第71話 獣人差別の街
ゴウライの街の出入口となっている門に近づいて行くワタル達。
街を取り囲んでいる壁は、土魔法で作った物なのだろうか、コンクリートの様な質感で、圧倒的な重量感のある大きな壁である。
高さは10メートル近くあり、表面は真っ平らで掴まって登る事も出来なそうである。
これならば、それなりに強い魔物でも侵入は不可能であろう。
そして、戦争などでこの街に敵が攻めてきても、十分に要塞としての機能を果たしそうである。
門は、今は開けられているが、かなり重厚な造りの門で、簡単には破られそうに無い。
ワタル達はまだ知らないのだが、このゴウライの街は、鉄壁の防御を誇る街なのである。
トルキンザ王国の首都である王都サモンナイトに次ぐ防御力を誇っている。
それは、この街が辺境にあるからである。
深淵の森に近い場所に位置するゴウライの街の周辺は、魔物の生息数が極端に多い。
常に街は魔物の脅威に晒されているのだ。
さらに、隣国であるドスタリア共和国ともほど近く、戦時の意識の強いトルキンザ王国としては、どうしても防御力を上げなければならなかったのだ。
ゴウライの街の入り口は、街に入る人が列を作っていた。
ワタル達も列に並ぶ。
トルキンザでは、街ごとに手続きが必要なシステムになっているのだ。
身元の怪しい者は街に入れない。
街の治安維持には有効な手段なのだろうが、ドスタリアでは街の出入りは自由だったので、酷く面倒な手続きに感じてしまうワタル達。
それでも、物珍しい雰囲気にキョロキョロしたり、壁の硬さを確かめに行ったりと退屈はしていない。
完全に他所者なのが丸出しなのだが、この街ではそれも珍しく無いらしく、誰もワタル達に興味を示してはいない。
ノク領にいると、奇跡の戦姫となったルレインに注目が集まってしまい、話しかけてくる者も多く煩わしい思いをして来たのだが、ここではそんな事も無い。
その為、ルレインは幾分リラックスしている様に見える。
(まるで日本の芸能人だな)
ワタルは、休みになるとすぐハワイに行く日本の芸能人の事を思い出していたが、口には出さない。
さて、列が進みワタル達の番になった。
身分証明として冒険者ギルドのギルドカードを係の者に見せる。
冒険者ギルドは国を超えた組織なので、ランドのどこの国でも身分証明書として通用するのだ。
「ちょっとお待ち下さい」
係官はカードを、読み取りの装置のようなものにかざして確認している。
「はい、結構です。お通り下さい」
係官は順番に全員のカードを確認して、街に入る許可を出した。
国境の関所と変わらない厳しさである。
この国が街単位の防衛を重要視している証拠であろう。
街の中に入ってしまえば、チルシュやロザリィの街とそれ程違いは無い。
活気のある大きな街である。
しかし、行き交う者達を見ると、圧倒的に人族が多いのが分かる。
獣人や半獣人も居ることは居るが、数が少なく、人族の後ろを俯いて歩いている姿も見かける。
ここ、トルキンザ王国は亜人に対する差別主義者の多い国なのだ。
ドスタリア共和国にもその傾向はあったのだが、深淵の森に近いチルシュやロザリィでは獣人の数も多く、明らさまな差別が横行することは少なかった。
ここゴウライのが街は、同様に深淵の森が近く、この国では辺境と呼ばれている地域にも関わらず、亜人差別の傾向が強い。
しかし、ゴウライの街はこれでもまだマシなのである。
王都サモンナイトでは、奴隷以外の獣人を街中で見かけることはまず無いのだ。
獣人は、周りの小さな村に住み、貧しい暮らしを強いられているのだ。
そして、トルキンザ王国の差別主義は人族絶対主義を生み出し、人族のみが地上の覇者であるべき、と考える勢力が国内で一定の政治力を保っている。
現在では、獣人だけでなく、小人族やエルフ、ドワーフといった種族にまで差別が及んでいる。
近年、差別主義の一派が反差別主義の勢力を強引に抑え込み、差別主義が拡大する傾向にある。
