第46話 新たなる脅威

 春の曇り空の下、キャリーの操る大量の魔物との戦いが続いている。


 上空で支配下の魔物の戦いを見ていたキャリーは、悔しさでイライラしていた。


「あぁっ!何なのよ、あの馬車は!」


 馬車の周りに次々と爆発が起こって、魔物はドンドン倒されていく。

 魔物に囲まれて絶体絶命のはずなのに、やられているのはキャリー配下の魔物の方なのだ。


「あれは、何かの魔法がかかっているのね。あれだけ強力な魔法だと、そう長くは続かないわ。ゆっくり魔力切れを待とうかしらね」


 魔物の軍団は、みるみる数を減らしているのだが、キャリーに慌てた様子はない。

 魔物がいくら死んでも、キャリーの心は痛まないようだ。

 ただ、思うようにいかないのがイラつくだけなのである。



 地上では、結界の馬車が魔物を引き付けてくれているおかげで、トソの村に入ってくる魔物の数は大分少なくなっている。

 それでも、馬車を追わなかった魔物も、4、5百匹はいるようだ。

 通常なら村にとっては大災害で、ほぼ全滅確定の規模の魔物である。


 しかし、今、村民を守っているのはワタルとルレインである。

 高ランクの魔物ならともかく、ゴブリンやコボルトでは相手にならない。


「たぁぁぁっ」


 ルレインは、掛け声と共に魔物の中に突っ込んで行く。

 ルレインが剣を振るう度に、2、3匹の魔物が斬り伏せられていく。

 上空のキャリーに操られているだけの魔物なので、それ程変わった動きを見せる個体がいないのだ。

 ルレインにとっては、数が多いだけで戦いやすい敵だといえる。


 ルレインは、敵の動きを予測して、効率良く剣を振っている。

 トリッキーな動きをする魔物がいない以上、怖いのは疲れだけだ。

 とにかく魔物の数が多く、動きが単純なので、疲れてくると緊張感が途切れやすい。

 ちょっとしたミスで、足でも取られれば、一気に押し込まれる可能性もある。


 常に緊張感を保ちつつ、長時間戦い続けることが、予想以上にルレインを消耗させていた。



 一方ワタルはルレインが出た方向の反対側から来る魔物を相手にしていた。

 ワタルの場合は、ルレインのようなマトモな剣士ではないので、戦いがテキトーである。


「やぁぁ!」


 などと掛け声をかけながら、【風の剣】を振っている。

 魔物にあまり近付かれるは嫌なので、主に風の刃を飛ばしている。

 それでも、風の刃が飛んだ先では、ゴブリンやコボルトが纏めて2、3匹は倒されている。


 数に任せた魔物達に押し込まれそうになると、ワタルは少し溜めを作って大きく剣を振る。

 そして、そこに風をまとわせて、炎や電流を流していた。

【風炎剣】や【風雷剣】とでも呼ぶべきこの技は、ワイバーンが迫ってきた時に使った技である。


 横薙ぎに剣を払うように使うと、広範囲に渡ってカバー出来るので、集団の魔物相手には都合が良かったのである。

 炎は相手をまとめて燃やしてくれるし、電撃も、感電した魔物に触れている他の魔物にも電流が流れる。

 ワイバーンが相手の時は、強敵なので電流の風を敵に巻きつけて倒したが、ゴブリンやコボルトなら触れるだけでも十分に倒すことが出来た。


 ワタルは魔力消費による疲れはあるものの、ギリギリの戦いによる精神的な消耗は最低限で済んでいた。


 そして、ルレインもワタルも効率よく魔物の数を減らす攻撃を心掛けていて、多少の討ち漏らしは放っておいた。

 村人の近くには他の冒険者がいて、彼らに任せているのだ。

 1匹も討ち漏らしが許されない、というプレッシャーの中では余計に消耗してしまう。


 この、なるべく肩の力を抜いて戦うようにする、というワタルのやり方は今の所上手く行っているようだ。

 しかし、今回の戦いはワタルのステルスが役に立たない局面なのが辛い所だろう。

 気配を消した所で意味は無いのだ。



 東の草原に出ているラナリアも、爆発結界を張った馬車をそろそろと走らせながら、襲って来る魔物を爆殺していた。

 結界に魔力を注ぎながらも、まだ魔力に余裕があるラナリアは火魔法を使うことを決めた。


「もう、やってらんない!焼き払うわ」


 ラナリアは久しぶりに杖を構えて詠唱することにする。


