第一章 異世界召喚

第1話 森の小人族と女冒険者

 昼間でも鬱蒼とした森の中では、十分な陽の光が照らしているとは言えない。

 雨が降っている訳ではないが、どんよりとした天候がより一層森の中を薄暗くさせていた。


 そんな森の中を一つの人影が走っている。

 走っているとはいってもそれ程早いスピードではない。

 この森は全く人の手が入っていない原生林のような森林。

 ビルよりも高いであろう大木が乱立し、背の低い木や下草も生い繁っている。

 人が走るには余りにも足場が悪い。

 いや、普通の人間なら走るどころか歩くことも出来ない場所である。


 それでもこの人影は、それなりのスピードで移動している。

 かなり小柄な人影である。

 子供というよりは幼児に近い大きさだ。


 この子供、実は子供ではない。

 小人族という森に住む一族の成人である。

 深い緑色の髪、肌は白く、動物の皮のようなもので出来た服を着ている。

 顔付きは、可愛らしく目鼻立ちが整っていて、素晴らしく美形である。

 成人男性だが、一見美人の女性の様にも見えてしまう。


 この人物の名はエスエスという。

 16歳になる。

 この世界では成人は14歳。

 16歳は立派な大人である。

 森の奥深くに、隠れる様に暮らしている森の小人族の男性である。


 森の小人族は、滅多なことでは人前に姿を現さない。

 身体が小さくて戦闘力の弱い一族である小人族は、非常に臆病で他の種族に虐げられてきた歴史を持っている。

 だから、森の奥深くに村を持ち、他の種族との交流が殆どない非常に珍しい存在である。

 でも、エスエスの走っている森は、深い森とはいうものの街に近く、普通なら森の小人族がいる様な場所ではない。


 エスエスは追われているのだ。

 追っているのは山賊のような男達。

 髭もじゃで、剣を振り回している。

 進行の邪魔になる草や、背の低い灌木を斬り払いながらエスエスを追っているようだ。

 この男達もかなりのスピードで移動している。

 森の中での活動に慣れているのだろう。

 それでも、エスエスに追い付くとは思えない程度のスピードである。


 追われているエスエスも、逃げ切れることを確信しているのか、表情には少し余裕が伺える。

 森に住む一族の男が山賊に捕まることなどあり得ない。

 もし、簡単に捕まるようなら森の小人族は、とっくに滅んでいただろう。


「ボクを捕まえるのは無理だと思うよ」


 走りながら器用に木の根や草の蔓を避けつつエスエスは呟いた。


 森の中を走る速さでも山賊などに遅れをとることもないが、いざとなれば身を隠す結界を張ることも出来るし、気配を消して土の中に隠れることも出来る。

 これらは、森の小人族が持つ独特のスキルなのだ。

 戦闘力がほとんどない彼らが生み出した技である。


 まあ、要するに逃げ隠れが得意なのである。


 そういった訳で、エスエスは油断していた……訳では無いだろうが、別の方向から近づく人間の存在を感知出来ずにいた。

 更に運の悪いことに、森が少し開けて草原のような場所に出てしまった。


 これが小人族の村のあるような森の奥深くなら、こんな失敗は無かっただろう。

 でも、この辺りの森は街道に近く、エスエスにとって土地勘の無い場所だったのだ。


 ヒュッ


