第47話 驚愕のサイクロプス

 迫り来るボルケーノサイクロプスに対して、ラナリアが選択したのは氷魔法。

 火属性の敵に対して氷や水の属性魔法を使うのは、セオリー通りのやり方である。

 弱点属性の魔法の攻撃は、通常の2倍から3倍の威力が期待できる。


 ラナリアが頭上に展開させた氷の槍は10本。

 槍というよりは、太い円錐形の氷の柱のようだ。

 氷の槍では細過ぎて折れてしまうイメージを持ったのであろう。

 こういう具体的な造形は、魔法使いそれぞれのイメージ力に依存している。


「アイスランス」


 ラナリアが魔法名を言いながら杖を振ると、10本の氷柱がボルケーノサイクロプスに向かって飛んで行く。


 ドン、ドン、ドガッ、ドガッ


 氷柱は、先頭のサイクロプスだけでなく、その後ろにいる他の3体にも命中した。

 サイクロプス達は、全く氷柱を避ける素振りは見せずに、そのまま受け止めてしまった。


 約半数の氷柱を引き受けた先頭のサイクロプスの足が止まる。

 さすがに少し効いているように見える。


 しかし、氷柱の1本2本しか受けていない後ろのサイクロプスの足は止まらない。

 そのまま、ラナリアの方へ歩き続いている。

 足の止まったサイクロプスも再び歩き始め、結局、順番が入れ替わっただけである。


「想像以上に硬いわね」


 そう言ったラナリアの頭上には、既に次の氷柱が用意されている。

 今度の氷柱は2倍の大きさがある。


「これならどう?アイスランス!」


 ラナリアが杖を振り、氷柱はボルケーノサイクロプスめがけて飛んで行く。


 ラナリアは氷や水の魔法は苦手としていたはずだが、問題無く高等魔法を連発している。

 クエストに出る前に、エルフのマリアンにしてもらった杖のバージョンアップが相当に良かったらしい。

 魔法使いとしてのラナリアの本来の力が、杖によって引き出されているのだろう。


 今度のアイスランスは、10本全てが先頭にいるボルケーノサイクロプスに向かう。

 これだけの氷魔法が集中すればダメージを与えられるだろう。

 上手くいけば1匹は倒せるかも知れない。


 ところが、サイクロプスはラナリアの思惑を吹き飛ばす行動に出る。

 ボルケーノサイクロプスの特徴とも言うべき、身体中の黒いヒビが閉じた。

 黒く太い線になっていたひび割れが、スッと細い線になり、吹き出していた炎も見えなくなった。

 そして


「ガアァァァァ」


 先頭のサイクロプスは叫び声と共に、口から炎を吐き出した。

 この炎は、熱線に近いもので、炎のブレスと言っても良いものだった。

 まるで、ドラゴンのようである。


 これを見たラナリアは驚いたのだが、もっと魔物の情報に詳しい者、例えばシルコがこれを見たら、もっと驚いたに違いない。

 ブレスを吐くサイクロプスの記録など何処にも無いからである。


 ボルケーノサイクロプスは非常にレアなモンスターであり記録が多い訳ではない。

 それでも、それなりの情報の蓄積はある。

 長いランドの歴史の中で記録されたモンスターとの戦いの情報は、かなり詳細に残されていて一般市民に公開されている。

 これは、魔物が存在する世界に暮らす人々が、自らの血と引き換えに、あるいは命を賭して得た知識であり、決して軽いものではないのだ。


 学術的な意味よりも、生きる為に必要な情報である。

 知られていないモンスターのスキルひとつで、助かる命が失われることもあるのだ。


 そういう意味でも、ボルケーノサイクロプスのブレスは大事件と言っても良いだろう。


「あら、あいつら、あんな技があったのね」


 上空で見ているキャリーも驚いている。


 そして、なお驚くべきは、ブレスの威力であった。

 ラナリア渾身の氷魔法の氷柱10本のほとんどが溶けてしまったのだ。

 幾らか残った氷柱は、サイクロプスが横薙ぎに振るった腕で弾き飛ばされてしまった。


「操られてるくせに、学習して、防御もするのね。これはキツいわね」


