わぬ所で弱点を暴露するヒマル。


「この際、多少の破壊は仕方ないよ。向かってくる敵兵には容赦しなくて良いからさ」


「承知したのじゃ。では参るぞ」


 可愛らしい少女の姿から、巨大鳥のアルビノガルーダに即座に変身するヒマル。

 光り輝く白い身体からは、膨大な気配が溢れ出している。


「ひっ」


 思わず味方の獣人が腰を抜かしている。

 初めて見たのだから仕方ない。


(では、後ほどな)


 テレパシーで挨拶したヒマルが、王都の正門の方へ飛び去って行く。

 ヒマルの羽ばたきで風が舞い、残された者たちの髪を容赦なくグシャグシャにしている。


 まるでヘリみたいだな、と、ワタルは日本で見たことのある軍用機を思い出していた。


「よし、俺達は王城に向かおう。グルト、案内を頼むよ。計画が漏れているんだから他の入り口が良いかな」


「分かった。任せてくれ。計画に入れていなかった別の出入口を使う」


「上等だ。それからトーイ。お前はこれを持ってくれ」


 ワタルはトーイに石ころを渡す。


「これに魔力を流せるか?……そうだ、上手いぞ。これで結界が張られている。大抵の攻撃はこれで安全だ」


【攻撃無効化結界】闇の奴隷商人との戦いの時に、マシュウに持たせた結界魔法を施した石ころである。


「ワタルはこんな事も出来るのか……凄いなぁ……」


 トーイがビックリして目をクルクルと動かしている。

 尻尾をフリフリしているのが可愛らしい。


「人族などに主の結界が破れる訳が無い。安心して良いぞ」


 何故かコモドが自慢している。


「急ぎましょう。計画が漏れているなら、今夜のうちに王城に攻撃があるとは思ってない筈よ。チャンスだわ」


 ルレインの言葉で一行は夜の王都を王城に向けて走り出した。



 さて、その時ヒマルは王都の正門の上空に来ていた。


(少々物足りない相手じゃが、主の命では仕方ないのう)


 ヒマルは上空から勢い良く正門の内側に向かって滑空する。

 そして正門のすぐ上で急停止してホバリングをした。


 ヒマルと共に運ばれた風の渦が、王都の閉まっている正門に衝突して、ゴーッ、という凄まじい音を立てた。

 頑丈で分厚い王都の正門がガタガタと揺れている。


 何事かと詰所から飛び出して来た衛兵の目には、巨大で白く輝く魔鳥が浮かんで見えた。

 その鳥はゆっくりと羽ばたきながら


「クウァァァ」


 と、鳴き声をあげた。

 この鳴き声を聞いただけで、屈強な衛士の殆どが直感的に死を覚悟した。

 あまりに強大な力を目の当たりにすると、戦わなくてはいけない事を忘れてしまうらしい。


「ガルーダだ」


「アルビノ種だぞ。何故こんな所にいるんだ」


 衛兵達は半ば諦めた様に力無く言葉を発している。


 しかし、その中でもしっかりと対応出来る者もいる。


「おい、誰か城に応援を要請しろ。我々だけでどうにか出来る相手では無いぞ」


 ここの衛兵達のリーダーらしき男が指示を飛ばしている。


「早くしろ!王都が壊滅するぞ!」


「は、はい!」


 命令を受けた1人の衛兵が城に向かって走って行く。


 その様子を観察したヒマルは考える。


(ふむ、少しはマシな者もいるようじゃな。じゃがこれでどうじゃ)


 ヒマルは、大きな翼を横に広げて駒のように一回転した。

 その翼によってもたらされた風は、彼女の魔力と相俟って暴風となり、正門を中心に吹き荒れる。

 暴風に蹂躙された半径200メートル程の地面は全ての建物が破壊され、僅かに建物の土台がポツポツと残るのみの更地になってしまった。

 街を囲っている頑丈な石壁も半分以上が崩れ去った。

 台風の目の中心にあった王都の正門だけが残っている。


 当然、そこにいた者は吹き飛ばされて誰も残っていない。


(これで、鳥目の妾にも見通しが良くなったわ)