「我が名をもって世の理に乞う。風は其の力を我が意に従いて此処に集めよ」


 草原に風が吹き荒れる。

 その風は大きく渦を巻きながらラナリアの馬車の周りに集まって行く。

 そして、馬車の上方で、大きな回転する濃縮された空気の球になって行く。

 爆殺馬車に閉じ込められて、フラストレーションが溜まっているのだろう、ラナリアの作る風の球は、かつて無いほどの大きさになっている。


 馬車の数倍はあろうかと思える風の球は、その大きさだけでなく、高等火魔法「ファイアボール」の時を凌ぐ高密度の圧縮空気で出来ていた。


 ゴォォォォ


 高速で回転している空気の球は、まるで嵐が来たかのような音を立てている。

 それでも、球の周りはそれ程強い風が吹いていない。

 ラナリアの魔法が、それだけ精度の高いコントロールを実現している証拠である。

 要するにキレキレなのである。


「カチッ」


 ラナリアが火を入れると、集められた高密度の空気が炎に変化した。


 ボオォォォォォ


 ラナリアの作り出した巨大な火球は、馬車の上方で回転しながら炎の密度を維持している。

 ラナリアも馬車も火球の炎でオレンジ色に照らされている。


 もの凄い熱を周りに撒き散らしており、ラナリアは慌てて火球を10メートルほど上空へ移動させた。

 うっかりすると自分が焼かれそうだった。


「危ない、危ない」


 ラナリアにとっても予想以上の火力だったようである。

 まるで小さな太陽のようである。


 そしてラナリアは、この巨大な火球を大きな三日月状に変化させる。

 それは、馬車の上に出現した巨大な航空機の赤い羽のようでもあった。


「クレセント フレイム」


 ラナリアは、この魔法に名前を付けたようだ。

 確かに、こんな火魔法はランドには無いので、オリジナルの名前を付けても良いだろう。


 そして、その赤い三日月は半円状に広がり始め、馬車の位置から東の方へ広がり始める。

 その半円状に広がる炎は、草原でラナリアに迫る魔物を焼き尽くしていく。

 ゴブリンもオーガも関係なかった。

 ラナリアの魔法の炎の威力が、魔物の防御力を超えているのだ。


 ラナリアの馬車から東側の草原はすっかり焼け野原になり、生きている魔物は1匹もいなかった。


「ちょっとスッキリしたわね」


 ラナリアは満足そうに言い放った。



 ラナリアの派手な魔法は、嫌でも上空のキャリーの目に付いた。


「何あれ。こないだの魔法使いじゃないの!何なの、アイツ。あの火魔法ムカつくんですけど」


 キャリーは、前回の戦いのことも思い出して悔しいようだ。


「こうなったらアレを出すしかないわね。この前見つけたばかりのとっておきだけど仕方ないわ。絶対アイツ潰してやる」


 キャリーは1人でそう言うと、ラナリアの東側の森の方に手のひらを掲げた。


「火魔法の通じない相手にどうするのか、見せてご覧なさいよ」


 すると、森の奥の方で火柱が上がった。

 ラナリアの魔法ではない。

 只ならぬ気配がする。


 ズシン、ズシン


 足音がラナリアの所まで響いて来るようだ。

 キャリー配下の大型の魔物が近づいて来るようである。


 その時、ワタルは東の森の気配に気が付いていた。

 大きな気配である。

 今までの敵の主戦力のゴブリンやコボルトとは次元が違う。

 ワイバーンと同等か、むしろより大きな気配なのは間違いない。


 草原の魔物の小さな気配は一掃されているので、ラナリアが大きな火魔法を使ったのだろうことは分かっていた。

 しかし、森の中からこちらに近づいて来る気配は危険なものに思えた。


「ルレイン、ここを任せてもいいか?」


 ワタルは、迫ろうとしているコボルトに風の刃を放ちながら話しかける。

 幸いなことに、村に入って来る魔物の数は随分減ってきている。


「大丈夫よ。ラナリアね。行ってあげて」


 ルレインも不穏な空気を感じているようだ。


「悪いな。こっちも危ないようなら直ぐに戻ってくる」


 ワタルはそう言うと、東の草原に向かって駆け出して行った。


 ルレインは、遠ざかるワタルの気配を感じながら剣を振り続ける。

