第60話 ラナリアと闇の魔力

 ラナリアがワタルにお願いする「アレ」と言えば、アレしかない。

 ワタルが好きで勝手にやっていたことだが、改めてお願いされるとワタルは恥ずかしさを感じてしまった。

 ラナリアはもっと恥ずかしい。


「今は、正気なんだよな」


 ワタルは思わず聞いてしまった。


「正気よ!闇の魔力を搾り出して欲しいのよ」


 ラナリアが顔を真っ赤にして答える。


「搾り出す……って、お前……」


 要らない時はスケベパワー全開のくせに、いざとなるとヘタレなワタルである。

 それでもやるしかないのだ……本当はちょっと役得だと思って嬉しいのだが……


「よし、やるか」


「お願いします」


 ラナリアは両手を上に挙げて、バンザイの姿勢になる。

 ワタルはラナリアの背後に回る。


「どさくさ紛れに揉むのは平気だけど、改めて真顔で揉むとなると……ちょっと……いや、これはこれでアリだな」


 ワタルはラナリアの後ろでブツブツ言っている。

 そして次第にワタルの顔がにやけて始めている。

 シルコがワタルを睨んでいる。

 ルレインは呆れて眺めている。

 エスエスは楽しそうに見ている。


 考えてみれば、この役回りは必ずしもワタルでなくても良いはずなのだ。

 だけど何故か、オッパイに関してはワタルの係なってしまった。

 自然の流れかワタルの望みか、そのうち誰かがワタル独占の意味の無さに気が付くかも知れない。


「ねぇ、早く」


 ラナリアがバンザイをしたままワタルを促す。

 ラナリアの大きな胸は、両腕を挙げているとバストラインが引き上げられて、更に魅力的なフォルムを形成している。


「もう、腕が疲れるでしょ」


 ラナリアが一旦、腕を降ろそうとして力を抜いた瞬間


 ワシッ


 ワタルがラナリアの胸を鷲掴みにした。


「キャァァァ」


 虚を突かれたラナリアは思わず悲鳴をあげる。

 してやったり、とドヤ顔のワタル。


「あぁぁぁぁ」


 ラナリアが身悶える。


 ワタルの指の間の、ラナリアのオッパイの先端から魔力が抜けて行く。

 それは黒いもやのように見える。

 ラナリアの体から抜けた魔力は、彼女の周りに漂っているが、やがてだんだん薄くなって霧散して行く。


 それに伴って、ラナリアのくすんだ顔色が白い肌に戻って来た。

 髪の色も、黒さが抜けて来ている。


 しかし、まだである。

 ラナリア本来の顔色ではない。


「ラナ、頑張って!」


 シルコが応援している。

 エスエスも両手を組んで応援している。


 ルレインは唖然としているのだが、このルレイン反応が正常な反応である。


「ワタル、もっと強くして」


 ラナリアがワタルに頼む。


「了解!ぎゅぅぅ」


「ああぁぁぁん」


 更に、黒いもやがラナリアのオッパイから出て来る。

 ラナリアの顔色はまだ戻らない。


「ラナリア、頑張れ。気をしっかり持つんだ」


 ワタルが励ます。

 しかし、ラナリアは


「頑張ってるけど、闇の魔力が出て行かないのよ」


 と、弱音を吐いている。

 このままでは、ラナリアの中の闇の魔力が強過ぎるままで定着してしまう。

 ワタルは、元の綺麗なラナリアに戻って欲しかった。

 そこでワタルは、少し考えてからラナリアの耳元に囁く。


「なあ、ラナリア。もしかしてお前、闇の魔力のせいで乳首が黒くなってるんじゃないか」


「えっ?」


「ちょっと確認してみろよ。真っ黒になってるんじゃないの」


 ワタルは、ラナリアのオッパイから手を離す。


「ま、まさか……」


 ラナリアは、恐る恐る襟を広げて、自分の胸を覗き込む。


「!!」


 ラナリアの顔が驚愕に歪む。

 もう、ドルハンの力を目の当たりにした時を軽く超えた驚き様である。

 そして、ラナリアは


「いやぁぁぁぁぁっ」


 と、強烈な悲鳴をあげた。

 乳首がどうなっていたか、聞くまでもないだろう。


 すると、ラナリアの火の魔力が膨れ上がる。


「熱っ。アチアチ」


 ラナリアの身体が火のように熱い。

 近くにいるワタルは暑くて堪らない。


 ラナリアの髪が、根元から赤く染まって行く。

 まるでゆっくりと髪が燃え広がっている様だ。

 赤黒かった髪の色は、すっかり真っ赤に変わっている。

 逆立った髪がゆらゆらと揺れている様は、炎そのものの様にも見えた。


 ラナリアは両手を上に挙げると、ワタルに言う。


「今よ、やって!」


「やってって、お前……熱すぎるだろ」


「いいから!我慢して!」


「ああ、もう!ええぇい」


 ワタルは再び、ラナリアの胸を掴む。


「ああぁぁぁぁぁぁっ」


 ラナリアの悲鳴と共に、黒い魔力が放出されている。

 ワタルは、自分の手のひらが火傷を負っている事が分かっていた。

 しかし、ここで使命を投げ出すわけにはいかなかった。

 必死の思いで、ラナリアのオッパイにしがみつく。


 ラナリアから発せられる、闇と火の魔力に包まれながら、ワタルは意識が遠のいていくのを感じていた。

 あまりの熱量に息が出来ない。

 下手に呼吸をすれば、肺が焼かれてしまうかも知れなかった。

 ワタルの意識は、ここでプッツリと途絶えたのだった。



「アンタ達、一体何なのよ」


 ワタルが目を覚ますと、シルコが仁王立ちになって何か言っている。

 ちょっと怒っている様だ。

 ワタルはラナリアに膝枕をされていることに気が付く。


