第48話 魔物と吸精魔法
ワタルが何か思いついたようである。
ワタルの思いつきは、これまで何度もラナリア達を驚かせて来たが、大抵は良い方へ向かうことだった。
今回も、このピンチを脱出するアイディアに違いない。
ラナリアは期待を込めた目でワタルを見る。
ワタルはラナリアに言う。
「あの赤い魔物にドレインを使ったらどうかな?」
「えっ?!」
考えたことも無い意見にラナリアは絶句する。
ドレインの魔法自体がレアなもので、データが少ないこともあり、ラナリアは魔物に使った過去の例を知らなかった。
ドレインは、相手の魔力を強制的に奪う魔法であり、相手の力が自分の中に入って来るのだ。
人が魔物の魔力を吸収したらどうなるのか……試した人はいないかも知れない。
非常に危険な可能性がある。
最悪、試した人がみんな死んでしまったので記録が無いってこともあり得る。
しかし、ラナリアは微笑んでいる。
「面白いわね。この【吸精の杖】に魔力が貯められるって話だし、やってみましょうか?」
「あれ?嫌がるかと思ったけど、意外と抵抗無いんだな」
あっさりと承諾したラナリアに、提案したワタルが戸惑っている。
そのワタルにラナリアが説明する。
「アタシは魔力切れ寸前だし、ワタルの電撃だけであの4匹全て倒すのは無理よ。やってみる価値はあると思うわ」
「そうだよな。魔物の肉も食べてるんだし大丈夫な気がするんだよね」
ワタルは若干、軽めの意見である。
いつものことだが、特に立派な根拠は無いのだ。
やるのはラナリアなので、無責任だとも言えるだろう。
しかし、ラナリアはそういう風に受け取ってはいない。
異世界から来たワタルは、このランドの常識に縛られない自由な発想で、これまでもラナリア達を助けて、成長させて来たのだ。
ラナリアが高等魔法を使って戦えるようになったのも、ワタルのアイディアが元だった。
そういう意味で、ラナリアはワタルの直感を信じているのだった。
「やってみるわ」
ラナリアはそう言うと、【吸精の杖】を構える。
ターゲットは、まだ結界の向こうで暴れているボルケーノサイクロプス達だ。
「ドレイン」
急いでいるので無詠唱である。
ラナリアが魔法名を告げると、杖の周りから黒い霧が発生してサイクロプスの方へ向かって行く。
結界を通り抜けて、サイクロプス達に黒い霧がまとわりつく。
熱と衝撃を無効化する結界なので、それ以外は素通しである。
サイクロプス達は、黒い霧のことを気にかけてもいないようだ。
【アイスランス】の時もそうだったが、一度痛い目に会うまでは気にしない性格のようである。
非常に強い魔物なので、自分が傷つけられることが少ないからだろう。
今回は、それが命取りになる。
黒い霧の輪郭が光り、少し霧が膨らんだように見えた。
そして、やはり人間よりも魔力の量が多く、属性が偏っているのだろう。
黒い霧は赤黒い色に変色し、膨らむ度合いも桁違いに多い。
以前に冒険者3人に使った時は、霧の輪郭が少し膨らむ程度だったが、今回は霧が膨張して、5メートルはあるサイクロプスの身体を覆い隠すほどに膨張している。
さすがAランクの魔物である。
人の数十人分、いや数百人分の魔力を持っているようだ。
そして、膨張した赤黒い霧はラナリアの持つ杖に戻って来る。
シューッと凄いスピードで杖に吸収される赤黒い霧。
杖の輪郭が光り、完全に吸収し終えたように見えたが、杖の輪郭を光らせている光が赤みを帯びてくる。
そしてその赤い光は、杖を伝ってラナリアを光らせ始めた。
どうやら、杖の内部に吸収し切れなかった魔力が、ラナリアにも注がれているようである。
「か、身体が熱い」
そう言ったラナリアは、少しボーッとしているように見える。
一方、結界の向こう側にいるボルケーノサイクロプス達は、お休み中であった。
4匹とも、身体に走っている黒いひび割れが閉じてしまっている。
もう、身体中から炎を放出したりしていない。
色が赤いだけの、ただのサイクロプスのようである。
単眼を閉じている個体と、半眼になっている個体がいる。
意識は無いようだ。
時折、指先などが動くので、死んではいないようである。
「ラナリアも心配だけど……」