 という風切り音とともに矢が飛んできた。


「うわっ」


 エスエスの目の前の地面に鋭い矢が刺さり、驚いたエスエスは動きを止めてしまった。


 ヒュヒュヒュヒュッ


 連続して数本の矢が飛んで来る。


「あぶね!」


 エスエスは横っ飛びに避けるが、飛んできた矢のうちの一本がふくらはぎに刺さってしまった。


 ザザッ


 地面に倒れるエスエス。

 痛みに耐え、矢を引き抜く。

 急いで矢の先の臭いをかぎ、ちょっと舐めてみる。

 どうやら矢に毒は塗っていないようだ。


 まだ矢が来るかもしれない、


 足の出血もそのままに、急いでその場を離れようとするが、足の痛みで思うように動けない。

 それでもエスエスは力を振り絞り身を隠そうとする。

 だが…


「ようやく仕留めたか…」


 目の前には、エスエスを追っていたと思われる大男が立っていた。

 手には大鉈が握られている。

 こんなもので斬られたら、エスエスの小さい身体は簡単に両断されてしまうだろう。


 エスエスは悔しさに顔を歪ませる。


「ボクが森で捕まるなんて…」


 それを聞いた山賊の大男は、嬉しそうにエスエスに言う。


「そりゃ、お前、こっちは準備してたからなぁ」


 大男の後ろから数人の仲間が現れる。

 そして反対の方向から、弓矢を装備した男が2人現れた。


 森の小人族のエスエスは、身を隠す能力だけでなく、敵を察知する能力にも優れている。

 それでもエスエスには弓の射手の気配を感じ取れなかった。


 射手の中には、暗殺や待ち伏せを専門にしている者がいる。

 こういう者たちは、気配を消すのが上手いのだ。


 山賊達は、はじめからこの草原にエスエスを追い込む作戦だったようだ。

 ここまでの頭数を用意して、ちゃんと作戦を立てているということは、以前からエスエスを狙っていたということだ。


 エスエスにとっての失敗は、今回の逃走のやり方だけでなく、その前に人に発見されていたことにある。


「くそっ」


 その事に気がついたエスエスは、ガックリとうな垂れる。


 山賊の大男はニヤリと笑うと


「ふん縛っておけ」


 と、周りの男に命令する。


 なぜ、この男達はエスエスを捕まえたかったのだろう。

 それは、需要があるからだ。

 美しく幼い外見を持つ小人族は、その希少性もあり、奴隷市場で高額で売買される。

 特に貴族の間では、小人族を小姓として侍らせておくのがステイタスと考える者も多い。

 また、嗜虐性の高い者や性的偏執性のある者に買われた小人族の末路は悲惨としか言いようが無い。


 こんな人権を無視した行いが許されるのか。


 この世界では許されているのだ。

 ここは異世界。

 地球でいうところの中世位の文明世界である。

 社会も人の意識も、地球に比べればまだ未発達。

 人権は力の前には無力なのである。


 さて、エスエスと山賊のいる森は、深淵の森と呼ばれている。

 ドスタリア共和国の北部に位置する森である。

 ドスタリア共和国は、5つの貴族の治める領地の連合体で、ランドと呼ばれているこの大陸の国としては唯一の合議制による国である。

 他の国が皆、王政を敷いている事と比べれば、少しは進歩的なようにも思えるが、その実は大して違いは無い。

 王様が5人いて、利害関係で結びついているだけのことである。

