第15話 盗賊の魔弓と盗賊の魔剣

 春の陽気の穏やかな日、2頭の馬が街道を東に進んでいる。

 2頭の馬にそれぞれ二人乗りして、4人連れの旅人だ。


 目指しているのはノク領である。

 エスエスがキャベチ領の領主に狙われているので、それを避けるための急ぎの旅である。


 しかし、4人にそれ程の焦りはなかった。

 相手はそこまで緊急の手を打って来ないだろう、と予測できるからだ。


 理由としては、襲撃にエドキ達を使ったこと。

 本当に緊急なら、自分達の腕利きを使えば良いのだ。

 そうせずに、わざわざ貧民街のチンピラを使ったのは、目的よりも面子を気にしたからだろう。

 既に評判の悪いキャベチ公爵ではあるが、さすがに、小人族の美少年を集めている、という噂が広がるのは好ましくないのだろう。

 事実なのだが……


 だから、わざわざ貧民街の揉め事のように見せかけようとしたのは間違いない。

 お陰で逃げる隙ができて好都合だった。


 その後、ワタル達は、真っ直ぐノク領に向かって馬車で進んで来た。

 そして、ラルソンの町からは馬に乗っている。

 かなり急がなくては、ワタル達には追いつけない筈だ。


 このランドでは、地球のような通信手段が無い。

 電波という概念が無いので、無線もないし、電話も無い。

 ワタル達の行き先に人相などを伝えて、現地の者に捕まえさせる、という手段が取りにくい。

 まあ、それに代わるアイテムの類いや魔法が無い訳ではないが、非常にレアで高価である。

 転移の魔法という、テレポーテーションみたいな魔法もあるが、使い手はほとんどいないし、転移できる距離がとても短いのだ。


 加えて、相手からみれば、ワタル達がノク領に向かうとは決まっていない。

 南西のナーダラ領かも知れないし、南東のライハ領かも知れない。

 その全ての可能性に手を打つのは、現実味が無い。


 今頃は、まだ、キャベチの貧民街あたりを手下達が探している頃ではないかと思われた。


 それでも、油断はせずに周りの気配を伺いながら馬を進めている。

 その馬も早足程度の速度だ。

 馬に負担がかかり過ぎないようにしている。

 せっかく手に入れた馬を、使い潰すようなことはしたくないのだ。


 ふと、前方に魔物の気配を感じる。

 このメンバーは、全員が気配察知の能力に優れている。

 弱くて逃げ回って生き残ってきた、ヘタレ達だからこそ持っている優れた能力だ。

 強くて、相手を叩きのめしてきた者には備わらない能力なのだ。


「魔物です。数が多いですね。ゴブリンが5匹。コボルトが7匹です。全部街道に出てます。伏兵なしです」


 エスエスが馬を止めながら告げる。

 確認作業のようだ。

 他のメンバーも相手の規模などは察知出来ているが、間違いがないか確認する。


 ゴブリンは、この異世界のランドでは、もっともポピュラーな魔物だ。

 小鬼である。

 人間の子供くらいの大きさだが、筋肉質でガッチリしている。

 緑色の肌をして、ゴツい顔付きである。

 腰に布を巻いて武器を持っているところを見ると、多少の知性はあるらしい。

 だが、言葉は喋れず、誰彼構わず襲ってくるので嫌われている。

 集団行動をとることも多く、大集団になると村を襲って大被害がでることもあるので、常時討伐の対象となっていることが多いが、繁殖力が高いので数は減らない。

 日本でいうと、ネズミかゴキブリみたいなものだろう。


 コボルトもゴブリンと立ち位置は似たようなものである。

 ゴブリンよりも更に集団を好み、統率がとれている。

 顔は犬か狼のようで、二足歩行の人型で体は小さい。

 知能はゴブリン並みで、武器は使うが喋れない。

 犬の獣人とどう違うのか疑問であるが、獣人は一緒にされると怒る、本当に。

 周りから見ると、体の大きさ位しか違わないのだが、本人達からすれば決定的なのだろう。


 どちらも、まあ、雑魚モンスターである。


 さて、エスエスの報告を受けて、シルコも馬を止める。


「そうね。エスエス、まず私達がいこう」


「分かりました」


 馬を近くの木に止めると、シルコとエスエスは少し前に出る。

 そして弓を構えて、無造作に矢を放った。