 ラナリアは馬車を、サイクロプスに対してジグザグに走らせながら後退することにした。

 村にサイクロプスを近付けたい訳ではないが、ラナリア1人でこの4匹に対抗するのは厳しいと判断したからだ。

 敵に背を向けて走ってしまうと、サイクロプスの進行を早めてしまうと考えてのジグザク後退である。


 それに、ラナリアにはワタルの気配が近付いているのが分かっていた。

 ここはワタルと合流すれば、何か良いアイディアがあるかも知れない、と思ったのだ。


 ラナリアは、現在ピンチである。

 ボルケーノサイクロプスの攻撃に、ワタルが馬車に張った結界が耐え切れる保証は無いのだ。

 それでも、ワタルが来てくれるというだけで、ラナリアは落ち着いていられた。


 全く頼りないエッチなだけの少年なのだが、いざという時には頼ってしまう不思議な感覚をラナリアは味わっていた。

 確かにワタルは、考えても見なかった方法で魔法を使ったり、見たことも無いようなスキルを使ったりしてラナリア達を助けてくれている。

 でも、それだけでは無いような気がしているのだ。


「何なのかしらね……」


 まだ、その感情が何なのか、ラナリアにも分からないようである。



 徐々に後退するラナリアであったが、4匹のボルケーノサイクロプスはどんどん追いついて来る。

 巨人だけあって歩幅が広いのだ。

 そして、再び先頭のサイクロプスのひび割れが閉じる。


「来る!」


 ラナリアはブレスの攻撃に備えて、結界に魔力を注ぎ込む。


「嫌な予感がするわ」


 元ヘタレ魔女のラナリアの弱気の虫が騒ぎ始めたようだ。

 ラナリアは、注ぎ込む魔力の量を思い切り増やす。

 ここで結界が破られたら相当にマズイことになる。


 その直後、ラナリアの馬車にブレスが到達した。

 馬車の横っ面に襲いかかるボルケーノサイクロプスの炎のブレス。

 赤い熱戦が、馬車の結界を高温で焼いていく。


 透明な結界が、半透明の赤い膜に変わっていく。

 結界自体がかなりの熱を持ってしまったようだ。

 結界自体は何とか保っているが、結界の内側にいるラナリアや馬にとっては、高温で蒸し焼きにされているようなものである。


 ラナリアは、氷魔法を自分と馬にかけて、結界内の温度を下げる。


 その時


 ピシッ、ピシッ


 と、あちこちから音が聞こえて、ワタルの作った結界にひび割れが走り、瞬く間にバラバラに壊れて消えてしまった。


「!!」


 慌てるラナリア。


 熱した後に急速に冷却したことで、結界に相当な負担がかかったのかもしれない。

 しかし、あのままでは熱によるダメージがシャレにならなかったので仕方ない。


 とは言うものの、これで馬車とラナリアを守る結界は無くなってしまった。


 そして、ラナリアの目には、身体の黒いヒビを閉じようとしている他のボルケーノサイクロプスが映っていた。

 このブレスをまともに喰らう訳にはいかない。


 ラナリアは馬車をワタルの気配のする方へ、一直線に向けて走らせた。

 そして、自分の後ろに氷の盾を作り出す。

 もう、盾というよりも氷の塊に近い。

 直径2メートルほどの歪な円形で、厚さも1メートル位あるだろう。


 急ごしらえの氷の盾である。

 ラナリアの魔力がかなり込められているので、急ごしらえと言っても脆くはない。

 しかし、ちゃんと防御力を上げるには、もっと表面が滑らかな方が良いし、氷ももっと凝縮させて硬度を上げ、もっと冷たく作ることも出来たはずである。


 ラナリアは氷魔法に苦手意識があり、慌てると本来の力が出し切れないだけでは無く、練習不足も否めないだろう。


 それでも、敵のブレスに間に合わせたのはさすがである。

 でも、大魔法使いになる、と公言してはばからないラナリアにしては、お粗末な氷の盾である。

 盾の出来栄えに若干落ち込みつつも、そこに魔力を込めて耐えるしかないラナリア。

 魔力の使い過ぎで、少しやつれ始めている。


 今回の戦いでは、ラナリアは高等魔法だけでしのげた訳ではない。

