第70話 国境越え

ラットの町を出発して数日が経過した。

ワタル達は順調に旅路を進んでいた。

途中でモンスターの襲撃があったり、小さなトラブルはあったものの、特に大きな問題もなくトルキンザ王国との国境が近づいて来ている。


いよいよ国境越えである。

ルレインがいる以上、特に問題は無いと思っていても、キャベチ領を出る時にとんでもない事件を巻き起こした経験がある。

ワタルが心配になるのも仕方が無いと言えるだろう。


トルキンザ王国とノク領の間には、大きな河が流れている。

ザルザス河である。

この河は、ノク領が属するドスタリア共和国とトルキンザ王国の間を流れている。

両国の国境となる大きな河で、河幅は5、60メートルはあるだろう。

ノク領の北端で、ワタル達が渡ろうとしている場所は、それでもまだ上流なので、下流の方へ下って行けば河幅は100メートルを優に超える。

前人未踏の北の山脈から流れ出た水が、深淵の森の中を流れ続け、ノク領とトルキンザ王国の境となる大河になっている。


ザルザス河は、水深が深く流れも速い。

そして、深淵の森に棲む水生の魔物や動物が沢山棲息している。

獰猛で大型の魔物も多く、普通の小舟で渡り切ることは先ず不可能である。

ワニの獣人などの半水生の亜人でさえも、単独で河に入るのは危険とされている。


従って、河を渡る為には空を飛ぶか、橋を渡るしか無い。

空を飛ぶ手段があるものはごく僅かなので、殆どの者は橋を利用する。


国境の警備としては主に橋を守れば良い訳で、このことはお互いの国にとって有益であった。

貴重な国力を国境警備に割く割合が少なくて済む訳である。


常に戦争の噂が絶えない両国が、実際に戦争にならずに済んでいるのも、このザルザス河の存在が大きいだろう。

お互いに橋を使わなければ、歩兵が相手国に移動出来ないのである。

攻め込む側が圧倒的に不利になるのが分かっているので、簡単に戦争の口火が切れないのだ。


そんな国同士の事情もあり、国境の橋は常にピリピリとした緊張状態にあるとも言えるのだが、商人や旅人にとってはあまり関係の無い話で、国境を行き交う者はかなり多いのだ。


今回、ワタル達もこうした国境越えの旅人の1人となる予定だ。



「さあ、行きましょう」


ルレインを先頭に、チームハナビは国境の詰め所に向かう。

ザルザス河に架かる大きな橋のノク領側に、その橋を塞ぐように建物が建っている。

建物は、簡素な普通の建物の様だが、石作りの頑丈な壁で出来ているのが特徴だ。

簡単に抜けられない様に、国境を守っている雰囲気が伝わってくる。


建物の入り口には、10人位の人が並んでいる。

ワタル達もその列の一番後ろに並ぶ。


ワタル達の前にいるのは、商人のキャラバンの様だ。

慣れた様子で、特に緊張している様子は無い。

馬車の荷台に、沢山の荷物を載せている。

ノク領の商品をトルキンザ王国で売り捌くのだろう。

こういう商人の活動が、国の貿易に重要な利益をもたらしているのだ。


少しづつ列は進み、前に並んでいた商人の番になっている。


「この素材は持ち出しが認められない。分かっているだろう」


国境警備兵が商人に告げている。

しかし、商人も負けていない。


「いや、しかし、もう向こうで買い手が決まっているんですよ。これを持って行かなければ信用に関わります」


「そんなことを言っても駄目だ。このモンスターの特殊素材は、持ち出しが禁止されている」


「でも、このモンスターの素材はセーフじゃないですか。特殊個体と通常の個体がほとんど変わらないモンスターですよ」


「それでも、特殊個体の素材である以上無理だな」


「いや、そこを何とか……通常個体に準ずる扱いにするとか……」


かなり揉めている様子である。


「きっと駄目だわね。役人は頭が硬いのよ」


ラナリアがワタルに耳打ちする。

案の定、ラナリアの言う通り、持ち出し禁止の素材は警備隊に没収されていた。

やはり規則には厳しい様である。


ワタル達の番になった。

ルレインが警備隊の男と話をしているが、特に問題無さそうである。


やはりルレインは有名になっているらしい。


「貴重な戦力が流出するのは問題ですが……」


などと言われているだけである。

見聞を広める為の旅で、基本的に自由な冒険者を止める理由は無い。


「こちらの出国手続きとしては問題無いですが、トルキンザの入国には人数が多いと思いますよ。最近では、ランクA相当の冒険者に対してお仲間は3人までになっていると思います。まあ、交渉次第かもしれませんがね……」


