第17話 戦利品と訓練

 何とかキャベチ領を脱出してノク領に入ったワタル達一行は、街道沿いの最初の村であるカムイの村に到着した。

 もうすぐ日も暮れようかという時刻である。

 大きな街ならまだしも、辺境の村に泊めてもらうには遅過ぎる時間であった。


 それでも何とか交渉して、一泊の宿を確保した。

 宿といっても、馬のいない馬小屋のような所である。

 馬は馬小屋に預けてある。


 この場所を貸してくれた農家の奥さんは、これでお金を貰うのは申し訳ないと、夕食を用意してくれた。

 農家の朝は早いので、もう寝る時間のはずだが無理をしてくれたのだろう。


 内臓の煮込み料理とスープにパンを出してくれた。

 明日の朝も、何か持たせてくれるという。


「いやぁ、胃袋に染みるなぁ」


 おっさん臭い感動をしながらスープを啜っているのはワタルである。

 日本では高校2年生だったワタルは、お腹が空いて仕方がないのである。

 飽食ニッポンでは、1日3食でも足りずに、お菓子やファーストフードなども食べていたワタルである。

 ここランドでは1日2食だと言われて、そういうものかと思っていたが、その2食でさえもままならないのだ。

 食事ができるという幸せを噛みしめている。

 日本にいたら味わうことの出来ない幸福感を感じているのだ。


 風呂に入りたい、と言っていたワタルだが、今日は無理である。

 でも、すぐ裏手に井戸があり水が汲める。

 身体を拭くのには困らない。

 何とか身綺麗にしてから寝ることが出来そうだ。


 それでも着替えが無いのは、いただけない話だ。

 とにかく急いでノク領に入りたかった一行は、ちょっとの間を惜しんで進んできた。

 買い物をする余裕も無かったのだ。

 でも、これで一息つけるはずである。

 少し大きな街に移動して、一旦腰を落ち着けるのもいいかも知れない。

 何故かお金は増えているのだ。

 チルシュの貧民街とは違った生活が送れそうである。


「そういえば忘れてたけど……」


 ワタルが布の大きな袋をみんなの前に出す。

 検閲所の貴族の袋だ。

 中を見ると、金貨、銀貨、銅貨が沢山詰まっている。

 チラホラと宝石も混ざっているようだ。


「これは、相当の量があるわね。ザッと見ても金貨だけで200枚位はありそうね」


 ラナリアはちょっと引いている。

 貧民街にいる時には、金貨1枚の借金を理由にエスエスを連れ去られる所だったのだ。


「あの貴族、どんだけ絞り取ってたのよ。全く酷い話だわ」


 シルコも怒っている。

 だが、ワタルはそれを持って来てしまった。

 ちょっと心配になってしまう。


 しかし、ラナリアは楽観的だ。


「大丈夫よ。相手はキャベチ領の貴族でしょ。ノク領を調べるには、それなりの証拠や理由が必要になるわ。それに、勝手にあんな検問なんかして、後ろ暗いのはあっちの方よ。大っぴらには調べられないはずよ。だからこのお金も無かった事にする可能性が高いと思うわ」


