第49話 奇跡の戦姫誕生

 ワタルとラナリアによって放たれた、炎雷の龍神に貫かれたキャリーとワイバーンは、黒焦げになりながらも絶命はしていなかった。

 ラナリアの火魔法を警戒していたキャリーは、炎の耐性を大幅に上げる効果のある腕輪を装備していたのだ。


 それでも、ボルケーノサイクロプスの火属性の魔力を大量に含んだ龍神に体当たりされては、耐え切れるものでは無かった。

 しかも、電流によるダメージは想定外で、キャリーはワイバーン共々、気を失ってしまったのだった。


 ワイバーンと一緒に落下していたキャリーだったが、ワイバーンが気を失ったまま、最後の力を振り絞って翼を動かし浮力を得ていた。

 それでも落下は止められなかったが、落下のスピードは遅くなり、地面との激突の衝撃を幾分和らげることに成功する。

 キャリーは、ワイバーンの働きと、地面との間にワイバーンがいたことがクッションとなり即死を免れた。


 落ちた場所は、トソの村の真ん中であった。


「う、うう……」


 落下の衝撃で気絶から覚めたものの、ダメージで動けないキャリー。

 内臓がやられていて、もう助からない事は自分で分かっていた。

 そして、地面に横たわるキャリーの目に、魔物の皮で編んだブーツの足が映る。


「ぶざまね」


 その足の持ち主は、キャリーの頭上から声をかけた。

 ルレインである。


 ルレインは、ワタルがラナリアの方に加勢に行ってからも魔物と戦い続けていた。

 いくら相手が低ランクの魔物とはいえ、長時間、集中を切らさずに戦い続けられたのはさすがである。

 トソの村にいた他の冒険者は、皆、戦線離脱していた。

 Cランクの冒険者も怪我を負って休んでいる。

 それだけ、剣士にとって集団相手の戦闘は難しいのである。


 まだ、魔物が全滅したわけではないが、キャリーが気を失ったことで、魔物の統率された動きは弱くなっている。

 間もなくシルコとエスエスも戻って来るだろう。

 もちろん、ワタルとラナリアもだ。

 キャリーの完全な敗北である。


「うぅぅ、ルレイン……あんた……裏切りものが」


 キャリーが悪態をついている。


「闇に堕ちたアンタ達について行ける訳ないでしょうが。人々を裏切ったのはアンタ達の方よ」


 と、ルレインが言い返す。


「ふん、相変わらずの綺麗事ね……でもね……そんな建前を大事にする奴ばかりじゃないのよ。アタシ達の仲間はたくさんいるわよ……」


「だから、これからその連中のトップを潰しに行くのよ。アンタは地獄で見学してなさい」


 ルレインの言葉に、キャリーは目を見開く。


「アンタに……出来るかしらね……ドルハンだけでも……強いわ……よ」


 キャリーは、目を見開いたまま息絶えた。

 ルレインはキャリーの目蓋をそっと閉じる。

 今は憎い敵だとはいえ、かつての仲間の死に何も感じないルレインではない。


 しかし、キャリーは意味もなく人を殺し過ぎた。

 人にとっても、魔物にとっても、死神のような存在になっていた。

 昔の仲間だ、という理由で助ける訳にはいかなかったのだ。

 ルレインは涙は流さなかった。



 キャリーが死んだことにより、キャリーによる魔物の支配は完全に消滅した。

 どこから集められたのかも分からない大量の魔物も、生き残っているのは僅かである。

