第45話 活躍する爆殺馬車

 魔物の群れは、トソの村に迫っている。

 正確な数は数えられないが、千数百といったところだろう。

 ゴブリンやコボルトが多い。

 他にもオークと呼ばれる人型のブタの魔物もいる。

 それから、オーガという鬼の魔物も少数だが混じっている。


 オークはランクD、オーガはランクCの魔物である。

 ゴブリンやコボルトに比べると遥かに強い。

 オーガ1匹でゴブリンの集落は全滅する強さだ。


 オークはランクDだが、集団行動をとる事も多く、そうするとランクはCに上がる。

 危険度が遥かに増すからだ。


 今回の場合、全ての魔物が集団行動を取っているのだから、全体としての危険度は魔物のランクだけでは測れないだろう。

 トソの村にとっては、絶望的な災害クラスである。


 その災害を分散させるために、これから馬車が村を出て行く。


 ラナリアはトソの村から東の方角に出て行くが、この方向は草原で道が無いので、移動がかなりゆっくりになってしまう。

 さらにその先は森なので、馬車では実質行き止まりだ。

 ラナリアには、村からなるべく離れた場所で、魔物の殲滅を行って貰うことになる。


「構わないから、フェニックスを使えよ。言い訳は何とでもなるだろう」


 ワタルは、ラナリアにそう言った。


「フフ、分かったわ。村の東側は火の海になるわよ」


 ラナリアは笑って応える。


「村の全滅よりはいいだろう。とにかくラナリアの無事が第一だ」


 ワタルはラナリアを抱き寄せた。


「悪いな。一番キツいところを割り当てた」


 ラナリアは、顔を赤くしつつも、少し嬉しそうだ。


「任せてよ。焼き払って来るわ」


 ラナリアはそう言うと、ワタルの懐を離れ、馬車の御者台に飛び乗る。

 そして、振り向かずに東に向かって行った。


 見送るワタルに、シルコが横から抱きつく。

 ワタルはシルコを抱き抱えて、頭を撫でる。


「悪いな、シルコ。1人で行かせて」


 シルコはワタルを見上げる。

 耳がピクピクしている。


「矢は惜しまず使うんだぞ。無理に馬車から降りて戦ったらダメだぞ」


 ワタルの言葉にシルコは頷いている。

 これまでチームハナビは、パーティーで協力して戦って来たので個人が別々に戦うのは初めてである。

 シルコの強さを疑ってはいないが、やはり心配なのだ。


 不安なのは、エスエスも同じである。

 エスエスは、シルコの反対側のワタルの腰に抱きついた。

 ワタルは笑ってエスエスの緑色の髪をクシャクシャと撫でる。


「矢は全部使うつもりで行けよ。危ないと思ったら戻ってきてもいいからな。何とかなるから、大丈夫だ」


 エスエスも何度も頷いている。


 ルレインはこの姿を見て、本当にあの強いメンバー達なのか、と疑いたくなっていた。

 これでは戦場に初めて赴くひよっ子ではないか、と。


 数多の戦いをくぐり抜けてきたルレインには、緊張や恐怖はもちろんあるが、このような得体の知れない不安感のようなものは無くなっていた。

 冷静に判断して、遂行するだけだ。

 それが一番、生き残る確率が高い事を知っているからだ。


 ルレインはワタルの作戦を聞いて、十分に勝機がある作戦だと思った。

 たから、不安は無い。

 そう割り切るだけの経験を積んでいるのだ。


 それに、ラナリア、シルコ、エスエスの役回りは、一見危険に思えるが、実は逆である。

 むしろ、危険なのはワタルとルレインのポジションなのである。

 ルレインは、その事も看破していた。

 だから、ワタルとルレインを当てたのだと。


 それでも、1人で戦う事が不安でグズって見せているシルコとエスエスを、優しく慰めているワタルを見て、ルレインは不思議な気持ちになっていた。


 そうしているうちに、シルコとエスエスも落ち着き、北と南に出て行った。

 見送るワタルに、ルレインが声をかける。


「優しいのね」


 ワタルはルレインの方に振り向き


「ルレインも不安なのか?」


 と、聞いてみる。


「ふふふ、冗談でしょ」


 微笑むルレイン。


「俺は、ルレインに慰めて欲しいくらい不安だけどな」


「あ、今そういうのいいから」


