第16話 検問所突破

 春の穏やかな日差しが少し傾き始め、夕暮れまでにはまだまだ時間がある。

 ノク領を目指す4人は、キャベチ領とノク領の領境の少し手前で相談中だ。


 街道を塞ぐように関所のようなものが設けられ、検閲をしているように見えたからだ。


 ワタルにとっては、国境を越えるにはパスポートやビザが要るし、検閲も当たり前に思えるのだが、異世界ではそうでも無いようだ。


「こんなところで検閲をしてるのはおかしいわ」


 シルコが言う。


「そうね。何を調べているのか分からないと、迂闊に近づけないわね」


 ラナリアが応える。

 検閲を通るために数人が列を作っているのが見える。

 しかし、その検閲所も街道とその脇を少し塞いでいるだけで、いかにも急ごしらえな感じがする。

 検閲もキャベチ側なのか、ノク側なのかも分からない。


「少し様子を見ましょう。向こうから検閲が済んだ人が来たら、聞いてみてもいいわね」


 ラナリアはそう言うと馬を降り、休憩の体勢だ。


「森の中を抜ければ行けそうですけど、馬がいるから無理ですね」


 エスエスも残念そうだ。

 みんな馬を降り、休憩し始める。

 もちろん検閲所からは、地面のうねりで陰になって見えない場所だ。


 シルコだけは、熱心に剣を振っている。

 盗賊の魔剣だ。

 素振りをしているだけなのに、ドンドン振りが鋭くなっていく。

 剣を横に薙いだり、斬り上げたり、突いたり、自己流で組み合わせているのだろうが、最初はぎこちなかった動きが、次第に滑らかになり、何やら流麗な演舞を見ているような気になってきた。


