第69話 魔物の女王

 倒しても倒しても、巨大ジャイアントピードは次々と地中から現れる。

 油断しない限りやられる事は無いだろうが、疲れてくると思わぬ失敗をする可能性が高くなる。


 取り返せる失敗なら良いが、こと戦闘に於いては、小さな失敗が死を招くこともある。

 特に、ゴールの見えない消耗戦は、必要以上に戦う者を疲れさせるので危ないのだ。


 ワタルは、電撃風を操りながらエスエスに話しかける。


「なあ、気付いてるか?えらく大きな気配があるよな」


「はい、分かってますよ。敵のボスじゃないですかね。でも、地中のかなり深い所ですよ」


 エスエスも器用に矢を放ちながらワタルに応える。


 この先、50メートル位の所で、更に地中50メートル位の深さの所に大きな気配があるのだ。

 まるで関係無い魔物がいるだけの可能性もあるが、ワタルの探知では、今、戦っている巨大ジャイアントピードと似た感じの気配なので、ボスじゃないかと思っていたのだ。


 そしてワタルは、この分裂してそれぞれが行動する生態から考えると、今、戦っている巨大ジャイアントピードもボスから分裂している可能性が高いと考えた。

 ここで消耗戦を続けるよりも、ボスを一気に叩いた方が効率が良いと。


「どっかに出入り口は無いのかな」


 と、ワタルが言うが


「地中を自由に動く魔物ですからね。出入り口はいらないんじゃないですか?それに、仮に入れたとしても、誰が行くんですか?ボクは嫌ですよ」


 と、エスエスに否定される。

 ワタルは、虫だらけの狭い穴の中に入っていく自分を想像して身震いする。


「あぁぁ、無理無理無理」


「ですよねぇ」


 ガックリと肩を落とす2人。


「なあ、ラナリア。聞こえてただろう?何とかなるか?」


 ワタルが今度はラナリアに振る。

 ラナリアは


「出来るに決まってるでしょ。アタシを誰だと思ってるのよ」


「え、そうなの?じゃあ、やろうよ。ボスがいるのは、あそこの二股の木のある所の地下深くだよ」


 ワタルはポイントを指示する。


「分かったわ」


 ラナリアは杖を取り出し、頭上に大きな火の玉を作り出した。

 彼女が杖を動かすと、スーッと火の玉が二股の木の方へ移動して、そのまま下降して地面に吸い込まれて行く。


 ボォォッ


 火の玉が吸い込まれた地面が赤味を帯びてきて、直径3メートルほどの赤いサークルが出来ている。


 ボコッ


 赤いサークル内に泡が発生している。

 ラナリアは、地面を溶岩に変化させたのだ。

 そして、溶岩はドンドン深くに広がっていく。

 火魔法と土魔法を同時に扱いながら、土を溶岩に変えていく高等技術である。


 ラナリアの作り出した溶岩が、地中の大きな気配に近付くと、その気配は溶岩を避けるように移動し始めた。


「お、逃げてるぞ」


 ワタルがラナリアに注意する。


「大丈夫よ。アタシも気配を捉えたわ」


 ラナリアの溶岩は、地中で魔物の気配を追っているようだ。

 そして、しばらく地中で追いかけっこをしていたが


「出て来るわよ」


 ラナリアがそう言うと同時に


 ズゴォォォ


 とうとうジャイアントピードのボスが地上に姿を現した。



【ジャイアントピードクイーン】


 ジャイアントピードの大ボスで、ランクBのレアモンスターである。


 ジャイアントピードの巣に必ずしもクイーンがいるとは限らない。

 クイーンは、次々とジャイアントピードを生み出す存在である。

 普通にジャイアントピードが繁殖するよりも遥かに早いスピードで、仲間を増やし続けるのだ。


 一般に言われているジャイアントピードの巣というのは、生み出されたジャイアントピードが、集合して巣を作っているものを指している。

 普通の巣でも繁殖はしているのだが、クイーンが存在する巣だと圧倒的な個体数になり、周りの生物の生態系を破壊し始める。

 先程戦っていたジャイアントピードの集合体とも言える巨大な個体が現れると、その戦闘力の高さから、かなり危険なコロニーを形成する。


 ジャイアントピードクイーン単体ではランクBのモンスターに過ぎないが、このコロニー全体としてはランクAオーバーの危険度とされている。

 これは、クイーンが地中深くに生息しており、地上に出ることがほとんど無い事から討伐が難しく、大量のジャイアントピードが限りなく発生するので非常に厄介なクエストになる事による。

