第68話 ルレインと炎の魔剣

 ジャイアントピードという、大型のムカデの討伐依頼を受けたワタル達。

 早速、次の日の朝、問題の現地に向かってみた。


 ラットの町から、少し東に歩いた所の深淵の森の中らしい。

 街道を歩いて現地に近づくと、すぐにエスエスが反応を検知した。


「ああ、これは酷いですね。ちょっと数え切れないほどの反応があります。それに先客もいるようですね」


 エスエスの指示に従って森の中に少し入ると、大騒ぎでジャイアントピードと戦っている集団を見つけた。


「うおりゃぁぁっ」


「おいっ、援護を頼む」


「気を付けろ。噛まれるなよ」


 10人ほどの男女がジャイアントピードの群れと戦っている。

 FランクかEランク位の気配の者達である。

 新人冒険者のパーティーが2組か3組なのだろう。


 一進一退の攻防を繰り広げているが、ジャイアントピードの数が多いので、誰かがやられると戦線が崩れそうである。

 一応、次々と魔物を倒しているので勢いづいているが、ルレインから見ると非常に危なっかしく思えた。


「手伝った方が良いかしら」


 ルレインは、その冒険者集団の1人に声をかけた。

 最後尾で弓を放ちながら、皆に指示を出している男である。


 その男はルレインの方をチラッと見ると


「これは、俺たちの獲物だ。手ぇ出すんじゃねぇぞ」


 と、言い放った。

 ルレインにこんな口のきき方をするところを見ると、相手の気配も探れないレベルの者だと分かる。

 見ると、この男の放った矢は、ことごとくジャイアントピードの硬い皮に弾かれて刺さっていない。


 このレベルの者達が、どうやって冒険者試験に合格したのか疑問に思うルレインだったが、地方の小さな町のギルドでは、冒険者試験がかなり甘くなっている、という噂もある。

 そういう町の出身者なのかも知れない。


 それでも、前で剣を振っている数人は、それなりの戦闘力があるらしく、何とかジャイアントピードを仕留めていた。


「じゃあ、仕方ないわね。私達は巣を目指しましょう」


 ルレインは、巣を目指して先に進む事に決める。


 戦闘中に許可無く勝手に参戦して、その獲物を奪うことはご法度なのである。

 これはランクに関係無く、冒険者共通の認識である。

 後から魔物の素材の取り分で揉めないようにする為である。

 だから、ルレインは手を出さないことに決めたのだ。


「大丈夫かしら」


 シルコが心配そうに振り返るが、ルレインは


「自己責任で仕方ないわ。でも、まだしばらくは保ちそうだから、今のうちに巣を叩きましょう」


 と言って、歩みを進めている。

 シルコも後ろ髪を引かれる思いがしたが、ルレインの言っている事が正しいのだ。

 ジャイアントピードの巣に急ぐ事にする。


 エスエスの探知によると、魔物の気配が異様に集まっている場所があるという。

 おそらくそこがジャイアントピードの巣であろう。

 エスエスを先頭に、チームハナビは森の中をグングン進んで行く。


 道中、散発的にジャイアントピードが襲って来る。

 ワタルは


「うえぇ、気持ち悪……」


 などと言って積極的には手を出さない。

 本当にどうしょうもない奴である。

 たまに、風の刃を飛ばして、遠くにいるジャイアントピードを斬り飛ばしている。

 近くに来た奴を直接剣で斬るのは気持ち悪いらしい。


 従って、シルコやエスエス、ラナリアが主に攻撃を受け持っているのだ。

 まあ、相手が弱い魔物なので、それでもオーバーキル気味で問題無かった。


 そうした中、ワタルはルレインの様子がおかしい事に気が付いた。

 ルレインも全く攻撃に参加していないのだ。


 ルレインは純粋な剣士なので、攻撃する為には直接相手を自分の剣で斬るしかない。

 ワタルは気が付いてしまった。


「なあ、ルレイン。もしかして虫が苦手なのか?」


「えっ?」


 過剰に反応するルレイン。


「いや、そんな事無いわよ。何言ってんのよ」


 完全にルレインの目が泳いでいる。

 確定である。


「ルレインさあ、別に良いんだけど、俺がギルド長に怒られてるのに知らんぷりは無いんじゃないの?」


 ワタルは恨みがましくルレインに迫る。


「ごめんなさい……」


 素直に謝るルレイン。

 下を向いて、モジモジしている。

 こうして謝られてしまうと、可愛らしく思えてしまって、それ以上責める気にならなくなるワタル。

