第44話 押し寄せる魔物
過ごしやすい春の陽気である。
雨も降りそうな気配もしない。
絶好の旅日和である。
セルマイの町の周りを抜けてしまえば、人々の喧騒も無くなり、静かな田舎の風景が広がっている。
日本で田舎の風景と言えば、田園が広がる風景を想像するものだが、ここ異世界のランドでは、それは町の周りだけである。
町の周りを抜ければ、そこには荒野や草原、原生林が続くのみである。
ノク領の中心を縦断している一番大きな街道沿いでもそうである。
手付かずの自然が、果てしなく続いているのだ。
そんな荒野の中を続く街道を、チームハナビが護衛している商隊の馬車は進んでいる。
「それにしても、こんな騒ぎになるとはね」
シルコがコソコソ話し始める。
フェニックスと雷龍の騒ぎが自分達のしたことだと、商隊の人には明かしていないので、聞かれないように会話をしなくてはならない。
「よく考えてみれば、当然でしたね。でも、あんなに凄いものになるとは予想外でしたよ。感動しちゃいました」
エスエスが楽しそうに言っている。
「でも、あの魔法は当分の間封印だな。さすがにバレたらマズいだろ」
と、ワタルが言うと
「小さい規模にすれば大丈夫でしょ。何だか、いかにも魔法使いって感じで気持ちいいのよね」
と、ラナリアが応える。
「うわっ、全く反省してないのね」
思わずルレインが口にする。
「当たり前じゃないの。アタシは大魔法使いを目指しているのよ。こんなのまだまだ序の口よ」
「まあ、それでもしばらくは自重してよね。暗殺どころじゃなくなるわ」
「分かってるわよ。迷惑はかけないわよ」
ラナリアも本当は分かっているのだ。
ただ、魔法使いとして進歩していることが嬉しいだけなのである。
「この騒ぎで話す余裕が無くなっちゃってたけど、キャリーのことを話しておきたいわ」
ルレインが話を変える。
「キャリーは、昨日のことで諦めるような性格じゃないの。彼女の準備が出来次第、またすぐに襲って来るわ。自分が狙ったターゲットが生きているのが我慢できないのよ」
「完全に壊れてやがるな」
ワタルが吐き捨てるように言った。
ルレインが続ける。
「次は、かなりの戦力で来ると思うわ。私の予想では、低ランクの魔物が山ほどね。数百か数千か、数え切れないほどのね」
「こっちが疲れるのを待つ作戦か……」
ワタルが呟く。
「もともと、圧倒的な戦力で相手をなぶり殺しにするのが趣味なのよ。商隊を襲うのに、ワイバーン3匹使うのだって過剰戦力だったわ。ワイバーンみたいな高ランクの魔物はそうそう手に入らないから、今度は、低ランクの魔物で数を集めて来ると思うわ」
「それなら、今日襲って来ることはなさそうね。そんなに沢山の魔物を昨日の今日で集められるとは思えないわ」
と、ラナリアが言う。
広域殲滅魔法を得意とするラナリアには、数で押してくる作戦はそれほどの脅威ではないのだろう。
口調も落ち着いている。
どちらかと言うと、剣や弓を扱うシルコやエスエスの方が戦い辛いだろうが、いまや結界魔法の矢があるのでそれ程心配はしていない様子だ。
ワタルは規格外なので、誰も心配していない。
結局、一番心配なのは純粋な剣士のルレイン、ということになってしまった。
「まさか、私がね……」
この結論に至った時に、ルレインは内心でため息をついていた。
こと、戦闘に関して自分が心配される立場になるとは……
しかし、心の何処かでワクワクしている自分もいるのだ。
ガナイに窮地を救われた時に感じた感覚に通じるものがある。
ルレインの中で、まだはっきりと自覚はしていないが、何かが変わりつつあるのであった。
さて、今日の旅路は順調であった。
陽が傾く頃になると雲が多くなり、天候が下り坂になっていったが、雨に当たることもなく小さな村に到着した。
ここまでの道中、比較的気配の大きな冒険者のパーティーとすれ違うことが多かった。
恐らく、ロイから要請を受けた冒険者か、臨時クエストの情報を得て、急ぎセルマイの町へ向かう冒険者なのだろう。
本当にご苦労様である。
