第61話 報酬と次の旅
うららかな日差しが、街路に建物の影を落としている。
地球では、紫外線の悪影響が取り沙汰されているが、このランドでは、そんな事を気にする者は1人もいない。
街路の脇に椅子を持ち出して、日光浴をしている者もいる。
日差しの中で、赤ちゃんに授乳している母親の姿もある。
ここロザリィの表通りは、管理が行き届いていて治安も良いので、昼間の間はこういうノンビリとした光景も見られる。
これが夜だったり、昼間でも裏通りだったりすれば、緊張感の無い者は酷い目に会うことになるだろう。
ロザリィのような進んだ街でも、街全体の治安を維持するのは難しいのである。
そんなロザリィの街の大通りに冒険者ギルドがある。
ワタル達は、その冒険者ギルドの2階で、ギルドマスターのガナイと面談中である。
ドルハンと戦ったクースミン町から、このロザリィの街まで数日間の旅を経て、先ほど到着したばかりである。
チームハナビとしてガナイからの依頼を無事完了した、という報告を真っ先に伝えに来たのだった。
「ガハハハ、よくやってくれた。ドルハンは随分と戦闘力を上げていたようだが、お前らが無事で何よりだ」
報告を聞いたガナイは上機嫌だ。
ギルマスとしての悩みの種が1つ減ったのだから、機嫌が良くて当然である。
そして、チームハナビが、誰も欠けることなく戻って来たのが嬉しいのだ。
「お前達のお陰で、闇に落ちた冒険者の組織的な動きは、しばらくは大人しくなるだろう。まあ、まだ、あちこちに残党はいるだろうからな。当分は気が抜けんわ」
確かに闇落ちの現象は、本人の意識に拠る所が大きい。
組織が壊滅したとしても、無くなることはないのだろう。
それでも、ドルハンやラルフォードが暗躍しなくなれば、悪質冒険者は大分少なくなるはずである。
ワタル達の仕事には十分な価値があっただろう。
その事は、ガナイも十分に認めている。
「さて、お前さん達の冒険者ランクだが、ルレインはAランクに返り咲いて貰うぞ。大分有名になったみたいだからな」
もう、ガナイには「奇跡の戦姫」誕生の情報が伝わっているのだろう。
口の端を吊り上げてニヤついている。
単純に笑っているだけなのだか、その獅子の顔付きは獰猛な肉食獣が獲物を狙っているようにしか見えない。
「申し訳ありませんでした」
ビビったルレインはなぜか謝っている。
別に怒られて無いのに……
(ガナイの恐い顔は、ギルマスとしては睨みが効いて良いんだろうけど、プライベートではマイナスだろうなぁ)
などと、ワタルはジュースを飲みながら、ボンヤリと考えていた。
殺意や敵意を読み取るワタルにとっては、ガナイがいくら恐い顔をしていても関係ないのだ。
これは、ラナリア、シルコ、エスエスも同じである。
ノンビリとお菓子を食べている。
ギルマスの部屋で緊張しているのはルレインだけだ。
しかも、今回の任務の報告は、殆どルレイン1人で喋っている。
ワタル達は「あぁ」とか「うん」とか言ってるだけであった。
自由な身分を信条とする冒険者としては、ワタル達の方が冒険者らしい、と言えるかも知れない。
「それから、ワタル、ラナリア、シルコ、エスエスは、冒険者ランクCに格上げだ。お前らの腕前がCランクで収まらないのは分かっている。Aランク冒険者を何人も倒したんだからな。でも、ものには順番がある。分かってくれ」
「大丈夫ですよ。Cランクで十分です」
ガナイの要請にワタルが快諾する。
「ガハハハ、そうか、そうか。まあ、お前らには冒険者ランクなんて関係ないかもな」
ガナイはご機嫌である。
そこで、ワタルは1つお願いをしてみる事にした。
「それでですね。その冒険者ランクにも関係しているんですが、俺たちトルキンザ王国に行きたいんですよ」
ワタルがそう言い出すと、シルコがハッとしてワタルを見る。
ワタルは話を続ける。
「あそこの国は、高ランクの冒険者じゃないと入国出来ないですよね。それを何とかしてくれないかなぁ、なんて思ってるんですけど」