 今回の大量発生は、クイーンの存在によるものだったようだ。


 と言った内容の事を、物知りシルコが戦いながら解説してくれた。


 そのジャイアントピードクイーンだが、ワタルのやる気を失わせるには十分な外見をしていた。

 体長は10メートルを楽に超えるだろう。

 体の後ろの部分はムカデそのものであるが、体を起こしている前の部分は大きく膨らんで、幅が2メートル以上あり、大きな触手のようなものが沢山生えている。

 特に頭の下の首に当たる部分からは、大きな脚と細い触手が生えており、無数の脚と触手が蠢く様子は、ワタルでなくても気持ち良くはないだろう。

 そして、ジャイアントピードの外殻は、茶色と黒色の間位の色で光沢があるのだが、クイーンの外殻は肌色なのだ。

 陽に当たらないからかも知れない。

 それが、余計に気持ち悪さを増長させている。


 ルレインも戦意喪失しそうである。


 キイィィィィ


 クイーンは高い声で鳴くと、その体の膨らんだ部分から、ボトボトと50センチ位の球体を落としている。

 その球はすぐに茶色に変化して、丸くなっていたものが解けるようにジャイアントピードのムカデの体に変化した。


 それと同時に、再び地中から巨大ジャイアントピードも十数体、姿を現した。

 そして、クイーンを守るように、ワタル達とクイーンの間に割って入ろうとする。


「クイーンを逃さないで!」


 ルレインが叫ぶ。


「了解」


 ワタルが電撃風をクイーンに放つ。

 巨大ジャイアントピードが身を挺してクイーンを庇おうとするが、風の動きをする電撃から庇える訳がない。


 巨大ジャイアントピードとクイーンの両方に電撃が浴びせられた。


 キイァァァ


 クイーンが高い声で鳴いている。

 死んではいない様だが、電流で痺れて動けないのだ。


 バシュッ


 クイーンの頭が刎ねられる。

 シルコの斬撃である。

 電流がクイーンに通った時には、既に動き始めていたのだろう。

 クイーンの正面を横切る様に跳んだシルコ。

 高くジャンプして、正確に首に当たる位置に水平に刃を入れている。

 クイーンの頭がボトッと地面に落ちる。


 しかし、ジャイアントピードは直ぐに再生してしまうだろう、と思われた瞬間


 ピィィィ


 クイーンの胴体に地面まで中央に赤い線が入った。

 ルレインの炎の魔剣の攻撃である。

 赤い線はクイーンの尾の方まで伸びていて、クイーンの体が左右に分かれて行く。

 そして、切り口が燃え始め、頭を切り離されたクイーンは、断末魔の叫び声さえ上げられずに姿を消すことになった。


 地面に落ちたクイーンの頭部は、まだ少し動いていたが、シルコが頭の中央に剣を突き刺すとそのまま動かなくなった。


 ジャイアントピードクイーンの討伐完了である。


 実は、クイーンの討伐の証明となるのは、クイーンの頭である。

 それを知っているシルコとルレインの連系攻撃であった。

 ルレインの熱線で首を刎ねてしまうと、証明部位となる頭が燃えてしまうので、シルコがいち早く動いたのである。


 その間、他のメンバーは新たに現れた巨大ジャイアントピードを殲滅していた。

 粗方は討伐したが、多少は分裂して逃げたようであった。


 でも、多少の討ち漏らしは構わないだろう。

 クイーンがいなくなった以上、程なく通常のジャイアントピードの個体数に戻ると思われる。


 クエスト終了である。


「じゃあ、帰るわよ」


 ルレインは、早くこの虫の多い地帯から立ち去りたいのだろう。

 ひと息入れる暇もなく帰ろうとしている。

 ワタルも同意見だし、他のメンバーも怪我人がいる訳でもないので異論は無い。

 さっさと帰る事にする。


 森の入り口で戦っていた新人冒険者の安否も気になるのだ。


 その新人冒険者達は、ワタル達が戻って来ても、まだ戦っていた。

 2人ほど戦闘不能になっていたが、ジャイアントピードの数が少なくなって来ているので、何とか戦線を維持できたようだ。


 恐らく、森の奥の巣の付近で戦闘が始まった時点で、こちらの方に向かう個体はほとんどいなくなっていたと思われる。

 この後、大量に湧くことも無いだろう。

 大丈夫そうである。


「おら、あと少しだ。俺達の勝利だぞ!」


 ルレインの申し出を断った男が、まだ声を張り上げている。

 通りかかったルレイン達を見て、少しドヤ顔をしているのが滑稽である。


 ワタルが棒に刺して担いでいる、クイーンの頭を見て驚いた顔をしていたが、何のモンスターだか分からないだろう。

 ワタル達がクイーンを狩らなければ、この者達はジャイアントピードの群れに呑み込まれていた可能性が高い。


 この者達がその事を知って、ドヤ顔をした男が恥ずかしい思いをするのは、もう少し後のことになる。


 ワタル達はさっさと町に帰り、冒険者ギルドに顔を出した。

 ギルドから直接の依頼だったので、直ぐにギルド長のサムソンが出て来た。


「クイーンがいたのか……それじゃあ、ジャイアントピードが異常発生したのも頷けるな」


 と、サムソンが言う。


「あなた、知ってたんじゃないの?だから私達に依頼したんでしょう?」


 と、ルレイン。


「ん、何の事だ?まあ、無事に討伐出来て良かったよ。それにしても、よく地中のクイーンを仕留められたな」


「うちのパーティーには、優秀な魔法使いが揃っているからね。それにしても、Aランクのクエストを普通に依頼しちゃって、まあ相変わらずね、サムソン」


「ん、だからそんなつもりは無いって……でも、まあ、クイーンがいたのは事実だしな。報酬には色を付けるから、勘弁してくれよ」


「当然ね。クイーンの頭だって、薬関係の業者に高く売れるんでしょう?期待してるわよ」


 狸と狐の化かし合いである。


 結局、今回の報酬は金貨20枚、日本円で200万円で落ち着いた。

 これでも、Aランクのクエストとしては破格の安さなんだそうである。

 通常はこの倍の報酬でも良いくらいなのである。


 しかし、今回は町の近くで、日帰りで済んでしまったクエストなので、ルレインも譲ったようだ。

 それに、ギルドにお金が無いらしいのだ。

 それ程大きくない町の冒険者ギルドでは、動かせるお金は限られている。

 とても正式にAランク冒険者を雇う事は出来ない、という金銭的な事情で、ギルド長が元々知り合いのルレインに目を付けた、という事らしい。


 地方の冒険者ギルドのやり繰りの大変さは、ロザリィの冒険者ギルドの職員をやっていたルレインも一応理解している。

 それで、この条件で手を打ったという訳である。



 さて、無事に依頼されたクエストを達成することが出来た一行は、宿屋で祝杯を上げて、早めに休む事になった。

 明日からはまた、トルキンザ王国に向けて馬を進める予定である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る