第43話 龍神出現

 話の流れで盛り上がり、ついつい調子に乗って普段ならやらないような事をやってみたことは、誰にでもあるだろう。

 多くの場合、大成功か大失敗のどちらかに振れることが多いようだ。


 普通に考えたら出来そうもないことでも、調子に乗ってやってみたら意外に出来てしまう事もあるのかも知れない。

 先駆者と言われる者の中には、そんな事がキッカケになった者も少なくないのだ。



 ワタル達、チームハナビの面々は、町の外の人気のない草原にやってきた。

 宿屋の部屋で話をしているうちに、何だか盛り上がってしまい、ラナリアの魔法を派手にしてみよう、ということになったのだ。


 ルレインには、冗談か悪ふざけのようにしか感じられない。


「まずは火の鳥を作ってみようかしら。杖が良くなったから出来そうなのよね」


 ラナリアは杖を構えて、風を集め始める。

 ラナリアの頭上に、高密度の空気の塊が出来て、ラナリアのイメージによって大きな鳥の形を作り始める。

 風の操作と頭の中の鳥のイメージとをリンクさせている。


「カチッ」


 ゴォォォッ


 ラナリアの頭上に炎の鳥が出現した。

 羽を広げて羽ばたく姿は、体長3メートルを超えるフェニックスである。


 優雅に羽ばたきながら、辺りを飛び回っている。


「凄いです!伝説の幻獣フェニックスのようです。こんなの初めて見ました」


 エスエスは興奮している。


「さすがラナリアだな。素晴らしいぞ」


 ワタルも手放しで褒めている。


「ラナ、こんなの作って、魔力は大丈夫なの?」


 シルコは心配そうである。


「大丈夫よ。ファイアボールと変わらないわね。一回作ってしまえば、イメージを維持するだけだから集中力もそんなに要らないのよね。思ったより楽だわ」


 と、ラナリアが答える。


「楽って、あなた、どうなってるのよ!こんな火魔法信じられないわ!」


 もはやルレインは叫んでいる。

 出来るわけない、と思っていたことをアッサリとやられてしまって、プチパニックなのだろう。

 そんなルレインを置き去りにして、ラナリアは実験を続ける。


「どこまで行けるかしらね」


 ラナリアは、フェニックスをドンドン遠くに飛ばして行く。

 スーッとラナリアから離れてフェニックスは飛んで行くが、200メートルくらい離れると、徐々に形が崩れて火が消えて行き消滅してしまった。

 風魔法の操作の及ぶ範囲、ということなのだろう。


「結構、いけるもんだなぁ」


 ワタルが気の抜けた調子で言う。

 全く緊張感が無い。

 恐らく、ランド初の試みを成功させているのだが、そんな大それたことをしているつもりも無いのだろう。


「よし、次は電気の龍、いってみようか」


 ワタルがラナリアに言う。

 ラナリアは頷くと、先ほどのフェニックスの時と同じように空気の塊を集める。

 ラナリアの頭上には、先ほどの3倍くらいの大きさの濃縮された空気が作られているようだ。

 やっぱり龍ともなると大きいからだろう。


 そして、ラナリアは龍の形をイメージする。

 ラナリアの頭上の空気の流れは、大きな龍を形作るように流れ始める。


「カチッ」


 ラナリアは雷が龍に流れるイメージを作り出すが、風の龍の下の方が少しピリピリする程度で、なかなか上手く行かない。

 ラナリアは何度もトライするが、やはり難しいようである。

 火魔法に比べると、雷魔法は熟練度が全然足りないのだろう。


 この様子を見ていたルレインは、ようやく落ち着きを取り戻す。

 フェニックスの件では、とても冷静ではいられず、おかしくなりそうだったのである。

 ところが、さすがのラナリアにも、雷の龍は無茶だった。

 決して、失敗を望んでいる訳ではないのだが、少しホッとしたルレインのことは責められないだろう。


「どうも、雷に変化させるのが難しいわ。電気のイメージが湧き辛いのよね」


 ラナリアは、一旦、風の龍を解除した。

 今日はここまでか、という雰囲気になった時にワタルが意見を述べる。