「なるほど。そうかもな。気楽に行くか。いざとなったら又、逃げればいいしな」


「そうそう、楽しくいきましょう」


 エスエスも同意してくれた。


 袋の中には、指輪や腕輪などのアイテムも入っている。

 単なる装飾品もあれば、魔法がかけられたアイテムらしき物もある。

 アイテムオタクのエスエスも、詳しい効果は判らないらしい。


「街に行ったら、お店で鑑別してもらいましょう」


 オタク魂が騒ぐのか、エスエスは興奮気味だ。

 アイテム管理はエスエスに任せよう。

 持っているだけで幸せを感じている様子だ。


 その中で、一品だけだが効果がハッキリしている指輪があった。

 これは、それなりに有名なアイテムらしく、エスエスも知っていたし、情報オタクのシルコの知識にもあった。

「月の指輪」と呼ばれている指輪で、魔力の消費を抑えてくれるレアアイテムだ。

 高ランクの魔法使いなら、是非持っていたい逸品である。


 魔法を使うために魔力を消費すると体力が奪われる。

 その為、強力な魔法を使うのは危険であり、限界が来るのが早い。

「月の指輪」があれば、相当に有利である。


 ラナリアは、高等魔法を覚えたので魔力の消費はかなり抑えられているものの、消費しない訳ではない。

 月の指輪の利用価値は高いのだ。


 これは、早速ラナリアが身に付けることになった。


「むふぅ」


 指輪を見ながら、ラナリアはウットリしている。

 やはり、女性はアクセサリーが嬉しいらしい。

 しかも、魔法使い憧れのレアアイテムだ。

 これまで貧しい生活をしてきたラナリアは、アクセサリーひとつも身に付けてはいない。


「いいなぁ、ラナ」


 シルコはちょっと羨ましそうにしている。

 でも、効果の分からないアイテムを身に付けるのは危険である。

 街での鑑別が終わるまでは我慢だ。


 密かにワタルは、シルコには鈴の付いた首輪が似合うと思っているが、口に出すと何が起こるか分からないので止めておいた。

 隠密スキルが得意な獣人に鈴は無い。


「なに、ニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い」


 ワタルはシルコに突っ込まれている。

 勘のいい奴だ。

 侮れないぞ。


 やはり、領境でのピンチを乗り越えてホッとしたのだろう。

 楽しい雰囲気の中、藁のベッドでそれぞれ眠りに就いていく。

 明日は更に東へ向かう予定である。



 夜が明けた。

 春の朝日が馬小屋の中にも入ってくる。

 ワタル以外の3人は起き出している。


「ワタル、起きなさい」


 母親の様な調子で起こしているのはシルコだ。

 だいぶ異世界に慣れてきたワタルだが、やはり日の出と共に起きるのは、まだ苦手のようである。


 1日2食のランドでは、起きてすぐの朝食は無い。

 農家の奥さんが持って来てくれたお茶を啜っている。

 この農家は、かなりサービスが良いと言ってもいいだろう。


 1人銀貨2枚、4人で銀貨8枚の宿泊費を、銀貨10枚渡しただけのことはあるようだ。

 朝食のお弁当も持たせてくれた。


 領境に近い村なので、旅人が寄ることも多く、慣れているのかも知れない。


 世間話のついでにラナリアが探りを入れたところ、昨日の検問の件は全く伝わっていないらしい。

 ノク領では、全く騒ぎになっていないようだ。


 キャベチ領では大騒ぎになっているのかも知れないが、管轄が変わればこんなものなのかも知れない。

 あの検問自体を、ノク領側は関知していない可能性もある。

 それなら尚のこと都合が良い。


 それでも念のため、ワタルが持って来た袋は、中身を皆で分けて燃やしておいた。

 今の所、追っ手がかかるとは思えないが、慎重に行動するに越したことはないのだ。


 農家の奥さんが言うには、ノク領の領主であるノク公爵とキャベチ公爵は仲が悪いとのことだ。

 同じドスタリア共和国の領主ではあるが、キャベチ公爵の評判は非常に悪い。

 ノク公爵は軽蔑すらしているらしい。

 共和国と言っても、5人の領主の微妙なパワーバランスの上に成り立っているに過ぎない。

 それぞれの領主が小さな王様なのだ。

 プライドの高い貴族の領主同士が仲良くするのは、土台無理なのかも知れない。


 しかしこれは、益々都合が良い。

 油断は禁物だが。


 さて、ワタル達一行は、カムイの村を後にする。


