第41話 キャリーとの戦い

 ワタルの索敵範囲はかなり広い。

 それも、どんどん成長しているらしく、今では200メートルくらい先の気配も察知出来る。

 ランドの冒険者の中でも間違いなくトップクラスである。


 そして、敵意をこちらに向けている相手については、索敵範囲を越えて察知する。


 今、上空にいる何かは、高度300メートル以上だろう。

 それでも、ハッキリとワタルが危険を認識できたのは、空中であるため、間に遮蔽物が全く無いこと、そして相手の敵意がタチの悪いものであることが重なったからである。


 こういう条件が揃うと、ワタルにとって索敵範囲は関係無いのかも知れない。


「3匹いるな。いや4匹か?結界を張るぞ」


 ワタルにしては珍しく急いでいる。

 事態が急変している証拠である。

 ラナリアとシルコも外に出て来た。


「馬車は停めない方がいい。狙ってくれって言ってるようなもんだ」


 ワタルは馬車を停めようとするルレインを制してそう言うと、結界を張り始める。


 馬車は2頭立てが3台である。


「前絶対防御結界」

「中絶対防御結界」

「後絶対防御結界」


 先頭の馬のくつわ、真ん中の馬車の天井、後ろの馬車の荷台の後ろにそれぞれ魔法陣をセットして、魔力を流す。


 これで、3台の馬車全てが長細い透明なドームの中に入った。

 そして、馬車が移動しても結界はそのまま馬車と一緒に移動する。

 馬車の並び順を変えなければ大丈夫である。


「これで馬車は安全だ。このドームから絶対に出ないでくれ」


 ワタルは、商人達や御者に声をかける。


「さて、俺達はどうするかね」


 ワタルが上を見上げた途端、


「!?」


 結界のドームの外側が炎に包まれた。

 どうやら、上空から何か攻撃をしてきたらしい。


「火魔法の炎のようですね。魔法効果のあるアイテムでしょう」


 アイテムに詳しいエスエスが解説する。


「いきなり、こんなアイテムを使ったら荷物も燃えてしまうのに、何を考えているんでしょうか」


 エスエスの疑問はもっともである。


「それにしてもこの結界、音も熱も遮断するのね」


 ラナリアが感心してワタルに言う。


「絶対防御にしたからな。音は空気の振動だし、熱も分子の振動だからな」


 ワタルは高校で習った知識を披露したのだが、科学知識の乏しい異世界人には、何を言っているのか分からない。


 何だこのサイコ野郎は


 みたいな目で見られてるぞ。


「この攻撃の仕方はキャリーね。間違いないわ」


 ルレインが興奮した声で言う。


「自分は安全な場所から、相手をいたぶるのが好きなのよ」


 ルレインが悔しがっている。

 自分も安全なワタルの結界の中にいるのだが、それは忘れているようだ。


 そこで、ワタルが


「じゃあ、空が安全では無いことを教えてやるか。なぁ、エスエス、シルコ、例の弓で行くか」


 と、射手の2人に声をかける。


「あんな高いところに弓が届くわけ無いじゃない」


 ルレインがワタルに反論する。

 この間にも、結界には次々と炎が襲いかかっているが、馬車は普通に走っている。


「馬車の屋根の上で、結界から上半身だけ出して射ってみようか。エスエス、シルコ、炎に焼かれるなよ」


「了解です」


「分かってるわよ」


 エスエスとシルコは頷くと、馬車のキャビンの屋根に上がる。

 そして、結界魔法がセットされている矢を構える。


 上空にいる何かは、黒い点のように見える。

 とても狙える距離だとは思えない。

 しかも、上空にいるのだ。

 矢を打ち上げても届くはずは無い、と思われた。


 バシュッ、バシュッ


 エスエスとシルコの矢が発射された。

 真っ直ぐに上空の黒い点に向かっている。

 そして


 バシュッ、バシュッ


 すぐに第2弾が発射された。


 シュゥゥゥ


 2番目の矢の方が力強い音がして飛んで行く。

 矢の行く末を見ていると


 ドン、ドン


 まだ、上空の敵影に矢が届く前に爆発音がした。


 やっぱり届かなかったか


 とルレインが思った、その時


 ドン、ドン


 再び2つの爆発音が聞こえた。


 ギィヤァァァ


 そして、魔物の悲鳴が上空から聞こえた。

 すると、黒い点がだんだん大きくなっていく。

 何かが落ちて来るようだ。

 黒い煙を上げている。


 墜落する戦闘機みたいだな、とワタルは思っていた。


 エスエスとシルコは、爆発結界の矢を2本づつ使ったのだった。

 1本目の矢を射ち、すぐに更に速い矢を射つ。

 1本目の矢が失速する前に、2本目の矢が1本目の矢の矢尻に当たる。

 爆発が起こり、1本目の矢を更に上空へ飛ばしたのだった。


 さすがに爆発で飛ばされた矢は、それほど正確に目標を射抜けるわけではない。

 でも、1本目の矢の先端の球状の結界が何処かに当たれば十分だった。


「ワイバーンね……」


 落ちて来る魔物を見てルレインが言う。

 片翼を失くして、そこから煙を上げている黒い龍がきりもみ状態で落下している。


 ワイバーンは下級の龍種である。

 しかし、いわゆる龍のように頑強な鱗に覆われてはいない。

 それでも硬い皮に守られ、防御力は高い。

 長い首と黒く光沢のある体、そして大きな翼で空を飛ぶ。

 体長は3メートル程である。

 下級とはいえ、龍種だけあって火を吹くために攻撃力は非常に高い。


 ランクBのモンスターである。

 ワイバーンに襲われた村は、まず間違いなく壊滅してしまうだろう。

 人里の近くに現れたら、冒険者ギルドか、貴族の騎士の討伐隊が急ぎ編成される。

 モンスターのランクBというのはそういう魔物なのである。


 ワイバーンは、馬車から少し離れたところに落下した。

 ルレインは素早く馬車から飛び降りると、ワイバーンに駆け寄り首を刎ねた。

 トドメを刺しておかないと、不意に火炎ブレスでも吐かれたら危ないからだ。


 上空の敵も、まさか反撃を喰らってワイバーンが撃墜されるとは思っていなかったのだろう。

 攻撃が止んでいる。


 馬車に戻ってきたルレインがワタルに尋ねる。


「上空にいるのは皆、ワイバーンなのかしら?」


「気配が同じだからそうなんだろうな。ワイバーンが2匹と、あともう1つの気配はワイバーンに乗っているんだろう。そいつがキャリーなのかな」


「そうね。ワイバーンを操れるテイマーがそんなにいるわけがないわ。それにしても、以前はガルーダをテイムしていたのに、今はワイバーンなのね。それも3匹も。前よりも間違いなく手強くなっているわね」