これは、トルキンザの王族、貴族における政治的な勢力争い、足の引っ張り合いの副産物としての結果に過ぎないのだが、差別を受ける亜人達にとってはたまったものではないのだ。
全く理不尽な身分社会である。
シルコとエスエスをメンバーとするチームハナビにとって、この国での行動はやりにくい面があるのは否めない。
しかし、こんな国だからこそ、奴隷制度が発達していて奴隷商人の数も多い。
シルコの奴隷紋を操作出来る者も見つけやすいと言える。
成り行き任せの行動が多いパーティーではあるが、シルコの奴隷紋を外すことに関しての決意は固い。
強引にでもやり遂げる覚悟である。
何やら波乱の予感がする……ワタル達は無事にこの国で過ごす事が出来るのであろうか。
トラブルは早速やって来た。
今晩の宿屋が見つからないのである。
正確には、シルコが泊まれる部屋が無いのだ。
「うちは獣人はお断りだよ。シーツに毛が付くじゃないか。どうしても泊まるのなら、馬と一緒に厩舎に泊まりな!」
「半獣人は泊めてますけどね、さすがに獣人は無理ですわ。他のお客さんが帰ってしまいますわ」
などなど。
行く先々で断られてしまうのだ。
さすがにシルコが落ち込んでいる。
ワタルはシルコが可哀相で腹が立って来ている。
3軒目辺りからは、あまり態度の悪い宿屋には、ステルスで忍び込んで売上金をゴッソリ持って来てしまったりしていた。
真面目なルレインがそれを止めないのだから、彼女も相当に怒っているのだろう。
「もういいよ、みんな。私が馬屋で寝ればいいんだから。野宿だと思えば、何てこと無いよ」
と、シルコがとうとう根をあげた。
「バカなこと言ってんじゃないわよ。悪いのはこの国でシルコじゃないわよ」
と、怒るラナリア。
「そうよ。これはプライドの問題よ。譲れない事もあるわ」
ルレインも怒っている。
何も悪事を働いていないシルコが、肩身の狭い思いをする事は無いのだ。
「ありがとう、みんな……」
シルコは消え入りそうである。
「冒険者ギルドに行ってみましょうよ。ギルドで宿を紹介して貰いましょう」
と、エスエスが提案する。
「そうね。冒険者ギルドなら差別意識は低いかも知れないわね。亜人の冒険者も沢山いる訳だし」
と、ルレインが賛成する。
最初からそうすれば良かった、などと言いながらゴウライの街の冒険者ギルドに向かう事にする。
ゴウライの街の冒険者ギルドは、ロザリィの冒険者ギルドと同等か、それ以上の規模のギルドだった。
広いロビーに沢山の受付が並んでいる。
ギルドに入るや否やルレインの雰囲気が厳しいものになる。
元ギルド幹部職員の血が騒ぐのか、鋭い目付きであちこちをチェックしているようだ。
夕方になり、ギルドの中はかなり混んでいる。
クエストを終えて、手続きに来る冒険者が多い時間帯だからだ。
冒険者達の多いギルドのロビーでは、獣人や半獣人の姿が多く見られる。
一見、ロザリィと変わらない様に思えるのだが、実は違う。
獣人の殆どが奴隷なのだ。
獣人は、人族の冒険者の後ろに控えている。
獣人をリーダーとしたパーティーは存在していない様に見える。
考えてみれば、獣人の冒険者がわざわざこの国に住む理由が無い。
国家間の移動も自由な冒険者ならば、他の国に住めばいいのだ。
この国にいる獣人は、奴隷か、何かここを離れられない事情のある者なのだろう。
ワタルは何かやるせない気持ちになっていた。
国によって色々な方針があるのは仕方ないのだろう。
地球でだって、宗教や民族、思想の違いで戦争が起こったりしているのだ。
地球で一番国力のある自由の国でさえ、白人至上主義を掲げる組織が堂々と存在しているのが現実である。
それでも、日本でいわれの無いイジメを受け続けてきた経験のあるワタルには、いわれの無い差別を受けている獣人達の境遇が、他人事と割り切れないでいるのだ。
平静を装ってはいるものの、どうしても心にさざ波が立っているのを自覚しているワタルであった。
「ちょっと何か飲みながら待っててよ」
ルレインとラナリアが列に並ぶ。
残されたワタル達3人は、ロビーの脇のイートインスペースで待つ事にした。