と、国境警備の係員が情報をくれた。

尋ねてもいないのに役人が情報をくれるのは珍しい。


尋ねれば教えてくれるが、尋ねなければ何も教えてくれない、という役人の体質は日本も異世界も同じらしい。

気を利かせる、という概念が全く抜け落ちている、としか思えない態度が当たり前なのである。


やはり、ルレインが時の人だからだろうか。

役人の対応も少し違って来ているようだ。

まあ、これもトルキンザ王国に渡れば関係無くなるだろう。


さて、ノク領の関所を超えたワタル達は、ザルザス河に架かる大きな橋の上をトルキンザの方へ向かって歩いている。

トルキンザ王国側の国境の建物は、小さな砦の様に見える。

戦時には、実際に砦として機能するのだろう。

弓を射る為の穴の様なものも開いている。


トルキンザに入国する為に、橋の上にはやはり列が出来ていた。


目の前に並んでいる商人が話しかけて来た。


「もしかして、奇跡の戦姫様のパーティーですかな。トルキンザには魔物の討伐ですか?」


ルレインが答える。


「いや、ちょっとした人探しが目的なんです。マシュウという奴隷商人を探しています」


チルシュのバギー商店で紹介された、奴隷商人の名をあげてみるルレイン。


「奴隷商人ですか……私は付き合いが無いので分かりかねますなぁ。でも、トルキンザには奴隷商人の協会が有りますから、そこで尋ねれば分かるかも知れませんよ」


「ありがとうございます。その協会に行ってみることにします」


「ところで、ルレインさん。お仲間の方が4人いらっしゃる様ですが、トルキンザにはお一人入れなくなりますよ。最近、急にうるさくなったんですよ。大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫ですよ。奥の手が有りますから」


ルレインのこの答えに商人は、ほう、と感心した声を出す。


「ところで商人さん。先ほどは素材を没収されて残念でしたね」


と、ルレインが言うと


「大丈夫ですよ。あの素材はちゃんと積んであります」


えっ、と驚くルレインに商人は


「奥の手が有りますから」


と、答えた。

地獄の沙汰も金次第、というが、警備隊の係員に幾らか賄賂を渡して見逃して貰ったらしい。

厳しそうに見えた役人も、自分がちゃんと仕事をしているという形さえ整えば、実際の所はかなりいい加減らしい。

商人は、そこの所を心得ているようだ。


「ハハハハ」


笑い合うルレインと商人。

見た目には悪の笑顔である。

しかし、この程度は当たり前である。

つまらない規則は上手く抜け道を探すくらいの逞しさが無ければ、この世界ではやって行けないのだ。


とは言うものの、ルレイン達は係官に賄賂を渡すつもりは無い。

ワタルがステルスで突破すれば良いだけなのだ。

だから、全く心配していないのだった。



さて、ワタル達の番になった。

ワタルは予定通りステルスを発動。

難なくトルキンザ入国に成功する。


ルレイン達も、特に問題無く全員入国出来た。

奇跡の戦姫の噂は、こちらの国までは伝わっていないようだったが、Aランク冒険者のギルドカードが威力を発揮したのだった。


特にトラブルも無く、トルキンザ王国に入国した一行。

大丈夫だと思っていても、やはり皆ホッとしたのだろう、何となく笑顔が溢れている。



チームハナビのメンバーにとってここは外国なのだが、パッと見た感じの風景は今までと変わらない。

国境の橋から伸びる街道が、荒野の中に伸びている。

少し強い風が、変わらぬ春の香りを運んで来る。

大きな雲が風に流れ、青空とのコントラストが美しい。


東の方向を向くと、左側には深淵の森がまだ続いている。

右側は地平線まで荒野となった平地が続いていている。


先ずはこの街道を進み、人里で情報収集しなくてはならない。


「じゃあ、行きましょうか」


ルレインの声で、ワタル達は元気に馬を進め始めた。



半日ほど進み、左側の深淵の森が街道から離れて行き始め、陽が傾いて来た頃、チームハナビは街に到着した。

ゴウライの街である。


ワタルが驚いたのは、この街が全て城壁に囲まれている事である。

この街がある事は、かなり遠くにいる時から確認出来ていた。

平地が続いていたので見通しが良く、遠くから城壁が見えていたのである。


事前の情報で、トルキンザ王国の町は壁に囲まれているという事は知っていたのだが、実際に目の当たりにすると、その迫力に圧倒されてしまうのであった。


「すごいな……」


ワタルが思わず呟く。


「ホントね。知ってはいたけど、迫力あるわね」


ラナリアが同意する。


「この城壁は、魔物が街中に入らない様にする目的と、戦時に敵の侵攻を防ぐ目的があると言われているわ。ドスタリアの方が戦争を視野に入れているのね」


シルコが知識を披露する。


「私はこの国にいた事があるのね、きっと。その時は、何処にいるのかも分からなかったんだけどね」


シルコの言葉にしんみりとなる一同。

そこでエスエスが


「シルコ、絶対奴隷紋を外しましょうね。前を向いて、一緒に頑張りましょう」


と、元気付けた。

普段はボーっとしていて、こういう事を言わないエスエスの言葉にシルコは感激する。


「エスエスぅぅ」


シルコに抱きつかれてエスエスは苦しそうだ。


シルコの思いは別にしても、今は機能していないシルコの奴隷紋が活動を始める可能性がある。

今まで別の国にいたから、奴隷紋が機能停止していたのかも知れないからだ。

これから、シルコの奴隷紋を完全に外すまでは、気の抜けない旅になるのである。


ただ、今、それを恐れていても仕方ない。

いつも通り出たとこ勝負で何とかなるだろう、とも思っている。


とにかく、情報を集めないとどうにもならない。

一同は、ゴウライの街に入るべく、街の入り口に向かって行った。


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