 ガルーダはランクCの魔物である。

 それでも、ランクCの魔物をテイムするのはテイマーとしては稀少な存在だった。

 それがランクBを3匹である。

 ルレインが驚くのも無理はない。


 それでもルレインが落ち着いていられるのは、ワタル達が簡単にワイバーンを仕留めたからである。

 豆粒ほどの大きさにしか見えない上空の敵を弓矢で撃ち落とす、などという行為は、やってみようとも思わないのが普通である。

 ワタルの発想力と、エスエスやシルコの技術がそれを可能にしてしまった。


 ルレインは、圧倒的に不利なはずのこの局面が、実はワタル達にとってはそれほどの脅威になっていないことを感じてしまったのだった。


「来ますよ」


 エスエスが皆に告げる。


 上空のワイバーンが高度を急激に下げ始めた。

 遠距離攻撃でダメージを受けない馬車に対して、直接攻撃をかけるつもりのようだ。


 みるみるうちに近づいて来る2匹のワイバーン。


 やはり1匹の上には小柄な人影が見える。

 2匹は並んで馬車の後方に急降下して、そのままの勢いで水平飛行に移行、後ろの馬車に物理攻撃をするつもりのようだ。


「今度は俺達の番だな」


 ワタルはラナリアに声をかける。


「俺は左の奴をやる。ラナリアは右を」


 魔法使いと魔法使いもどきは後ろの馬車の荷台の上に立つ。

 上半身だけ結界の上に出ている。

 しゃがめばすぐに結界の中に入れる体勢だ。


 迫り来るワイバーン。

 ワイバーンの背に乗っているキャリーは笑みを浮かべている。

 楽しいのだろうか。


 少しキツめのパーマのかかった金髪を頭の上で留めている赤いリボンが風にたなびいている。

 フリルの多い服が風にはためき、邪魔そうに見えるのだが、戦闘よりも服の趣味を優先しているようだ。


 魔物に戦わせて、自分では滅多に前線に立たないキャリーだから成立しているスタイルだろう。


 そのキャリーが乗っているワイバーンは右側。

 ラナリアの担当になった。


 ワタルは剣を、ラナリアは杖をかまえる。


 両手を広げたラナリアの頭上に現れたのは炎の槍が10本。

 ワイバーンは、炎のブレスを吐くだけあって火に対する耐性が強い魔物である。

 それを一切無視した選択だ。

 ラナリアの火魔法に対する自信の表れである。


 これを見たキャリーも、炎に対するワイバーンの耐性に自信があるのか、そのまま突っ込んで来る。


 一方、ワタルは【風の剣】を構えて、剣に高密度の空気をまとわせている。

 そして


「カチッ」


【風の剣】のまとう空気に電流が流れ、バチバチと帯電を始め、その帯電した空気はワタルの頭上2メートルほどの高さに及んでいる。


 迫る2匹のワイバーン。

 すると突然、ワイバーンが大きな口を開け、炎のブレスを吐き出した。

 2匹同時である。


 それと同時に、ラナリアは炎の槍を発射。

 ワタルは剣先を頭上に円を描くように動かしてから、ワイバーンに向かって剣を振る。


 ラナリアの放った炎の槍は、ワイバーンのブレスと相殺されながら数を減らすが、そのうちの約半数がワイバーンに命中する。


 ドドドゴーン


 凄まじい衝突音がして、ワイバーンとキャリーは炎に包まれた。

 しかし、炎の槍の衝突の直前、ワイバーンの周りに淡く光る膜のようなものが展開され、炎の威力を著しく軽減させていた。

 何らかの防御アイテムが作動しているのだろう。