 領地を治めている貴族単独では、周りの国とのパワーバランスが保てないので、共和国として国力を高めているのだ。


 深淵の森は、別名「魔の森」などとも呼ばれ、色々な魔物が住む魔境である。

 森の深くに進むほど強い魔物が現れて、人の侵入を拒んでいる。

 森の小人族は、そんな魔境の深くに村を構えている。

 彼ら特有のスキルによって魔物からも隠れ住んでいるのだ。


 そんな彼らでも、彼らの村から更に北に向かった山脈の方には、足を踏み入れることはできない。

 桁違いに強い魔物が棲んでいるのだ。

 この山脈に向かった者は誰一人として帰って来ない、といわれ恐れられている。

 本当の意味での人外魔境である。


 しかし、深淵の森も、人里に近い場所になると、それほど恐れる場所では無くなってくる。

 町や村の中に比べれば危険ではあるのだが、現れる魔物も弱く、人が対処出来ないほどではない。

 むしろそこで採れる木の実や果物、動物や魔物の肉などは街に住む人々の生活を支えている。

 腕に覚えのある者達は、積極的に森に入って獲物を狩り、生活をしているのだ。


 こうして生活をしている者達は「冒険者」と呼ばれ、腕の立つ冒険者はある種の尊敬の念を持って、街の人々に受け入れられている。


 さて、エスエスが捕らえられた場所は、こうした冒険者が活躍しているテリトリーである。

 森の小人族の住む場所からは随分と離れ、街に近い場所である。


 足の怪我を放置されたまま、上半身をぐるぐる巻きにされたエスエスは、自分の迂闊さを後悔していた。

 弓矢に撃たれた足の傷はズキズキと痛むが、これからの自分の身の上を考えると、あまりの絶望感にそれどころでは無い。


「村から離れるとロクなことはないぞ」


 森の小人族の長老ミグミグの言葉が思い出される。

 でも、エスエスは外の世界を見てみたかったのだ。


 危険を避けることには自信があった。

 事実、村の中ではソコソコの実力アリ、と言われていた。

 村の近くまで入ってきた冒険者を煙に巻いたこともあったし、魔物に囲まれた状態から脱出したこともあった。


 でも、悪意を持って狙われたらどうにもならなかった。

 認識が甘かったのだ。

 ソコソコの実力では駄目だった。


「さあ、帰るぞ。人に見られたくねえ」


 流石にこの地でも人攫いは許されていない。

 大男達はエスエスを立たせようとした。


 素直に立ち上がろうとしたエスエスだったが、上半身はロープでぐるぐる巻きにされ、しかも足の傷が痛み、バランスを崩してしまう。


「おっと、大事な獲物をこれ以上傷つける訳にはいかねえな」


 転びそうになったエスエスの襟首を大男が後ろから引っ張り上げた。

 乱暴な大男の振る舞いに、思わず振り返るエスエス。

 抗議の視線を込めて大男の顔を見上げると、そこに男の髭面は無かった。


「えっ」


 思わず声が出るエスエス。


 大男の顔があった場所から勢い良く血が吹き出している。

 呆然とするエスエスに首の無い大男の体がのしかかってくる。


「わーっ」


 叫び声とともにエスエスは首無し男の下敷きになってしまった。

 何が起こったのか分からずに、必死に男の死体の下から這い出すエスエス。


 何か新しい脅威が現れたのか?

 魔物か?