 普段は毅然としているルレインだけに、そのギャップが可愛らしさを増長させている。

 ギャップ萌えである。

 思わずルレインに抱きつきそうになるワタルだったが、斬り伏せられるのが怖いので思い止まった。

 虫は斬れなくても、ワタルを斬るのはためらわないだろう。


「なあ、ルレイン。これ使ってみろよ」


 ワタルがルレインに渡したのは、盗賊の頭領が使っていた【炎の魔剣】である。

 念のためにワタルが持って来ていたのだ。


「これなら、直接虫を斬らなくても炎を飛ばせるだろ」


「でも、私、魔剣は使ったことが無いから……」


「いいからやってみろよ。斬りたい対象を特定すれば、他には燃え移らないから、森の中でも使いやすいはずだよ」


 ワタルに言われて、ルレインはしぶしぶ剣を構える。

 そして、5メートルほど離れたジャイアントピードに向かって、横薙ぎに【炎の魔剣】を一閃した。


 ピイイィィィ


 すると、甲高い音を立てて赤い熱線がジャイアントピードに向かい


 スパッ、ボオオゥ


 真っ二つに斬られたジャイアントピードのそれぞれが一瞬で燃え上り、灰になって消えてしまった。

 まるでレーザー光線である。


「おおっ」


 思わず声が出るワタル。

 盗賊の頭領が使っていた時とは次元が違う威力である。


「この魔剣、凄いわね。あなた達、こんな敵と戦ってたのね。本当にあの時は寝てて悪かったわね」


 ルレインは勘違いをしている。


 あの時は、剣の軌道に少し遅れて炎が襲う感じで、シルコが普通に避けられるスピードだったはずである。

 こんな光線銃みたいな、物騒な物では無かったはずだ。


 ラナリアもシルコもエスエスも、思わず手を止めてルレインを見ている。


 ルレインは、周りのジャイアントピードに向かって、剣を一振り、二振り、と確かめるように斬撃を加えて行く。


 ピッ、ピィィィ、ピィィ


 その度に、縦横無尽に熱線が森の中を駆け巡り、ジャイアントピードを切り刻む。

 そして、斬られた全てのジャイアントピードが灰になって消えて行く。

 ワタルから見ると、さながらSF映画のアクションシーンのように見える。

 この異世界にはそぐわない、超近代兵器のような威力である。


 ピィィィ、ピッ、ピィィ


 ルレインは面白がってジャイアントピードを殲滅している。

 今までの鬱憤晴らしのようである。

 虫嫌いなので容赦無し。

 瞬く間に敵がいなくなって行く。


 この攻撃は相手が燃え尽きてしまうので、討伐証拠も残らないし、魔物の素材も無くなってしまう。

 今回は大丈夫だが、使い所は考えなくてはならないだろう。


「ワタル、また何かしたのね」


 ラナリアがルレインを見ながら、呆れたようにワタルに尋ねる。


「いや、魔剣を渡しただけだよ。まさか、こうなるとは思わないさ」


「使い手の技量によって、効果が随分変わるのね。あの盗賊は【炎の盗賊】とか言っちゃってたけど、【炎の魔剣】の力を引き出せていなかったんだわ」


 と、シルコがコメントする。

 とは言うものの、ルレインの斬撃はランドの冒険者の中でも屈指の技術である。

 ルレインの放っている熱線ビームは、彼女のオリジナルと言っても良いかも知れない。


「ルレイン、ちょっと剣速を緩めてみなよ」


 ワタルがルレインに声をかける。


「ん?分かったわ」


 ルレインは構え直して、意識的に少し緩い斬撃を放つ。


 ボワヮッ


 すると、剣の軌道に合わせて、その外側に炎の帯が出現した。

 この炎もジャイアントピードに向かって飛んで行き、その炎が相手に絡みつき燃やし尽くした。

 炎の盗賊が使っていたバージョンである。


 どうやら斬撃のスピードと使用者のイメージによって、いろいろと調節出来るようである。


 ルレインは、何度も試しながら剣の感触を確かめているようである。


 気が付くと、周りにジャイアントピードは1匹もいなくなってしまった。


「……さ、巣に向かいましょうか」


 今まで、興奮して【炎の魔剣】を振り回すのに夢中になり過ぎていたのを誤魔化すように言うルレイン。


 やり過ぎ感はあるものの、ルレインの殲滅能力が格段に上がったのは事実である。

 考えてみれば、今まで、普通の剣であれだけの強さを誇っていたのが異常だったのだ。

 そりゃ魔剣を使えば強くなるよね、って話である。


 またここに、ワタルに関わった為に、規格外への道を歩み始めた人物が誕生したのだった。