 無駄に敵を殺すな、と言われているヒマルは、一応その命令を守っている。

 彼女がその気になれば、トルキンザの王都と言えども破壊し尽くす事も出来る。

 しかし、今回の彼女の役目は、なるべく多くの王都の戦力を自分に引き付ける事である。


 王都の上を、それもなるべく建物ギリギリの低空を飛び回るヒマル。

 あまり被害を出さない様に気を付けながら、派手に自分の存在をアピールしている。


 そしてまた、正門の所へ戻って来た。


(まだ、兵が集まっておらんのう。強者らしき気配も全く感じられんわ。もう一押しかのう)


 そう考えると、口元に魔力をあつめる。

 そして


「キュァァァァ」


 と、鳴き声を上げる。

 風魔法による超音波である。

 魔力により指向性を持ち、集束されたヒマルの超音波は、王都の正門から真っ直ぐに王城に伸びている王都のメインストリートを粉々に破壊しながら、王城の正面にある大きな門にぶち当たった。


 500メートル以上は離れていて、ヒマルの超音波も大分威力が削がれていたが、王城の正門を粉々に吹き飛ばすには十分な威力があった。


「恐れるな!進め!」


 その無くなってしまった正門の中から、馬に乗った騎士達が現れた。

 白を基調とした煌びやかな甲冑に身を包み、装飾が施された長い槍を持っている一団と、その前には大きな盾を構えた歩兵が、騎士達の盾になる様に位置どりをしている。


「アルビノと言えども、たった1匹の魔物である。あれを討ち取った者には褒賞は思いのままぞ。王都を守れるのは我々騎士団だけである。進め!進めぃ」


 盾を持つ歩兵の後ろで、一際派手な甲冑を身に付けている騎士が叫んでいる。

 必死に味方を鼓舞しているが、兵士達の足取りが重そうなのは仕方ないだろう。


 王城の兵士、騎士達の間では、このところ武力の弱体化が進んでいるのが悩みの種であった。

 イベ宰相による人族純血主義によって、戦闘力の高かった騎士や兵士が次々と排斥されてしまったからである。

 身体能力が高く、武に優れた者の多くは、少なからず獣人の血が入っている者が多かったからである。


 長年王国に尽くして来たにも関わらず、冷遇され、騎士としての立場も奪われた者などは王城を去っていた。

 兵士として数多くの敵を屠って来た歴戦の勇士も、獣人の血が僅かばかり混ざっていると言う理由で雑用係に格下げされ、冒険者として外国で生きていく事を決めた。


 勿論、王城を去らずに、冷遇されたまま耐えている者もいる。

 そういう者の多くは、グルトのクーデターの協力者となっているのだ。

 この者達は、この夜の戦いには姿を見せない。

 グルト達との同士討ちを避けるためである。


 この、ヒマルに対して味方をけしかけている隊長らしき騎士は、元々騎士団の中では中の下くらいの実力しか無かった。

 しかし、上位の騎士達が皆、排斥されたおかげでこの隊の隊長を任命されたのである。

 当然、この騎士団の隊員はそれよりも実力が下な訳で、とてもでは無いがヒマルに向かって行ける気概のある者がいる訳は無いのだ。


 それでも隊長は隊長である。

 騎士団の中では上位の者の命令は絶対である。


「行けぇ、突っ込めぇ」


 隊長の掛け声と共に、騎士と兵士達はヒマルに向かって突っ込んで行く。


(妾に向かって来る者は殺しても良かった筈じゃな。蛮勇とはいえ、その心意気に免じて苦しまずに逝かせてやろうかの)


 ヒマルは顔を少しだけ上に向けてから、その顔をスッと下に向けた。

 その瞬間、空中から数十メートルに及ぶ巨大で透明な風の刃がズドンと振り下ろされた。

 その刃は等間隔で数十本が並んでおり、隊列を組んで進んで来る騎士団の頭上に正確に落とされた。


 騎士団の側からすれば、刃の付いた天井が落ちて来たのと同じである。

 その騎士団は、断末魔の悲鳴すらあげる事が出来ずに全滅した。


 象が鼠を踏み潰した様なものである。


 この風の刃の攻撃に名など無い。

 ヒマルにとっては、単なる魔力による風の操作に過ぎない。

 ウインドカッターとかエアーブレイドとか、技の名前があった方が、まだ戦闘が行われた雰囲気になるのかも知れない。


 しかし、ヒマルにとっては、この程度の事は技でもなんでも無い。

 ただゴツンと殴っただけの行為に、技の名前を付ける者がいるだろうか?

 肩に付いたゴミを払う行為に、技の名前がいるだろうか?

 ヒマルにとってはそういう事なのである。


 これが、災厄級と言われる魔物の実力であった。




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