 足の痛みを堪えて体勢を低くしつつ、気配を消すエスエス。

 周りの様子を伺う。


 そこに立っている者達は一人もいなかった。

 いや、一人だけ見たことのない女性がそこに立っていた。


 輝くような金髪のロングヘアー。

 紅い革製の軽鎧を身に付けた美しい女性がそこにいた。

 彼女は手にした剣をサッと振ると、流れるような動作で腰の鞘にカチンと剣を仕舞う。

 その鮮やかな所作を見ただけで、彼女が並の腕前で無いことが分かってしまう。


 この女性が敵だった場合、逃げ切る事は不可能だとエスエスは理解してしまった。

 それだけの雰囲気と迫力をこの女性は持っていた。


 彼女はエスエスを見つけると、軽い調子で声をかけてきた


「よう、大丈夫か?」


 大丈夫な訳が無い。

 エスエスは大男の血を頭から浴びてドロドロだ。


 その気持ち悪さも忘れ、この女性が敵ではなさそうな事にホッとするエスエス。

 でも、まだ安心は出来ない。

 この女性が山賊の獲物である自分を横取りに来たのかもしれないからだ。


「もしかして、ボクのこと助けてくれたんですか?」


「他にどう見える? それにしてもこんな所に小人族とは珍しいな。ここら辺りは街道にも近いんだぞ」


 金髪の女性は、言葉使いは荒いものの優しい口調でエスエスに答えた。

 このやり取りでエスエスは、この女性が自分に敵意の無いことを悟った。

 相手の敵意を読み取るのも、臆病な森の小人族の得意なスキルなのだ。


「とにかく手当てをしてやろう」


 そう言うとその女性は腰の後ろの鞘から短剣を取り出した。

 反射的にエスエスはビクッとする。


「そう警戒するな。そのロープを切るだけだ」


 エスエスは、この女性に敵意が無いことを知っているのに、ついビビッてしまう自分が恥ずかしくなった。


「すいません…」


 下を向くエスエス。

 そんなエスエスを見て、この女性は微笑みながらロープを切る。

 そして、エスエスを近くの木の根元に連れて行った。

 木の近くに来ただけで、エスエスは少し気が休まるのを感じた。


 森の一族であるエスエスは、草原のような開けた場所よりも、少しでも身を隠す場所があるところの方が落ち着くのだ。


「まあ、座れ」


 女性はそう言いながら、ドカッとその木の根元に腰を降ろした。


「ありがとうございます」


 エスエスは礼を言い、足をかばいながら静かに腰を降ろす。


「綺麗な人なのに、男みたいな人だな」


 エスエスは心の中で失礼なことを考える。

 想像するに、冒険者の人だろう。

 女の冒険者は男勝りな人が多い、と聞いたことがある。

 それにしても強かったな、この人。

 僅かの時間であの男達を全員斬り伏せてしまった。

 そういえば、悲鳴も何も聞こえなかった。

 いったいどんだけ強いんだ。


 エスエスが目の前の女性の美しい顔に見惚れながら色々想像している間に、その女性はエスエスの足の怪我を手早くチェックして告げた。


「見たところ毒は使われていないようだな。でも、傷は深いぞ。これでは歩けないだろう」


 女性はおもむろに呪文を唱える。

 ごく短い詠唱の後、


「キュア」


 エスエスの足が温かい光に包まれて、そして痛みが引いていく。


「わっ、ありがとうございます」


「立ってみろ」


 立ち上がるエスエス。

 痛みは消えて、出血も止まっている。

 多少の違和感はあるものの歩くのに支障はなさそうだ。


「大丈夫そうです。本当にありがとうございます」


「うん、良かった。一応治ったように見えるが、完全に傷が塞がった訳じゃない。何かあればまた、傷が開いてしまうこともある。無理をせずにゆっくり村に帰るんだぞ」