 さて、更に森を進み、ジャイアントピードの巣らしきものの近くに来た時に、急に地面が揺れ出した。

 ワタルは反射的に


「地震か?」


 と思ったのだが、ランドでは滅多に地震は無いそうである。

 火山が噴火した時位のものだそうだ。

 それも、何百年も昔の話である。


 その時


「来ます。下です」


 そう言って、エスエスがその場から飛び退く。


 すると、その場所の地面が一瞬盛り上がり


 ドゴーン


 エスエスがいた場所の地中から、巨大なジャイアントピードが出現した。

 通常のジャイアントピードの体長が1メートル位なのに対して、この個体は、体の幅が1メートル以上ある。

 体長は、鎌首を持ち上げるような格好で地面から出ているだけでも3メートル以上はある。

 地中の長さも入れれば、10メートルは下らないのは明らかだ。


 バシュッ


 すかさずシルコが横薙ぎに双剣を振るい、鎌首の下の辺りを両断する。

 ムカデの体節と体節の間の、装甲の弱い所を巧みに狙った斬撃である。


 巨大ジャイアントピードは、呆気なくその頭を地面に落とすこととなった。

 しかし、生命力の強さなのか、まだモニョモニョと蠢いている。


「うえぇ」


 ワタルが堪らず声を上げる。

 気持ち悪いのだろうが、全く緊迫感の無い男である。


 シルコは冷静にトドメを刺すべく、地面に落ちた頭に剣を突き立てようとしたのだが、ジャイアントピードは、その残った体節1つ1つが、通常のジャイアントピードに変化して逃げていく。

 そして、地面から出て来ている巨大ジャイアントピードの体の部分は、その先端の体節が頭に変化した。

 結局、見た目にはノーダメージのように見えてしまう。

 実際には体長は、少し短くなっているはずだが。


 バシュッ


 エスエスの矢が、その新しく再生した巨大ジャイアントピードの頭に突き刺さる。


 ギィヤァァァ


 耳障りな甲高い鳴き声を発して、その頭はボトリ、と地面に落ちるが、すぐにその次の体節が頭に変化する。


「なかなか、エグいシステムだわね」


 一連の攻防を見ていたラナリアが言う。


「ならば……」


 シルコは呟くと飛び上がり、体を回転させながら、巨大ジャイアントピードの頭から縦に斬撃を加える。


 ズババババ


 綺麗に左右に斬られるジャイアントピード。

 頭から地面までの体が真っ二つである。

 これには、再生することなく巨大ジャイアントピードが大人しくなった。

 しかし、地中にどれ位の長さが残っていたか不明であるが、頭を再生して逃げたのであろう。


 それが分かっているので、シルコも油断無く剣を構えたままである。


 ボコッ


 今度はワタルの足元から、巨大ジャイアントピードが出現した。

 当然ワタルは、その気配を掴んでいるので、不意打ちをされることも無く、その場を飛び退っている。


 そして


 パシュッ


 風の刃が、今出て来たばかりの巨大ジャイアントピードの頭を真っ二つに切り裂いて、その下方の体節まで2つに分断していった。


 面倒な敵ではあるが、コツが分かれば対処出来ない訳では無い。

 ワタルの奴やれば出来るんじゃないか、と皆が思ったのだが、取り敢えず誰も口にはしなかった。


 と、その時


 ボコッ、ボコッ、ボココッ


 ワタル達の周りを取り囲む様に、10匹以上の巨大ジャイアントピードが現れた。


「これは面倒だな……」


 ワタルが呟くが、それぞれのメンバーがすぐに殲滅戦を開始する。


 シルコは、次々と巨大ジャイアントピードを縦に切り裂いている。

 目まぐるしく動き回るシルコが、一番疲れそうに見える。


 武器の性質上不利なはずのエスエスも、爆発結界の矢を使って、比較的距離のある敵を仕留めている。


 ルレインは、目覚めてしまった高火力の剣を嬉々として使っている様に見える。

 顔がちょっと笑っている様に見えるのは、気のせいではないだろう。


 ラナリアは、炎の槍を作って、次々と放っている。

 相手が再生しようが関係無さそうだ。


 ワタルは電撃を選択した。

 風の魔法に雷を合わせて、容赦無く巨大ジャイアントピードにぶつけている。

 電撃は、地中に隠れている体にまで届くので、ワタルが一番効率の良い攻撃になっている様だ。


 ジャイアントピードとの戦いはいよいよ佳境に入って来た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る