 結界に注入する魔力も、出来の悪い氷の盾に注入する魔力も、ラナリアの体内魔力を使っている。

 まだ少し余裕はあるものの、ラナリアの魔力も限界が近くなってきている。


 この大きな氷の盾を後方に浮かせて、馬車と一緒に移動させる風魔法だけでも大変である。


「ガアァァァ」


 ボルケーノサイクロプスの咆哮と共に、高温のブレスが襲ってきた。

 これを防ぐ氷の盾。

 強力なブレスは、氷の盾をドンドン溶かしていく。


 ラナリアは、馬車を進めながら、氷の盾に残り少ない魔力を注いで堪えようとする。


 両者の力は拮抗しているようだ。


 そして、耐え切った、と思った瞬間に、もう一条のブレスが他のサイクロプスから放たれた。


 ラナリアは、これをそのまま氷の盾で受けるしかない。

 しかし、最初のブレスで溶かされかけた氷の盾は、修復が出来ないほどのダメージを受けていた。


 ドゴォォン


 氷の盾が粉々に破壊されて、サイクロプスのブレスがラナリアの馬車の後部のキャビンに到達した。


 グワァァン


 馬車のキャビンが爆発した。

 爆風で前に飛ばされるラナリア。

 馬車も荷台が外れ、馬も前に転がっている。


「風のクッションを作らなきゃ……」


 空中を舞うラナリアは、地面に衝突する衝撃を避けるためにそう思っているのだか、体が動かない。

 ラナリアの魔力は限界に達していたのだ。


 ドスン


 地面に叩きつけられるはずだったラナリアは、何かに受け止められていた。

 思ったほどの衝撃でないことに気が付いて、ラナリアはつぶっていた目を開ける。


 ラナリアを受け止めたのはワタルであった。


「ラナリア、軽いな。かなり魔力を使ったみたいだな」


 ワタルはそう言うと、ラナリアの胸を触りながら


「大事なオッパイが萎みかけてるじゃないか」


 と、ニコニコしている。

 ラナリアには怒る元気もない。

 ただ、ワタルが来たことで安心してしまい、身体に力が入らなくなっていた。


 ワタルはノンビリとした様子だが、サイクロプスは迫っているのだ。


「ブレスが強力なのよ。かなりの魔物よ」


 ラナリアはワタルに抱かれたまま、サイクロプスの方を振り返る。

 そこには、既に4匹のボルケーノサイクロプスがいて、攻撃を繰り返しているところだった。


「結界を張ったから大丈夫だ。3点で作った壁だから簡単には抜けないさ」


【右対熱対衝撃無効結界】

【中対熱対衝撃無効結界】

【左対熱対衝撃無効結界】


「無効化するから、ブレスの強さは関係無いんだ。それに音の振動も無効化するからうるさくなくていいだろ」


 ワタルはそう言いながら、ゆっくりとラナリアを降ろした。

 ラナリアは地面に座ったまま、サイクロプスの方を見る。


 透明な壁の向こうで、4匹のサイクロプスが狂ったようにブレスを吐いたり、結界を殴りつけたりしているが、その叫び声も殴りつけている衝撃音も微かにしか聞こえない。

 何だか、手強く危険な魔物だったのに、こうなって見ると滑稽にすら思えてくる、とラナリアは思った。


 ラナリアの横の方に、馬車を引いていた馬が倒れていた。

 何とか結界のこちら側に辿り着いたようだ。

 馬は、ゆっくりと立ち上がると、ブルルッと頭を振って何歩が足踏みをした。

 問題無いようだ。


 ラナリアは立ち上がり、馬の首筋にそっと手を当てて


「ご苦労様」


 と、馬をねぎらった。

 馬はもう一度、ブルルッと頭を振って応えた。


 ワタルがラナリアに話しかける。


「この結界はただの壁なんだ。だから横から回ったら通れちゃうんだよな。こいつらバカだから気が付かないけど、上にキャリーもいるからな。今のうちに倒しておかないと」


「でも、倒すって言ったって簡単には……」


「ちょっと思いついたんだけどさ……」


 ワタルはニコニコしている。

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