「はい」


 エスエスは返事をしたものの、村に帰るつもりはなかった。

 エスエスには街に行く目的があった。

 大見栄を切って村を飛び出したのに、そう簡単には戻れない。


「貴女は冒険者の方ですか?」


 エスエスが尋ねる。


「まあ、そんなようなもんだ」


 この女性が曖昧に答える。


 冒険者はあまり自分のことを語りたがらない。

 エスエスはそんな話を思い出し、


「きっと有名な冒険者なんだろうな」


 と、勝手に想像することにした。

 エスエスには冒険者に対する憧れがある。

 強くて自分の力だけを頼りに道を切り開いていく存在の冒険者。

 隠れ住む一族に生まれて、戦いに向かない臆病な性格のエスエスにとって、目の前の美しく強い女冒険者は、心を奪われるのに十分に魅力的な存在だった。


「ボクは冒険者に憧れているんです」


 エスエスは美しい女冒険者に見惚れながら話しかける。

 女冒険者は、居心地が悪そうに少し咳払いをすると、


「まあ、なんだ。ああ、冒険者というのは、カッコいい仕事じゃないんだぞ。生きる為に何でもやっているんだ」


 女冒険者は立ち上がると、自分が倒した山賊達の死体の方へと向かう。

 そして、死体から金目の物を漁り始めた。


「山賊や盗賊は、そいつらを倒した者に権利がある。その遺品や持ち物全てだ。まあ、魔物と同じ扱いだな。明らさまな悪人は人じゃあないんだ」


 女冒険者はそんな事を言いながら、死体を身ぐるみ剥がしていく。

 そんな様子を見ていたエスエスは


「うわぁ」


 と、口には出さないものの、そのえげつなさに若干引いてしまう。

 女冒険者の美しさと、その行動のギャップに当てられてしまったのだ。

 美しい女性が、男の死体を平気で裸に剥いている。

 必要な物はポケットや、腰に付けている物入れにしまい、要らないものは辺りにポイポイ捨てていく。


「ん?」


 リーダー格と思われた大男の首無し死体を探っていた女冒険者の手が止まる。

 彼女は死体のポケットから革製のワッペンのようなものを取り出して、そのワッペンと大男の死体を見比べながら呟いた。


「こいつ、キャベチ公爵の手の者か…」


 女冒険者はエスエスの方をチラッと見て告げる。


「ちょっとマズいことになったかもしれん」


「エッ」


 思わず不安そうな声をあげるエスエスだったが、女冒険者は構わず続ける。


「お前、厄介なヤツに目を付けられてたんだな。まあ、こうなった以上は仕方ない。この死体を処分するぞ」


 女冒険者は、また呪文を唱える。

 ごく短い詠唱の後、


 ゴゴゴゴ…


 地面が動き出し穴が開いていく。

 穴の中にあったはずの土は、穴の左右に盛り上がって積まれて山になっている。


 ゴゴゴ…


 地面の穴は直径2メートル程だが、かなりの深さがあるのだろう、左右の土の山は大きくなっていく。


「まあ、こんなもんかな」


 女冒険者は軽く呟くと、男達の死体をヒョイと持ち上げて穴の中に投げ込んでいく。

 細くてスマートな姿の女冒険者だが、相当な力があるのだろう。

 唖然とするエスエスを尻目に、あっという間に男達の死体をを穴に投げ込み、彼らの持ち物や衣服で要らないものを、やはり穴に投げ込んでしまった。


「念のために焼いておくか…」


 女冒険者は再び詠唱する。


 すると、女冒険者の上に向けた手のひらに向かって周囲から風が流れて集まっていき、手のひらの上でクルクルと回りながら、人の頭くらいの大きさの風の塊が出来たようにみえる。