 それでも、ラナリアの高等火魔法の威力は防ぎ切れずに、キャリーの頭のリボンは燃え落ちて、ヒラヒラした服にも火が付いている。

 炎に耐性のあるワイバーンの皮膚も、所々焼けただれている。


 スッと結界の中にしゃがんだラナリアの横を、火傷を負ったワイバーンが通り過ぎる。

 ワイバーンの上のキャリーは、先程までの笑みは消え、ラナリアを睨みつけている。

 そして、馬車の上にルレインを見つけ、少し驚いた顔をした。


「ルレイン……」


 キャリーは、彼女の名を呟いた。


 一方、ワタルはワイバーンを仕留めていた。


 ワタルの振った剣から一瞬遅れて、鞭のようにしなって放たれた電撃の風は、ワイバーンの炎のブレスを分解しながらワイバーンに絡みつく。


 バリバリバリバリ


 高電圧の電撃を全身に浴びたワイバーンは、身体中から煙を上げながら地面に落下した。

 ピクリとも動かないワイバーンが絶命しているのは明らかだったが、ルレインが駆け寄り首を刎ねた。

 几帳面な性格である。


 傷を負ったキャリーを乗せたワイバーンは、そのまま馬車を追い抜いて、上空へ飛び去ってしまった。

 エスエスとシルコが追撃の矢を放つものの、狙いを逸らすためにジグザグに飛びながら逃げるワイバーンに当てることは出来なかった。


 悔しそうなエスエスとシルコ。


 危険が去ったことを確認して、一旦馬車を停めることにする。


 ラナリアは


「強力な防御アイテムを使っていたわ。ごめんなさい」


 と、悔しそうに謝っている。


「仕方ないわよ、ラナ。さすがAランクだわね。私も追撃外しちゃったし」


「ボクもです」


 ラナリアを慰めるシルコも、エスエスも悔しそうだ。


「いや、みんなよくやったぞ。大丈夫だ。次は仕留めような」


 と、ワタルが皆に言うと


「ワタルぅぅぅ」


 ラナリア、シルコ、エスエスがワタルに抱きついている。

 よしよし、と皆の頭を撫でるワタル。


 お前はいいのか?

 みたいな感じでワタルはルレインの方を見るが、ルレインはこのノリについて行けない。

 当たり前である。


 それにしても、今回の戦闘は、別に落ち込むような戦果ではない。

 ランクBモンスターのワイバーンを2匹倒しているのだ。

 キャリーは逃がしてしまったが、手傷を負わせて撃退したのだ。


 しかも、商隊の馬車は全くの無傷である。

 相手の戦力を考えたら、あり得ないほどの成功だと言って良いだろう。

 それでも、何だか反省している空気のワタル達を、呆れた様子で見ているルレインであった。


 さて、戦闘は終わったが、ワイバーンを街道に放置しておく訳にはいかない。

 商隊に頼んで、何とか馬車で運ぶことにした。


 商人達にしてみれば、ワイバーン3匹に襲われて、死傷者どころか荷物まで無事だったのだ。

 ハナビのメンバーの頼みをきかない訳にはいかなかったのだろう。

 血抜きをして、ある程度解体するにしても、3メートルもある魔物を2体運ぶのは大変である。

 それでもワイバーンは、その大きさの割には軽いのだ。

 空を飛ぶ魔物の特徴である。


 そして、幸いなことに次の町は規模が大きいので、冒険者ギルドがある。

 何とか運べそうである。


 ワイバーンの素材は珍しく、買い取り価格も高値で取引されている。

 キャリーは逃がしてしまったものの、ワイバーンの買い取りを楽しみに、町へ急ぐ一行であった。


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