 ラナリアの顔は、色白の目鼻立ちの整った顔に見える。

 ルビーの様な赤い髪が美しい。

 いつものラナリアの顔である。


 ワタルは、ラナリアに回復魔法をかけて貰っていた。

 手のひらだけでなく、あちこちに火傷を負ったはずだったが、今は何ともない。

 回復魔法の淡く優しい光が心地良い。


 どうやら、ラナリアの復活が上手く行ったことをワタルは理解した。


「ラナリアのオッパイ掴んで死にかける、ってどんだけよ!」


 シルコは怒っている。


「全くヒヤヒヤさせないで下さい」


 エスエスまで怒っているようだ。


「やっと強敵を倒したと思ったら、これだものねぇ。まさかワタルが、ドルハンとの戦いよりもダメージを負うとはね」


 ルレインは呆れ果てている。


「確かに、ドルハンよりもラナリアのオッパイの方が手強かったな。強さも価値もラナリアのオッパイの方が上だな」


 と、ワタルが言うと、ラナリアは横を向いて赤い顔をしている。

 そこでワタルが追い打ちをかける。


「それで、ラナリア、アレの色はどうなったんだ?」


 ラナリアは、頭から湯気が出そうである。


「……大丈夫……元に戻ってる……」


「え?アレって何ですか?教えてください」


 エスエスが無邪気にラナリアに尋ねる。

 もう、ラナリアは恥ずかしさの限界のようである。

 とても答えられそうにない。


「???」


 エスエスの頭の上には「?」マークが浮かんでいる。

 そのうちに、機会があったら分かるだろう。


 そこでルレインが口を開く。


「ラナリアは大丈夫なのかしら。私は一応、魔法屋に見せた方が良いと思うけどな」


 ラナリアが応える。


「大丈夫だと思うわ。闇の魔力は大体排出したし、炎の魔力に変換するコツを掴んだから。もう、これからは闇の魔力を取り込んでも大丈夫よ。必要な魔力に変えちゃえばいいもの。でも、まあ、一応ロザリィに帰ったらマリアンに相談してみるわ」


 ラナリアはシレッと答えているが、これは魔法使いにとって大変な事なのである。

 体内で魔力の属性変換が出来るということは、理屈の上では苦手な属性が無くなることを意味している。


 相手の魔法攻撃を吸収して、弱点属性に変換して返せば、無敵の魔法攻撃の完成である。

 実際のところはそんなに簡単ではないし、変換能力やスピードの問題もあるのだが、ラナリアがまた一歩、大魔法使いに近付いたことは間違いないだろう。


 ラナリアの17歳という年齢を考えると、驚異的な魔法の習得スピードである。

 通常、魔法使いが何十年もかけて、極一部の者だけが習得できる魔法を次々とモノにしているのだ。

 ワタルとの出会い、異世界のイメージがヒントとなり、ラナリアの持っていた才能を開花させている。


 何百年も生きられる長寿族ならいざ知らず、高々100年足らずの寿命しかない人族としては、既にトップレベルの実力がある、と言ってもいいだろう。

 本人には、そんな意識は無いのだが……


 草原に爽やかな風が吹いている。

 ワタル達は、これでようやく大きな仕事を終えた達成感を味わっていた。


 そこへ音も無く、冒険者ギルド諜報部のカイが現れた。


「皆さん、お疲れ様です」


 カイは、今回のドルハンとの戦いの時も、付かず離れずワタル達を見守っていた。

 高度な隠蔽術で身を隠していたのだが、ワタルには見抜かれていた。

 だが、カイ本人は見抜かれている事に気付いてはいない。

 ワタルの索敵能力が規格外だからである。


「さすがですね、皆さん。皆さんがドルハンと戦ってくれている間に、私の方はベンダー邸の内部を調査出来ました。ベンダーから先への貴族の繋がりは特には認められませんでした。しかし、油断は出来ません。いくら没落貴族だと言っても、貴族同士の関係が無くなることはあり得ないですからね」


「で、私達はどうすれば良いのかしら」


 ルレインがカイに尋ねる。


「貴族の関係は引き続き諜報部で調査を続けますが、皆さんのミッションは終了です。ご苦労様でした。あのドルハンを倒すとは、お見事です。この町の事後処理はこちらにお任せ下さい」


「じゃあ、帰って良いのね」


「はい。ロザリィのギルドへの報告をお願いします。一応、ガナイの依頼したクエストですからね」


「分かったわ」


「それでは、皆さん、私はこれで……あ、ワタルさん、諜報部への転職、是非前向きに考えて下さいね。それでは」


 カイは姿を消した。

 でも、やっぱり見張っているのがワタルには分かっている。

 きっとロザリィまでついて来るのだろう。


 スパイというのは、ややこしい仕事である。

 ワタルに務まる訳がない。

 特に、言ってる事とやってる事が違う、という表裏を使い分けるような腹芸が出来るタイプでもないのだ。

 カイのお誘いは、受け流すしかないだろう。


 さて、慌しいのだがワタル達は、今日のうちにロザリィに向けて出発することにした。

 ベンダー邸襲撃の際の目撃者がいないとも限らない。

 警備隊や貴族に事情を聞かれるのも面倒である。

 後の事は、ギルドの諜報部に任せて、早く姿を消した方が良いだろう、という訳だ。


 いろいろあって疲れてはいるが、ゆっくりするのは途中の町や村でも良いだろう。

 馬を調達して、急ぎ帰路に付くのであった。


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