 とりあえず目指すのは、ロザリィの街だ。

 このまま、街道を深淵の森に沿って東に向かう。

 予定では3日ほどかかるだろう。


 キャベチ領を旅している時ほど焦ってはいない。

 馬も二人乗りなので、あまり急がせるのも可哀相だ。

 少しペースを落とす予定である。


 途中、街道脇で朝食を摂る。

 カムイの村の奥さんが持たせてくれたお弁当はサンドイッチだった。


 湯を沸かし、天然のハーブティーをいれる。

 ハーブはそこら辺に沢山生えている。

 エスエスとシルコの知識があれば、大抵の植物のことは分かるのだ。


 サンドイッチは、大きなパンに生野菜と焼いた肉が挟んである。

 塩を効かせてある肉が、パンにちょうど良い。


 ワタルはマヨネーズが欲しくなったが、贅沢は言えない。

 そのうち余裕が出来たら、調味料を開発してみるのも面白いと思っているが、まだまだ先の話になりそうだ。


 春の日差しが気持ち良い。

 周りに危険な気配はないし平和である。

 ワタルは眠くなってしまう。

 ラナリアとシルコ、エスエスとの生活が心地良いと感じているのだ。

 この仲間達を守るために自分の出来ることは遠慮なくやっていこう、と思うのだった。


 他のメンバーも考えは同じかも知れない。


 シルコとエスエスは弓の練習を始めた。

 腹ごなしのつもりなのかも知れないが、元気である。

 しかも、信じられない練習方法をとっていた。


 シルコとエスエスは100メートルくらい離れて、向かい合わせに木の横に立ち、一本の矢を射ち合っている。


 エスエスの射った矢は、直線に近い放物線を描き、シルコのすぐ脇の木の幹に突き刺さる。

 シルコの顔の高さである。


 シルコはその矢を抜いて、エスエスに射ち返す。

 その矢は、やはり真っ直ぐに飛び、エスエスの脇の木に刺さる。


 また、エスエスはそれを抜いて射ち返し……と、これを繰り返しているのだ。

 矢のキャッチボールである。


 手元が狂ったら相当に危険である。

 しかし2人は、そんなことはあり得ない、と言わんばかりに続けている。

 しかも、よく見ると、矢が刺さっている木の穴が一つしかないのだ。

 お互いに、正確に同じ場所に射ち続けているのだ。


 危ないから止めるように言おうとしたワタルが、思わず言葉を呑み込む。


 上手過ぎるでしょ、これ。

 本当に魔弓の効果だけでこうなるの?

 あの盗賊の射手だって、こんなに正確じゃ無かった気がするぞ。

 何だ?やっぱり才能なのか。

 いくら異世界だからって、規格外なんじゃないの、これ。


 などとワタルが考えているうちに、シルコとエスエスはさらに距離を離して、200メートルくらいで射ち合っている。

 距離が離れても、正確さは変わらない。


 ワタルはラナリアに話しかける。


「なあ、あの2人凄くないか?弓ってあんなに上手くなるものなのか?」


 お手玉のように、火の玉と氷の玉を弄んでいたラナリアが答える。


「うーん、完全規格外のアンタに、凄いとか言われてもねぇ。まあ、いいでしょ、上手くなってくれる分には」


「指輪の調子はどうなんだ?やっぱり疲れにくいのか」


「そうなのよ。これ位の大きさの魔法なら全然疲れなくなったわ。さすがレアアイテムね」


 ラナリアはそう言いながら、火の玉と氷の玉をポーンと放り投げる。

 その玉はヒューと飛んで行き、シルコとエスエスが射ち合っている矢に前後から当たり、矢を真下に落とした。


「もう、行くわよ」


 ラナリアが声をかける。


「もう、ラナ!矢が燃えちゃうでしょ。せっかく大事に使ってるのに。ね、エスエス」


「そうですよ。次の街まで補給できないんですから無駄にできません」


 ラナリアは、シルコとエスエスから抗議されている。


 矢が勿体無いから、あんな事してたんだ……

 それに、驚かないんだ、あの魔法。


 ラナリアの魔法も規格外でしょ。

 火と氷を同時にって、どんだけ器用なんだよ。

 普通は出来ないって聞いたぞ。

 詠唱だってしてなかったし。

 飛んでる矢を止めるって、コントロールが尋常じゃないぞ。


 ワタルは心で叫ぶ。

 頼もしい仲間達がドンドン頼もしくなっていく。

 このまま強くなったら、キャベチとか滅ぼせるんじゃないのか、などと思うワタルだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る