「じゃあ、共同作業でやろう。俺も手伝う。2人で作る必殺技ってのもカッコいいじゃないか」


 ワタルが何か言いだした。

 日本にいる時に見たヒーローもののアニメで、必殺の合体技があったのを思い出したのだ。


「俺が電流を入れるから、ラナリアは龍のコントロールを頼むよ」


「分かったわ。面白そうね」


「共同作業だからな」


 と、言うとワタルはラナリアの横に立つ。

 ラナリアは、再び頭上に風を集め、空気の龍を作り出す。


 ランドで龍と言えばドラゴンである。

 ドラゴンというのは、龍種の中でも最上位の個体のことを指していることが多い。

 最上位のドラゴンは、人の言葉を話すと言われ、寿命も1000年以上であるとされ、半ば伝説の存在である。

 個体数が非常に少なく、目撃例はあるものの、空高く飛んでいるのを見た、という程度のものなので、もはやUFOに近い。


 龍種も、下級種であれば、珍しくはあるがいない訳ではない。

 ワイバーンもそうだし、地龍という大型のトカゲに近い種もいる。

 龍種にも多種多様な種類があるのだ。


 そして、今回、ラナリアがイメージしている龍は日本の龍に近い。

 大蛇のような長い身体、鱗で覆われた皮膚に背中にはたてがみがある。

 翼竜のように翼を持たないにもかかわらず空を飛ぶ。

 龍神と言っても良い存在である。


 そんな龍神を、ラナリアは空気を操作して作り出した。

 体長は10メートルはあるだろう。

 透明でよく見えないが、魔力と空気の流れが何やら荘厳な雰囲気をかもし出している。


 そこでワタルは、ラナリアの後ろに回り、片手をラナリアの杖を持つ手に重ね、もう片方の手でラナリアを後ろから抱きしめた。


 そうする必要があるのかは、今のところ不明である。

 後で、シルコに訊かれることになるだろう。


 ラナリアは一瞬だけだけ、ハッとしたが集中を切らさず、ワタルを受け入れた。


「カチッ」


 ワタルが呟くと、頭上の龍に電流が流れる。

 10メートルはある巨大な龍が光り始め、その輪郭はパチパチと放電している。

 そして、すぐに光の龍神が出現した。


 雷龍とでも呼ぶべきその姿は、厳かで、この世のものとは思えない美しさだ。


 ヴゥゥゥゥゥン


 パリッ、パリッ、と時折、放電の音をさせながら、低い電磁波の音を響かせている。


 雷龍は、ボーッと見ている皆の上をゆっくりと、漂うように飛んでいる。

 夕暮れ時の暗くなった草原で、見上げる者の顔をその発光している身体が明るく照らしている。

 長い体をくねらせながら飛ぶ姿は、水の中を泳いでいるようにも見える。


 おもむろに雷龍は、口を大きく開けてブレスを吐いた。

 口から放出されたその電流の流れは、数十メートル先まで届き、美しい放電を辺りに走らせた。


「こいつの維持は、結構キツいな」


 ワタルが呟く。


「そう?じゃあ、終わりにしようか。危ないかもしれないから上空で消すね」


 ラナリアがそう言うと、雷龍は上空に向かって登って行く。

 長い体躯を伸ばして、上空に昇っていく様は、龍神が天に帰って行くようにみえた。


 そして、空高く舞い上がった雷龍は、周りに小さな雷の放電を撒き散らしながら、その姿を消したのだった。


「ハアッ、ハアッ、電力を保つのは思ったより疲れるな」


 ワタルは、呼吸が荒くなっている。

 後ろからラナリアを抱いているので、ワタルの吐息が直接ラナリアの耳の辺りにかかっているが、ラナリアは気にした様子もない。


「アタシは操作だけだから、そんなに大変じゃなかったわ。今度はアタシも発電を手伝うようにするわね」


 そう言いながら、ラナリアはワタルの方を振り向くが、ここで初めて顔が近いことに気が付いた。

 ハッとして、顔が赤くなるラナリア。


 ここで、ワタルの中のスケベオジサンが発動する。

 顔がだらしなくなり、ラナリアのお腹の辺りを押さえていた手を上にずらして、ラナリアの豊満な胸を狙っている。


 ムギュ


 ワタルの手がラナリアのオッパイを掴んだ。


「あぁぁぁん」


 ラナリアが前屈みになって避けようとする。