ワタルのざっくばらんな頼み方に、ルレインはヒヤヒヤしている。
ガナイが怒り出したらルレインも困るのだ。
「理由を聞いてもいいか?」
ガナイは、身を乗り出してニヤついている。
至極獰猛な笑顔である。
興味を持ったようだ。
ワタルはシルコをチラリと見て、彼女が頷いているのを確認する。
そして、自分もガナイの方に身を乗り出して
「シルコの為ですよ」
と告げた。
ルレインから見ると、餌に喰い付こうとしているライオンに、ワタルが頭を差し出したように見えた。
(死んだな、ワタル)
などと、ルレインが物凄く失礼な事を考えている間に、シルコが口を開いた。
「私が説明します。コレです」
シルコは自分の襟を開いて、胸の奴隷紋をガナイに見せた。
ガナイは、ピクリと眉を動かした。
「お前、奴隷だったのか。誰のだ。ワタルか、ラナリアか」
ガナイはガタンと椅子を倒して立ち上がりながら大声を出した。
ガナイの急な反応に、ルレインは思わず剣の柄に手をかけそうになるのを何とか堪えた。
ワタルはガナイの正面に座ったままで、ガナイを見上げている。
別に慌ててはいない。
ガナイはつい立ち上がっただけで、殺気を発していないからだ。
シルコが説明する。
「違いますよ。誰の奴隷でもありません。いや、誰だか分からないんです」
シルコは、幼い時に両親に売られた事、なぜか奴隷紋が働かない事、本当は半獣人である事、そして、奴隷紋を外すためにトルキンザ王国に行きたい事を話した。
ガナイは、ウンウンと頷きながら話を聞いていた。
そして口を開く。
「ワシはな、奴隷廃止論者なんだよ。犯罪奴隷は、まあ仕方ないとしても、金銭奴隷や、まして非合法の奴隷などは絶対反対だ。今までこの手で何人の闇の奴隷商人を切り刻んで来たか……」
ガナイは遠い目をしているが、その手の指先には、ジャキーンと黒光りしている爪が飛び出している。
生半可な魔剣なら豆腐のように切り裂いてしまいそうな、恐ろしいほどに鋭い爪である。
その迫力は半端ではない。
ドルハンの【漆黒の魔剣】すらも凌駕しているだろう。
ガナイにとっては唯の爪なのだが……
「と言うのもな、獅子の獣人を奴隷にしたら、それは物凄い戦力になるんだよ。だが、大人の獣人は強いから簡単には奴隷にはならない。だから、狙われるのは子供ばかりだ。ワシの生まれた村でもな……おっと、ワシの話はいいか……だから、協力するぞ!シルコ」
ガナイは少し涙ぐんでいる。
シルコの生い立ちがガナイの琴線に触れたようだ。
「本当ならワシが一緒に行ってやりたいところだが、お前さん達のお陰でな、忙しいんだよ。いろいろ事後処理がな」
ガナイは少し考えると
「ルレイン、お前、一緒に行ってやれ。奇跡の戦姫の一行ならトルキンザも受け入れるだろ」
突然の指名にルレインは慌てる。
「え?でも、ギルドの仕事は良いんですか?今、忙しいって言ってたんじゃ……」
「良いんだよ。むしろ、ほとぼりが冷めるまで姿をくらましてもらった方が良いかもしれんのだ。お前達、随分と派手に暴れたからな。色々とうるさい連中が騒いでいるのだ」
「そうでしたか……ご迷惑をおかけします」
意気消沈するルレインをガナイが慰める。
「いや、迷惑で言ってるんじゃない。今回の大仕事は本当に良くやってくれた。後が大変なのも想定内だ。それに、お前だってシルコが心配だろう?」
確かにルレインは、冒険者試験の試験官としてシルコと試合をして以来、ちょっとした師弟関係のような感覚があるのだ。
同じ剣士としての親近感もある。
チームハナビにあって、規格外男のワタル、とんでも魔法使いのラナリア、浮世離れしたエスエス、という個性が強過ぎるメンバーの中でシルコは唯一感性が近い女性でもある。
「許して頂けるなら、シルコに同行したいです」
ルレインは、ガナイに向かってハッキリと答えた。
「やったー!」
ワタル達は皆喜んだ。
今回のミッションで、ルレインの存在は大きかった。
常識外れの集まりのチームハナビなので、お姉さんキャラのルレインは貴重である。