 ルレインは行ってしまった。



 上空のキャリーは、トソの村を包囲する魔物達が村に迫っているのを眺めていた。

 これから繰り広げられるであろう、残虐な光景にワクワクしているのだ。


 ルレインも、あの魔法使いも皆んな、細かく食い千切られて死ねばいい、と楽しみにしている。

 こんな、サイコパスが強い力を持っているのだから、異世界は恐ろしい所である。


 その時、下界の村に変化が見られた。

 商人の馬車が村から出てきて、魔物の群れに向かっているのだ。


 東側の草原に一つ見える。

 そして、街道を南北に分かれて一つづつ、3台の馬車だ。

 キャリーは、一昨日の馬車が3台だったのを思い出し、ニヤリ、と頬を緩めた。


「バラバラに脱出して助けを呼ぶつもりね。バカな奴らね。させる訳ないじゃない」


 キャリーが上空のワイバーンの上で手を動かすと、地上の魔物の群れに変化が起こった。

 どうやら、ここからでも操れるらしい。


「馬車を潰してから、村を襲わせればいいしね」


 村を出た馬車の方へ向かって、魔物の動きが偏り始めた。

 おおよそ、4分の1づつの魔物が馬車に向かう。

 そのまま村に向かって行くのは、約4分の1の500匹弱である。

 ワタルの思惑通りである。


 ワタルの思惑を知らないキャリーは


「潰してやるわ」


 と、自信満々である。



 さて、街道を南に向かって馬車を走らせるシルコには、そろそろ魔物の集団が近づいて来た。

 魔物に向けて、得意の弓矢を放つ……いや、放たずにそのまま突っ込んで行った。


 先頭のゴブリンがギャーギャー喚いているが、構わずそのまま衝突する。

 すると


 ドガァァァン


 そのゴブリンが爆発した。

 馬車にはワタルの結界が施されていた。


「爆発反撃結界」


 である。

 シルコとエスエスの矢の先に付けた結界と同じである。

 ただ、この馬車に付けた結界には、かなり多くの魔力と、何度でも爆発するように継続するイメージを付けている。

 そして、この結界にはシルコが魔力を注ぐことも出来るので、かなりの時間維持できるはずなのだ。


 魔物の側から見れば、厄介極まりない殺人馬車になっているのだ。


 ドガァァン、ズガァァン、バガァァン


 シルコの馬車は、魔物を爆殺しながら包囲網を突っ切って行く。


 バゴォォン、ドゴォォン


 キャリーによって、馬車を攻撃するように操られてしまっている魔物達は、本能では馬車に近づくべきではないと分かっていても突っ込んでくる。

 シルコの馬車が、包囲網を抜けた時には、もう街道上に生きている魔物の姿は無くなっていた。


「さすがワタルの結界ね。凄い威力だわ。でも、ドカンドカンうるさいわね。次は、改良してもらわないとね」


 シルコは、今までの爆発で失われたであろう結界の魔力を、自分で注ぎ込みながら呟いた。

 まだ、シルコの馬車に向かって来る魔物は数え切れないほど残っている。

 シルコは、その場で馬車を停め、魔物を迎え撃つべく弓を構えるのだった。



 一方、エスエスも爆発結界の馬車で、魔物の包囲網を抜け出していた。

 大量の魔物を爆殺しながら、魔物の集団の北側に出てみると、そこには魔物に攻撃を加えている3人の冒険者の姿があった。


 大量の低ランクの魔物が、トソの村に向かっている。

 この冒険者達からすれば、たまたま見つけたゴブリンを狩ろうと追いかけて来てみれば、いつの間にか大量の魔物の集団の後ろに位置していたのだ。


 しかも、なぜか魔物達は、後ろから攻撃しても振り返りもしない。

 一目散に南に向かっている。

 彼らにとっては稼ぐチャンスである。


 ゴブリンやコボルトでも、討伐証明となる素材をギルドに持っていけば稼ぎになる。

 反撃して来ない魔物を狩り放題だったのだ。


 そこに、エスエスの爆殺馬車が現れた。

 魔物の流れが馬車に向かって行く。


 ドゴン、ドゴォン


 そして、馬車に接触した魔物は爆発していく。

 魔物の動きが変わったことで、冒険者達は混乱しているようだ。


 自分達から遠ざかろうとしている魔物を、後ろから仕留められるから余裕があったのだ。