 満面の笑みのワタル。


 その緩んだ笑顔に


「こぉらぁぁっ」


 シルコが体ごと飛び込んで来て、アッパーカットの猫パンチが炸裂。

 ワタルは、龍神のごとく天に昇って行った。


「懲りないですねぇ、ワタルは」


 エスエスは、やれやれといった調子でつぶやくのであった。


 雷龍によって、辺りが荘厳な雰囲気になっていたのを、ワタルのスケベがぶち壊した。

 まあ、いつものことである。


 一方、ルレインは、まだ驚愕から立ち直れないでいた。

 とんでもない魔法が眼前で繰り広げられたのだ。


 恐らくランド史上初だろう。

 このような魔法は、神の所業に思えた。


 フェニックスも凄かったが、雷龍はそれさえも越えて桁違いだった。

 精鋭騎士の一個大隊も、一瞬で全滅するだろう。


 それに、あのふざけた調子でやってこれである。

 彼らが本気になったら、村一つ、いや町一つを全滅させるのも簡単なことだろう。


 雷龍は、今や、ランドでトップクラスと言ってもいい魔法使いの2人が協力して作り上げた魔法である。

 そして、この2人でなければ成立しないだろう。

 魔法使いは、我が強く、唯我独尊のタイプばかりである。

 他の魔法使いと協力する、という発想自体が無いだろう。

 この2人は珍しいのだ。

 それが、同じパーティーにいるからこその奇跡である。


 ルレインは、彼らの底知れない力を頼もしいと思う反面、恐ろしさも感じていたのだった。



 魔法の実験が終わり、明日の出発に備えて早々に床に就いたワタル達であったが、朝、起きてみると、町は大変な騒ぎになっていた。


 宿の従業員に聞いてみると、昨日の夕暮れ時に、町の外にとんでもない魔物が現れた、ということだった。


 顔を見合わせるワタル達。

 心当たりが大有りである。


「幻獣が現れた」


「龍神様が姿をみせられた」


 などと言い、町の人々が騒いでいるという。


「何か悪いことが起こらないと良いんですが」


 と、宿の従業員も不安そうである。


 出発を控えた、ワタル達が護衛している商隊の隊長も


「今、出発するのは危険かも知れません。少し様子を見ましょう」


 などと言っている。


「それは、困ったことになったな」


 などと苦笑いのワタル達。

 実は俺達がやりました、とは言い辛い雰囲気になってしまった。


 昨夜の実験に目撃者がいたのだろう。

 考えてみれば、最後の雷龍の上昇は、かなり遠くからでも見えたはずだった。

 暗い中、光る龍が空に昇って消えていったのだ。

 なにも知らない町の人が見れば、神様のメッセージだと思っても不思議ではない。


 完全に失敗である。

 調子に乗り過ぎたのだ。


 情報を得るために、いち早く冒険者ギルドに顔を出したルレインによると、早くも高ランク冒険者限定のクエストが出されているらしい。

 フェニックスと雷龍の調査、だそうだ。


 セルマイのギルドでは、高ランク冒険者がほとんどいない。

 ロイは、ルレインにも調査を依頼してきたが、護衛任務中だと言って断ってきたそうだ。


 近く、貴族の騎士団も派遣されるらしい。


「もう、今更本当の事なんて言えないわよぅ」


 ルレインも泣きそうである。


「早く、出発しましょう。長居は無用だわ」


 ラナリアは逃げるつもりである。

 ここは、放置以外の選択肢はない。

 どうせ調査しても、何も見つからないのだ。


 商隊を急かして、さっさと出発することにする。

 商隊の隊長はビビっていたが、必ず守るからと約束すると、渋々だが同意してくれた。


 町を出ると、昨日の草原に沢山の人が集まっている。

 お祭り騒ぎである。


「龍神様ぁぁ」


 拝んでいるおばあさんもいる。

 それを見たワタルが笑いを嚙み殺して変な顔になっている。


 殴りたい……


 思わず湧き上がる衝動を、必死で嚙み殺すルレインであった。

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