ワタルはそう言いながらも結界を解除。
下手くそながらも、ボルケーノサイクロプスの首を刎ねようとする。
サイクロプスは非常に再生力の高い魔物なので、トドメを刺しておかないと危険である。
ましてや、更に危険なボルケーノサイクロプスなのだから当然の行動である。
でも、ワタルはそんな事を知っている訳では無く、ワイバーンの時のルレインの真似をしているだけであった。
結果オーライである。
ところが、ワタルがサイクロプスの首に剣を振り下ろしても、ルレインのようにスパッとは斬れない。
ドガッ、ドガッ
サイクロプスが目を覚まさないからいいようなものの、何度も剣を振り下ろして、やっとの事で1匹の首が切断された。
剣士としての技量の低さが露呈した形である。
「ワイバーンの時に、ルレインをからかったバチが当たったかな……」
などと見当違いなことを呟きつつ、ワタルは剣を振っている。
それでも途中で、剣に風の刃をまとわせることを思い付き、何とか威力を上げて、すべてのサイクロプスにトドメを刺すことに成功した。
「ふぅ、これが一番重労働だったな」
などと、周りの者から呆れられそうな発言をしているワタルであったが、ふと、ラナリアの様子がおかしい事に気が付いた。
ワタルは、慌ててラナリアに駆け寄った。
その時、上空のキャリーは、自分の乗っているワイバーンの背中をバンバン叩いて悔しがっていた。
「なによ、あいつら。やられちゃったじゃないの!言うことを聞かないからよ!バカ!」
どうやら、ボルケーノサイクロプスは、完全にキャリーに操られていた訳では無いらしい。
高ランクテイマーのキャリーでも、Aランクの魔物のボルケーノサイクロプスは支配し切れなかったのである。
キャリーが操っている魔物は、敵の攻撃を避けない。
避ける暇があるのなら相手を殺せ、と刷り込まれているのだ。
魔物がどうなっても構わない、というテイマーにあるまじき精神構造のキャリーにとっては、敵を蹂躙することが全てなのだ。
しかし、ボルケーノサイクロプスは、独自の判断で敵の攻撃を防いでいた。
完全には自我を失っていなかったのだ。
それに、キャリーから見れば、最後のワタルの結界がただの壁であることが分かっていた。
たから、壁を攻撃せずに、横に回り込むように命令していたのだが、ボルケーノサイクロプスは言うことを聞かなかったのだ。
「悔しい、悔しい、悔しいぃぃぃ」
キャリーは切り札を失った事と、テイマーとしての技量不足を突きつけられている事実に、悔しさと憎しみを爆発させていた。
サイクロプスの戦いに意識を向けでいたために、ワイバーンの高度が下がっていることに気が付かないほどに冷静では無くなっていた。
一方、ラナリアは大変な事になっていた。
ボルケーノサイクロプスの魔力が予想を遥かに超えた量だったのだ。
杖が吸収できる量を超えて、ラナリアの身体にも入り込んで来た。
ラナリアが取り込める魔力を超えた分は、周囲に放出しているのだが、とても捌き切れなかった。
火属性と土属性、それも特に火属性の強い魔力を吸収したラナリアの身体は、体温が上がり、意識が混濁してしまった。
そして、身体の芯が燃えるように熱く、下腹部がウズウズと疼き始めて、おかしくなりそうだった。
前に、冒険者の魔力を奪った時の比ではない、強烈な疼きの感覚である。
立っていられなくなり、倒れそうになった時に、駆け寄ったワタルに支えられた。
「ラナリア、大丈夫か!?」
ワタルは、ラナリアの身体が燃え上がるように熱くなっているのが分かり、思わず尋ねる。
「どうしたらいいんだ!?」
ラナリアは薄目を開けてワタルに言う。
「ギュッと……やって。前はそれで良くなったから……」
ラナリアは真っ赤な顔をしてワタルに告げるが、恥ずかしいのか、魔力のせいなのかは分からない。
「え?何が?」
ワタルはすぐには分からないようだ。
全く、要らないことはするくせに、大事な所では勘の悪い男である。
「だから……オッパイをギュッってやって……って言ってるの!早く!」
「え、いいの?そりゃ嬉しいけどさ……」
「いいから、早く!」
ラナリアはそう言うと、ワタルに背中を向けて両手を上に挙げた。