 エスエスの馬車に向かう魔物の中には、その導線上に冒険者を捉える魔物もいる。

 自分達を狙う魔物も出て来るということだ。

 それ程、腕の立つ冒険者達ではない。

 ゴブリンあたりを狙っているのだから当然だろう。


 それでも、ゴブリンなら何とかなるのだろうが、運の悪いことに冒険者達に向かって来る魔物の中にオーガがいたのだ。

 オーガはゴブリン数十匹分の強さを持つ。

 この冒険者達では、間違いなく殺されるだろう。


「まずい、オーガがいるぞ」


「え、どこだ。でも、こっちに向かってるのか」


 発見次第すぐに撤退すべきなのだが、判断が遅い。

 オーガは身体が大きく足も速い。

 みるみる間に冒険者達に迫る。


「うわー」


 オーガが冒険者の1人に攻撃を加えようとした瞬間


 バシュッ


 飛んできた弓矢は、正確にオーガの眉間を貫き後頭部へ抜けている。

 その場に崩れ落ちるオーガ。

 馬車の上からエスエスが放った弓矢であった。


 以前、ワイルドボアの頭蓋骨に矢が弾かれたことを考えると、矢を良いものに変えたことで威力が上がっていることは一目瞭然である。


「今のうちに下がってください!」


 エスエスは冒険者に叫ぶが、爆発音が大きく聞こえないようである。

 ジェスチャーで下がるように指示をするエスエス。


 冒険者達は、子供のような体格の者が1人で馬車を動かしながら弓矢を扱っていることに驚くが、危ないところを命を救われたのは事実である。

 素直に指示に従って撤退を始めた。


 実はこの時、冒険者の1人がエスエスを侮って、馬車と弓を奪おうと考えたのだが、他の2人に止められていたのだった。

 エスエス襲撃を思いとどまって、この冒険者は命拾いした、と言えるだろう。


 ワタルの施した結界は、攻撃の意志のないものは通すが、結界の中のものを攻撃しようとすれば、爆発による反撃が作動する。

 当然、強盗目的で結界に触れれば爆殺されてしまう。

 仲間を止めた2人の冒険者の好プレーであった。


 その後も、エスエスは弓と馬車の結界で、魔物の数を減らしていくのであった。



 さて、シルコやエスエスに比べると、キツい役回りだと言われたラナリアだが、彼女も特に問題無く魔物の群れを爆殺していた。


 草原の中程で魔物の群れの先頭と接触したラナリアの馬車は、その接触したコボルトを爆散させ、群れの中に突っ込んで行く。

 そして、草原の中央で魔物に囲まれることになった。


 街道を進んだ馬車に比べて、道が整備されていない草原では、どうしても走行が遅くなる。

 あまり無理をして馬車を進めても、どうせ森で行き止まりだし、何かの拍子に馬車が壊れて、結界が消滅しても大変である。

 だからラナリアは、馬車の移動はゆっくりと慎重に進めていた。


 結果として、魔物に取り囲まれて、馬車は動かなくなってしまったのである。


 それでも、ラナリアが危険にさらされている訳ではない。

 結界が機能している限りは、いくら沢山の魔物が突っ込んできたところで、ラナリアには指一本触れられないのだった。


「思ったよりもつまらないわね」


 ラナリアは、馬車の上で呟いている。


「それにうるさいし、気持ち悪くなってきたわ」


 爆発音はうるさいし、結界の中から爆発する魔物を見続けているのだから無理もない感想である。


 それに、馬車が動かないと、周りに魔物の爆殺死体が溜まってくるのだ。

 その死体達を乗り越えて、後から後から魔物が迫ってくる。

 その魔物も爆殺されて、死体の山はどんどん高くなってしまう。


 死んでしまった魔物には攻撃の意志が無いので、結界をすり抜けて、馬車の近くに溜まっていく。

 放って置くと、本当に馬車が動けなくなってしまいそうだった。


「ああ、気持ち悪い」


 ラナリアは、風魔法で魔物の死骸を遠くに吹き飛ばしながら文句を言っているが、ラナリアをここに配したワタルは正解だっただろう。

 他の者だと、溜まった死骸をどかせないので、死骸に埋もれてしまったかも知れない。


「もう、面倒だから焼き払おうかしら」


 ラナリアは、そんなことを考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る