第40話 闇落ちのキャリー
次の日、商隊は早朝に村を出発した。
なかなか居心地の良い村ではあったのだが、商人にしても、ハナビにしてもノンビリとしている訳にはいかない。
馬車に揺られながら春のうららかな陽射しの中、ワタルは、観光旅行ならいいのになぁ、などとボンヤリと考えていた。
ワタルはいつも通りのテンションなのだが、ルレインは少し気になる情報を仕入れていた。
昨日の夕食の時、話しかけてきた他の商隊の冒険者から聞いた話である。
ルレインは、ワタル達といると、驚いてばかりのお姉さんキャラになってしまうのだが、本来はスタイル抜群の美人である。
剣を持たせれば、元Aランク冒険者のオーラが他人を寄せ付けないが、食事の席などで酒を飲んでいる時などは、適度な色気が周りの男達の視線を集めてしまう。
ルレインとお近付きになりたいばかりに、色々な情報をくれる男達も出現する。
ルレインも、クエスト中は、そういう男達からの情報収集も仕事の内だと割り切っているのだ。
それでも役に立たない情報のほうが多いのだが、ロザリィに向かう商隊の男の話は、ルレインのアンテナに引っかかった。
ルレインに興味を持って貰ったのが嬉しいのか、その男は必死に喋っていたのだ。
「いやぁ、魔物がな、統制がとれてる感じがしたんだよ。軍隊みたいに見えたんだよなぁ。俺みたいな腕利きの護衛が付いてたから良かったけどよ。そうじゃなきゃ危なかったよ、ほんと」
「でも、コボルトだったら集団で襲ってくるもんじゃないのかしら」
「いや、そうは言ってもあいつら魔物だろ。あんなにビシッとはしてねぇよ、普通は。何かの力に操られてたのかなぁ」
「操られる?」
「そう、そんな感じだったよ。それはそうと、俺もお姉ちゃんに操られたいん……」
「あ、今はそういうのいいから」
ルレインが気になったのは、魔物が操られてる、という情報だ。
実は、ドルハンの仲間のキャリーはテイマーであったからだ。
テイマーというのは、魔物や動物を使役して戦う職業である。
テイマーの才能がある者はそれほど多くはない。
それも、冒険者と戦えるほどの高ランクの魔物を使役したり、多くの魔物を同時に使役できる者となると限られてくる。
キャリーがいる可能性が高い。
ルレインはそう睨んでいた。
キャリーはドルハンやルレインと同じパーティーのメンバーだった。
テイマーとして一流だったキャリーは、ガルーダという大型の鳥の魔物をテイムしていた。
空を飛ぶ魔物からの攻撃は脅威である。
ランドでは、空からの攻撃手段を持っている者の数はとても少ない。
弓矢の届かない上空から、魔法やアイテムによる攻撃を受けた者は反撃のしようがない。
また、滑空してくるガルーダはかなりのスピードで、突然上空から襲ってくる爪やくちばしも脅威であった。
キャリーは、このガルーダの機動力と攻撃力を活かして、Aランク冒険者になったのであった。
そして、キャリーはドルハンと恋人関係にあった。
ルレインとその恋人も合わせて、4人のパーティーだった「熱砂の果実」は、そのネーミングセンスはともかくとして、押しも押されぬAランクパーティーとして名を馳せていたのである。
しかし、そこに転機が訪れる。
とあるクエストで知り合った有力貴族とドルハンが意気投合したのだ。
それだけなら、どうという事はないのだが、この貴族の精神性は酷いものだったのだ。
表面上は紳士然とした態度の貴族なのだが、裏では残酷で冷徹極まりない行動をしていた。
闇に心を奪われているかのようであった。
やがて、ドルハンも闇に落ちる。
Aランクパーティーのリーダーでありながら、その貴族と連んで酷い事をするようになっていった。
戦闘力も知力も人並み外れたレベルのドルハンが悪事に手を染めると、誰にも止められないのだ。
そして、キャリーも闇に落ちた。
テイムしていたガルーダが殺されたのだ。
幼い時から一緒に生きて来たそのガルーダは、キャリーにとって最も大切な家族だった。
他の冒険者パーティーとのちょっとした揉め事が原因で殺されたのだった。
魔法をかけられ、毒を飲まされたガルーダの最後は凄惨を極めたものだった。
この事件でキャリーはキレてしまった。