雷龍もフェニックスも絶対に見つからないのだから可哀相である。
ワタル達が到着した村はトソの村という。
規模が小さく人口も少ないものの、大きな街道にある村なので、食堂や宿屋は充実していた。
今回の、ノク領の中央を南下する旅は、村や町の設備が良いので野宿の必要が無く楽な旅である。
毎夜、ベッドで眠れるのは幸せである。
その分、路銀はかさむのであるが……
夕食を食べて、部屋に行く。
昨夜のような実験は無しだ。
やはり、それなりに反省はしているのだ。
ワタルは、ルレインの話を受けて、矢に結界魔法を多数仕込んでおいた。
他のメンバーも武器の手入れをしたりして、一応キャリーの襲撃に備えている。
真面目にやることはやるのだ。
次の日の朝、まだ陽も出ないうちに、村の喧騒でワタルは目を覚ました。
「何だまたか?」
と、寝ぼけた頭に昨日の事が浮かぶが、それは違う、と思い直す。
昨日は何もしていない。
隣のベッドのエスエスはもういなかった。
相変わらず、朝の早い男だ。
それにしても、外が騒がしい。
叫び声や悲鳴も聞こえる。
気配を探ると、とんでもない事になっているのに気が付いた。
ベッドから跳ね起きるワタル。
急いで準備をして外に出る。
既にチームハナビは勢ぞろいしていた。
「キャリーが来たわ」
ルレインが告げる。
トソの村におびただしい数の魔物が押し寄せて来ている。
ワタルが索敵してみると、気配の小さい魔物がほとんどだが、中にはソコソコ大きな気配も混じっているようだ。
数は数え切れない。
千は優に超えているだろう。
「ルレインに聞いてはいたが、凄まじいな」
ワタルが素直な感想を述べる。
「落ち着いている場合じゃないわね。アタシ達が目的なら、早く村を出ないと被害が大きくなるわ」
と、ラナリアが言うが、ルレインは
「いや、無理ね。私達が脱出しても、この村は壊滅するわ。全部の魔物を引き付けることは出来ないわよ。ここで、村を守りながら戦うしかないわ」
と、籠城作戦を提案する。
「それがキャリーの狙いなのは分かってるけど、乗るしかないのは悔しいわ」
ルレインは唇を噛んでいる。
魔物達はトソの村を取り囲むように進んで来ている。
仮にワタル達が包囲を突破して、半分の魔物を引きつけたとしても、突破した反対側から来ている魔物は、そのまま村を通過するだろう。
その時に、村人が蹂躙されるのは避けられない。
その時、ワタルが皆に告げる。
「俺に考えがある。パーティーを4つに分けるぞ」
「え、でも……」
ルレインが反論しようとするが、ルレインの肩にシルコがそっと手を置く。
振り向くルレインにシルコは首を振って見せる。
ワタルに任せよう、という意思表示である。
ルレインも一応納得する。
ルレインも、なぜかワタルに任せた方が上手くいくような気がしたのだ。
「先ずは、商隊の所へ行こう」
ワタルは、商隊の馬車に向かいながら皆に話す。
「馬車3台で別方向に村を出て、魔物を殲滅するぞ。別々に出れば、かなりの数を引き付けられるだろ」
「なるほど、それなら……」
ルレインも考えているようだ。
ワタルは手早く作戦を伝え、それぞれが動き出す。
間もなく、魔物の群れは村の境界に達するだろう。
時間はギリギリだ。
ワタル達が急いで作戦を練っている頃、キャリーは上空にいた。
火傷の跡がまだ残っているワイバーンに乗っている。
高度約400メートル、曇り空で上空は結構寒い。
下方の村や森が小さく、箱庭のように見える。
人は豆粒のようだ。
キャリーは、これまで上空にいる限りは、攻撃されることもなく、大抵は発見されることもなく、好き勝手やってきた。
それで、全く問題無かった。
眼下の箱庭など壊そうが燃やそうがアタシの勝手だ、と思っていた。
ところが、一昨日の戦いでは……
ギギギギギ
キャリーは思い出すだけで腹が立ち、歯ぎしりをしている。
「何なのよ、あいつら。それに、何でルレインがいるのよ」
絶対安全圏の上空にいたのに、弓矢なんかでワイバーンを堕とされるとは考えもしなかった。
矢が届いただけでも驚いたのに、その矢が爆発するとは……