 もともとの生息地に戻る魔物もいれば、冒険者に狩られる魔物もいるだろう。


 心配なのは、キャリーが他にも隠し玉を用意していなかったか、ということである。

 ボルケーノサイクロプスが森の地中に隠されていたように、他にも強い魔物がいるかも知れない。


 ただ、キャリーの支配下になければ、必ず襲って来るとは限らない。

 人知れず、自分の生息地に戻るかも知れないのだ。

 ボルケーノサイクロプス級の魔物が他にもいるとは考えにくい。

 いれば登場させていただろう。


 もし、人里近くに高ランクの魔物が出現すれば、冒険者ギルドの掲示板を討伐依頼が賑わすことになるだろう。

 ワタルはもちろん、ルレインにしても、そこまでは面倒を見きれない。

 今は大事なクエスト中なのだ。



 キャリーとの戦いが終了した。

 激しく、また、特殊な戦いでもあった。

 チームハナビのメンバーは、また一歩成長したと言えるだろう。


 シルコとエスエスも無事に戻って来た。


「ちょっと、あの赤い龍は何なの!聞いてないんだけど」


 シルコは元気なようだ。


「凄かったですね。どうやったのか話してくださいね」


 エスエスもいつも通りだ。

 2人の使った馬車も無事であった。

 やはり低ランクの魔物の攻撃では、ワタルの結界はどうにも揺るがなかったようである。


 エスエスが話し始める。


「パーティーでの戦いに慣れてしまうと、大丈夫と分かっていても1人で魔物の中にいるのは辛かったですね。周りで次々と魔物が死んでいくのを見続けるのは、精神的にキツイです。戦いが長引かなくて良かったですよ。頭がおかしくなりそうで……」


 エスエスにしては珍しく愚痴を言っている。

 相当辛くて、寂しかったに違いない。


「ご苦労だったな」


 ワタルはそう言うと、エスエスの頭をクシャクシャと撫でる。

 緑の髪をグシャグシャにされながら、エスエスはちょっと嬉しそうだ。


 その様子を、じっと見ているシルコ。

 尻尾を振っているところを見ると、シルコもねぎらって欲しそうだ。


「シルコもお疲れさま」


 ワタルは、エスエスの頭を撫でながら、少し離れた位置にいるシルコに声をかける。

 シルコは、一瞬ワタルの方を見て目を見開いたが、すぐに下を向いてモジモジしている。

 撫でで欲しいのが丸わかりである。


 ワタルは笑ってシルコのそばに行き、耳の間をクシャクシャと撫でる。

 シルコは下を向いたまま嬉しそうにしているが、胸は両手でしっかりとガードしている。

 いくらワタルでも、この空気の中でオッパイを狙うとは思えない。

 しかし、ワタルの今までの行動が、シルコにそうさせてしまうのだろう。

 実に不憫である。



 さて、チームハナビの面々は、村の中程に集合している。

 キャリー配下の魔物から村を守ったハナビは、村長はじめ村人から英雄扱いされている。


 特に、避難している村人から見える所で戦っていたルレインの評価がもの凄く高い。

 オマケに赤い龍神まで現れたのだ。

 助かった村人達は大騒ぎである。

 ルレインは、奇跡の戦姫などと呼ばれていた。


 ワタルは、何も言わずにニヤニヤしながら村人に囲まれて称賛されているルレインを見ている。

 ルレインは、ワタルの視線に気が付き


(成り行きで仕方ないでしょ)