数日後、この冒険者達が暮らす村は、数百、数千の低ランクの魔物に襲われることになった。
辺り一帯を覆い尽くすかのように現れたゴブリンやコボルトは、一糸乱れず統率され、老若男女問わず村人を蹂躙した。
件の冒険者達は、数えることも出来ない程の大量の魔物の死骸の中に、体中を少しづつ噛みちぎられて絶命していた。
死体の表情から、その壮絶な苦痛がわずかに読み取れたかどうか……
村人の生存者は1人もいなかったのである。
それ以来、キャリーは変わった。
元々、彼女の精神性は闇に近かったのかも知れない。
その残虐さは、貴族やドルハンをも上回るものだった。
テイマーが魔物をテイムする場合、少なくともそこには、信頼だったり、愛情だったり、場合によっては契約であったり、それなりの繋がりがあって成立するものである。
魔物はテイマーに使役されるが、テイマーもできる限り魔物を守るものである。
ところが、闇に落ちてからのキャリーのテイミングは、もはやテイマーのそれでは無くなっていた。
強制的に使役してしまうのだ。
洗脳に近い状態である。
キャリーに使役された魔物は、その全てが使い捨てで、ターゲットを蹂躙することのみに動く。
そこには、テイマーの従魔に対する愛情も気遣いも何もない。
単なる殺人兵器と化すのであった。
キャリーが仕事をした後は、攻撃した魔物も、攻撃された者も、誰も生き残らない。
累々と屍が残るのみであった。
そして、キャリーはそれを笑いながら楽しそうにやってのけるのだ。
ルレインとその恋人は耐えられなかった。
当初は、ドルハンとキャリーを止めようともしたのだが、とても無理であった。
2人は、パーティーを抜ける事を選択する。
ドルハンは2人を殺そうとした。
逃げる2人。
Aランク同士が戦えば、その巻き添えで、村一つくらいは軽く消滅してしまう。
かといって、森に入ればキャリーの魔物のテリトリーである。
逃避行は困難を極めた。
とうとう、ルレインの恋人は、ルレインを庇って殺されてしまう。
そして、ルレインも重傷を負い、諦めたところに偶然ガナイが現れた。
ガナイの強さをルレインは忘れられない。
正に桁違いであった。
残酷さも、冷酷さも、闇落ちも何も関係無い。
ただ、圧倒的に強いのだ。
襲ってくる数百の魔物を、一撃で吹っ飛ばしてしまう。
正に百獣の王、魔王のようであった。
さすがのドルハンとキャリーも撤退した。
ガナイに殺されなかっただけ、彼らを褒めるべきなのかも知れない。
この時の戦いで、森が一つ消失してしまった。
草一つ生えない、火山の噴火口のようになってしまったのだ。
それ以来、ドルハンとキャリーは姿を消した。
いや、正確には巧妙になったのだ。
ドルハンは、表立って分かる形では悪事を行わなくなった。
しかし、この時から、不良冒険者の数が激増する。
盗賊のようなマネをする者、平気で一般人を手にかける者、冒険者間のトラブルや裏切りの件数も増えている。
まるで、ギルドマスターのガナイに対する当てつけのようである。
このまま、素行の悪い冒険者が増え続ければ、ガナイは失脚することになるかも知れない。
かといって、ガナイがドルハンの所に乗り込んで、ドルハンが抵抗して戦いになれば、その街が滅亡してしまう。
ガナイの高過ぎる攻撃力が、返ってガナイの行動を縛ってしまっている形である。
その点ドルハンは、街の人が死のうが、街が壊れようが構わないので、戦いがドルハンにずっと有利になってしまうのだ。
ましてや、街の人を人質にでも取られようものなら、ガナイの敗北もあり得る。
そこに、今までのガナイの焦燥があったのだ。
今回、ワタル達に過剰な程の準備資金を充てたのにもそういう理由があるのだった。
商隊の馬車は、草原の中を通る街道を南に進んでいる。
今のところ見通しも良く、特に問題はない。
しかし、馬車の前方を見据えるルレインは、この先にキャリーらしき者がいると思うと、心がざわつくのを抑えきれないでいた。
「全部背負い込むなよ。今は同じパーティーメンバーだろ」
いつの間にか近くにいたワタルがルレインに声をかける。
ルレインは、ハナビのメンバーとはキャリーの情報を共有しているので、ワタルにもルレインの気持ちを推し測る事が出来た。
あなたに何が分かるのよ!