それに、これから未知の王国を旅するのに、不安が無い訳ではなかった。
ルレインは頼りになるのだ。
これで、またしばらくの間、ルレインはチームハナビのメンバーとして行動する事になった。
ガナイが告げる。
「じゃあ、決まりだな。しかし、シルコは半獣人に戻ったら凄い美人になるぞぉ。ワシには分かるんだ。よかったな、ワタル。もしワシが若かったら、シルコを嫁に貰いたいくらいだ、ガハハハ」
告ってるんだか、冗談なんだか、よく分からない事を言い放つガナイだったが、当のシルコは
(こんな筋肉ダルマの子供なんて産めるわけ無いじゃない。身体が保たないわ)
などと、内心でゴメンナサイをしていたのだった。
実は、半分は本気だったガナイは知らぬが花である。
さて、ドルハン抹殺の報酬は金貨100枚であった。
日本円にして1千万円である。
5人で分けて、1人2百万円の収入になった。
大盤振る舞いと言えるギャラではあるが、途中でのキャリーの魔物軍団との戦いや、メルギルサ村の解放などの功績を考えれば、少な過ぎる報酬である。
しかし、これをガナイ個人の依頼として捉えれば、これ以上の支払いは無理なのかも知れない。
出発前に、装備や武器に随分とお金をかけて貰った事もあり、誰からも不満は出なかった。
金持ちの貴族が依頼主なら、もっとふっかけても良かったが、ギルマスと言えども勤め人のガナイに無理を言うのは気が引けたのであった。
ドルハン抹殺に関しては、これで全てが一件落着である。
ワタル達は、次の目的に向かっている。
「ありがとう、みんな。私のために……」
ロザリィでの定宿「夕暮れ荘」の部屋で、シルコは泣き出さんばかりにお礼を言っている。
先程まで、夕暮れ荘の食堂でチーム内での祝勝会をやっていたのだ。
その席でもシルコは、感謝したり、泣いたり、謝ったりと忙しかった。
シルコの奴隷紋に対する、特別な思いや、特殊な体験はみんな知っているので、別に恩に着せるつもりも無いのだが、シルコ本人としては、いろいろとこみ上げて来るものがあるのだろう。
「もういいよ、シルコ。分かってるって。行こうな、トルキンザへ」
ワタルがシルコの頭を撫でる。
「ワタルぅぅ」
また、シルコが泣き出した。
「アンタ、結構しつこいタイプだったのね。もう、いいわよ。分かったから」
ラナリアは呆れ気味である。
いずれはトルキンザには行くつもりだったのだ。
「そうですよ。泣くのは、奴隷紋が外れてからにして下さい」
シルコはエスエスにまで撫でられている。
小人に撫でられている大猫の図は、なかなかにシュールである。
「エスエスぅぅ」
シルコに抱きつかれたエスエスは、胸の中に顔が埋まってしまい苦しそうである。
それをワタルが羨ましそうに見ている。
なんで俺にはアレをやってくれないんだろう、と考えている事が丸分かりな顔である。
「じゃあ、明日から早速準備を始めるわよ。とは言っても、そんなにやる事は無いけどね。傷んだ武器や防具の手入れくらいね」
ラナリアがみんなに告げる。
「それから、今回の旅のリーダーはルレインにお願いするわ」
「え?」
突然の振りにルレインが驚く。
ラナリアが話を続ける。
「今までは、特にリーダーとか決めていなかったけど、今回はルレインのチームとしてトルキンザ王国に入るしね。一応、普段から、そういう風にしておいた方がいいと思うのよね」
「いや、あなた達のリーダーなんて、荷が重いんだけど……」
ルレインは断ろうとするのだが
「宜しくな、リーダー」
ワタルは半笑いである。
「ルレインがリーダーなんて嬉しいです」
エスエスはルレインのコメントを聞いていない。
そして
「宜しくお願いしますぅ」
シルコに泣きながら頭を下げられて、ルレインは断れなくなった。
ここに、新たにルレインのパーティーとしてのチームハナビが結成されたのであった。
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