たまたま、キャリーが乗っていないワイバーンだったから助かったが、そうでなければ確実に死んでいた。
こんな攻撃は初めてだった。
「悔しい……」
キャリーは、乗っているワイバーンの背中をバカバカ殴っている。
キャリーの腕力では、ワイバーンはダメージすら感じないが、首をキャリーの方に曲げて様子を伺っている。
そして、問題無さそうだと判断したのか、また前を向いて飛ぶことに集中し始めた。
あの時、ワイバーンを1匹堕とされても、まだキャリーには余裕があった。
ワイバーンで直接攻撃すれば良いだけだ。
空から高価なアイテムを使って攻撃しているのは、空が安全だからだ。
矢が届くのであれば、安全ではないのだから上空にいる意味はない。
降りて行って直接攻撃すれば、あんな馬車が耐えられる訳がない、と思えた。
まさか、ワイバーンのブレスを超える火魔法、しかも、防御アイテムまで超えてくる火魔法が待っているとは考えもしなかった。
危なかった。
死ぬかと思ってビビった自分が嫌だった。
ルレインが見えたが反応する余裕も無かった。
追撃の矢の中を必死で逃げる自分が嫌いになった。
いつの間にか、もう1匹のワイバーンもやられていた。
こんな屈辱は初めてだった。
キャリーは、一昨日の戦いを思い出しながら、改めて自分の中のドロドロした殺意が強くなるのを感じていた。
自分にこんな屈辱を与えた連中を許さない。
屈辱的な死を与えるわ。
汚い低俗な魔物にジワジワと殺されると良いわ。
周りの村人も守れない悔しさの中で、魔物の死骸に混ざって死になさい。
自分の無力を思い知りながら死ぬのよ。
キャリーはこの時、自分の発しているドス黒い殺意が、明確に自分の居場所をワタル達に教えてしまっている事に気が付いていなかった。
さて、地上のトソの村は大騒ぎになっていた。
村長は、村民を村の中央にある集会所のような所に集めていた。
全村民合わせても50名ほどの小さい村だったことは幸いした。
まだ、数名、集まっていない者もいるが、ほとんどの村民は集会所に避難している。
それから、たまたまトソの村に居合わせた商人や冒険者がいる。
冒険者は、この集会所の防衛にあたって貰う。
ランクBとCが1人づつ、ランクDが2人いた。
他の商隊の護衛だという。
元、ランクAのルレインの言うことはきくようだ。
まあ、そうするしか無いのだろう。
いくら自由な冒険者といっても、この数の魔物の包囲網を単独で突破するのはリスクが高過ぎる。
ここで、魔物の殲滅作戦に協力した方が、生き残る確率は高そうに見えるはずだ。
それから、村人の中にも戦えそうな者もいる。
村の警備をしている者や、喧嘩自慢の若者もいる。
ゴブリンの相手くらいは出来るだろう。
そして、今回のワタルの作戦のキモは商隊の馬車である。
3台ある馬車を、それぞれ別の方向に向かわせて、魔物を引き付けるのだ。
この馬車に乗るのは、ラナリア、シルコ、エスエスである。
エスエスは街道を北に、シルコは街道を南に向かう。
ラナリアは東の草原だ。
馬車を使うことについて商隊の隊長は、最初は渋ったものの、結局了解してくれた。
敵のターゲットは、この商隊の馬車なのだから、惜しんだところで仕方ないのだ。
一昨日のワイバーンとの戦いを見て、ワタル達に使わせた方が無事に帰って来る確率が高い、と計算したのかも知れない。
荷物を全て降ろして、軽くなった馬車がワタル達のところに揃った。
本来なら、ワタルが馬車に乗った方が良いのかも知れないが、ワタルは馬が扱えないのだから仕方ない。
ルレインは、トソの村の他の冒険者に睨みを利かせてもらわないといけない。
火事場泥棒のような事をする輩が出ないとも限らないのだ。
ワタルは、上空にキャリーの敵意を確認していた。
かなりの高度で、肉眼では確認出来ないのだが、ワタルの索敵能力には関係無い。
「見てろよ、キャリー。次はお前だからな」
ワタルは上空に向かって呟く。
さあ、防衛作戦開始である。
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