第42話 セルマイの冒険者ギルド
ワタル達、チームハナビが護衛している商隊がセルマイの町に着いたのは、もう大分陽が傾いてからであった。
順調な旅路で、予定よりも早めの行程になっていたのだが、ワイバーンの処理と運搬に時間を取られてしまったのだ。
町に入った時は、さすがに町の人の注目を浴びた。
ワイバーンを2匹も運んでいるのだから当たり前である。
歓声をあげている者もいる。
それだけ、ワイバーンを倒した冒険者というのは凄いのだ。
「いったい誰が倒したんだ」
「そりゃ、あの女剣士だろう。気配が違うぜ」
などという声が聞こえる。
元Aランクのバリバリの剣士が乗っているのだから、そう思われて当然である。
しかも、ワイバーンは2匹とも首を綺麗に切断されている。
まさか、倒されたワイバーンの首を刎ねただけ、とは思われないだろう。
いつも通り、ワタル達の気配はとても小さいので、全く強そうに見えない。
力持ちの商人の方が強そうに見えるくらいだ。
戦闘の内容を知っている商隊の者は、ワタル達に気遣いをみせていたが、当の本人達は町の人の声など全く気にしていない。
いつものことなのだ。
ボーッと町の様子を眺めている。
しかし、馬車の御者台にいるルレインの内心は穏やかではない。
思わずワタルに尋ねてしまう。
「いいのかしら?何だか私の手柄のように言われているんだけど……」
ワタルは
「別にいいんじゃないかな。実際、ワイバーンの首を鮮やかに切り離したのはルレインなんだから」
などと言ってニコニコしている。
「いや、私はトドメを刺しておかないと危険だと思ったから首を刎ねただけで、実際は既に倒されていた訳だから……」
「いやいや、俺だったらあんな風にスパッと切ることは出来ないし、さすがルレインって感じがしたけどな」
「そんな訳ないでしょ。あなた、私をバカにしてるでしょ」
「まさか、バカになんかしてないよ。安全な結界から果敢に飛び出して、ワイバーンの首を鮮やかにシュパッと斬って、ササッと戻ってくるルレインの勇姿が……」
「やっぱりバカにしてる!」
「もう!ケンカはやめて下さい!」
さすがにエスエスが止めに入った。
エスエスの気苦労は絶えないようだ。
ルレインが元Aランクと知っていて、ワタルのように軽口を平気でたたく者は滅多にいない。
ギルドマスターのガナイを前にしても平気でいるワタルである。
ルレインの威厳に萎縮などする訳がないのだ。
ワタルに軽く見られているようで、腹を立てたルレインだったが、何だか新鮮な気持ちにもなっていた。
まだ、駆け出しの冒険者だった頃のことが思い出されたのだ。
本当に不思議な子ね、と改めて思うルレインであった。
さて、セルマイの町の冒険者ギルドは大騒ぎになった。
冒険者ギルドと言っても、その規模は小さく、首都ワンタレスの冒険者ギルドの出先機関のような所だ。
クエスト帰りの冒険者で混雑しているはずの時間だが、それほど混み合ってもいない。
一応、ギルドとしての機能は備えているものの、片田舎の町のギルドという印象は拭えない。
「ワイバーンの素材の買取りをお願いするわ」
ルレインがギルドのカウンターで受付け嬢に話をする。
「は?」
受付嬢はキョトンとしている。
ロザリィの冒険者ギルドの受付けを統括していたルレインとしては、この受付嬢の対応にカチンときたのだが、今は一介の冒険者の立場なので我慢する。
「ワイバーンの買い取りよ。解体場に回せばいいのかしら」
ルレインは繰り返す。
「ワイバーン……ですか?」
受付嬢はピンと来ないようだ。
「表に待たせてあるんだけど、このままだと騒ぎになるわよ」
確かにギルドの外が騒がしくなっている。
狩られたワイバーンなど見たこともない者がほとんどなのだ。
しかも、馬車の番をしているのがワタル達である。
放っておけば、揉め事が起こるのも時間の問題である。
というか、既に揉め事が起こっていた。
「おいおい、ずいぶん上等な獲物じゃねぇか。本当にお前らが狩ったのか?え?」
ガラの悪い冒険者風の男がワタルに絡んでいる。