と、内心でルレインは毒づく。
でも、自然と口から出た言葉は
「ありがとう、ワタル」
であった。
ルレインは、内心を隠していい顔をした訳ではない。
ルレイン自身も不思議な感覚に捉われていた。
ワタルと話すと、気持ちの角が取れていくのだ。
トゲトゲした心や、不安を抱える心が、柔らかなものに変わっていくのを感じた。
ワタルに対しては、頑張って自分を保つ気持ちにならないのだった。
確かにワタルは、特殊なスキルや卓越した魔法のセンスを持っている。
戦闘力も高く、今回の暗殺任務には最適な人材なのは間違いない。
それなのに、ちっとも頼りになるとは思えないのが不思議だった。
唯のエッチな少年にしか思えない。
それでも、ワタルが近くにいるだけで安心してしまう自分がいる。
ガナイの圧倒的な強さによる安心感とは違う、殺された恋人のような愛されることによる安心感とも違う、不思議な包容力を持っているのだ。
チームハナビのメンバーも、一人一人が非常に高い戦闘力を持っていながら、やはりワタルを中心に機能している。
どうしようもない、などと言われながら、皆、ワタルを頼っている。
ルレインは、このような男性には会ったことがなかった。
少なくとも冒険者には、存在しないタイプの人間なのだろう。
つくづく不思議な男性だとルレインは思っていた。
商隊の進んでいる街道は、主に草原の中を通っていて見通しは良いのだが、その全てが真っ平らな平地ではない。
地面のうねりはあるし、左右に森や山が迫っている場所もある。
そんな場所に差し掛かると、ルレインの緊張は増してしまう。
それほど大きな気配が馬車の周りに存在していないことが分かっていても、キャリーに対する警戒感からナーバスになってしまうのだ。
ルレインの過去の体験を考えると、警戒するのは仕方ないのかも知れない。
殺されかけた経験もあるのだ。
しかし、ハナビの他のメンバーから見れば、明らかに過剰な反応で心配してしまうのだ。
「大丈夫ですよ。ボク達の索敵範囲には敵はいません。森の中に魔物はいますが、数も少なくて、軍隊のように集団で動いているものはいませんよ」
今度は、エスエスがルレインに話しかける。
ルレインは微笑んで
「ありがとう。でも、こうしていた方が落ち着くのよ。私が1人で浮き足立っているのは自覚してるわ。でも、どうにもならなくてね」
「そうですか……分かっているのなら、これ以上は言いません。でも、なるべく休んで下さい。昨夜もあまり寝てないんでしょう?」
「分かったわ。じゃあ、ちょっとだけ、幌の中で休ませてもらうわ」
ルレインがようやく休む気になって、後ろの馬車に移動しようとした、その時
「!?」
エスエスが空を見上げた。
ワタルが後ろの馬車から出てくる。
「上だ!かなり高いな。雲の向こうだ」
上空から、敵意を持った何かが近づいて来るのであった。
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