「いくらなんでも、上手くなるのが早過ぎるだろ。さっき始めたばかりじゃないか」


 ワタルも驚いている。


「何だか私、楽しくって」


 シルコは嬉しそうに剣を振っている。


「魔剣に取り憑かれてるわけじゃないよな……」


 心配するワタル。

 しかし、ラナリアは


「そんな気配はないわね。大丈夫よ。シルコは獣人なのに体力が無くて、今まで苦労してきたから強くなるのが嬉しいのよ。やらしてあげましょ。アタシ達も助かるじゃない」


 と言っている。

 まあ確かに、ヨダレを垂らして狂ったように剣を振っている訳ではない。

 うっすら笑っているような気もするが、きっと大丈夫なんだろう。


 などと言っているうちに、ノク領側から検問を抜けて、こっちにやって来る商隊がいる。


 ラナリアとシルコが話しかけて情報を得ている。

 本当に頼りになる。


 コミ障気味のワタルとエスエスは、ここでも役に立たない。

 役立たずなことを実感しているにもかかわらず、その立ち位置が当たり前だと思っているから救いようがない。


 さて、情報によると、キャベチ領の貴族が通行料を徴収しているらしい。

 その商人も、こんな事は初めてだ、と言っている。

 結構な額を取られたらしい。

 これではせっかく商品を運んでも儲けが出ない、と嘆いていた。

 どうやらこの辺りの地主の貴族が、小遣い稼ぎでもしているのだろう、と。


「あそこにいる役人がキャベチ領の者だってのが問題ね。なるべくならエスエスとワタルの存在を見せたくはないのよね」


 とラナリアが言うと


「俺はステルスでフリーパスだけどな」


 とワタルが応える。

 もう、ステルスとか言っちゃってるのはスルーされているようだ。


「じゃあ、家族の振りして通る作戦で行きますか」


 シルコが言う。


「不本意だけど仕方ないわね」


 ラナリアも同意する。


 この作戦は、ラナリアがお母さん、エスエスが子供、シルコはお付きの奴隷、という家族構成で通り抜けようというものだ。


 この一行は、何も説明しなければ、普通に親子と奴隷、と思われる事が多い。

 極めて自然な作戦なのだが、精神的には苦痛らしい。


 ラナリアは老けている事を気にしているし、エスエスは子供扱いされたくない。

 シルコは獣人奴隷のつもりは全くないのだから、誰も得しないのだ。

 不本意な芝居をすることになるのは嫌なのだ。


 一方、ワタルはステルスを発動して同行、不測の事態に備えることにした。


 これが、例えば日本の空港だったら、税関には防犯カメラがあるし、ワタルもフリーパスという訳にはいかないだろう。

 しかし、ここは異世界。

 姿を録画される事も無い。

 相手に認識されなければ、まず大丈夫なのである。


 4人は準備を整えて検問に向かう。

 あまり無体な事を要求されるようなら、強行突破することも視野に入れている。


 ワタルはステルスを発動し、3人と一緒に列に並ぶ。

 他の3人も少し気配を消し気味にして、目立たなくする構えだ。


 検問をしている連中は、あまりガラのよろしくない人間だった。

 人数は6人。

 偉そうに椅子にふんぞり返って、命令している人間は貴族だろうか。

 派手な服に、装飾をゴテゴテと付けた大きな剣が立て掛けてある。

 まだ、若い。

 20歳そこそこといったところだ。


 他の5人に「若」と呼ばれている。

 この辺りの貴族の息子か何かだろう。


 その手下のような5人も、皆若く、総じてガラが悪い。

 偉そうに通行料を徴収している。

 何だか、その時の気分で通行料を決めているようにも見える。


 この世界の貴族には、こんな事が許されるのか。

 ワタルは日本の中学校でイジメをしていた連中を思い出していた。

 胸の奥にモヤモヤとした感情が生まれるが、冷静にその感情を押し殺す。

 ステルス発動中である。

 感情に任せて気配を漏らす訳にはいかない。


 ラナリア達の番が来た。


「お前達は何だ。旅の者か」


 手下の1人が、ぶっきらぼうに尋ねる。


「はい。ノク領にしばらく滞在した後、トルキンザ王国に向かう予定でございます」


 ラナリアは丁寧に答えたが、その手下は


「うるさい!余計な事は喋るな!」


 と、持っていた乗馬用のムチでラナリアの腕をビシッと叩いた。


 思わずピクッと反応するエスエスとシルコ。

 ラナリアの腕が見る見る腫れ上がっていく。

 ラナリアはその男を一瞬キッと睨むが、すぐに平静を装って頭を下げる。


 その態度が気に入らないのか、その男は


「旅の者かどうか聞いただけなのに、トルキンザがどうだとか余計な事を喋るからだ、ババァが」


 と唾を吐く。

 そして


「金貨10枚」


 と、通行料を告げる。

 日本円にして100万円である。

 あまりに高過ぎる金額である。


「何だ、文句があるのか。金貨20枚にしてもいいんだぞ」


「お許し下さい。その様な持ち合わせは、有りようもございません」


 ラナリアは更に頭を下げる。


「そうか、そうだろうな。その様な小汚い身なりの者達が、金貨など持っている筈もないか」


 その男は満足した様に頷き、信じられない事を言う。


「では、その獣人の奴隷を置いていけ。その奴隷では金貨の価値には程遠いが、寛大な心で許してやろう。そもそも、お前のような小汚いババアが奴隷などを連れ歩いていることが不愉快なのだ」


 そろそろ我慢の限界か?

 いや、もうちょっと我慢するか?