 ワタルが抜けても、トソの村のCランク冒険者が代わりに戦っている。

 今の所、それで問題ないはずなのだが、ワタルが近くに居なくなると背中がスースーする感じがした。

 単に戦力が少なくなっただけではない、何か心の支えの一部が消えたような感じがしたのだ。


「まさかね……」


 ルレインは、戦いの集中力を切らさないままに考え事をしている。

 器用なものだが、高ランクの剣士としては当然のたしなみなのだ。

 ただ、あまり気をとられ過ぎると危険である。


「やぁぁぁっ」


 ルレインは気合を入れ直して、ゴブリンをまとめて2匹斬り伏せたのだった。



 森の中に突然現れた魔物は4体。

 それらがラナリアのいる草原に姿を現した。


 ギャァォォォ


 魔物は叫び声をあげた。

 巨人である。

 背は5メートルはあろうか、1つ目の大巨人だ。

 真っ赤な身体をしている。

 身体中に黒いヒビ割れのような線が不規則に走っている。

 焼いたレンガか、焼きたての陶器がヒビ割れているような皮膚をしている。


 そして、そのヒビ割れから薄い炎が吹き出しているようだ。


「サイクロプスかしらね」


 ラナリアも初めて目にする魔物である。

 シルコがこの場にいれば解説してくれただろう。


【ボルケーノサイクロプス】


 押しも押されぬAランクモンスターである。

 普通のサイクロプスはBランク。

 それでも強力でレアな魔物である。


 ボルケーノサイクロプスはサイクロプスの変異種である。

 スーパーレアモンスターと言っても良いだろう。

 火山地帯に住んでいたサイクロプスが突然変異したと言われているモンスターだ。

 元々の土属性に、強力な火属性が加わって、強さの次元が変わってしまっている。

 土属性と火属性に強力な耐性を持っていて、再生力が非常に高い。


 ラナリアにとっては非常に相性の悪いモンスターだろう。

 まあ、弱点といわれる水属性の攻撃をしたとしても、中途半端な出力ではサイクロプスの表面から立ち昇る炎により蒸発してしまう。

 Aランクの魔物に弱点らしい弱点など無いのである。


 グギャギャギャ


 ボルケーノサイクロプスは、奇声をあげながらラナリアの馬車に向かってくる。

 ズシン、ズシンと4匹分の足音がする。

 地面が震えているようだ。


 サイクロプスの足元には、まだ森から出てくるゴブリンやオークもいたのだが、サイクロプスに近づいただけで身体に火が付いて燃えてしまう。

 とんでもない火力である。


 こんなモンスターが森で行動したら、あっという間に山火事になってしまう。

 ボルケーノサイクロプスは、森などの木のある所では、身体に走っている黒いヒビが閉じて、外に炎を出さないようにしている。

 そして、土の中に潜っていて、あまり外で行動することは少ないのだ。


 だから、ボルケーノサイクロプスを見たことがある者も少ないし、ましてや炎を放出している姿を見た者などほとんどいないのである。


「火魔法は効かなそうだわね」


 ラナリアはそう言いつつも、高等火魔法【ファイアボール】を頭上に展開する。

 そして、一番手前にいるボルケーノサイクロプスに放った。


 ゴォォォッ


 5つほどの火球がボルケーノサイクロプスに向かって飛んで行き


 ドンドンドォォン、ゴォォォォ


 サイクロプスに衝突した火球は、サイクロプスより大きな火柱をあげた。

 5つのファイアボールをその身に受けて、火柱に包まれて見えなくなったサイクロプス。

 普通の魔物なら、オーバーキルと言っても良いほどの攻撃である。


 しかし、ファイアボールの火柱が消えると、そこには案の定、全くダメージを受けた様子の無いボルケーノサイクロプスが立っていた。

 攻撃を受けたことを気にも留めていない様子ですらある。

 キャリーの支配下にあり、感情的な怒りなどは抑えられているにしても、桁外れの火耐性である。


「やっぱりね。じゃあ、これならどうなの?」


 今度は、ラナリアの頭上に10本の氷の槍が出現した。


 戦いはこれからである。

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