ロザリィの冒険者ギルドと比べてもかなり広い。
食堂や酒場を兼ねている様だ。
ウェイトレスやウエイターが忙しそうにテーブルの間を動き回っている。
ワタルはジュースを3つと、木の実の盛り合わせを、近くを通ったウエイターに頼んだ。
「3つでよろしいのですか?」
僅かに怪訝な顔で聞き返すウエイターの様子が少し気になったが、それをスルーしたワタル。
先ほど、態度の悪い宿屋のカウンターからくすねて来たお金がいっぱいある。
ジュースくらい飲んでも、全く問題無いのだ。
すぐにジュースが運ばれて来た。
ワタルの前にジュースを3つ置いて、シルコとエスエスにチラッと視線を飛ばして立ち去るウエイター。
ワタルは、シルコとエスエスにジュースを配って飲み始める。
ルレイン達が戻るのを待ちながら、ちょっとゆっくりするつもりだ。
と、その時……
ガタッ
シルコの椅子に衝撃が与えられ、シルコのジュースが派手に飛び散った。
通りがかりの男がシルコの椅子につまずいたのかと思ったが、わざと蹴っ飛ばした様だ。
「おい、獣人奴隷を椅子に座らせるってのは、どういうつもりだ」
シルコの椅子を蹴飛ばした男がワタルに言い放つ。
浅黒い身体に、ゴツゴツした筋肉が目立つ人族の大男だ。
「何を言ってるんだ、お前」
ワタルは平然と言い返す。
ここの所ルレインと行動を共にしているので、チンピラ冒険者に絡まれる事が無かったが、彼女がいなければ、やはりワタル達は弱く見えるのだ。
(またか……)
と、ワタルは内心で溜息を吐くが、この冒険者は唯のチンピラでは無いようだ。
感じられる気配が大きいのだ。
ランクBか、それ以上の気配が感じられる。
ルレインには及ばないものの、近いものがある。
油断して良い相手では無さそうだ。
冒険者の男は続ける。
「獣人奴隷は、主人の後ろに立っているのが常識なんだよ。お前ら他所者だろう。この国にいる間は、ここの流儀に従って貰う」
「あ?別に従う気はないね。それに、こいつは奴隷じゃない。俺の大事な仲間だ」
ワタルは、珍しくイライラしていた。
先程のウエイターの視線の意味も理解した。
大事な仲間のシルコを軽蔑の視線で見ている、ここにいるすべての者に腹が立っていたのだ。
「それに、お前だってそんなにゴツゴツと筋肉付けちゃって、先祖は熊がなにかじゃないのか?」
挑発的なセリフである。
ワタルにしては本当に珍しい行動である。
「貴様、言われのない暴言は許さんぞ」
冒険者の大男は、顔を真っ赤にして怒っている。
案外図星だったのかも知れない。
「何を怒ってるんだ?別に熊でも犬でも構わないだろう?言われのない差別をしている、この国の人間が悪いんじゃないのか」
ワタルの発言に、周りの者達が騒めき出す。
誰も横槍を入れて来ないのは、目の前の大男がこのギルドで一目置かれている実力者だからなのだろう。
「やっちまえよ、そんな奴」
「アレクさんは優し過ぎるんだよ」
周りの人間から野次が飛ぶ。
この熊男はアレクと言うらしい。
周りの者から見れば、弱そうなワタルにアレクが手を出さないのは不思議に見えるのかも知れない。
しかし、ある程度以上の実力者の中には、気配の大きさだけでは計れない実力を見抜く者もいるのだ。
「分かったわ。私が立てばいいんでしょ」
シルコが椅子から立ち上がる。
「いいから座ってろ」
ワタルがシルコに言う。
「何だ、あの獣人の態度は」
「獣人の教育がなってないぞ」
周りから野次が飛ぶ。
「教育が必要なのは、お前らの方だろう」
ワタルが野次馬に言い放つ。
ワタルの言葉にギルドの食堂は騒然となった。
一触即発の雰囲気である。
アレクは、仕方ないといった雰囲気で、自分の腰の剣の柄に手を触れた……その時
「そこまでだ」
ワタルとアレクの間にルレインが割って入った。
片手の剣はアレクの手元に、反対の手の剣はワタルの方を向いている。
「この場は私が預かる」
ルレインは、そう言い放ったのだった。
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