 ワタルは内心で葛藤していた。

 ここで、このバカ共を斬り伏せるのは容易いが、その後のこともある。

 どうするか……


「お許し下さい。わたくしは代々、この方に仕えて……」


「誰が喋れと言った!」


 シルコが何とか言い訳しようとした途端、その男が激昂する。


「お前のような下賤の者が若の前で口を開くな!汚らわしい!」


 男のムチがシルコの胸元を切り裂いた。

 倒れるシルコ。

 駆け寄るエスエス。


「分かりました。金貨10枚、お支払いします」


 たまらずラナリアが言ってしまう。


「何?払えるのか。お前、先程は払えぬと申したではないか。嘘を申したのか」


 後ろでふんぞり返っていた貴族の若造がそう言いながら立ち上がった。

 ジャラジャラと装飾品の音をさせて、派手な剣を抜きながら、ラナリアの方へ向かう。


「私に嘘を申した罪は重いぞ。金貨10枚に加えて、そこの奴隷、それにお前の子供も置いていけ。奴隷商に売り払ってやる」


「それは、あんまりです」


 シルコが立ち上がり抗議するが、この貴族はシルコの胸を片手で鷲掴みにして、そのまま突き飛ばした。


「ふん、このまま斬り捨ててもいいんだぞ」


 貴族が言い放つ。


 この検問所で、検問を受けているのはラナリア達だけではない。

 他の手下は、他の旅人や商人から通行料を取っている。

 しかし、ここまで酷くやられているのはラナリア達だけだ。

 本当に気分次第なのだろう。


 もちろん、誰一人ラナリア達を助ける者はいない。

 他の手下達も、薄ら笑いを浮かべて横目で見ているだけである。


 何も言わないシルコ見て、貴族の怒りのボルテージが上がる。


「生意気な獣人め。身の程を知れ!」


 貴族は、剣を振り上げた。

 その瞬間、


「あばばばばば」


 貴族の目が裏返り、白目になる。

 振り上げた剣は、さっきまでラナリアに難癖をつけていた手下に向かって振り下ろされる。


 ズバッ


 無駄によく切れる剣である。

 その手下は、首から袈裟斬りにされ、派手に血を振り撒く。


「若、どうして……」


 理由も分からないまま絶命する。

 ワタルは、一瞬だけステルスを解除して、ラナリアに外の方へ目配せをする。

 そしてすぐに消える。


 ラナリアは頷き


「若様の乱心よー、逃げてー」


 などと言いながらノク領の方へ移動する。

 完全な棒読みのセリフだが、誰も気付かない。


 ワタルは、気絶している貴族を前に蹴飛ばしながら、丁度振り向いた手下の一人の胸に貴族の剣を突き立てた。


「なぜです……か」


 その隣で驚いているもう一人の首を、自分の盗賊の魔剣で刎ね飛ばした。


 検閲所は大騒ぎになった。

 中にいた者は、これ幸いにと通行料を払わずに通り抜け、並んで待っていた者もどさくさ紛れに通り抜けて行く。


「待て!」


 通り抜ける領民を止めようとして、立ちはだかった手下の首が突然に刎ね飛んだ。


「うわぁぁ」


 その首が無くなったまま立っている手下を悲鳴と共に突き飛ばして、通り抜けていく領民の男。


 手下の最後の一人は、腰を抜かして尻もちをついていた。

 その腹に、突然激痛が走り、血が噴き出す。

 唖然として自分の腹を見ると、そこには血だらけの派手な柄の剣が刺さっている。


「この剣は若の……」


 この手下が最後の力で自分の主人の方をみると、その貴族はうつ伏せに倒れており、その背中には何本もの剣が刺さっていた。

 その剣は、自分の物も含めて、手下達の剣だった。

 もちろんワタルがやったことだ。


「訳が分からない……」


 最後の手下が絶命した。


 ワタルは、貴族の座っていた椅子の後ろに置いてあった金貨の入った袋を持ち上げた。


「結構入ってるな。迷惑料として貰っていこう」


 ワタルは揚々と引き揚げる。

 視線の先にはラナリア達が待っている。


 ラナリアが回復魔法を使ったのだろう、ラナリアもシルコも傷は消えている。

 ワタルはちょっとホッとする。


「話は後だ。とりあえずここを離れよう」


 ワタルは、何か言いたげなメンバーを制して馬に乗る。

 自分で馬の操作が出来ないのだから全く様にならない。

 エスエスが笑いながら乗り込み、ノク領の奥へと検問所から離れていく。


 馬を早足にしてしまうのは仕方ないか。


 日が暮れるまでには、最初の村に着きそうだ。


「随分派手にやりましたね。ワタルから血の臭いがします」


 エスエスが言う。


「そうか?村に着いたら風呂に入りたいな」


 ワタルが答える。


「ご乱心の貴族様が暴れ回ったようにし偽装してきたから大丈夫だと思うよ。死人に口無しだしね。目撃者も訳わからんだろうし、面倒事に巻き込まれたくなかったら余計な事は言わないだろ」


「ワタルがここまでやるとはね。恐れ入ったわ。まあ、ワタルがやらなかったら、アタシが火の海にしていたけどね」


 ラナリアは楽しそうだ。


「私が斬られそうだから助けてくれたのよね」


 シルコがワタルに話しかける。

 ちょっと嬉しそうだ。


「あいつ、シルコの胸を鷲掴みにしたからな。ムチで打ってからの鷲掴みとか、さすがにキレるよな」


「え、そこなの?」


 シルコが胸を押さえて、ワタルを睨んでいる。

 ラナリアとエスエスも冷たい視線を送っている。


 冗談なのか本気なのか分かりにくいのは友達できにくいぞ、ワタル。


「あの貴族が持っていた袋を持って来ちゃったけど、構わないよな。なんか、お宝がザクザク入ってるぞ」


 ワタルが言い放つ。


「ま、それだとアタシ達も盗賊と変わらないけどね。いいんじゃないの。綺麗事だけじゃ生きられないよ」


 ラナリアが答える。

 シルコも


「どうせ置いておいても、貴族に回収されちゃうだけでしょ。私達が有効に使いましょ」


 と言っている。


「まあ、あの貴族が盗賊と変わらないだろ。偉そうな上に罪にもならないなんて理不尽だよな」


 ワタルは内心、異世界とはいえ人を殺したのに平気でいられる自分に驚いていた。

 いくら相手が酷い悪人で、死んだ方が良い、と思っていても、自分で手を下したらショックを受けると思っていたのだ。

 それが意外と大丈夫だった。


 自分を殺してイジメに耐えているうちに、感情のどこかが壊れてしまったのかもしれない。

 しかし、有利な立場から弱い者イジメをして喜んでいる貴族達に、日本にいた時のイジメの首謀者達が重なって、どうしようもなく憎く感じたのは事実だ。

 自分の感情が失われているわけではないが、自分の感情の動きが普通でないと思うと恐ろしくなる。

 それでも、この異世界では自分の気持ちに嘘をつくのは止めたかった。

 それがどんな結果になるにせよ、後悔しないように生きていこう、と決意を新たにするワタルであった。


「なにボーッとしてるのよ。貴族なんてそんなもんよ。今更だわ。ま、キャベチ領の貴族は特に酷いらしいけどね。領主が最悪だと、その周りも腐るんでしょ」


 ラナリアは苦労をこじらせて達観している。

 老けているだけのことはある。


「あ、村が見えて来ました」


 エスエスが脳天気に騒ぐ。


 一行は無意識に馬の足を速めるのであった。

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