「ねぇ、はやくぅ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
ワタルは後ろからラナリアの胸を鷲掴みにした。
「あぁぁっ、もっと強く……」
「え、こうか?」
ギュゥゥゥ
「あぁん、そう、そう」
ワタルは、ラナリアの胸から魔力が放出されているのを、胸を掴んでいる自分の指の間で感じていた。
その魔力は熱を帯びていて、ラナリアとワタルの周囲に漂っている。
暖かい魔力に包まれて、熱くなったラナリアの身体を抱きしめながら、ワタルは興奮すると言うよりも何か神聖な儀式に参加しているような気分になっていた。
ラナリアのサラサラとした赤い髪の匂いが、ワタルの鼻腔をくすぐっている。
立ち昇る熱気とラナリアの匂い、そしてその魔力に包まれながら、ワタルは更にギュッとラナリアを抱き締めた。
ラナリアから溢れ出ている赤い魔力が、自分の中にも入って来ていると感じるワタル。
「うおおおおっ」
何故かワタルが叫ぶ。
「ああぁぁぁん」
ラナリアも奇声をあげている。
……なにこれ。
ワタルがおもむろに提案する。
「なあ、ラナリア。今の俺達ならやれると思うんだけど、丁度キャリーが低い位置にいるんだよね。龍神でも届くんじゃないかな」
「そうね。今ならランドの果てまででも飛ばせそうよ」
「じゃあ、やるか」
2人は杖を取り出すと、手を重ねるようにして高く掲げる。
辺りに風が吹き、2人の杖の先に巨大な空気の塊が出来始める。
一瞬、辺りの気圧が下がったかと思われるような、急激な空気の移動により集められた高濃度の空気は、ラナリアの操作で巨大な龍の形になって行く。
その龍は、ラナリアから放出されている魔力を十分に取り込んで、半透明な赤色に色づいている。
「カチッ」
ワタルが龍に電流を入れる。
バリバリバリバリ
赤い龍は、瞬く間に電流を帯びて、昼間でも光り輝く赤い雷竜となった。
2人の頭上をゆっくりと漂っている龍は、炎をまとった薄紅の身体に、不規則に紫電が走り、とてもこの世のものとは思えない荘厳な雰囲気を漂わせている。
何も知らずにこの龍を見たら、思わず手を合わせてしまいたくなるだろう。
まさに龍神、炎雷の龍神である。
「ちょっと、なにアレ。聞いてないんですけど」
上空でキャリーも驚いている。
驚いている暇があったら逃げるべきだったのだが、その甘さが命取りになる。
炎雷の龍神は、ワタルとラナリアの頭上で一度回ると
ビシュッ
凄いスピードで、上空のキャリーに向かって飛んで行く。
光の速さまでではないものの、音速は超えているだろう。
雷は速いのだ。
バシュッ
瞬く間にキャリーは炎雷の龍神に呑まれてしまった。
まあ、呑まれたと言っても、実体のある龍ではないので、龍はキャリーを通り過ぎて行く。
後には、空中に黒焦げのワイバーンとキャリーが残り、一瞬の後にゆっくり落下して行く。
それを見たワタルは
「やったな」
と、ラナリアに言い、ラナリアはクルッと体を回してワタルの正面に立ち、ハイタッチをしたのだった。
オッパイに当てていた左手が外れて、残念そうに手のひらを見るワタル。
「あら、もっと触りたかった?また、もしもの時はお願いね」
顔を真っ赤にしながら、そんなことを言うラナリア。
「ワタルだから言うけど、魔力が体に入り過ぎると自分だけでは外に出せないのよ。誰かに……あの……オッパイをギューってされると……その……なんとかなるのよ」
「え、そうなのか?」
「こんなこと他の人には頼めないし、ワタルなら喜んでやってくれるでしょ?」
ラナリアは下を向いて、モジモジしながらとんでもないことを言っている。
ワタルは
(俺じゃなくても喜ぶと思うけどなぁ)
と思いながらも
「よし、俺に任せろ。俺が心を込めて協力するぞ。いやぁ、嬉しいなぁ」
などと、間抜けなことを言っている。
協力した時の攻撃力は凄まじいのだが、どうにも締まらないポンコツペアである。
ツッコミ役のシルコがいないことが悔やまれる。
それにしても、キャリーがどうなったか確認しなくていいのだろうか?
オッパイの前にそっちだろう。
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