身体が大きく、筋肉がゴツゴツしていて強そうな熊の獣人である。
2人の仲間らしき冒険者を連れている。
こちらは熊の半獣人だろうか、人間に近い顔をしている。
もう1人も半獣人だろう。犬か狼のようである。
それなりに大きな気配をしている冒険者だ。
この町では有力な冒険者なのかも知れないが、ルレインと比べると子供のような気配である。
「他の冒険者が倒したのを掠め取って来たんじゃねぇのか?」
と、因縁をつけている。
「こんな大きな物をどうやって掠め取るのよ。バカじゃないの?」
シルコが抗議している。
ただの因縁なので、まともに相手をしても無駄である。
「バカだと?誰にものを言ってんだ。ああん」
「はぁぁ、何でこんな低脳な冒険者ばかり寄ってくるんだろう」
ため息をつくワタル。
自分達の脅しに全く動じないワタル達に、熊の冒険者の怒りのボルテージが上がる。
「お前ら、もう許さないからな。獲物を置いて立ち去るか、殺されるか選べ」
「誰が許さないって?」
この時、熊の冒険者の後ろから声をかけたのはルレインである。
ギルドの職員を伴っている。
「だから、早くしないとこういうバカが湧く、って言ったのよ」
ルレインはギルドの職員に話している。
「何だと!」
熊の冒険者が振り向いて、顔色が変わる。
厳密には、毛だらけで顔色は分からないのだが、そんな雰囲気である。
「ギ、ギルマス……」
ルレインが連れてきた職員は、セルマイの冒険者ギルドのギルドマスターだったようだ。
ルレインと同じくらいの大きさの気配を身に付けている。
やはり、元ランクA冒険者、といった人物なのだろう。
「お前たち、今度問題を起こしたら許さないと言っておいたよな」
セルマイのギルマスが熊の冒険者達に告げる。
「いや、俺達は別に問題を起こそうとした訳ではなくて、こいつらが不自然にデカイ獲物を持ってるから……ちょっと確認を……」
「私のパーティーを侮辱するとはいい度胸ね」
ギルマスの横でルレインが殺気を放つ。
セルマイのギルマスと同等か、それ以上の覇気を伴った殺気である。
その殺気をモロに浴びた熊の冒険者は、ひっくり返りそうになるのを何とか堪えて喋り出す。
「いや、別に侮辱したわけではなくて……」
言い訳をしようとする熊の冒険者に、ギルマスの言葉が重なる。
「お前達、殺されなかっただけ運が良かったんだぞ。お前が胸ぐらを掴もうとしているその人は、ちょっと信じられないくらい強いぞ。そんなことも分からないから、お前らは駄目なんだ」
それを聞いた熊の冒険者は、ワタルに向けて伸ばそうとしていた手を慌てて引っ込める。
そして、セルマイのギルマスはワタル達に頭を下げる。
「こんな馬鹿な奴らでも、このセルマイでは必要な戦力なんです。これからは、こんな事が無いように精進させますから、今回は勘弁してやって貰えませんか。お願い致します」
驚くほど丁寧な物言いである。
ギルマスは自分だけでなく、熊達にも頭を下げさせた。
これでは許さない訳にはいかないだろう。
「分かりました。大丈夫ですよ。俺達は侮られるのは慣れていますから」
ワタルのこの言葉で和解となった。
熊の獣人の冒険者達はすごすごと立ち去って行く。
恥をかいただけで済んだのは、彼らにとってラッキーであった。
強行に及んでいたら、どうなっていたか分からなかっただろう。
さて、揉め事が片付いたら、ワイバーンの買い取りである。
セルマイのギルドマスターはロイと名乗った。
やはり、元冒険者だそうだ。
ここ数年、冒険者の起こす事件が増えていて大変だそうである。
片田舎の冒険者ギルドでも、危機感を持っているようだ。
早く任務を達成せねば、と改めて思いを強くするルレインであった。
ワイバーンの買い取りは、ギルマス直々の監修の元、スムーズに行われた。
爆発結界で上空から落下したワイバーンは、表面の損傷が激しい。
一方、ワタルの電撃で倒された方は、表面には傷1つ無いが内部に熱が通ってしまっていて、生肉としての買い取りは出来ない、とのことだった。
ロイは、ワタルが倒したワイバーンを見て