 ヒュッ、ヒュッ


 2人の放った矢は、綺麗な放物線を描いて飛んでいく。


 ドス、ドスッ


 魔物に着弾した。


「ギャッ」「ギーッ」


 一本はゴブリンの頭を貫き即死させ、もう一本はコボルトの首筋に刺さった。

 派手に血が吹き出している。

 コボルトも時間の問題だ。


「今回は、私の勝ちね。やっと勝てたわ」


 嬉しそうに言うシルコ。


「確かに。綺麗なヘッドショットでしたね。ボクの矢は、ちょっと避けられてしまいました」


 答えるエスエス。


 ちょっと前の2人なら、考えられない会話である。

 実はこの2人、弓を手にしてからまだ1日しか経っていない。

 何故か最初から弓を撃つのが上手かったのだ。


 エスエスは、幼少の頃に故郷の村で、基本的な弓術は教わっていた。

 それでも、村の中で特別に優秀というわけではなかった。

 しかし、エスエスは森の小人族である。

 弓矢は森の一族のメインウェポンだ。

 たまたま、エスエスは弓にあまり興味が無かったようだが、弓の才能はその血筋に脈々と受け継がれていたのだ。


 それに比べると、不思議なのはシルコである。

 弓に触ったのすら初めてに近い筈である。

 最初こそ、シルコの矢は真っ直ぐに飛ばなかったものの、エスエスと半刻ほど練習しているうちにメキメキと上手くなり周りを驚かせた。


 実は、これには理由がある。

 この盗賊の弓には魔法が組み込まれていたのだ。

 命中率に補正がかかるだけでなく、飛距離や威力も上がる。

 エスエスは、この弓で1、2射すると、すぐにそれに気付いた。

 これは、いわゆる魔弓であると。

 この盗賊の魔弓とも言うべきアイテムは、初心者が使う機会などない高級アイテムになる。

 エスエスが飛び上がって喜んだのは言うまでもない。


 安く見積もっても、売りに出したら金貨20枚は下らないだろう。


 盗賊の魔弓は、ベテランが使うと、その効果に高い補正が付き、矢の威力を大幅にアップする。

 そして、初心者が使うと、その補正能力により使用者の弓の練度を大幅にアップするのだ。

 要するに、凄いスピードで弓が上手くなるのだ。

 多分、この初心者に対する作用は、魔弓の製作者も想定していなかった隠れスキルに違いない。


 完全に偶然である。

 高価な魔弓をいきなり初心者が使うことなど、想定している訳がない。


 だから、シルコは急に弓が上手くなったのだが、それにしても上手くなり過ぎである。

 これはシルコの隠れた適正なのか、胸の奴隷紋の影響なのか、今の所は分からない。


 今思えば、あの倒した盗賊は、凄く手強い盗賊団だったのかもしれない。

 魔弓の射手が2人もいたのだ。

 ベテラン冒険者のスミフが、あっさり矢に射られたのも仕方がなかったのかも知れないのだ。


 ただ、ラナリアのとんでもない火力の魔法と、ワタルのこれもまたとんでもないスキルで瞬殺してしまったので、実感がないだけだったのだ。


 考えてみれば、たった8人の盗賊に騎士団の派遣が検討されていた、というのである。

 やはり、普通の強さの盗賊ではなかったのだろう。


 その事実の一端が、この後すぐに現れる。


 シルコとエスエスは、矢をもう1射して、ゴブリンとコボルトをもう一匹ずつ仕留める。

 その時、ワタルの気配がないことに気付き、矢を射るのを止める。


「ワタル、行ったみたいね」


 ここまで出番のないラナリアが、溜め息混じりに言う。

 ワタルが気配を消すと、味方でも何処にいるか分からないのだ。


 すると、街道の真ん中に広がっていた魔物たちの首が、ポンポンと跳ね飛んでいく。

 残ったゴブリンとコボルト、合わせて8匹は、鳴き声を上げる暇もなく絶命した。


「いやぁ、よく切れるな、この剣。どうなってるんだ」


 ワタルが喋りながら気配を露わにする。


「俺は、剣術なんてやったこと無いんだぞ。なんか剣が勝手に、剣の振り方を教えてくれてるみたいだ」


 ワタルの持っている剣は、盗賊の猫の獣人が持っていた剣だ。

 業物っぽい剣だったので、ワタルが使うことにしたのだ。


 どうやらこの剣にも仕掛けがあるようだ。

 エスエスが手に取って、改めて調べている。