 と、思っているが甘んじて受け入れるしかない。

 囲んでいる村人の向こうで、ワタルがニヤつきながらルレインを拝む真似をしている。


「戦姫様ぁ」


 と、ワタルの口が動いている。


 殴りたい……


 それでもルレインは村人の手前、暴挙に出るわけにもいかずに我慢するしかないのだった。


 ほとんどの村人が無事というのは、今回の事件の規模を考えたらあり得ない程の快挙である。

 それでも、村の周辺の畑などは壊滅状態だし、村の外郭に近い所の住居などは使い物にならないほど荒らされている。

 村の復興には、時間も資金もかかるだろう。


 村人にはバレていないようだが、キャリーがトソの村を襲ったのは、ワタル達が村に泊まっていたからである。

 だからと言って、悪いのはキャリーであり、ワタル達ではない。


 それでも心苦しいワタル達は、村の復興にボルケーノサイクロプスの死体を一体提供することにした。

 それから、ワタル達の倒したゴブリンやコボルトのバラバラ死体が村の内外に散乱しているのだが、これらも皆、村に権利を提供した。

 討伐の証明になる部位を探して集めれば、結構な収入になるはずである。


 これには、村長が死ぬほど喜んでいた。

 何故かルレインの手を取って、涙ながらにお礼を言っている。

 どうしても、このメンバーだとルレインが圧倒的にリーダーに見えてしまうのは仕方ないのだ。


 それを見ているワタルが、またニヤニヤしている。

 ルレインは怒らないように、必死で自分自身を抑えつけるのであった。


 魔物の買取りには、隣の町セルマイの冒険者ギルドが駆けつけて来るらしい。

 ボルケーノサイクロプスと聞いては、ギルドマスターのロイも張り切っているのだろう。

 明日には到着するそうだ。

 あの町のギルドで、買取り資金が足りるのか心配である。


 それから、ラナリアの馬車は壊れてしまった。

 これには、キャリーが乗っていたワイバーンの死体を商隊に差し出した。

 ボロボロの亡骸ではあるが、馬車の荷台の代金としてはお釣りが来るだろう。


 本来なら旅路を急ぎたいところだが、今日、このまま出発するのはさすがに厳しい、ということで、トソの村にもう1泊することになった。

 明日、魔物の買取りを見届けてから発つことになるだろう。


 トソの村の宿屋が無事だったのはラッキーであった。

 家を失った村人も多く、泊まれる場所の確保も大変なはずだが、村を救ったワタル達のことは優遇してくれたようだ。

 前日と同じ部屋をそのまま使うことが出来た。

 納屋で夜明かしでも仕方ないところだったので、村の配慮に感謝である。



 さて、次の日の朝、セルマイの冒険者キルドのメンバーが到着した。

 夜中の強行軍で到着したようだ。

 比較的安全な街道だとはいえ、随分無理をしたものである。


 同じ冒険者キルドであっても、町同士の競い合いがあるのだ。

 レアな素材の確保も、ギルドの格を上げるのに必要な要素なのだ。

 他の町に取られないようにロイも必死なのだろう。


 ちなみに、ギルドの職員の護衛について来たのは、先日絡んできた熊の獣人達だった。

 先日のワイバーンに続いて、今度はボルケーノサイクロプスである。

 さすがに絡んでは来なかった。

 当たり前である。

 それどころか、声もかけて来ない。

 余程ビビっているのだろう、いい気味である。


 ギルドからは、副ギルドマスターが来ていた。

 ギルマスのロイは来ていないものの、かなり気合が入っている証拠であろう。


 さて、肝心の魔物の査定だが、ボルケーノサイクロプスは1体当たり金貨100枚での買取りになった。

 これは、Aランクの魔物といえども高い買取り額である。


 ノク領の南東には火山地帯が広がっている。

 そこでは、時折ボルケーノサイクロプスの目撃情報が上がっているし、稀には討伐素材が手に入ることもある。

 しかし、ノク領の北部でボルケーノサイクロプスの素材が手に入ることは全くないのだ。

 セルマイのギルドとしては、喉から手が出るほど欲しい素材だったのである。


 ワイバーンは、損傷が酷いということで金貨5枚の買取り額だった。

 それでもこれで、新しい荷台が買えるだろう。


 商隊にしてみれば、あれだけの魔物に襲われてカラの馬車の荷台1つで済んだのは奇跡に近い。

 元々は、商隊が襲われたところを、たまたま護衛がチームハナビだったので助かっていただけなのだから。

 商隊の者も、荷馬車の弁償までしてもらって感謝をしている。


 さて、その商隊とチームハナビは、陽が高くなり始めたトソの村を急いで出発することになった。

 奇跡の戦姫を送り出す村人達に盛大に見送られながら、再び旅路についたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る