「ファイアボール」


 女冒険者が宣言すると、手のひらの塊は


 ボッ


 炎の塊に変化した。

 無造作にその火の玉を穴の中に投げ込む女冒険者。


 ゴーッ


 穴から炎の柱が燃え上がり、人の背の3倍はあろうかという炎の柱は、しばらくの間燃え上がるとパッと消えた。


「っ…」


 一連の女冒険者の行動を近くで見ていたエスエスは、もはや声も出ない。

 こんなに大きな火魔法を見るのは初めてだった。


 エスエスは魔法が使えないのだが、森の小人族には、土魔法と水魔法を使う者は多く存在する。

 火魔法は御法度だった。

 森を生活の糧にしている小人族にとって山火事は何より恐ろしい災害だからだ。

 それでも火魔法の存在を知らない訳ではない。

 聞いた話などを思い出しても、こんな火力の火魔法は知らなかった。


 そしてその前の土魔法も驚くべきものだった。

 森の小人族が使っている土魔法でも、穴を掘ったり、土の壁を作ったりできる。

 でも、それは数人がかりで長い詠唱時間が必要だった。

 しかも、魔法を使った者は、かなりの消耗を強いられてフラフラになっていた。

 エスエスの常識では、魔法はそれほど便利なものでは無かったのだ。


 しかし、目の前の女冒険者は、鼻歌まじりで強大な魔法を連続して使い、疲れた様子も見せない。

 驚きを通り越して、もはや人形のように立ち尽くすエスエスは、この女性に会えただけでも村を飛び出した価値があったのではないか、と思っていた。


 そんなエスエスのことを気もかけずに、女冒険者は再び土魔法で大穴を塞いでしまった。

 そして、疲れた様子も見せずにエスエスに話しかけた。


「こいつら山賊みたいな格好してたけど、キャベチ公爵の手の者だ。キャベチ公爵は知ってるか?この辺りの大領主だ。こいつらおそらく騎士だな」


「え、騎士って…」


 驚くエスエス。


「けっ、全く紛らわしいことをしてくれる」


 悪態を吐く女冒険者。


「この事がバレたら、私もお前もただでは済まないだろうな」


「だったらボク、証言します、公爵様に。貴女はボクを守ってくれただけだったって」


 勢い込んで喋るエスエス。

 そんなエスエスを見て、女冒険者は優しく微笑む。


「そんな真っ当な理屈が通る相手なら苦労はないさ。それにお前を襲ったのも恐らく公爵の命令だろう。どうして狙われているのかは知らないが、面倒な相手だぞ。悪い噂も聞くしな」


「本当にすいません。ボクを助けてくれたばっかりに貴女まで」


 エスエスはこうべを垂れて謝罪する。


「まあ、成り行きさ。私は大丈夫だ。いざとなればこれで…」


 女冒険者は腰の剣に軽く手をかけてみせた。

 その姿にまた見惚れてしまうエスエス。


「私はしばらく姿をくらまして様子を見ようと思う。お前は早く村に帰った方がいい」


 女冒険者はそう言うと、腰の袋から水晶のようなものを取り出した。

 人間の小指ほどの白濁した水晶だ。


「これは、ある種の転移石だ。特殊な魔法で加工している。転移石は分かるか?」


 エスエスは大きく頷く。

 実はエスエスはアイテムに詳しいのだ。

 森に篭っている一族の一員なのに、アイテムに並々ならぬ興味を持っているのだ。

 森の中の村にいても、たまに訪れる冒険者から話を聞いたり、安物のアイテムを貰って喜んだりしていた。

 エスエスが街の方へ出てきたのも、アイテムが目的に他ならない。


 目をキラキラさせて転移石を見つめるエスエスに女冒険者は話を続ける。


「このアイテムには、私の魔力が登録してある。魔力の波長が人によって全て違っているのは知ってるな。このアイテムに魔力を流すと、魔力の波長を辿って私がその場所に召喚される。どうしてもピンチの時には使うといい」


 そう言ってエスエスの小さな手にに水晶を握らせた。

 これ以上ないほどに嬉しそうなエスエスだが、ふと心配になって女冒険者に尋ねる。


「どうしてボクにこんなに良くしてくれるんですか。今のボクにはロクなお礼も出来ないです。」


 真っ直ぐに見つめて来るエスエスの視線をスッとかわしながら、女冒険者は軽い調子で口を開く。


「お前、ミグミグの村の住人だろ。髪の色で分かるよ。実はミグミグには以前に世話になってな。ま、ちょっとした恩返しだ。ミグミグは村の住人を大事にしてたからな」


 驚くエスエス。

 今日は驚かされてばっかりだ。

 まさか、長老の知り合いだとは。


「そういうことだから、別に恩にきることはないぞ。私も山賊退治をしようとしただけだしな。あとその水晶だけど、あまり良い品じゃないんだ。どうも効果が不安定らしい。ま、良かったら御守り代りに持っててくれ」


「分かりました。でもこの御恩はいつか必ず返します」


 エスエスは深く頭を下げた。


「分かった、分かった。期待しないで待ってるよ。それじゃ、これでな」


 女冒険者は軽く手を振ると、草原の向こうに立ち去っていった。


 エスエスは貰った水晶を握りしめて、美しい金色の髪が見えなくなるまで見送るのだった。

 かなり寂しい気持ちになってしまったエスエスは、思わず女冒険者の後を追いかけたくなるが、グッと堪える。

 自分が足手まといになるのが分かっているからだ。

 涙がでそうになった。


 でも、気持ちを切り替えなければ、また危機に陥るかもしれない。


「とりあえずは、疲れたな…」


 エスエスは、慎重に周りを警戒しつつ森の中に入って行く。

 足取りは重い。

 思ったよりも疲労が蓄積しているようだ。

 ゆっくり休める場所を見つけなければならなかった。





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