「どういう方法で倒せば、こういう状態になるのか想像が付きませんね」
などと言っていた。
ワイバーンの内部は、高圧電流による熱と電磁波により、電子レンジをかけたように蒸しあがっていたのだ。
ワイバーンの肉は、超高級食材として高値で取引される。
しかし、これでは値が付かないのかと思ったが、値を下げて町中の飲食店や貴族に卸すということだ。
希少価値の高い肉なので、事情を直接説明できる相手なら欲しがる者はいるはずだ、ということであった。
調理の手間が省ける、と考える者もいるかも知れない。
結局、ワイバーンは2体で金貨20枚の買取りとなった。
状態が良ければもっと高値になったというが、それでも200万円である。
このクラスの魔物を倒す力があれば、冒険者は十分な高給取りとなれるのだ。
さて、ロイはルレインのことは前から知っていたようだ。
ルレインの美貌と強さ、Aランクだったことを考えれば、ギルド関係者の間では相当な有名人なのだろう。
ロイとしては、そのルレインとワタル達の関係や、ワタル達の強さについてかなりの興味があるようだったが、その辺りの事情は簡単には教えられない。
ロイがドルハンと繋がっているとは思えないが、可能性はゼロではないのだ。
ドルハンの暗殺が終わるまでは、できる限り情報は漏らしたくない。
それでも、その中で必要な情報を集めなければならないのが辛いところである。
さて、後は宿でゆっくり休むことにする。
夕食後は、部屋で今後のことについて話し合いをすることになった。
まずは、ルレインに昼間の戦闘の説明をしなくてはいけない。
爆発結界の矢については、前に見ているので大体分かるようだ。
「え?ぶっつけ本番だったの?」
ルレインはそこに驚いている。
「そういえばそうだったわね。でも、いつもそんな感じよ」
シルコが答える。
「まだ、事前に結界の実験をしてただけマシよ」
「全く、あなた達は……」
ルレインはまた、呆れてしまったようだ。
「まさか、ワタルの使った魔法は初めてじゃないわよね」
「当然、ぶっつけ本番だぞ。何となく出来るような気がしたからな」
ワタルは、当然の如くそう答える。
「あれは、雷の高等魔法よね。ワタルも高等魔法が使えるようになっていたのね。きっと、ランドでもワタルだけよ、あんな魔法を使えるのは」
ラナリアがそう言うと、シルコも
「神の領域って言われてる魔法だもんね。魔道書にも載っていないのよ」
と、補足する。
「へぇ、そうなんだ。でも、ラナリアにも使えると思うぞ。風を電気に変えるだけだからな。簡単だぞ」
「アタシにも出来るかしら。まあ、ワタルがそう言うんなら出来るんでしょうね」
「ラナリアなら、雷で出来た龍とかを作って、相手に巻きつかせたりしたらカッコいいな」
というワタルとラナリアの会話にエスエスが
「ボク、それ見たいです。あと、炎で出来たでっかい鳥も飛ばして欲しいですね」
と、リクエストすると
「あ、それいいかも。私も見たい」
と、シルコもノリノリである。
「そう?見たい?じゃあやってみようか」
ラナリアもノッてきたようだ。
ルレインは、ドンドン進んでいく会話についていけなかった。
魔法使いとしては、恐ろしいほどレベルの高い会話である。
ランドの長い歴史の中でも、雷の龍が出現したことなど皆無である。
ワタル達は軽く話しているが、この世界のトップレベルの魔法使いが一同に会して、アカデミックに話し合うような内容である。
ルレインは、キャリーのことも含めて今後のことなどを話し合いたかったのだが、そういう流れではなくなってしまった。
ドヤドヤと外に出て行くワタル達。
それでもまだルレインは、半分は冗談なんじゃないかと思っていた。
伝承にも残っていないような大魔法が、こんな
やってみよう!
で、成功したら苦労はないのだ。
ラナリアの魔法が桁外れなことも、ワタルが規格外なことも理解しているが、それでも本気とは思えないでいるラナリアであった。
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