「よく分かりませんが、どうも盗賊の魔弓と同じような性能があるみたいですね。盗賊の魔剣、ってとこですかね。この剣を使ってると、剣術が強くなるとか……」


「じゃあ、私にも使わせてよ。剣も強くなりたいわ」


 シルコが手を挙げる。

 シルコはドンドン強くなりたいようだ。

 ヘタレのくせに、強くなる喜びに目覚めかけている。

 生意気である。


「良いんじゃ無いの。シルコが強くなると助かるわ。アタシは魔法専門で行くけどね」


 ラナリアが賛成する。


「ま、無理せず行こうぜ。ちょっとずつ強くなれば良いよ。焦りは怪我の元だ」


 ワタルが知ったようなことを言う。

 喧嘩もしたこと無かったくせに、異世界で戦いを経験して一皮むけたのか。

 思春期の男の子は、見る見る大人になって行く。

 油断できない。


 ワタルの言葉に、シルコは嬉しそうに頷いている。

 尻尾がブンブン振れている。

 苦労人のくせに案外チョロい。

 もし、日本にいたら男で苦労するタイプかも知れない。


「それにしても、ワタルの隠密スキルは相変わらず凄いわね。剣術とか関係ないんじゃないの」


 ラナリアが呆れたようにワタルに言う。


「まあ、そうなんだよね。今のところ……」


 ワタルは頷くが


「でも、このスキルが効かない相手や、スキルを使えない状況になることも考えられるだろ。だから、ある程度は魔法や剣も覚えておきたいんだよ。俺は臆病なんだ」


「ふふ、ワタルの言ってることは正しいと思うわ。そういう人が生き残るのよ。力に溺れてる奴はすぐ死ぬわ」


 微笑みながら応えるラナリアも同じ意見のようだ。

 ある意味、早くも異世界の真実の一つに辿り着いているのかも知れない話である。


 そこにエスエスが口を挟む。


「でも、ワタルの隠密スキルがピンチになる場面が想像できないですけどね」


「なあ、今更なんだけど、その隠密スキルって言い方、ちょっとカッコ悪くないか?なんか古臭いんだよな。俺のは『ステルス』って名前にしたいんだけど」


 ワタルがなんか言い出した。


「その『ステルス』ってどういう意味なの。ワタルの国の言葉かしら」


 シルコが尋ねる。


「そう。敵の探知にかからない戦闘機の名前だったかな。あ、戦闘機っていうのは空を飛ぶ乗り物の兵器な。まあ、機械でできたドラゴンみたいなもんだよ」


「なんか凄い話で想像がつかないけど、ワタルのいた世界って恐ろしいところね」


 シルコはビビっているが、ワタルの説明が残念な感じなので仕方ない。

 これでは、もしシルコが本物の戦闘機を見ても、戦闘機だとは思わないだろう。

 まあ、そういう機会もないだろうが。


 さて、盗賊の魔弓、盗賊の剣、とくれば、盗賊のボスの持っていた大剣は、それ以上のアイテムだった可能性が高い。

 ラナリアがスミフに気前良くあげてしまったので確かめようがないが。


 そうと知っていれば譲らなかったかも知れないが、剣が大き過ぎて使い難そうに見えたのである。

 スミフは、もの凄く得をしたことになる。

 精々恩に着て欲しいものである。


 さて、倒した魔物は、街道の脇に寄せて火葬する。

 そのまま放置すると、その死体がエサになり他の魔物や野生動物を街道に引き寄せてしまう。

 他の旅人の迷惑になるので処理しておくのがマナーである。

 これが森の奥の方なら放っておいても問題ないのだが。


「アタシは火葬業者じゃないっつうの」


 ラナリアが文句を言いながら、高等火魔法で死体を燃やしている。

 ランド全体を見ても、高等火魔法の使い手は数えるほどしかいない。

 もの凄くレアな技術なのだが、ラナリアは気にしていない。

 通常の火魔法よりも、使う体力が非常に少ないので使っているだけだ。


 むしろ、ワタルに言われて覚えた魔法なので、

 詠唱が適当なのを恥ずかしいとすら思っているのだった。


 その後、一行は、何度かゴブリンに遭遇したが、エスエスとシルコが喜々として倒し、火葬業者のラナリアが処理して順調に進み、まだ陽の高いうちにノク領との領境に辿り着いたのだった。

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